どの原料モノマーを使えば、どんな高分子材料を作れるか分かる!?人工知能(AI)で重合反応率を簡単に予測

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2021-09-29 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • これまで数値化ができなかった放射線グラフト重合(高分子重合)反応率を、高分子材料の原料であるモノマー(薬品)の物性情報から瞬時に予測するAIモデルが誕生。
  • 作成したAIモデルは、これまで達成できなかった高い精度でグラフト重合反応率を予測でき、その解析からモデル作成に用いた49種のモノマー物性情報の中に隠れていた重要な因子を発見。
  • 今回のAIモデルは、高分子材料の開発で必須だった経験と勘に頼る試行錯誤の実験が不要となるまったく新しい高分子材料開発の幕開けであり、今後のAIモデルの成熟により革新的な高分子材料の創出に期待。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)量子ビーム科学部門高崎量子応用研究所先端高分子機能性材料研究グループの植木悠二主幹研究員、瀬古典明研究統括、前川康成グループリーダーらは、高分子材料の改質手法である放射線グラフト重合技術1)に関し、従来の経験的な実験科学と機械学習2)(データ科学)を融合させ、重合反応に使用するモノマー3)(薬品)の物性情報だけでグラフト重合反応率4)を瞬時に予測できるAIモデルの創出に成功しました。このモデルでは、重合反応に影響する様々な因子から、重合のカギを握る因子を容易に選び出すことができ、試行錯誤を伴う繰り返し実験が不要となります。開発までの試験時間の短縮やこれにかかるコストを大幅に削減し、新規な高分子材料をいち早く製品化に繋げられることから、企業の競争力向上に貢献できる成果として期待しています。

私たちは、機能性高分子材料開発の迅速化・高効率化を目指し、機械学習を活用した材料開発を進めています。その第一段階として、放射線を使ったグラフト重合技術による機能性高分子材料の開発において機械学習の有用性の検証を行いました。

今回のAIモデルの作成において、私たちが注目したのは量子化学計算5)の手法です。具体的には、初めにモノマーの部分構造であるビニル基6)周辺の原子情報を詳細に分類し、種類ごとに量子化学計算により数値化しました。次に、数値化したデータをAIに学習させることで、高分子材料の機能性に重要な指標であるグラフト重合反応率を高い精度(決定係数7)0.71)で予測できるAIモデルの作成に成功しました。さらに、このAIモデルを構成する49種類の因子について、グラフト重合反応率に対する影響度を解析した結果、モノマーの「分極率8)」と「NMR化学シフト9)」が重要であることを見つけ出すことができました。

今回得られた成果はAIモデルを使った夢の高分子材料開発への第一歩です。今後のAIモデルの成熟により、従来の実験科学で必須の試行錯誤を伴う繰り返し実験は不要となり、数年単位が当然だった材料開発の短期化とそれに伴う開発コストの低減が実現できると期待しています。これは、大規模な研究設備を持たない企業でも、新規な高分子材料創出が可能になり、我が国の材料開発の競争力の強化に繋がることが期待できます。さらに、この技術は、放射線を取り扱う特殊な環境だけでなく、一般的な高分子重合反応10)にも応用可能になることから、高分子材料に限らず広く新材料創製に貢献するものと期待しています。

この研究成果はエルゼビア社が発行する「Applied Materials Today(最先端の材料研究とその応用技術を報告する学術誌)」の2021年9月1日のオンライン版で公開しています。

本研究は、QSTアライアンス事業11)の「先端高分子機能性材料アライアンス」と日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(20K12488)の研究の一環として実施されました。

【背景】

安価で軽量な加工しやすい高分子材料は、私たちの暮らしに必要不可欠な材料であり、これまで社会・産業の発展に大きくかかわってきました。高分子材料の機能は、原料となるモノマー(薬品)の種類や組成、反応条件などの様々な因子(パラメーター)が複雑に絡み合うことにより発現しますが、その因子の組み合わせは無限に存在します。そのため従来の高分子材料開発では、専門家の「経験や勘」を頼りに、非常に多くの因子を様々な組み合わせで実験を繰り返し、その中から候補となる特定の因子を探し出すという網羅的な探索手法がとられてきました。しかし、このような非効率的な開発方法では、数多くの試行錯誤が必要となり、非常に長い開発期間と多大な研究費、人的資源を投資することが必然でした。また、求められる機能や性能が高度化・多様化している現在においては、所望の機能を発現させるための最適な因子の組み合わせ条件は、経験だけでは見つけ出すことができず、非常に労力のかかる状況となっています。

上記の問題を解決する手段として、近年、材料科学の分野では従来の実験ベースの取り組み(実験科学)にAI(人工知能)や機械学習、シミュレーションなどのデータ科学を取り入れるようになってきました。実験科学とデータ科学の融合は、材料開発プロセスの効率化に繋がり、低コストで迅速性のある材料開発を進めることができます。また、AIは入力されたデータから新たなルールを見つけ出すことができるため、AIの活用により従来の発想に縛られない新しい事実の発見や新規材料の開発に繋がります。

今回私たちは、機能性高分子材料の開発手法のひとつである放射線グラフト重合技術に、機械学習を取り入れることができれば、材料開発の高効率化や新たな事実の発見に繋がると考え、グラフト重合反応率を予測することができるAIモデルの開発に取り組みました(図1)。

従来の材料開発方法と本研究で開発した技術

【研究の内容と得られた成果】

放射線グラフト重合反応としては、量子科学技術研究開発機構(QST)で開発を進めてきたエマルショングラフト重合反応12をモデル反応として機械学習させ、グラフト重合反応率をAIによって予測できることを検証しました。最初に、様々な分子構造を持つ41種類のモノマーを用いて、実際にグラフト重合反応実験を行い、グラフト重合反応率(実測値)を取得しました。次に、グラフト重合反応に使用したモノマーの物性情報を量子化学計算により数値化しました。モノマーの物性情報の数値化では、モノマーの分子量や体積などの物性情報だけでなく、各モノマーの部分構造であるビニル基周辺の原子情報として、原子の電荷や原子のNMR化学シフトなど49種類のパラメーターを採用しました。その後、機械学習により、グラフト重合反応率とモノマーの物性情報との間にある相関関係(ルール)を見つけ出し、グラフト重合反応率の予測モデル(AIモデル)を創出しました(図2)。また、作成したAIモデルは、どの因子が重合反応率を向上させる重要因子となるのかを客観的に評価することができます。そこで予測反応率に及ぼすモノマーの物性情報の影響度を解析した結果、AIモデルを構成する49種類の因子のうち、モノマーの「分極率」と、モノマーの置換基13近傍にある酸素原子の「NMR化学シフト」が高分子重合反応の鍵となる重要因子であることが判明しました。

作成したAIモデルは、重合反応率を予測したい未知モノマー(8種類)の物性情報を入力することで、これまで達成できなかった高い精度(決定係数:0.71)でグラフト重合反応率を瞬時に予測することに成功しました(図3)。今後、AIモデルを成熟させることにより、予測精度を向上させ、革新的高分子材料の創出に繋げていく予定です。

 機械学習を用いたAIモデルの作成手順

AIモデルによるグラフト重合反応率の予測結果

【今後の展開】

今回創出したAIモデルを活用することにより、試行錯誤を伴う繰り返し実験が不要になり、実験を行わなくてもグラフト重合反応率を予測することができるため、新規高分子材料の開発の大幅な短短期化や研究開発コストの削減に大いに貢献することができると考えています。今後は、異なる分子構造のモノマーの物性情報をAIモデルに学習させることによる予測精度の向上と、放射線重合だけでなく広範な高分子重合反応への適用を図るとともに、材料合成に必須な放射線の照射線量、モノマー濃度、重合反応温度、重合反応時間などの諸条件を考慮したAIモデルの作成に展開し、最適なグラフト重合反応の合成条件の提案を可能とする技術の構築を目指します。

【用語解説】

1)放射線グラフト重合技術
ビニール袋に使われているポリエチレンなどの高分子材料素材にガンマ線や電子線などの放射線を照射することにより高分子材料分子を一部切り取り、そこに別の機能を持った薬品をくっつけることで、高分子材料の特性を改良する技術のこと。園芸の接ぎ木と似ていることから「グラフト(接ぎ木)」と名づけられています。

2)機械学習
人間や動物が経験を通して自然に学習することを機械(コンピュータ)に学習させてデータ解析する技術のこと。入力されたデータからルールや規則性を自動的に見つけ出し、それに基づいて未知データの結果を予測することができます。

3)モノマー
高分子材料(ポリマー)を構成する最小単位の有機低分子化合物のことであり、単量体ともいわれます。モノマー同士がたくさん繋がる(重合する)ことによって高分子材料ができます。「モノマー」の「モノ」は「ひとつ」という意味であり、「ポリマー」の「ポリ」は「たくさん」を意味します。

4)グラフト重合反応率
グラフト重合反応の反応収率のこと。グラフト重合反応後の重量増加を基材の重量を基準として百分率で表します。グラフト重合反応率100%とは、基材の重量と同一の重さのモノマー由来の高分子側鎖が導入されていることを示します。

5)量子化学計算
量子力学の原理に基づいた計算により、分子の電子状態から分子構造や反応性、物性などを解析・予測する分子シミュレーション技術のひとつのこと。

6)ビニル基
モノマーを構成する部分構造であり、エチレン(CH2=CH2)から水素1原子を除いて得られる不飽和炭化水素(CH2=CH-)のこと。ビニル基があることによりモノマー同士が繋がり、ポリマーをつくることができます。

7)決定係数
予測モデルの精度を表す指標であり、予測値と実測値がどのくらい一致しているのかを表す数値のこと。0から1までの値をとり、1に近いほど予測精度が高いことを意味します。寄与率とも言う。

8)分極率
原子や分子に電場をかけたとき、その原子や分子がどの程度変形(分極)しやすいかを表わす割合のこと。

9)NMR化学シフト
核磁気共鳴(NMR)法では、同じ原子でも分子中の配置や結合などの化学的環境の違いによって、核スピンの共鳴周波数(エネルギー差)がわずかに異なります。これを化学シフトと呼び、基準物質(テトラメチルシラン)からの共鳴周波数のずれ/基準物質の共鳴周波数を用いて表します(単位ppm)。化学シフトの値は結合により固有のため、物質の化学構造決定のための重要な情報となります。

10)高分子重合反応
モノマーを反応させて繋ぎ合わせ、目的の高分子材料を合成する化学反応のこと。元となるモノマー、目的とする高分子材料の種類や形状により、様々な重合反応の方法が存在します。

11)QSTアライアンス事業
産業界に存在する技術的課題を解決し、そのブレークスルーによって当該業界にイノベーションを創出するため、量子科学技術研究開発機構(QST)と特定分野の企業群が共同で研究開発を行うアライアンス事業を行っております。その事業のひとつとして、2017年に先端高分子機能性材料アライアンスを設立し、先端機能性を有する高分子材料の効率的な創製や解析、機能予測などに関する研究開発を行っています。

先端高分子機能性材料アライアンス (2017~2022年度) - 量子科学技術研究開発機構
アライアンス事業の1つである「先端高分子機能性材料アライアンス」について説明します
先端高分子機能性材料アライアンス - 量子科学技術研究開発機構

12)エマルショングラフト重合
グラフト重合反応の際に、モノマーを石鹸の作用をもつ界面活性剤を用いて水中に微粒子状態で分散させることにより、重合反応効率を著しく向上させる手法のこと。

13)置換基
モノマーを構成する部分構造のこと。置換基の構造が異なることにより、モノマーの物性が異なります。

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