刺激に応じて自在に剥がせるプライマーを開発~ 熱や光で接着部分の化学結合を切断~

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2021-09-08 産業技術総合研究所

ポイント

  • 光や熱の刺激を与えることで、プライマー成分の化学結合を切断し、接着部分の剥離を促す
  • 従来の光液化-固化型接着剤の5%未満のエネルギーで接着部分が剥離、省エネルギー化に期待
  • 複合材料の廃棄処理時に容易に分離できるなど、リサイクルやリユースへの貢献に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)機能化学研究部門【研究部門長 新納 弘之】スマート材料グループ 相沢 美帆 研究員は、刺激を加える前には接着力を高め、光や熱を与えた際には接着物を剥離できる解体性プライマーを開発した。

開発した解体性プライマーは、光や熱によって化学結合が切れる分子(アントラセン二量体)を部分構造として組み込んでおり、接着対象物に本プライマーを塗布することで界面から剥がしやすくなる新しい剥離技術を提供する。刺激を加える前は、開発したプライマーを介して基材と接着剤との間に形成される化学結合によって接着力が向上し、さまざまな基材同士の接着に適用することができる。一方で、光や熱といった刺激によって化学結合が切断されることから、簡単にきれいに剥がすこともできる。接着界面で起きる化学結合の開裂を利用するため、従来の光液化-固化型接着剤と比較してわずかなエネルギーで剥離できる。複合材料の接着に利用することで、廃棄処理時における素材の分離が容易になり、リサイクルやリユースへの貢献が期待される。なお、この技術の詳細は、2021年9月3日、独国の学術誌「Advanced Engineering Materials」にオンライン掲載された。

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刺激に応じて自在に剥がせる解体性プライマー

開発の社会的背景

資源循環型社会を構築するうえで、リサイクルやリユースが注目を集めている。製品として接着された素材同士を、廃棄後に必要に応じて剥がせる技術は、リサイクルやリユースの促進に有効である。これまでにも、光や熱の刺激によって接着力を制御する技術は提案されてきた。従来の剥離手法では、刺激に応じて接着成分の形状や硬さを変化させることで、剥離を実現している。しかし、接着成分を変化させるには、加熱や光照射で多くのエネルギーを必要とする。さらに、高い接着力と剥離性能を両立させることが困難であった。そのため、接着力を損なうことなく少ないエネルギーで剥離できる新しい技術が望まれていた。

研究の経緯

産総研では、これまでに、光に応答して非加熱で液化(軟化)-固化を繰り返す材料を用いて、光照射で着脱可能な光液化-固化型接着剤の開発に取り組んできた(2012年4月6日 産総研プレス発表2018年11月27日 主な研究成果 )。これは、光照射により接着成分を軟化させることで、剥離させる技術である。

一方、接着成分と接着対象物との界面に着目して、接着力を改善させる技術として、プライマーで処理する方法が広く利用されている。これは、プライマーを介して接着対象物と接着剤との間に強固な化学結合を形成することで、接着力を向上させることができる。ごく薄いプライマー層で接着力を増強できるため、効率的な技術である。しかし、一度接着した部位を剥離させる方法については、これまでほとんど検討されていなかった。そこで、光や熱の刺激により化学結合が容易に変化する分子に着目し、化学結合の形成によって接着力を高める効果と、刺激によって化学結合が開裂することで接着力を弱める効果とを併せもつ、解体性プライマーの開発に取り組んだ。

なお、この開発の一部は、独立行政法人日本学術振興会 科研費 若手研究(JP20K15360,2020年度〜2022年度)による支援を受けて行ったものである。

研究の内容

本研究では、目的の分子構造として、アントラセンを用い、基材表面にプライマー層を形成するために、基材であるガラス基板と化学的に吸着する末端官能基(アルコキシシリル基)をもつアントラセン誘導体を合成した。この誘導体に波長405 nmの光を照射することで、アントラセンの光二量化を行った。この二量化させた成分を含む溶液にガラス基板を浸し、乾燥することで、ガラス基板表面に解体性プライマー層を形成した(図1)。

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図1 プライマー層の形成方法

次に、プライマー層が接着力に及ぼす影響を調べるために、プライマー層を形成したガラス基板表面に接着剤を塗布し、柔軟な樹脂フィルムを貼り合わせた試験片を作製し、剥離試験を実施した。接着剤としては、プライマーの末端官能基と化学結合する汎用の湿気硬化型接着剤を利用した。90°剥離試験の結果、プライマー層を形成した基板の剥離強度は、プライマー層がないものと比べて約2倍に増加し、プライマー層が接着力の向上に寄与することを確認した(図2)。また、剥離後のガラス基板表面には接着剤が残った。プライマー層のない基板では接着剤が残らないことから、プライマー層が基板と接着剤を強く接着させる結果として接着剤部分が剥がれたとわかる(図3)。次に、刺激(加熱・光照射)を加えた際の剥離強度を調べた。温度180 ℃で1分間加熱した基材では、接着剤はガラス基板表面には残らずきれいに剥離し(図3)、さらにその剥離強度は加熱していないものよりも60%低下した(図2)。一方、波長254 nmの光で1分間照射してプライマー層中の化学結合を切断したところ、剥離強度は33 %低下した。剥離したガラス基板の表面には、アントラセン単量体が確認できたことから、剥離はプライマー部分で進行したことがわかった。今回使用した光照射のエネルギー(30 mJ/cm2)は、これまでに当所で開発した光液化-固化型接着剤と比較して5%未満であり、接着力を低減させる手法としては大幅な省エネルギー化を実現した。

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図2 プライマー層の形成および刺激を加えた際の剥離強度の変化

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図3 剥離試験後の試験片の様子

プライマー層を形成したガラス基板とプラスチックフィルムを貼り合わせた試験片に重りを吊るす接着力検証試験を行った(図4)。1 kgの重りを吊るしても落下せず、接着状態は保持された。次に、アイロンを用いてこの試験片を1分間加熱した後、再び1 kgの重りを吊るすと、80〜120 ℃の加熱では重りは落下しなかったが、180〜210 ℃では落下した。このことから、180 ℃以上で1分間の加熱により接着強度が低下することが確認できた。

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図4 重りを吊るす方法により接着力を検証した試験の様子

今回開発した解体性プライマーは、「加熱や光照射により化学結合が容易に切断できる」という点が新しく、接着の分野以外にも、インクの除去といった紙の再生分野への展開や、刺激に応じて表面の摩擦力が変化する表面処理剤としての応用が期待される。

今後の予定

プライマーの構成分子について検討し、接着強度のさらなる向上を目指す。剥離を促す刺激(加熱温度や光の波長・強度など)や適用可能な基板種類を拡大させ、省エネルギーで汎用性の高い剥離技術として展開できるよう研究開発を進めていく予定である。

用語の説明
◆プライマー
接着剤を塗布する前の基材に塗る下塗り材。基材の表面状態を整え、接着剤との密着性を向上させる役割をもつ。
◆化学結合
原子やイオンが集まって分子や結晶を作るときの原子やイオン同士の結びつきのこと。イオン結合、共有結合および金属結合などの種類があるが、とくに本研究では原子と原子の結びつきである共有結合を指す。接着において、共有結合は接着力を発現させるメカニズムの一つであるといわれている。
◆アントラセン/dt>
下図のような構造を有する多環芳香族化合物の名称。特定の波長の光を吸収すると、別のアントラセンと結合する光二量化反応を示す。

式

◆光液化-固化型接着剤
光で材料全体の液化-固化を行うことで接着力を可逆的に制御できる接着剤。
◆光二量化
アントラセンに特定の波長の光をあて、別のアントラセンと結合させる反応(下図)。このとき2つのアントラセンが結合(二量化)して生成する新たな分子を二量体と呼ぶ。形成した二量体は、室温で安定であるが、温度を高くする、もしくは紫外光領域である波長300 nm以下の光をあてると、分子の結合が切れて(開裂)、元のアントラセンに戻る。

式

◆湿気硬化型接着剤
空気中の水分と反応して硬化し、加熱や溶剤を必要としない特徴をもつ接着剤。
◆90°剥離試験
接着力を評価する試験方法の一つ。一方の被着材がたわみ性をもつ試験片を垂直方向に引っ張って剥離させる際の剥離抵抗を測定する方法。
◆剥離強度
接着の強さを表す指標の一つ。接着した試験片の一端を90°または180°の角度で引き剥がし、接着部分が破壊したときの強さ。
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