光電変換効率18.6 %を達成、太陽光発電の普及を加速
2021-05-31 産業技術総合研究所
ポイント
- 軽量性と曲面追従性に優れる集積型のCIS系太陽電池ミニモジュールの性能が向上
- 改良したアルカリ金属添加制御技術でCIS系太陽電池を多様な基板上に形成可能に
- 高い光電変換効率により太陽光発電の普及拡大とそれによるCO2排出量削減に期待
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)省エネルギー研究部門【研究部門長 堀田 照久】化合物薄膜材料グループ 石塚 尚吾 研究グループ長、上川 由紀子 主任研究員は、トヨタ自動車株式会社 未来創生センター【未来創生センター長 古賀 伸彦】(以下「トヨタ」という)R-フロンティア部 第6基盤研究グループ 増田 泰造 グループ長と共同で、軽量フレキシブルなCIS系太陽電池ミニモジュールでは世界最高となる光電変換効率18.6 %(17セル集積型構造、受光面積68.0 cm2)を達成した。アルカリ金属の添加制御技術の改良によるCIS系光吸収層の特性改善などによって、光電変換効率の向上に成功した。軽量性や長期信頼性に優れ、曲面追従性も高く、従来の太陽光発電システムでは導入が困難だった場所への設置も可能になる。応用範囲が拡大するので新たな市場創生が期待でき、太陽光発電のさらなる普及とそれによる大幅なCO2排出量削減が期待される。
本成果は、2021年9月6~9日に開催される国際会議2021 International Conference on Solid State Devices and Materials (SSDM2021)で発表される。
軽量フレキシブルCIS系太陽電池ミニモジュールと従来ガラス基板品との比較
開発の社会的背景
2050年カーボンニュートラルの実現に向けて二酸化炭素(CO2)の排出量削減を目指す中で、再生可能エネルギーの普及に大きな期待が集まっている。再生可能エネルギーのひとつ太陽光発電については、主流である結晶シリコン系太陽電池のほかに、さまざまな種類の太陽電池が先端研究開発の舞台から身近な生活環境にまで登場するようになってきた。特にCIS系太陽電池は、光電変換効率が高く、長期信頼性にも優れるなどの特長が知られる。
従来のCIS系太陽電池は重量が大きいガラス基板を用いているため、薄膜型太陽電池としての特色を十分には生かせていなかった。ゆえにその特長を生かした、軽量で曲面追従が可能な基板を用いた高性能CIS系太陽電池モジュールの開発は、太陽光発電の広範な普及の鍵として期待されている。これからの太陽光発電には、立地制約克服型の新たな太陽電池およびさらなるコストダウンが求められている。
研究の経緯
産総研は、太陽光発電の普及拡大に向けて多種多様な太陽電池材料やデバイスの研究開発に取り組んでいる。現在、CIS系太陽電池の研究開発においては、従来のガラス基板上の太陽電池をさらに高効率化する技術や多接合型太陽電池への応用技術の開発のほか、用途拡大に向けてフィルム基板などを用いた軽量フレキシブルな太陽電池の高性能化を目指しており、これまでに企業や大学との連携により研究開発を進めてきた(産総研プレス発表、2008年7月16日、2010年2月25日、2011年6月20日)。
また、トヨタでは2005年ごろから太陽光発電システムの車両応用研究に取り組んできた。車両の重量は燃費や電費に直結するため、軽量な太陽電池モジュールが求められている。耐久性に優れ、曲面追従可能な太陽電池は車両搭載の可能性をさらに広げる。
従来のガラス基板と比べて、フィルム基板上に高性能なCIS系太陽電池を形成するのは困難であった。これは、フィルム基板上とガラス基板上における太陽電池形成プロセスの違いのためである。CIS系太陽電池ではガラス基板から光吸収層に拡散し添加されるアルカリ金属が高性能化に必要であるが、アルカリ金属を含まないフィルム基板ではこの拡散添加が期待できないため、ガラス基板上とは異なるアルカリ金属添加制御技術が必要になるなど克服すべき課題が大きかった。
今回、CIS系太陽電池の作製に必要なアルカリ金属の添加制御技術を改良し、光吸収層である多結晶CIS系薄膜およびその表面・界面の品質を向上させ、太陽電池デバイスの性能向上に取り組んだ。CIS系太陽電池モジュールは、すでに国内外で19 %以上の変換効率が達成され、また、最近世界中で研究開発が活発な有機-無機ハイブリッドペロブスカイト太陽電池モジュールでも18 %前後の効率が報告されている。しかし、これらの変換効率はガラス基板による性能でありフィルム基板などを用いた軽量フレキシブル型太陽電池における性能ではない。これまでの軽量フレキシブルなCIS系太陽電池ミニモジュールの世界最高効率としては、欧州の研究機関が16.9 %を報告していた。さらなる性能向上が実現できれば、車両搭載のほか、工場の屋根など耐荷重制限のある場所や曲面など、従来の太陽電池では設置が困難であった場所へ高性能で実用的な太陽電池の設置が可能となるため、新市場の創生も期待できる。
今回の技術開発と成果に結びつく、アルカリ金属の添加効果やCIS系太陽電池のp-n接合界面制御に関連する基礎的知見は、米国物理学会が刊行するPhysical Review Applied誌に2021年5月4日に掲載された。
本研究開発は、産総研とトヨタとの共同研究に加え、一部は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という)の委託事業「太陽光発電主力電源化推進技術開発/太陽光発電の新市場創造技術開発/フィルム型超軽量モジュール太陽電池の開発(重量制限のある屋根向け)(軽量基板上化合物薄膜太陽電池の高効率化技術開発)(2020~2024年度)」、公益財団法人三菱財団自然科学研究助成(No. 201910001)、および日本学術振興会科学研究費助成事業(19K05282)による支援を受けて行った。
研究の内容
今回の太陽電池ミニモジュールの性能向上は、従来のガラス基板上だけでなく軽量フレキシブルなフィルム基板上に高性能なCIS系太陽電池を形成するために必要なアルカリ金属添加制御技術の改良によって達成された。CIS系薄膜の光電変換特性の改善を行うためASTL法(特許第5366154号)を使用し、光吸収層の製膜後にもアルカリ金属の添加を行った。基板には靭性と弾力性に優れたフレキシブルセラミックシート(基板自体にはアルカリ金属を含有しない)を用い、多様な基板上での応用を見据えたCIS系太陽電池モジュール形成技術を検証した。図1に、作製した17セル集積型のフレキシブルCIS系太陽電池ミニモジュールと第三者機関による性能測定結果データシートを示す。赤線が電流-電圧曲線(左軸)、緑線が電力-電圧曲線(右軸)である。データシートの記載値、またその値からさらに計算して求められた太陽電池性能パラメータは、変換効率18.6 %、開放電圧12.7 V(1セルあたり0.747 V)、短絡電流密度34.6 mA/cm2、曲線因子72.0 %であった。
図1 (左) 光電変換効率18.6 %(面積68.0 cm2)を達成した 軽量フレキシブルCIS系太陽電池ミニモジュールの外観
(右) 同ミニモジュールの産総研再生可能エネルギー研究センター 太陽光評価・標準チームによる 性能測定結果データシート
上述のように、CIS系太陽電池モジュールは国内外で19 %以上の変換効率が達成されており、有機-無機ハイブリッドペロブスカイト系の太陽電池モジュールでも18 %前後の効率が報告されている。しかし、これらは基板がガラスであり軽量性、柔軟性がなかった。今回、軽量フレキシブルな太陽電池ミニモジュールとして18 %以上の変換効率を達成できたことで、CIS系材料を活用した太陽光発電の用途拡大に向けて大きな道が開けた。
今後の予定
軽量フレキシブルなCIS系太陽電池ミニモジュールにおいて、光電変換効率は世界最高値を更新した。しかし、太陽電池の性能指標の一つである曲線因子の値は72.0 %とまだ低い。そのため、曲線因子の改善によってさらなる高性能化が期待できる。CIS系太陽電池研究開発に関するNEDO委託事業の2022年度末目標では、30 cm角以上のモジュールで効率18 %以上のほか、製造コスト35円/W以下の見通しを得ることなどがあり、これらの達成に向けて企業や大学などとの連携により研究開発を進めていく。また、CIS系光吸収層とp-n接合界面の品質向上などの要素技術をさらに改善し、より高い光電変換効率の実現を目指す。
参考情報
トヨタ企業サイト「未来につながる研究」
あらゆる材質上に形成できる薄膜型太陽電池を目指して
~柔軟性のあるCIS系太陽電池ミニモジュールにて、世界最高レベルの発電効率18.6 %達成~
https://www.toyota.co.jp/jpn/tech/partner_robot/news/202105_01.html
用語の説明
- ◆CIS系太陽電池
- 銅(Cu)、インジウム(In)、セレン(Se)の3元素を主体とし、これにガリウム(Ga)や硫黄(S)などを加えたカルコゲナイド系薄膜を光吸収層とした太陽電池の総称。高い光電変換効率や優れた長期信頼性、高い放射線耐性などの特長があるほか、漆黒の意匠といった特徴もある。
CIS系太陽電池や太陽光発電に関連する非専門家向けのわかりやすい解説はYouTube「太陽電池大学」などでも参照できる(外部サイト: https://youtu.be/4UDUDt7ZZIo) - ◆ミニモジュール
- 複数の太陽電池セルを接続・封止などしてパッケージ化したものを太陽電池モジュールという。面積によってラージモジュール、サブモジュールなど呼称が異なり、ミニモジュールは200 cm2未満の分類となる。
- ◆光電変換効率
- 入力された光エネルギーに対し出力として電気エネルギーに変換される割合。太陽電池の光電変換効率は大学・研究機関や企業等の自社測定では自称数値であり、信頼性の担保が困難となる。そのため、産総研(日本)や米国国立再生可能エネルギー研究所(米国)、フラウンホーファー研究機構(ドイツ)などの外部機関によって測定された光電変換効率を、信頼性が担保された第三者機関測定値として公表することが多い。特に「世界最高効率」などとして認知される数値はこの第三者機関測定値に基づく。
- ◆集積型構造
- 1枚の基板上に複数の太陽電池セルを集積した構造(図2左)。1枚の基板上に裏面電極層やCIS系光吸収層のパターンを作り、個々の太陽電池間の接続を行う。CIS系や有機-無機ハイブリッドペロブスカイト系などの薄膜型太陽電池で採用される。従来の結晶シリコン系太陽電池などでは、個々の太陽電池セルをセル表面に配したグリッド電極やセル間の接続のためのバスバー電極でつなげた図2右のようなモジュール構造が用いられる(図はどちらもCIS系太陽電池の例)。
図2 集積型(左)とグリッド電極型(右)の例
- ◆19 %以上の変換効率
- ガラス基板のCIS系太陽電池モジュールでは、ソーラーフロンティア(日本)が19.2 %(面積841 cm2、2017年)、19.8 %(面積24.2 cm2、2017年)、AVANCIS(独)が19.6 %(面積671 cm2、2021年)の変換効率を報告した。
- ◆18 %前後の効率
- ガラス基板の有機-無機ハイブリッドペロブスカイト系太陽電池モジュールでは、パナソニック(日)が17.9 %(面積804 cm2、2020年)、ノースカロライナ大(米)が18.6 %(面積29.5 cm2、2020年)の変換効率を報告した。
- ◆欧州の研究機関が16.9 %を報告
- スイス連邦材料試験研究所(Empa)が、ポリイミドフィルムを基板に用いた軽量フレキシブルCIS系太陽電池ミニモジュールで16.9 %(面積10.2 cm2、2015年)の変換効率を報告している。
- ◆アルカリ金属添加
- CIS系太陽電池を製造する際に、支持基板に含まれるナトリウムなどのアルカリ金属などが、CIS系光吸収層の製膜過程に拡散しCIS系光吸収層に取り込まれることで太陽電池性能を向上させることができる。
- ◆ASTL法
- 裏面電極層を形成する前に、アルカリ金属供給層(基板に金属箔など導電性材料を用いる場合には絶縁層の役割も担う)として数十ナノメートル(ナノはミリの百万分の一)から数マイクロメートル(マイクロはミリの千分の一)のケイ酸塩ガラス薄膜(Alkali-silicate glass thin layer: ASTL)をプリカーサ層として形成し、この層の製膜条件制御により裏面電極層を通過してCIS系光吸収層に取り込まれるアルカリ金属量を制御する手法(産総研プレス発表、2008年7月16日)。
- ◆光電変換特性の改善
- アルカリ金属添加制御による軽量フレキシブル型CIS系太陽電池の性能向上技術の概略(図3)。
図3 CIS系光吸収層へのアルカリ金属添加概略図
- ◆太陽電池性能パラメータ
- 太陽電池の重要な性能である光電変換効率(η)を支配するパラメータ。代表的なパラメータは、開放電圧(Voc)と短絡電流密度(Jsc)、曲線因子(FF)であり、光電変換効率との関係は次式で表わされる。
η= Voc×Jsc×FF - ◆曲線因子
- 太陽電池の最大出力を開放電圧と短絡電流との積で除した値。Fill factor(FF)と称される。電流―電圧曲線形状の良し悪しを判断する指標で100 %に近いほど良い。