Jリーグのスタジアムやクラブハウスなどで新型コロナウイルス感染予防のための調査(第三報)

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スタジアムにおけるマスク着用率など感染リスク対策の効果を評価

2021-05-11 産業技術総合研究所

ポイント

  • 異なる5つのスタジアムでAIを用いた画像解析により観客のマスク着用率を評価
  • 試合中のマスク着用率は平均95.2%
  • 調査で得られたパラメーターを使用して、スタジアムにおける感染リスク対策の効果を評価
  • 座席間隔の確保、マスク着用、消毒、手洗いの対策を実施することで実施していない場合と比較して感染リスクが94%削減されると評価

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門【研究部門長 今泉 博之】地圏化学研究グループ 保高 徹生 研究グループ長、人工知能研究センター【研究センター長 辻井 潤一】社会知能研究チーム 大西 正輝 研究チーム長、坂東 宜昭 研究員、安全科学研究部門【研究部門長 玄地 裕】 リスク評価戦略グループ 内藤 航 研究グループ長、岩崎 雄一 主任研究員、篠原 直秀 主任研究員は、日本プロサッカーリーグ【チェアマン 村井 満】(以下「Jリーグ」という)と名古屋グランパス、FC東京、川崎フロンターレ、鹿島アントラーズ、研究チームMARCOと連携し、Jリーグの試合時における観客の新型コロナウイルス感染リスクとその対策の効果を評価するために、二酸化炭素計測器(CO2計)を用いた換気状態(密閉)の把握、カメラ撮影・画像解析によるマスク着用率の評価、レーザーレーダーや音響センサーを用いた人の密集・密接状態や観客の行動様式に関する計測調査を進めてきた。

今回は、調査の第三報として、マスク着用率の計測結果、レーザーレーダーによる分散退場の効果測定およびこれまで得られたデータに基づくスタジアムにおける感染リスク対策の効果の評価について報告する。マスク着用率については、実際に観客が入場した5つのスタジアムにおいて、人工知能(AI)を用いた画像解析によるマスク着用率を評価し、試合中(ハーフタイム以外)のマスク着用率は、平均95.2%(着用率:最大97.0%、最小93.5%)という結果を得た。また、サッカースタジアムでのスポーツ観戦の感染リスク評価モデルを構築し、4月3日の豊田スタジアムでの名古屋グランパスエイト対FC東京、4月11日の味の素スタジアムのFC東京対川崎フロンターレの試合に対して、今回の実証試験で得られたマスク着用率などのパラメーターを使用して、一定の仮定のもと実施された感染リスク対策の効果を評価した。その結果、座席間隔の確保、マスク着用、消毒、手洗いの対策を実施するなど、主催者と観客が協力して対策を講じると、対策を実施しない場合と比較して、感染リスクを94%削減していると評価できた。今回得られた結果は、スタジアムなどの大規模集客イベントなどで実施されている感染予防対策の効果の評価、対策の指針作りなど新型コロナ感染リスク評価、対策効果の評価への貢献が期待される。

研究の社会的背景

新型コロナウイルス感染が続く中、安全にイベントを開催するには、どのような状況下で感染が広がるかのリスクを知ることは重要であり、社会的にも関心が持たれている。特にスタジアムのような大規模施設で開催するイベントには、一度に多くの観客が集まることから、入場者数、マスク着用の有無、混雑の程度、応援方法の違いなどが感染の広がりに影響すると推定されている。

スタジアムでの試合時、観客などの活動範囲で3密(密集・密閉・密接)が生じやすい状況の有無、また、観客の飛沫防止のためのマスク着用率などの感染対策の遵守など観客への啓蒙活動とその効果、さらにこれらの感染対策による感染リスク低減効果を確認することは、今後の対策指針の策定、感染リスク低減に向けて貴重な情報となる。

研究の経緯

産総研は、2020年10月よりJリーグ/Jクラブと連携して、スタジアムの客席、コンコース、トイレなどの観客が立ち入るエリアで調査を継続している。これまでの実証試験の実施状況、結果については以下を参照。

調査内容

豊田スタジアムでの名古屋グランパスエイト対FC東京(4月3日開催)およびの味の素スタジアムでのFC東京対川崎フロンターレ(4月11日)の試合時において、Jリーグ/クラブが実施した感染対策の効果を確認するための調査を実施した。図1に感染ルートごとの対策および効果確認のための調査内容を示す。

飛沫感染ルートに関して、①観客席を対象にカメラ撮影・画像解析によるマスク着用率の確認、②退場時のコンコースでの密に対して、レーザーレーダーによる人流解析やカメラ撮影・画像解析を用いた分散退場の効果の確認、③マイクロホンアレイによる声出し応援の計測(今回は報告なし)、飛沫核感染ルートに関しては、④観客席におけるCO2濃度の測定およびトイレ、ラウンジ、ギャラリーなどにおけるリアルタイムCO2計によるCO2濃度の測定を実施した。また、Murakami et al.(2021)のモデルを改良し、得られたデータをパラメーターとして、感染リスク対策の効果を評価した。

本報告では、カメラ撮影・画像解析によるマスク着用率(図2)、レーザーレーダーによる人流解析および感染リスク対策の効果の評価を中心に報告する。なお、マスク着用率については、1月4日のルヴァンカップ決勝、4月24日のカシマスタジアムにおける鹿島アントラーズ対ヴィッセル神戸、5月4日の等々力陸上競技場における川崎フロンターレ対名古屋グランパスエイトにおいて実測した結果を報告する。表1に調査を実施した試合の観客数や動員率などを示す。

表1 調査を実施した試合と観客数、観客動員率

表1

図1

図1 4月3日、4月11日の2試合でJリーグ/クラブが実施した対策と効果把握のための調査

図2

図2 左 カメラ撮影状況(左)およびAIによる画像認識技術でのマスク検出状況(右)

マスク着用率の評価

図3はJリーグの5試合についてAIによる画像認識技術より求めたマスク着用率を示す。試合中(ハーフタイムを除く)のマスク着用率は、平均95.2%(最大97.0%、最小93.5%)と高いことが確認された。一方で、ハーフタイム中は平均85.6%(最大85.8%、最小82.1%)と試合中と比較して、10%程度低下する傾向にあった。これは、飲食の割合が増えていることが原因である。

また、試合において抽出されたマスク着用率の時系列の変化の例を図4に示す。入場から時間が経過するにつれてマスク着用率は上昇し、飲水タイムやハーフタイムにマスク着用率が減少していた。

図3

図3 対象とした5試合におけるAIによる画像認識技術を用いた平均マスク着用率

図4

図4 試合中のマスク着用率の時系列の変化例

レーザーレーダーおよびカメラを用いた分散退場の効果確認

レーザーレーダーによるコンコースの人流解析およびカメラによる観客席の画像解析から分散退場の効果を評価した。図5に豊田スタジアムにおけるカメラおよびレーザーレーダーによる解析結果を示す。横軸が時間、縦軸が移動人数を示している。スタンドの観客席を撮影したカメラ画像より、分散退場はスタンド座席からの観客の移動を10〜15分程度分散させる効果があることを確認した。また、レーザーレーダーによるゲートの混雑具合も数回に分かれることを確認した。

図5

図5 豊田スタジアムにおけるカメラおよびレーザーレーダーによる解析結果

スタジアムにおける感染リスク対策効果の評価

豊田スタジアムでの名古屋グランパスエイト対FC東京(4月3日)の試合、味の素スタジアムのFC東京対川崎フロンターレ(4月11日)の試合に対して、東京オリンピックの開会式のリスク評価を行ったMurakami et al.(2021)のモデル(産総研の研究者も参画)にマスク着用率、座席間隔、同行者数などを考慮可能に改良したモデルを開発し、今回の実証試験で得られたマスク着用率等のパラメーターを使用して、感染リスク対策の効果を評価した。計算条件の概要を以下に示す。

  1. 環境中ウイルス動態と曝露経路をモデル化し、飛沫の直接曝露、飛沫の直接吸入、拡散したウイルスの吸引、表面接触の曝露経路からの感染リスクを評価。
  2. 対策として、座席間隔の確保、マスク、消毒、手洗いの効果を評価。
  3. コンコース、観客席、トイレ、飲食店の場に分けて解析。
  4. 今回変更した主なパラメーター
    • 対策時のマスク着用率は実測値を使用
    • 観客人数は当日の観客数を使用
    • 座席間の距離は対策なし時は0.5m、対策あり時は動員率に応じて設定(1m以上)
    • 換気係数はCO2濃度データから妥当性を確認
    • 試合観戦時間は当日のアディショナルタイムを考慮して設定
    • 同行者数、試合前スタジアム滞在時間はJリーグが実施したアンケート結果を使用
  5. モンテカルロシミュレーションで1条件、10,000回実施。

リスク評価の結果を図6に示す。座席間隔の確保、マスク、手洗い、消毒の対策をとるとなど、主催者と観客が協力して対策を講じると、対策を実施しない場合と比較して、94%の感染リスクが削減されていると評価された。また、対策の中でもマスク着用によるリスク削減効果が大きく、マスク着用の重要性が再確認された。

図6

図6 各種対策を行った場合のリスク評価結果(左:豊田スタジアム、右:味の素スタジアム)。全対策は、実際に試合で実施された対策条件を示す。

今回得られた結果は、大規模集客イベントなどでのスタジアムなどの対策の指針作りや新型コロナ感染リスク評価、対策効果の評価への貢献が期待される。

今後の予定

今後は、Jリーグ、鹿島アントラーズ、川崎フロンターレと連携して、スタジアムにおけるマスク着用率の継続的な評価を実施する。また、今回報告に含まれていないマイクロホンアレイによる観客の声援に関する計測結果を統合した分析を進め、学術論文化するとともに、スタジアムでの観戦の際の新型コロナ感染リスクと対策の指針作りなど新型コロナ感染リスク評価、対策効果の評価を進める。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
地圏資源環境研究部門 地圏化学研究グループ
研究グループ長 保高 徹生

人工知能研究センター 社会知能研究チーム
研究チーム長 大西 正輝

安全科学研究部門 リスク評価戦略グループ
研究グループ長 内藤 航

用語の説明
◆研究チームMARCO
MARCO((MAss gathering Risk COntrol and COmmunication)代表者:東京大学医科学研究所 井元教授)は、大規模集会におけるリスク制御とコミュニケーションを目的に組織された有志研究チーム。医学、工学、環境学、数学、統計学、バイオインフォマティクス、ハイパフォーマンスコンピューティングなど多様な専門分野の研究者が集まり、課題を解決するための科学と社会実装を展開している。国公立大学、私立大学、国立研究開発法人、民間企業、病院など10を超える機関から20名以上が自発的に参加し、社会に向けた多くの提言を行っている。
◆レーザーレーダー
レーザーを用いて対象物体までの距離を計測するセンサー。複数のレーザーを回転させることによって高い空間分解能で環境の三次元空間の情報を得ることができる。ライダー(LiDAR: Light Detection And Ranging)とも呼ばれる。
◆マイクロホンアレイ
異なる位置に複数のマイクロホンを配置したもの。各マイクロホンの位置関係と、各マイクロホンに音が到達する時間の違いをもとにデータ処理をおこない、音源の位置を推定したり、特定方向の感度を上げたり下げたりすることができる。
◆分散退場
クラブおよびJリーグが退場時のスタジアム内外での混雑を緩和するために実施した退場プロトコル。
◆Murakami et al.(2021)モデル
マスギャザリングイベント(多くの人が集まるイベント)において観客の感染リスクを経路別に評価したシミュレーションモデルを開発した初めての論文。2021年3月21日、微生物のリスク分析に関する国際的な専門誌である「Microbial Risk Analysis」に掲載された。本評価で使用したモデルは、上記論文のモデルに対して、マスク着用率、座席間隔、同行者数などを考慮できるように改良したものである。
Redirecting
◆モンテカルロシミュレーション
確率的な分布を設定し、乱数を用いた試行を繰り返すことで行うシミュレーション方法。
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