次世代超高速移動通信などにおける高性能アンテナへ応用
2021-02-08 理化学研究所,同志社大学,京都大学
理化学研究所(理研)光量子工学研究センターテラヘルツ光源研究チームの野竹孝志研究員、南出泰亜チームリーダー、テラヘルツイメージング研究チームの大谷知行チームリーダー、同志社大学ハリス理化学研究所の彌田智一教授、京都大学大学院理学研究科の有川敬助教、田中耕一郎教授らの共同研究グループは、藻類のスピルリナ[1]を鋳型として作製した微小な金属らせん構造から特定の方向にテラヘルツ光[2]が放射される様子を、高性能テラヘルツ近接場顕微鏡を用いてリアルタイムに可視化することに成功しました。
本研究成果は、世界中で開発競争が加速している次世代超高速移動無線通信規格(6G)に対応する、高性能アンテナなどへの応用が期待できます。
今回、共同研究グループは、藻類の一種でらせん構造を持つスピルリナを金属メッキすることで、長さ約0.1mm、直径約0.03mm、線径約0.007mmの微小ならせん構造を作製しました。この微小金属らせん構造とテラヘルツ光との相互作用をテラヘルツ近接場顕微鏡[3]を用いて調べたところ、特定の方向へ異なる周波数のテラヘルツ光が再放射される様子を、回折限界[4]を超えたテラヘルツ光波長の10分の1程度の空間分解能とフェムト秒(100兆分の1秒)の時間分解能で、リアルタイムに可視化することに成功しました。
本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版(2月8日付)に掲載されます。
テラヘルツ近接場顕微鏡による計測の概略図(左)と可視化したテラヘルツ光放射(右)
背景
近年、テラヘルツ周波数(1兆ヘルツ)帯の電磁波(テラヘルツ光)を利用したさまざまな応用研究が進展しています。特に、従来のX線や紫外光、可視光、近赤外光、マイクロ波、電波などとは異なる、テラヘルツ光独自の特性を利用した新しいイメージングやセンシング、分光応用が実現しつつあります。
また、テラヘルツ光は、次世代の超高速移動通信規格(6G)における重要な電磁波資源であり、テラヘルツ光を発生・検出・制御するためのさまざまな光・電子デバイスの開発競争が世界中で加速しています。特に日本は、5G技術開発では世界に対して遅れをとったことから、Beyond 5G/6G へ向けたテラヘルツ光関連デバイスの研究開発に関しては、世界に先行して強力に推し進めることが重要となります。
研究手法と成果
共同研究グループはまず、バイオテンプレート技術[5]を用いて、藻類のスピルリナ(図1左)を金や銀、銅、ニッケルなどで無電解メッキし、微小な金属らせん構造(長さ約0.1mm、直径約0.03mm、線径約0.007mm)を作製しました(図1右)。らせん構造は、広帯域で軸方向、直交方向のどちらにも受信・放射できるヘリカルアンテナとしての動作を可能にします。また、スピルリナの長さは、テラヘルツ光の波長と同等の100~200マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)程度であることから、テラヘルツ光と効率良く相互作用することも期待されます。このサイズの金属らせん構造は、工業用微小ばねを量産する従来の金属加工法では作製が極めて困難ですが、バイオテンプレート技術であれば安価に大量生産が可能という特徴があります。
図1 藻類のスピルリナ(左)と金属メッキを施したスピルリナ(右)
左:藻類の一種であるスピルリナの顕微鏡画像。長さ100~200μm(0.1~0.2mm)のらせん構造をしている。
右:金属ニッケルでメッキを施したスピルリナの顕微鏡画像。長さ約0.1mm、直径約0.03mm、線径約0.007mmの微小3次元らせん構造が作製できた。
次に、テラヘルツ近接場顕微鏡を用いて、作製した微小金属らせん構造とテラヘルツ光との相互作用を調べました。その結果、テラヘルツ光によって励振[6]された微小金属らせん構造から、特定の方向へ異なる周波数のテラヘルツ光が再放射される様子を、回折限界を超えたテラヘルツ光波長の10分の1程度の空間分解能と、フェムト秒(100兆分の1秒)の時間分解能でリアルタイムに可視化することに成功しました(図2)。
図2 テラヘルツ近接場顕微鏡で可視化したテラヘルツ光放射
テラヘルツ光が異なる特定の方向に放射される様子。色の違いは振幅(位相)の違いを表しており、波として伝搬している様子が分かる。
今後の期待
一般に広く知られているX線や紫外線、赤外線、マイクロ波、電波などと同じく、テラヘルツ光も人間の目で直接見ることはできませんでした。しかし、テラヘルツ近接場顕微鏡を用いればテラヘルツ光を直接可視化できるだけでなく、さまざまなデバイスとの相互作用を優れた空間・時間分解能で克明に観測することが可能となります。「百聞は一見に如かず」ということわざにもあるように、今まで見えなかった現象を可視化することは、今後、アンテナをはじめとするさまざまなテラヘルツ関連デバイスを開発する上で、極めて有益なデータを得ることを可能とします。
また、近年、社会の高度情報化が加速しており、大容量データの超高速無線通信技術の開発が望まれています。伝送可能な情報量は無線通信のキャリア周波数[7]ではなく帯域(周波数の幅)で決まりますが、今回観測に成功した微小金属らせん構造からのテラヘルツ放射の帯域は1テラヘルツ以上あることが分かっています。これは、現在の最先端5G通信規格で使われている帯域の約1万倍であり、次世代の大容量超高速移動通信などにおける超広帯域アンテナとして応用が期待できます。
さらに、今回観測した結果から、微小金属らせん構造からは異なる周波数のテラヘルツ光が異なる方向へ放射することも明らかになりました。これは、1個のアンテナだけで異なる周波数および異なる方向のテラヘルツ光を送受信できることを意味しており、非常に高性能な微小アンテナとしての動作が期待できます。
また、テラヘルツ光は空間伝搬距離が短いという性質もあり、無線通信などに活用するためには多くのアンテナが必要になると考えられます。今回用いたバイオテンプレート技術は、スピルリナを培養し無電解メッキ処理するだけで、低コストで大量に微小金属らせん構造を作製することが可能な点も魅力です。
補足説明
1.スピルリナ
藍藻綱ユレモ属の多細胞糸状体微細藻類。約30億年前に出現した原核生物の仲間で、主に熱帯地方の湖に自生している。スピルリナという名前はラテン語で”らせん型の”、”ねじれた”を意味するスパイラに由来する。近年では、栄養価の高い食品としても注目され工業生産されている。
2.テラヘルツ光
周波数が1テラヘルツ(電場と磁場が1秒間に1兆回振動)程度の電磁波。膨大な電磁波スペクトル上では、電波と光の中間に位置している。X線と同じようにさまざまな物質を透過する能力があるが、X線と比べて光子エネルギーは極めて低く安全性が高い。
3.テラヘルツ近接場顕微鏡
テラヘルツ近接場光を利用した顕微鏡で、回折限界を超える(超解像)光学像を得ることが可能となる。本顕微鏡では、ニオブ酸リチウム薄膜(厚さ0.01mm)における電気光学効果を利用してテラヘルツ光を検出しており、優れた空間分解能を達成している。
4.回折限界
顕微鏡や望遠鏡などの光学系における、光の回折現象に起因する分解能の理論的な限界。
5.バイオテンプレート技術
自然界に存在する生物(植物や藻類など)の規則的、幾何学的な構造を鋳型(テンプレート)として、機能性材料(金属や半導体、高分子など)へ転写しかたどる技術。
6.励振
振動を引き起こす外力を与えること。本研究では、振動するのは微細金属らせん中の自由電子であり、外力は照射したテラヘルツ光の振動電場に起因するクーロン力である。
7.キャリア周波数
情報通信において、信号を送受信するために使用する光や電波などの周波数。キャリア周波数を現状のミリ波からテラヘルツ光へと増大することは、絶対帯域幅が大きく取れることを意味し、無線通信の高速化・大容量化には必須である。
研究支援
本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「3次元金属ナノ構造量産プロセスとキラル機能探索(研究代表者:彌田智一)」による支援を受けて行われました。
原論文情報
T. Notake, T. Iyoda, T. Arikawa, K. Tanaka, C. Otani, H. Minamide, “Dynamical visualization of anisotropic electromagnetic re-emissions from a single metal micro-helix at THz frequencies”, Scientific Reports, 10.1038/s41598-020-80510-y
発表者
理化学研究所
光量子工学研究センター テラヘルツ光源研究チーム
研究員 野竹 孝志(のたけ たかし)
チームリーダー 南出 泰亜(みなみで ひろあき)
テラヘルツイメージング研究チーム
チームリーダー 大谷 知行(おおたに ちこう)
同志社大学 ハリス理化学研究所
教授 彌田 智一(いよだ ともかず)
京都大学大学院 理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻
助教 有川 敬(ありかわ たかし)
教授 田中 耕一郎(たなか こういちろう)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
同志社大学広報部広報課
京都大学総務部広報課 国際広報室