ダイヤモンド量子センサ、室温で感度を維持しつつ計測範囲を低温従来値の100倍に

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量子センサの応用環境や測定空間を広げる成果

2021-01-12 産業技術総合研究所

概要

京都大学化学研究所の水落憲和 教授、E. D. Herbschleb 同特定助教、国立研究開発法人 産業技術総合研究所の加藤宙光 主任研究員らの研究グループは、新たな独自アルゴリズムを用い、リンドープn型ダイヤモンド中のNV中心(図1(a))量子センサによる磁場計測において、既存のダイナミックレンジを桁違いに広げることに成功しました。このダイナミックレンジは、単一NV中心を用いた量子センサとしては世界最高値です。

今回の単一NV中心を用いた結果を踏まえますと、NV中心の数を増やした集団の計測では高感度化により更なる広いダイナミックレンジを実現できます。他の超伝導量子干渉計や光ポンピング磁力計などの超高感度センサの中には、ダイナミックレンジが非常に狭いセンサもあります。今回考案した手法はパルス手法を用いた他の量子センサにも適用できますので、量子センサの計測範囲を、感度を維持しつつ広げた今回の成果は、量子センサの応用環境を広げる成果として期待されます。また、測定対象物との間の相互作用の大きさは距離に大きく依存するため、今回の成果は測定空間の領域を広げることにもつながると期待されます。

NV中心は高感度な量子センサとしての応用が期待されていますが、従来の量子センサでは、高感度化とダイナミックレンジを広げることを両立することに難点がありました。今回、パルス間隔の異なるパルス系列を組み合わせ、それをベイズ推定によるアルゴリズムにより最適化することにより、高い感度を維持しつつ、室温における単一NV中心において7桁程度のダイナミックレンジを実現しました。これは単一NV中心の低温(8 K)における最高報告値より、2桁も広い値です。また、パルス間隔の異なるパルス系列を組み合わせた研究では、測定時間に対する感度の依存性が古典での限界を超えるようにも見られる結果も報告され、学術的に関心が持たれていましたが、今回われわれはこの現象についてもシミュレーションにより現象の解明を行いました。本成果は2021年1月12日に英国の国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されます。

図1

図1 (a) ダイヤモンド中のNV(窒素―空孔)中心の構造。 (b) 今回の手法による測定結果(青点)と既存の手法の結果(緑点)の比較図。縦軸は感度。横軸は測定範囲で単位はナノテスラ(nT)。既存の手法では測定範囲を広げると感度が悪くなるが、今回の手法では範囲を広げても感度が維持されている。

1.背景

近年、超高感度センサや量子情報素子応用の観点からダイヤモンド中のNV中心が注目されています。特筆すべき点としては、室温で1個(単一)のNV中心が有するスピンを観測でき、さらに他材料に比べ、室温でも際立って長いスピンコヒーレンス時間(T2)を有する点があげられます。センサの観点からは磁場、電場、温度、圧力などの高感度センサとしての応用が期待され、また1個1個を観測できる点から、ナノメートルレベルでの高空間分解能も実現できます。そのため、NV中心による量子センサは高空間分解能、且つ高感度を要求される細胞内計測、タンパク質物質の構造解析などの生命科学分野や、微細なデバイス評価装置用センサなどへの応用も期待されています。また、センサ感度は一度に計測するNV中心の数を増やすことにより、空間分解能は悪くなってしまいますが、さらに感度を飛躍的に高めることができます。原理的には、液体ヘリウムを用いないと動作できない超伝導量子干渉計の感度(フェムトテスラ)レベルや、気相中のガスを用いた光ポンピング磁力計の感度(フェムトテスラ)レベルに、固体でありながら室温でも到達することが期待できます。このため、心磁計、脳磁計などの医療機器を含め、極めて高い感度が要求される分野においても、幅広い応用が期待されます。

超伝導量子干渉計や光ポンピング磁力計などの非常に高感度なセンサでは、ダイナミックレンジが非常に狭く、磁気シールドされた環境下で使用されています。NV中心を用いたセンサは非常に高感度な量子センサで、且つ広いダイナミックレンジを有します。しかし、従来の手法では、高感度化とダイナミックレンジを広げることを両立することに難点がありました。

図2(a)にスピンコヒーレンスが磁場を感じて回転している様子を示しました。NV中心は電子スピンを有しており(図中赤色の矢印)、0と1の重ね合わせ状態を実現できます。これが磁場を感じると回転し、その回転した角度から磁場の大きさが分かります。しかし、1周以上回転すると何回転したか区別できません。これが測定範囲の限界の原因となります。図2(b)に図2(a)に示した回転を、磁場(横軸)に対して周期的な強度(縦軸)として表示しました。1周分が磁場を決められる限界の範囲(Bperiod)となります。しかし単純にBperiodを広げると、磁場感度は悪くなってしまいます。これは感度が観測点(青×印)の傾きの大きさに逆比例しており、傾きが急であるほど感度が良いが、Bperiodを広げると傾きが緩やかになり、つまり感度が悪くなってしまうというトレードオフの関係になってしまうからです。

2.研究手法・成果

図2(a)にスピンコヒーレンスを示しましたが、この生成には初期の状態(ここでは”0”の状態とします。)を90度xy面に倒す必要があります。更にこれを観測するには、90度倒してz軸上の成分を検出します。一般的なハーンエコー法による測定では、図3(a)に示すように、2つの90度パルス(π/2パルス)と再結像する180度パルス(pパルス)を用いることにより計測を行います。図3(b-d)に示すように、2つの90度パルスの間隔時間を変えると、観測される感度と測定可能範囲が変わります。例えば図3(b)のようにパルス間隔を(a)に比べ半分にすると、磁場を感じる領域は小さくなるため感度は(a)の場合に比べて落ちますが、その分だけ図2(a)に示したxy面内の回転において1周するまでにより多くの磁場を観測できるようになるため、測定範囲は広がります。このようにパルス間の間隔時間の異なったパルス系列を組み合わせて用いることにより、感度をあまり損なわずに測定範囲を広げることができます。高感度を維持しつつ測定範囲を広げる最適なパルス間隔の組み合わせをどのようにするかが重要になりますが、われわれはいくつかのパルス間隔の異なるパルス系列の組み合わせをベイズ推定によるアルゴリズムにより最適化することにより、NV中心の高い感度を維持しつつ、交流磁場のダイナミックレンジを広げることを試みました。図3(a)から(d)のパルス間隔における感度の測定時間依存性と、最適な組み合わせの場合の感度の測定時間依存性(赤実線)のシミュ―レーション結果を図3(e)に示しましたが、最適な組み合わせにすることにより、一定の測定時間後には最適な感度も維持できるとこが分かります。実験結果を図1(b)に示しましたが、われわれはNV中心の高い感度を維持しつつ、室温における単一NV中心において7桁程度のダイナミックレンジを実現しました。これはこれまでの低温における最高報告値より2桁も広いものです[1]。

また、パルス間隔の異なるパルス系列を組み合わせた計測の研究では、測定時間(T)に対する感度(η)の依存性が古典的な限界である依存性1/(T)0.5を超えるように見られる結果も報告され[1,2]、学術的に関心が持たれていました。今回われわれはこの現象について、シミュレーションにより、図3(e)のようにパルス間隔の異なるパルス系列の組み合わせで再現し、感度はA0として図3(a)で示されたパルス間隔による最高感度を超えないことを示しました。

今回の測定に用いたNV中心は、国立研究開発法人 産業技術総合研究所のグループにより合成されたリンドープn型ダイヤモンド試料を用いて測定しました。これまでわれわれはリンドープn型ダイヤモンド試料中のNV中心を用いて、リンドープのスピンコヒーレンス時間長時間化への効果を発見し、更に単一NV中心の室温におけるそれまでの最高磁場感度を50%以上向上することを実証しておりました[3]。今回もリンドープn型ダイヤモンドを用いることで世界最高磁場ダイナミックレンジを達成しました。

図2

図2 (a) スピンコヒーレンスが磁場を感じて回転している様子。NV中心は電子スピンを有しており(図中赤色の矢印)、0と1の重ね合わせ状態を実現できる。これが磁場を感じると回転し、その回転した角度から磁場の大きさが分かる。しかし、1周以上回転すると、何回転したか区別できない。これが測定範囲の限界の原因。(b) (a)に示した回転を周期的な強度(縦軸)として、磁場(横軸)に対して表示した図。1周分が磁場を決められる範囲(Bperiod)となる。しかし単純にBperiodを広げると、磁場感度は悪くなってしまう。観測点(青×印)の傾きが感度に対応しており、傾きが急であるほど感度が良いが、Bperiodを広げると傾きが緩やかになり、感度が悪くなってしまう。

3.波及効果、今後の予定

今回の実証研究は1個のNV中心を用いましたが、NV中心の数を増やしたNV中心集団の計測では更なる高感度化とダイナミックレンジを広げることが実現できます。他の超伝導量子干渉計(SQUID)や光ポンピング磁力計などの非常に感度の良いセンサなどに比べても、計測範囲は桁違いに広いものです。今回の成果は、例えば比較的大きな磁場も混在するような環境下で、微小な磁場を感度よく計測したい場合など、今後のダイヤ量子センサの応用環境を更に広げる成果として期待されます。

また生命科学分野で期待される細胞内計測や構造解析などへの応用、及び微細なデバイス評価装置用センサなどへの応用では、NV中心のスピンと測定対象物との間の相互作用の大きさが、それらの間の距離に大きく依存するため、ダイナミックレンジが広がることは、測定可能な空間領域を広げられることにもつながると期待されます。

図3

図3 交流磁場に対するハーンエコー法のパルスの位置 (a) π/2パルス(90度パルス)が交流磁場の始点と終点の位置に配置されている場合。最も高感度で、交流磁場測定に用いられる典型的な配置。(b) πパルス(180度パルス)とπ/2パルスの間隔時間が(a)と比べ測定磁場が半分の場合。(c) πパルスとπ/2パルスの間隔時間が(a)と比べ測定磁場が1/4の場合。(d) πパルスとπ/2パルスの間隔時間が(a)と比べ測定磁場が1/8の場合。(e) (a)から(d)のパルス間隔における感度の測定時間依存性と、最適組み合わせの場合の感度の測定時間依存性(赤実線)のシミュ―レーション結果。縦軸の不確かさ(σ)は感度(η)、測定時間(T)、傾き(grad)と、ショットノイズ限界の時に、η = σ (T)1/2/grad の関係があります[3]。

4.研究プロジェクトについて

●文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」(代表者:波多野睦子東京工業大学教授、JPMXS0118067395)、京大化研共同研究拠点(2020-110)、京大研究連携基盤次世代研究者支援事業、科研費(No. 15H05868, 16H06326)の支援を受けて行われました。

参考文献

[1] C. Bonato, M. S. Blok, H. T. Dinani, D. W. Berry, M. L. Markham, D. J. Twitchen, R. Hanson, Nature Nanotechnology 11, 247 (2015).
[2] G. Waldherr, J. Beck, P. Neumann, R. S. Said, M. Nitsche, M. L. Markham, D. J. Twitchen, J. Twamley, F. Jelezko, J. Wrachtrup, Nature Nanotechnology 7, 105 (2011).
[3] E. D. Herbschleb, H. Kato, Y. Maruyama, T. Danjo, T. Makino, S. Yamasaki, I. Ohki, K. Hayashi, H. Morishita, M. Fujiwara, N. Mizuochi, Nature Communications, 10, 3766 (2019)

論文タイトルと著者

タイトル:Ultra-high dynamic range quantum measurements retaining its sensitivity(感度を維持した超高ダイナミックレンジ量子測定)
著者:E. D. Herbschleb, H. Kato, T. Makino, S. Yamasaki, N. Mizuochi
掲載誌:Nature communication
DOI:10.1038/s41467-020-20561-x

用語解説
ダイナミックレンジ
ダイナミックレンジとは、一般に識別可能な信号の最小値と最大値の比率として用いられますが、ここでは感度(単位時間あたりに検出できる最小磁場)に対する検出可能な最大磁場範囲の比率として用いられています。
交流磁場
周期的に変化する交流電流などにより発生する磁場。
スピンコヒーレンス時間(T2
スピンを用いて0と1の量子的な重ね合わせ状態を実現できますが、その重ね合わせ状態が1/eの大きさ(およそ0.37。eは自然対数の底)に小さくなるまでの時間をスピンコヒーレンス時間T2と呼びます。厳密には、今回の実験で示しているT2は、ハーンエコー法により求めたコヒーレンス時間です。磁気共鳴スペクトルにおける均一線幅はT2の逆数に依存し、T2が長ければ均一線幅も狭くなります。これはセンサ感度が良くなることに対応します。
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