圧力で安定化させ弱点を克服した「弱い」トポロジカル絶縁体状態を実現

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2021-01-18 東京大学

発表のポイント

  • 最も有名な候補物質であるジルコニウム化合物で、「弱い」トポロジカル絶縁体(注1)状態を初めて実証した。
  • 結晶を圧力印加で歪ませ、「弱い」トポロジカル絶縁体状態を安定化させることに成功した。
  • 圧力によりトポロジカル状態を自在に調整できることから、スピントロニクス(注2)へ向けて理想的なスピン流(注3)を生成するための新しい物質設計指針ができたといえる。

発表概要:

東京大学物性研究所のPeng Zhang JSPS特別研究員、野口亮大学院生、黒田健太助教、近藤猛准教授の研究グループは、ジルコニウムテルライドZrTe5(Zr:ジルコニウム、Te:テルル)が「弱い」トポロジカル絶縁体であることを初めて実証しました。また、ZrTe5結晶に圧力を印加すると、「弱い」トポロジカル絶縁体状態がさらに安定することが分かりました。

トポロジカル絶縁体状態は、原子数層の2次元的な絶縁体シート(トポロジカル原子層(注4))で2007年に初めて実証されました。トポロジカル原子層のエッジを沿う電子の流れは指向性の良い理想的なスピン流となります。大きなスピン流を生成し活用するためには、トポロジカル原子層を積み重ねた3次元的な結晶が必要であり、その中でも、指向性を保持したまま大量のスピン流を生成可能だとされる3次元結晶が「弱い」トポロジカル絶縁体です。ただ、その理想とは裏腹に、実際の物質では3次元結晶を構成する原子層同士が相互作用するため、スピン流は乱され、不安定になることが大きな問題でした。

本研究では、候補物質として期待されながらもこれまで同定できずにいたZrTe5の「弱い」トポロジカル絶縁体状態を初めて実証しました。これまでに発見された「弱い」トポロジカル絶縁体は数例しかないため、ZrTe5を用いた活発な研究が今後期待されます。本研究ではさらに、ZrTe5結晶にネジで締め付ける程度の圧力を印加するだけで、面間の相互作用を軽減し、結晶を構成するトポロジカル原子層が本来もつ指向性の良いスピン流を安定化できることを見出しました。この簡便な制御方向は、「弱い」トポロジカル絶縁体を応用利用する際の有用な道筋を与えます。

本成果は、英国科学誌「Nature communications」2021年1月18日(英国時間)にオンライン掲載されました。

発表内容:

研究の背景

物質を実社会で活用しようとする際に最も基本となる重要な物理的性質は、電気を流すか否かであり、それぞれ「金属」および「絶縁体」と呼ばれ分類されます。「半導体」の電気的性質はその中間とされます。中途半端な性質とも言えますが、その分人の手で容易に電気の流れを制御することが可能であることから、エレクトロニクス社会において必要不可欠な材料となりました。

15年ほど前に、「金属」とも「絶縁体」とも言えず、かといって「半導体」とも言えない新しい性質を持つ物質である「トポロジカル絶縁体」が理論的に提案され、その後すぐさま実験的にも実証されました。この新しい物質群は、結晶の内部は電気を流さない絶縁体であるにもかかわらず、結晶表面は電気を流す金属であるため、物質を分類する従来の概念を破綻させることとなりました。

トポロジカル絶縁体には際立った特徴があります。表面を流れる電流が、通常の金属が流す電流とは異なり、スピンの向きがそろった電子の流れ(つまりスピン流)となっていることです。このスピン流を制御し活用することで、エレクトロニクスに変わるスピントロニクスが確立できるものと期待されており、その物理的解明を目指す基礎的研究はもちろんのこと、材料開発に向けた応用研究が現在盛んに行われています。

圧力で安定化させ弱点を克服した「弱い」トポロジカル絶縁体状態を実現

図 1:2次元的なトポロジカル原子層では、指向性に優れ、かつ散逸の無い理想的なスピン流が生じる。大きなスピン流を得るためには、それを積層した3次元的な結晶を作る必要がある。一方、3次元結晶では、原子層間の相互作用の影響により、スピン流が不安定となる。本研究では、ZrTe5結晶が「弱い」トポロジカル絶縁体であることを実証した。また、その結晶を引き延ばすことで原子層同士の面間相互作用を弱め、より安定した「弱い」トポロジカル絶縁体状態を実現できることを実験的に示した。さらに、結晶を圧縮することで、全ての結晶面においてスピン流が生じる「強い」トポロジカル絶縁体が実現し得ることを理論計算から提案している。


最初に発見されたトポロジカル絶縁体は原子層で、エッジにスピン流が生成されます [図1上]。それを実用化するためには大量のスピン流が必要で、そのためには、発生源である2次元的なトポロジカル原子層を積層して3次元結晶を作ることが有用です。3次元結晶のトポロジカル絶縁体は、「強い」「弱い」の2種類に分類され、表面に形成されるスピン流の流れ方により両者を区別します。「強い」トポロジカル絶縁体では、物質が持つあらゆる結晶表面にスピン流が発生します[図1左下]。ところが、スピン流は放射状に広がるため、流れとして取り出すことが難しくなっています。一方、「弱い」トポロジカル絶縁体のスピン流は、結晶の側面に閉じ込められ一方向に揃って伝導するため、指向性が良く取り出しやすいものとなっています[図1右下]。しかし、3次元的に積層された原子層同士は相互作用し合うため、スピン流は乱され、理想的なトポロジカル原子層のエッジを流れるスピン流に比べて指向性や安定性で劣ります。それが「弱い」トポロジカル絶縁体を応用利用する上での弱点であり、それを克服する手法が求められます。

「強い」トポロジカル絶縁体はこれまで多くの物質で発見されているのに対し、「弱い」トポロジカル絶縁体を実現した例はまだほんの数例しかありません。その中でも、ZrTe5は「弱い」トポロジカル絶縁体の概念が提唱されたのち最初期に提案された候補物質として最も有名な物質です。しかし、実際にこの物質が通常の絶縁体ではなくトポロジカル絶縁体なのか、またそうであったとしても、「強い」トポロジカル絶縁体か、それとも「弱い」トポロジカル絶縁体か、が定かではなく論争となっていました。「弱い」トポロジカル絶縁体の研究には、その論争にまず終止符を打つ必要がありました。

研究内容と成果

本研究では、放射光(注5)を用いたナノ顕微光電子分光(注6)、およびレーザーを用いたスピン分解・角度分解光電子分光(注7)を用いることで、ZrTe5において、「弱い」トポロジカル絶縁体に由来する表面電子状態を初めて見出しました。また、ZrTe5結晶にネジで締め付ける程度の圧力を印加するだけで、より理想に近い安定した「弱い」トポロジカル絶縁体状態を実現できることを実験的に示しました。

「弱い」トポロジカル絶縁体を実証するためには、結晶の上面と側面に存在する電子の性質を共に調べる必要があります。ところが、結晶の性質として一般的に、綺麗な結晶平坦面は特定の方位に限られ、その他の方位では凹凸の多い粗い結晶面しか得られません。「弱い」トポロジカル絶縁体が理論的に提案されて以降、その有力候補としてZrTe5が提案され、それを実証する様々な実験が試みられてきました。ZrTe5の上面では平坦な結晶面が得られ易いため、その表面における電子の状態は観察されていました。一方、スピン流が期待される肝心の側面に対しては、粗い結晶表面しか得られず観察が困難であることから、その本質的な電子状態が研究できずにいました。そこで本研究では、極限まで集光した光を用いた光電子分光により研究を進めました。その結果、巨視的には凹凸の多い乱れた表面も、局所的には平らな面が微小ながらも点在することを見出しました[図2左中]。我々は、その微小な結晶平坦面にピンポイントで光を照射し、外に飛び出す電子のエネルギー、運動量、およびスピンの情報を得ることで、ZrTe5が「弱い」トポロジカル絶縁体である証拠を掴みました[図2左下]。

側面の金属性が示された一方で、「弱い」トポロジカル絶縁体状態が安定であるためには、上面における絶縁性が高いことが要求されます。上面からも同じく電子の状態を詳細に観測した結果、絶縁性の直接的な評価値となるバンドギャップ(注8)が30meV程度と比較的小さいことが分かりました[図2右下]。ZrTe5の絶縁性を高め、「弱い」トポロジカル絶縁体状態をより安定させるために我々が考案した手法は、結晶に圧力歪みを加えることです。実際に、ネジで締め付ける程度の圧力印加で、バンドギャップを2倍以上も増大させられることを明らかとしました[図2右下]。我々のX線散乱実験から、加えた歪みは結晶の大きさに対して0.4%引き延ばした状態にあることを確認しました。また理論計算から、ZrTe5結晶を0.3%縮めることで、「強い」トポロジカル絶縁体に変化させられることも推定できます[図2右中]。これらの歪み値は十分に小さいため、ピエゾ素子(注9)にZrTe5結晶を貼り付けて伸張または圧縮により調整することで、「強い」トポロジカル絶縁体から安定した「弱い」トポロジカル絶縁体まで、トポロジカル相転移を用いたスピン流の制御が期待できます。

fig1

図2:ZrTe5が「弱い」トポロジカル絶縁体であることを実証するため、本研究では結晶の側面(左図)と正面(右図)にそれぞれ光を照射し、飛び出す電子(光電子)の詳細な観察から、各表面での電子の振る舞いを調べた。結晶の側面は劈開性が悪いため、ナノサイズまで集光する放射光を用いて光電子強度の空間マップを取ることで、微小ながらも綺麗な平坦面を確認した。この箇所をピンポイントで測定することで、「弱い」トポロジカル絶縁体に由来する金属的な電子構造を初めて観察することに成功した。さらに、スピン分解光電子分光によって、正と負の運動量を持つ電子のスピンがそれぞれアップとダウンに偏極していることも突き止めた。一方、正面の角度分解光電子分光測定によって、バンド同士にエネルギーギャップを開く絶縁体状態を観測した。側面および正面の電子状態が共に観測できたことで、ZrTe5が「弱い」トポロジカル絶縁体であることが判別できた。エネルギーギャップの大きさはトポロジカル状態の安定性を示す物理量となるが、ZrTe5結晶を引き延ばすことで、そのギャップ値が2倍以上にも大きくなることを見出した。このことから、「弱い」トポロジカル絶縁体状態を圧力効果で安定化させられることを実証できた。

今後の展望

数多く発見されている「強い」トポロジカル絶縁体とは対照的に、「弱い」トポロジカル絶縁体の報告例はほんの数例しかありません。ZrTe5の「弱い」トポロジカル絶縁体状態を解明しこの物質を巡る論争に終止符を打った本研究の結果は物質科学にとって大きな進歩です。この物質を中心として、「弱い」トポロジカル絶縁体を活用する応用研究が今後活発化するでしょう。特に、ピエゾ素子で実現可能なほど、僅かな歪みでトポロジカル状態を制御した本研究の結果は、理想的なスピン流を生成する新しい物質設計指針を示すものとなります。この技術を用いたスピントロニクスデバイスの開発が期待されます。

本研究は、日本学術振興会の科学研究費(課題番号 JP18J21892、JP18H01165、JP18K03484、JP19H02683、JP19F19030、JP19H00651)、文部科学省の光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP 課題番号 JPMXS0118068681)、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム「量子物質の創発と機能のための基礎科学 ―「富岳」と最先端実験の密連携による革新的強相関電子科学」(課題番号:hp200132)の助成を受けて実施されました。

発表雑誌:

雑誌名:「Nature communications

論文タイトル:Observation and control of the weak topological insulator state in ZrTe5

著者:Peng Zhang, Ryo Noguchi, Kenta Kuroda, Chun Lin, Kaishu Kawaguchi, Koichiro Yaji,
Ayumi Harasawa, Mikk Lippmaa, Simin Nie, Hongming Weng, V. Kandyba, A. Giampietri, A. Barinov, Qiang Li, G. D. Gu, Shik Shin and Takeshi Kondo

DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-020-20564-8

用語解説:
(注1)トポロジカル絶縁体:
結晶の中身は電気を流せない絶縁体であるが、表面は電気を流せる金属となる特殊な物質のこと。「強い」トポロジカル絶縁体ではあらゆる結晶表面にスピン流が発生するのに対し、「弱い」トポロジカル絶縁体のスピン流は、結晶の側面の周りを一方向に揃って伝導する。
(注2)スピントロニクス:
現代社会の基礎となっているエレクトロニクスでは、電子の「電荷」の性質しか利用していない。電子の持っている「スピン」までも活用する次世代の省エネ技術がスピントロニクスである。
(注3)スピン流:
電子は電荷に加えて磁石の最小単位であるスピンを持つ。電流は電荷が流れている状態であり、スピン流は向きを揃えたスピンが流れている状態である。
(注4)トポロジカル原子層
シート状に原子配列したものを原子層といい、それがトポロジカル絶縁体であるものをトポロジカル原子層と呼ぶ。トポロジカル原子層ではエッジにスピン流が発生する。一方、これを積層した3次元トポロジカル絶縁体では表面にスピン流が発生する。
(注5)放射光:
光速に近い速度まで加速された電子の進行方向が磁石などによって変えられた際に発生する電磁波を放射光と呼ぶ。様々な波長の光が容易に得られるため、物質科学研究の光源として活用されている。
(注6)ナノ顕微光電子分光:
光電子分光とは、物質に光を照射して外に飛び出す電子(光電子)を分析することで、物質内の電子状態を調べる実験手法である。ナノ顕微光電子分光では、照射する光をナノサイズ(1㎛以下)まで集光することで、試料表面の微小な領域を測定することが可能となる。
(注7)スピン分解・角度分解光電子分光:
光電子分光は、光電子の運動エネルギーを見積もることを基本とする実験手法であるが、光電子の脱出角度からは運動量も求まる(角度分解測定)。さらに、光電子を磁化した薄膜にぶつけ反射強度を見積もることで、電子が持つスピンの情報も得られる(スピン分解測定)。これらを組み合わせた実験手法がスピン分解・角度分解光電子分光であり、固体中の電子の運動量とエネルギーの関係(電子構造)が分かるだけでなく、それに付随するスピン構造までも決定できる。トポロジカル絶縁体の研究では必要不可欠な実験手法である。
(注8)バンドギャップ:
物質内の原子に着目すると、その原子の内側の軌道に位置する電子が持つエネルギー帯を「価電子帯」、また、外側の軌道に位置し活発に活動する電子が持つエネルギー帯を「伝導帯」と呼ぶ。これらのエネルギー差が「バンドギャップ」であり、それが開くと電流は流れず絶縁体となる。
(注9)ピエゾ素子:
電圧を掛けることで伸び縮みする特性を持つデバイスのこと。
1700応用理学一般
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