高性能な磁石や磁性材料の開発へ

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X線磁気発光分光学の幕開け「X線磁気円偏光発光」のメカニズムを理論的に解明

2020-12-23 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • 磁性金属におけるX線発光に関する新たな理論を構築し、2017年に発見した新しい磁気光学効果「X線磁気円偏光発光」のメカニズムを詳細に解明
  • 高性能な磁石や磁性材料の開発への応用に期待

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長、平野俊夫)量子ビーム科学部門関西光科学研究所の小出明広博士研究員、野村拓司上席研究員、稲見俊哉グループリーダーは、磁石を構成する無限個の原子の周期性とその中を動き回る電子の金属的な性質を取り扱った新たな理論を構築し、実験で発見された「X線磁気円偏光発光」のメカニズムを理論的に明らかにすることに成功しました。

「X線磁気円偏光発光」は、2017年に本研究グループの稲見グループリーダーが新たに発見した磁気光学効果1であり、磁石にX線を当てた際に内部で発生する蛍光X線が左回り円偏光2)と右回り円偏光2という二つの成分を持っていて、それぞれの成分の大きさの比(偏光度)が磁石の向きや強さにより変化する現象です。この蛍光X線の偏光度を正確に測ることができれば、磁石の中にある原子や電子の状態を知ることができ、磁石の特性の理解につながると期待されます。しかし、これまで使われてきた、原子1個のみを考える簡易的なX線発光の理論モデルでは、現実的な磁性金属内の電子状態・磁性状態を考慮できないことに加え、そもそもX線発光に及ぼす金属磁性の詳細な影響についての理論はいまだ構築されていませんでした。

今回我々は、結晶状に周期配列した無限個の原子の中で磁気特性を有して動き回る金属電子の状態を考慮した新たなX線発光理論を構築しました。この理論を基に数値計算した結果、X線磁気円偏光発光の実験結果の特徴を精度よく再現することに初めて成功し、その特徴が電子の金属性に由来することを証明しました。今回新たに構築した理論は、X線発光分光の金属性物質への応用を促進させ、その適用範囲を拡大させるものであり、X線磁気発光分光学という新たな学術領域を切り拓く、学術的に重要な成果です。そして、X線磁気発光分光学の進展やそこで得られた成果は、高性能な磁石や磁性材料の開発へとつながっていくことが期待されます。

本成果は、令和2年12月23日(水)0:00(日本時間)に米国物理学会Physical Review B誌のオンライン版に、同誌が選ぶ特に重要な論文である“PRB Editors’ Suggestion”(上位約5%が選出)として掲載されました。

ttps://journals.aps.org/prb/abstract/10.1103/PhysRevB.102.224425

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DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevB.102.224425

成果の背景

量子科学技術研究開発機構量子ビーム科学部門の稲見グループリーダーは、2017年9月にこれらの磁気光学効果とは異なった特徴をもつ新たな磁気光学効果、「X線磁気円偏光発光」を世界で初めて発見しました(2017年9月プレス発表https://www.qst.go.jp/site/press/1223.html)。磁気光学効果とは、物質の磁気が可視光やX線などの光に影響を及ぼす現象で、これまでに知られているものとして、19世紀中頃にファラデーが発見したファラデー効果3)、19世紀後半にはカーが発見した磁気光学カー効果4、20世紀後半に発見されたX線磁気円二色性5)があります。これらの磁気光学効果、特に磁気光学カー効果やX線磁気円二色性は、材料の磁区構造を評価する磁気顕微鏡等へ応用され、様々な磁石材料の研究開発に威力を発揮しています。

「X線磁気円偏光発光」は、磁石にX線を当てた際に発生する蛍光X線において、磁石の向きや強度によって、その発生するX線の右回り円偏光と左回り円偏光の量が異なる現象です。これまで、この「X線磁気円偏光発光」について、単純な原子1個のモデルで簡易的に評価していました。しかし、実際の磁石材料は無数の原子が上下縦横に配列した結晶格子を形成しており、磁石の性質を決定する3d軌道電子は周囲と相互に影響し合うとともに、結晶内を動き回る(遍歴する)ことができることから、その電子状態は、原子1個の状態とは著しく異なります(図1、図2参照)。さらに、発見されたX線磁気円偏光発光は2p軌道の電子が1s軌道に遷移する、原子個別に起こる原子内過程であり、周囲との相互作用を直接考慮する必要がある3d軌道上の電子の振る舞いとは対照的な現象です。そのため、左右円偏光の差異と磁性体の性質との関係を明らかにするためには、「原子内の2p-1s発光」と「結晶中の3d軌道電子状態」を正確に結びつける必要があり、それがこの問題の解析を極めて困難にしていました。

我々研究グループは、「原子内の2p-1s発光」と「結晶中の3d軌道電子状態」とを結びつける重要な効果として、多体量子論6)を用いてX線の発光過程における「結晶中の3d軌道電子の応答」に取り入れることにより、X線磁気円偏光発光についての理論解析を試みました。

成果の詳細

今回我々は、強磁性体であり、X線磁気円偏光発光がはじめて観測された材料である「金属鉄」を対象にして、この発光現象の理論を構築しました。従来の鉄原子1個の場合の発光モデルを図1に示します。放射光X線などで1s軌道の電子(1)がはじき出されると上位の2p軌道にある電子(2)が電子(1)の1s軌道に落ちてきます(図1下図参照)。その際のエネルギー差が光=(特性)X線として放出され、いわゆる「発光」が起きます。この発生した光=特性X線のエネルギー、または1s-2pの軌道間のエネルギー差は、2p軌道の電子(2)と3d軌道の電子(3)の間にはたらくクーロン相互作用により、3d電子(3)の影響を受けます。一方で、鉄の磁気特性を支配しているのは、この電子(3)の状態です。こうして放射光X線等で発生した特性X線は、電子(2)を介して、3d軌道にある磁気特性を有する電子(3)の影響を受けることになります。このようにして、鉄の磁気特性と特性X線とが関連付けられ、特性X線のエネルギーを調べることにより、材料の磁気特性が分かることになります。

原子1個のモデルと原子が多数配列しているモデル

この3d軌道上の電子は、もし従来のように孤立した1個の原子しか考えないモデルであれば、その原子に固有のある決まったエネルギーしか取れません(図1上図)。その結果として、現実には磁性体の個性を反映した解析ができません。実際の磁石材料では、図2上図のように多数の原子が結晶格子を形成しており、各々の原子の3d軌道が重なり合って、連続的なエネルギーを持つ複雑な状態(バンドという)が形成されます(図2下図)。言い換えると、3d軌道の電子は、結晶中を動き回る(遍歴する)結果、そのエネルギーが一定ではありません。さまざまな磁性体の性質が互いに異なるのは、この連続的なエネルギー状態が異なるからにほかなりません。そのため、特性X線の発光現象とそれぞれの物質に固有の磁性との関係を明確にするためには、遍歴する3d電子の状態(3dバンド)およびその応答を考慮できるX線発光理論を構築する必要がありました。

今回、我々は、結晶中の遍歴する電子の状態と発光過程におけるその応答を精密に考慮した理論を構築し、その理論に基づいた数値計算を行いました(図3)。縦軸は、発光X線の強度、横軸は発光X線のエネルギーを示します。この強度とエネルギーの関係を示すグラフを発光スペクトルといいます。図3(a)は、遍歴する3d電子の応答を考慮しなかった場合で、実験と計算で得られた発光スペクトルを示します。計算で得られた2本のピークはそれぞれ左右に対称的で、赤枠部の通り、実験スペクトルのピークとの間に一部乖離が見られました。これは、実測のピーク構造が非対称であることに起因します。一方で、(b)は遍歴する3d電子の応答を考慮した結果で、実験と計算でえられた発光スペクトルが良く一致していることが分かります。この結果により、ピーク構造の非対称性が遍歴する3d電子の応答によって引き起こされることを示し、X線磁気円偏光発光スペクトルの現実的かつ定量的な計算方法を初めて与えることができました。

今回開発した理論は、将来的に鉄よりも複雑な組成のさまざまな磁性材料に応用することができ、その磁気状態をミクロに解明することに貢献すると期待されます。さらに、本成果は、これまで困難と考えられていた、磁性金属全般についての発光スペクトルの理論的アプローチの先駆けとなるもので、X線分光学に新たな領域を切り拓く、学術的にも極めて有意義なものです。

発光スペクトルの実験値と理論解析値との比較

研究グループ

量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門
関西光科学研究所
博士研究員                小出明広(こいで・あきひろ)
上席研究員               野村拓司(のむら・たくじ)
グループリーダー      稲見俊哉(いなみ・としや)

研究支援

本研究は、科研費基盤研究(B)「磁性体内部の磁区を観察する磁気顕微鏡の開発」による支援を受けて行われました。

用語解説

1) 磁気光学効果

磁石や磁場をかけた物質に光やX線を照射し、その透過光や反射光等の偏光状態が変化する現象のことです。ファラデー効果や磁気光学カー効果などが良く知られています。

2)円偏光

光波は、電場成分および磁場成分を含んでおり、どちらか一方の振動に着目するとき,その振動方向が光の進行方向に対して垂直な面内で光波の周波数で回転し,振幅がその向きによらず一定である光を円偏光といいます。光の進行方向に向かって立った観測者から見て、光波の電場成分の振動方向が時計回りに回転するものを右回り、逆時計回りのものを左回りの円偏光といいます。

3)ファラデー効果

物質に磁場を印加した際に、磁場に平行に進行する直線偏光がその物質を透過すると、直線偏光の偏光面が回転する現象をいいます。光通信における光アイソレータなどに応用されています。

4) 磁気光学カー効果

磁化した物質に直線偏光を入射した際に、反射光の偏光面が入射光の偏光面から傾く現象をいいます。光の入射及び反射方向と磁化の関係から、極カー効果、縦カー効果、横カー効果に分けられます。応用としては、光磁気ディスクの読み出しに用いられていた他、磁性薄膜の表面磁化の測定に用いられています。

5) 磁気円二色性

磁化した物質に対し、磁化に平行に進行する円偏光を入射した際、右円偏光と左円偏光で吸収される光の量が異なる現象をいいます。特にX線領域では元素選択的な測定ができるため、物質の元素毎の磁化の測定ができる点で有用です。

6) 多体量子論

量子力学的に互いに相互作用する3体以上からなる系を扱うこと。例えば、電子を2つ以上持つ原子における電子の電子状態を理論化すること(この場合、電子2個と原子核1個による3つの系)。粒子数が膨大な場合は、様々な近似を使って問題を単純化します。

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