『原子力機構の研究開発成果2020-21』P.63
図5-18 UTe2 の結晶構造とブリルアンゾーン
(a)UTe2 の結晶構造、(b)UTe2 の運動量空間における最小単位を表すブリルアンゾーンです。
図5-19 UTe2 のバンド構造と計算の比較
(a)角度分解光電子分光法によって得られた UTe2 のバンド構造です。縦軸は電子の結合エネルギー、横軸は電子の波数で、スペクトルイメージの色は光電子強度を示しており、強度が強いところがバンド構造に対応しています。(b)実験と同じエネルギー・波数領域における計算によるバンド構造です。バンドの色(赤、青)はそれぞれ Uと Te の電子軌道からの寄与を示しています。
ウラン化合物などのアクチノイド化合物は、多様な磁性や超伝導など複雑な物性を示しており、強相関電子系の中でも特徴的な位置を占めています。特に、ウラン化合物では超伝導が磁気秩序と共存することが多いことから、超伝導と磁性がどのように競合・共存しているかという物性物理学における普遍的な問題を理解する上で重要な化合物となっています。2018 年末、新たにウラン化合物UTe2(図 5-18)が新奇な超伝導を示すことが明らかとなり、世界的に注目が集まりました。この新奇な超伝導の機構を理解するためには、その電子状態を明らかにする必要があり、世界中で競争的な研究が開始されました。
大型放射光施設 SPring-8 の原子力機構専用ビームライン BL23SU は、ウランなどの放射性物質をそのままの状態で取り扱うことが可能であり、軟 X 線領域を利用可能なアクチノイド研究施設として世界的にも唯一の環境となっています。物質内部の電子状態を調べることができる軟 X 線角度分解光電子分光は、放出された光電子の運動エネルギーと角度分布を測定することによって、物質の電子状態を直接観測することが可能な実験手法です。私たちは、これまでも多くのウラン化合物の電子状態を明らかにしてきました。そこで、これまでの経験を活かして UTe2 に対する研究を迅速に実行し、世界に先駆けて UTe2 の電子状態を明らかにしました。
図 5-19(a)に UTe2 に対する軟 X 線角度分解光電子分光により得られたバンド構造を示します。強度が強いところがバンド構造に対応します。実験の結果、超伝導に直接関与している U 5f 電子が形成するバンド構造の微細構造を観測することに成功しました。図 5-19(b)に理論計算の結果を示します。実験結果との比較の結果、これらの化合物の大まかなバンド構造は、バンド計算によって説明されることが分かりました。一方で、物質の電気伝導的な性質を決定しているフェルミ準位近傍ではU 5f 電子による寄与が強くなっており、計算からのずれが観測され、強い電子相関効果が働いていることが明らかとなりました。以上の結果は、超伝導を担う U 5f電子は基本的に遍歴的な性質を持ちながらも、電子相関効果を持つことを示しています。この結果は、UTe2 の電子状態を理解する上で基礎的な情報であるだけではなく、この化合物における超伝導を記述するモデルを考える上でも役立つと期待されます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(No.18K03553)「重い電子系超伝導体の 3 次元電子状態解明」、新学術領域研究(研究領域提案型)(No.16H01084)「3 次元 ARPES による強相関ウラン化合物の電子状態の解明」の助成を受けたものです。(藤森 伸一)
●参考文献
Fujimori, S. et al., Electronic Structure of UTe2 Studied by Photoelectron Spectroscopy, Journal of the Physical Society of Japan, vol.88, no.10, 2019, p.103701-1–103701-5.