テラヘルツ光を電流へ変換する新原理の発見〜量子位相効果を用いた格子振動による光起電力効果の実証〜

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2022-03-30 東京大学

1.発表のポイント

◆強誘電体(注1)のフォノン(格子振動)(注2)の共鳴を用いたテラヘルツ領域(注3)の光起電力効果の観測に成功しました。
◆量子力学的な位相効果(注4)を介することで、電子励起(注5)を介さない、全く新しい光起電力効果の機構の実証に成功しました。
◆テラヘルツ・赤外領域における革新的な光検出デバイスの開発の進展が期待できます。

2.発表概要

光起電力効果とは光照射することで物質中に電流・電圧が生じる効果であり、光エネルギーを電気エネルギーに変換することができます。例えば一般的に普及している太陽光発電ではp-n接合を利用したデバイスを用いることで光起電力効果を実現しています。自発的に電気分極を持つ強誘電体において生じる「バルク光起電力効果」が光起電力効果の新たな原理として注目され、盛んに研究されるようになってきました。しかしながら、既存の光起電力効果のほとんどは、半導体や絶縁体の電子遷移を介するために原理的に可視光などの高いエネルギー領域に限られてしまいます。このため、低エネルギーの光に対する光起電力効果は困難であると考えられてきました。

今回、東京大学大学院工学系研究科の岡村嘉大助教、森本高裕准教授、高橋陽太郎准教授、永長直人教授、理化学研究所創発物性科学研究センターのセンター長らを中心とする研究グループは、強誘電体として最もよく知られているBaTiO3(チタン酸バリウム)において、テラヘルツ帯での光起電力効果の実証を行いました。テラヘルツ帯は将来の通信などへの応用が期待される帯域ではあるものの、光検出などの基盤技術は発展途上です。強誘電体には、テラヘルツ光と強く相互作用するフォノンの共鳴が存在することが知られています。本研究では、テラヘルツ光照射によるフォノン生成から生じる光電流の観測に成功しました。この現象は、一般的には電子遷移が不可欠と考えらえてきた光起電力効果の概念を覆すもので、可視光の千分の一程度の光のエネルギーで発電が可能であることが示されました。さらに、理論モデルを構築し第一原理計算(注6)を行うことで、今回観測した光起電力効果において量子力学的な位相効果が重要な役割を果たしていることを見出しました。

今回得られた成果は、固体中に存在するさまざまな励起状態が一般的に光起電力効果を示すことを示唆しています。これにより今まで実現が難しいと考えられていたあらゆる帯域の光起電力効果の実現と、それを利用した新しい光デバイスの開発へとつながっていくことが期待されます。

本研究成果は、2022年3月28日(米国東部夏時間)に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」のオンライン版に掲載されました。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御」(No. JPMJCR1874)の支援を受けて行われました。

3.発表内容

<研究の背景>

光のエネルギーを電気エネルギーに変換する光電変換素子は、太陽電池や光検出器などさまざまなデバイスにおいて用いられています。実用化されているデバイスでは、p-n接合と呼ばれる2つの異なる物質の界面を作製することで光電変換を行っています。一方、強誘電体のような自発的に電気分極を持つ物質でも光起電力を示すことが知られており、バルク光起電力効果と呼ばれています。近年では大きなバルク光起電力効果が報告され、光電変換の新たな原理として期待されています。しかしながら、いずれの場合でも光起電力生成には近赤外や可視領域の高エネルギー帯の電子遷移を用いる必要があると考えられてきました。このためテラヘルツ領域のような低エネルギー帯における光電変換の実現は難しいと考えられていました。

<研究の経緯>

東京大学大学院工学系研究科の岡村嘉大助教らは、バルク光起電力効果のメカニズムの一つである「シフト電流機構」(注7)を利用すると、電子遷移を介さなくとも光電流生成が可能であるという点に注目しました。このシフト電流機構は量子力学的な位相効果を用いるため、高速応答かつ結晶欠陥などに対しても堅牢であるといった利点があり、応用上も有利といえます。固体中にはさまざまな光学遷移が存在していますが、強誘電体においてはテラヘルツ帯のような非常に低エネルギー領域にも、光と強く相互作用するフォノン励起が存在することが知られています。理論的予測によると、この低エネルギーのフォノン励起を用いることで大きな光電流の生成が期待できることがわかりました。

<研究内容>

コンデンサなどにも利用されている強誘電体BaTiO3を用いて、テラヘルツ光照射時における光電流測定を行いました(図1)。その結果、強誘電性に由来した光電流生成の観測に成功しました(図2)。この光電流は、フォノンモードに対して顕著な依存性を示す上、光電流の大きさが外部電圧にも依存しないという従来の光起電力効果とは大きく異なる性質を持つことが明らかになりました。そこでさらに、シフト電流機構に基づいた理論モデルを新たに構築し第一原理計算を行ったところ、観測された光電流の大きさについてもおおよそ説明できることがわかりました。これは、今回の光起電力効果において、量子力学的な位相効果が重要な役割を果たしていることを示唆しています。

<展望・社会意義>

本研究では、代表的な強誘電体であるBaTiO3を用いて、実験・理論の両面からフォノンを励起することで、テラヘルツ帯における光起電力効果が発現することを明らかにしました。今後、さまざまな強誘電体へと拡張することによって、この効果の普遍性を検証することが待たれます。

また、今回注目したテラヘルツ領域の光(電磁波)は次世代通信技術に利用されることが期待されています。したがって、観測した光起電力効果は、将来的にはテラヘルツ光の高速かつ高効率な検出器の原理として応用できるかもしれません。現在一般的にはテラヘルツ・赤外光検出は応答速度の遅い熱感知式の検出器が主流ですが、本研究によって次世代光デバイスの開発にむけた新たな可能性が拓かれました。

4.発表雑誌

雑誌名:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」(オンライン版:3月28日)

論文タイトル:Photovoltaic effect by soft phonon excitation
著者:Y. Okamura, T. Morimoto, N. Ogawa, Y. Kaneko, G-Y. Guo, M. Nakamura, M. Kawasaki, N. Nagaosa, Y. Tokura, Y. Takahashi

DOI番号:10.1073/pnas.2122313119

URL:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2122313119

5.発表者
岡村  嘉大(東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター 助教)
森本  高裕(東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 准教授)
小川  直毅(理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発光物性研究チーム チームリーダー/
東京大学 大学院工学系研究科 教授(委嘱))
金子  良夫(理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ 上級技師)
Guang-Yu Guo(National Taiwan University, Department of Physics 教授)
中村  優男(理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 上級研究員)
川﨑  雅司(東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授/
理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長)
永長  直人(東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授/
理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長)
十倉  好紀(理化学研究所 創発物性科学研究センター センター長/

東京大学卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ))
高橋 陽太郎(東京大学 大学院工学系研究科 附属量子相エレクトロニクス研究センター 准教授/
理化学研究所 創発物性科学研究センター 統合物性科学研究プログラム 創発分光学研究ユニット

ユニットリーダー)

6.用語解説

(注1)強誘電体
外部から電場を印加せずに、電荷のある特定方向への偏りが物質全体に現れている物質のこと。

(注2)フォノン(格子振動)
固体の原子は規則的な配列をしているが、格子の変形が振動として原子から原子へと伝わり、波として伝播するようになる。これをフォノンと呼ぶ。原子配列によって、さまざまなフォノンのモードが発現する。

(注3)テラヘルツ領域
毎秒約10の12乗(一兆)回振動する周波数のことをテラヘルツ周波数と呼び、この周波数の電磁波をテラヘルツ波と呼ぶ。光の粒子としてのエネルギーは0. 004 eV程度であり、可視光(2 ~ 3 eV)に比べて非常に小さい。

(注4)量子力学的な位相効果
量子力学によると電子は波として振る舞うため、「位相」も波を特徴づける重要な量となる。この位相項がしばしば観測される物理現象にも寄与することになる。

(注5)電子励起
固体中の電子にはさまざまな固有状態があり、それぞれ固有のエネルギーを持って準位を形成している。電子励起はこの準位間で(光照射などによって)状態が遷移することを指す。

(注6)第一原理計算
量子力学に基づき、結晶構造のみから物質の電子状態や物性を予測する理論計算手法。

(注7)シフト電流機構
光励起時に電子の空間分布がある特定の方向に変化することでその方向へ定常電流が流れる、バルク光起電力効果の一つの機構。特定方向への変化(シフト)量は、物質のトポロジカルな性質に依存している。

 

7.添付資料

fig1
図1.(a)強誘電体BaTiO3の結晶構造。c軸方向に強誘電分極(P)が生じる。黒矢印はフォノン励起における原子変位パターンの1例を示した。(b)光学伝導度スペクトル。フォノン励起はテラヘルツ帯に、電子励起は紫外領域(UV)に存在している。

 

fig2

図2.(a)実験の配置図。テラヘルツ光はサンプルの表面垂直方向から照射し、c軸(電気分極)と平行な光電流を測定した。(b)室温における光電流の測定値。電気分極状態をプラス、マイナス、ゼロの場合について測定している。電気分極の値に比例した光電流生成が観測されている。テラヘルツ光がパルス光源のため、光電流もパルス状に流れている。

詳しい資料は≫

PNAS: https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2122313119

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