昭和初期の森林の姿がよみがえる!~約90年前の天然林調査報告書を再確認~

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2020-10-23 森林総合研究所

ポイント

  • 昭和初期に国有林で行なわれた天然林調査の膨大な報告書資料(662件)を整理して、分かりやすい目録を作成し公表しました。
  • 報告書資料には、90有余年前の日本の森林の姿を今に伝える、貴重な植生データ、森林断面・平面図、直径・樹高データ、写真帳などが含まれています。
  • これらの古い報告書資料のデータと現在の森林のデータとを比較することで、90年間の環境変化の影響を検証できるかもしれません。

概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所は、長年保管してきた古い資料の中から、昭和初期に国有林内の天然林で行なわれた森林調査の膨大な報告書の原資料(662件)を整理し、分かりやすい目録として印刷・公表しました。
これらの資料は、昭和初期に青森から九州、屋久島まで一斉に行われた調査結果を取りまとめた貴重な資料です。戦中・戦後の伐採で失われたであろう、多くの天然林の姿を今に伝える植生データ、精密な手描きの森林断面図や平面図、膨大な直径と樹高の調査原簿、現場写真などが含まれています。
今後、わが国の森林に対する温暖化影響や森林管理のあり方を考える上で基礎となる貴重な原資料の分かりやすい詳細な目録です。同じ場所で調査を行うことができれば、90年間の気候や土地利用の変化が天然林に与えた影響を検証できるかもしれません。

背景

大正から昭和初期にかけて、わが国では抜き伐りによる天然更新が進められ、当時の農林省山林局*1傘下の国有林で天然林調査が大々的に行われました。青森から熊本までの六つの営林局による膨大な調査資料は、各営林局から山林局に「国有天然林調査報告書」として提出され、一部の資料については公刊されました。しかし、戦争激化のためか、全資料の公刊には至りませんでした。戦後、この調査資料は林野庁の林業試験場(現森林総合研究所)に移され、その一部は昭和20年代に当時の林業試験場職員の研究論文の基礎データとして活用されました。その後、木材生産のための人工林研究が主体となる中、この戦前の天然林調査資料は長らく保管されてきました。

内容

今回、森林総合研究所に保管されてきた古い資料を点検したところ、上述の「国有天然林調査報告書」の原本である大量の手描き資料が、断片化しつつも現存しており、これらを整理することとしました。
山林局は、大正15年12月に、戦前の著名な森林生態学者である河田杰(かわだ まさる)氏が執筆した「國有天然林調査方法」を発行しました(農林省山林局1926)。各地方の営林局は、この調査方法に準拠して天然林の調査を行い「国有天然林調査報告書」として取りまとめました(図1)。

図1.国有天然林の調査を行った位置を示す図
図1 各営林局(A~F)の国有天然林調査位置図

図2.当時の天然林の林相を映し出した写真帳

図2 青森営林局の写真帳:ブナ林の例

「國有天然林調査方法」(農林省山林局1926)は、以下の7種の図表を提出するよう指示していました。
1.植⽣分布図 2.植⽣調査簿 3.樹種分布図・表 4.林況調査表 5.⽣態概況調査票 6.⽣態精密調査表(6.1コドラート図表、6.2植⽣側⾯図及樹冠投影図:トランセクト図)7.植物⽬録
今回は、各営林局について調査地域ごとに7種の図表に分けて1件ずつ番号を振り、本研究成果として、資料の詳細な目録を作成しました(表1青森営林局報告書目録の抜萃)。今回の整理の結果、資料の件数は営林局の間で大きな違いがあることがわかりました。青森営林局75件、秋田営林局11件、東京営林局164件、大阪営林局19件、高知営林局139件、熊本営林局254件でした。当時は、国有林面積が広く天然林の多い東京営林局や熊本営林局の資料が多かったようです。これらの資料には、当時の天然林の林相を映し出した写真帳(図2:ブナ林)、精密な森林植生図(図3:十和田湖周辺)や精緻な森林断面図(図4:ミズナラ天然林)などが多数含まれていました。また、高知営林局の植生調査では、牧野富太郎博士など当時の著名な植物学者が関わったという記述も有りました。今後、これらの貴重な資料本体のデジタルアーカイブを順次進めていく予定です。

表1 ⻘森営林局管内の天然林調査報告書(抜萃)

表1 ⻘森営林局報告書の目録(抜萃)

図3.当時の天然林の林相を映し出した精密な森林植生図
図3 青森営林局の森林植生図:手描きで彩色された十和田湖周辺の貴重な植生図

図4.ミズナラ天然林の精緻な森林断⾯図
図4 ⻘森営林局管内*2 のミズナラ林の森林断⾯図と樹冠投影図(宮城県、⽩⽯事業区、刈⽥岳国有林)

今後の展開

今回、目録を作成した「国有天然林調査報告書」の資料は、戦後の拡大造林期以前にあった天然林の姿を記録したものとして、それ自体が貴重です。さらに、残っている天然林の同じ場所で、過去と同じ手法で調査ができれば、過去90年間の気候や土地利用の変化を受けて、森林がどのように変化、遷移してきたのかを明らかにすることができます。今後、温暖化が進む中で森林や植物の分布がどのように変化していくのかを探る上でも、比較の原点となる貴重な資料です。各地方の森林に興味を持つ研究者と協働して、データライセンス*3に留意しながら、この昭和初期の原資料を活用した研究を全国規模で発展させたいと考えています。共同研究に興味をお持ちの方は下記の研究担当者に専用メールでご連絡ください。

論文

タイトル:昭和初期の国有天然林調査報告書の発見

著者:新山馨1)、柴田銃江1)、黒川紘子1)、松井哲哉2)、大橋春香3)、佐藤保1)
1)森林総合研究所 森林植生研究領域、2)森林総合研究所 国際連携・気候変動研究拠点、3)森林総合研究所 野生動物研究領域

掲載誌:森林総合研究所研究報告、19巻3号(令和2年10月)

用語解説

*1 山林局
戦前は農林省山林局が本州と四国、九州の国有林を管轄していました。他に内務省北海道庁が管轄する北海道の国有林と、宮内庁が管轄する御料林が日本各地にありました。

*2 青森営林局管内
昭和初期の青森営林局は青森県、岩手県、宮城県の3県を管轄していました。

*3データライセンス
森林総合研究所のデータポリシーは以下の通りです。

一 公開された研究データは、営利目的、非営利目的を問わず、原則として複製、加工も含め無償で利用できる。

二 公開された研究データを利用する者(以下、利用者という。)は、利用に際して出典を明記する。

三 公開された研究データのうち、機構以外の組織・個人も出典の明示を要求している場合、利用者はそれに従う。

四 公開された研究データを加工して利用する場合、利用者は加工の事実を明記するとともに加工内容を具体的に示す。

お問い合わせ

研究推進責任者:
森林総合研究所 研究ディレクター 宇都木 玄

研究担当者:
森林総合研究所 森林植生研究領域 群落動態研究室(担当:柴田銃江、新山馨、黒川紘子)

昭和初期国有天然林資料担当

広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係

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