2020-10-12 農研機構
ポイント
農研機構は、日本の河川流域で特徴的な農業用水の循環(取水から河川への再流入)を考慮した、流域スケールで水循環の時空間分布を表現できるシミュレーションモデルを開発しました。本成果により、河川の渇水時の流況を精度良く計算できます。また、気候変動等により環境が変動する下での水資源利用計画の策定が可能になります。
概要
農研機構は、渇水の予測や農業用水の利用に関する気候変動への適応策の検討に用いることができる流域水循環のシミュレーションモデルを開発しました。開発したモデルは、流域の自然的な水の流れ(降水量、気温、蒸発散量、積雪・融雪量、河川の流れなど)とダムや取水堰、用水路による水利用・管理による人為的な水の流れをあわせて解析することにより、渇水時の河川流量を精度よく計算できます。
本成果は、農業用水の利用の計画主体である地方農政局(土地改良調査管理事務所)、水資源機構、地方自治体等の行政機関が、現在から将来において農村地域で起きる可能性のある渇水の予測に利用することができます。
また本手法は、地球温暖化による降水・融雪の変動といった自然環境の変化による渇水強度(渇水の起きやすさ)の変化も予測することが可能で、気候変動適応法により義務づけられた気候変動への適応計画の策定にも活用できます。
関連情報
予算 : 運営費交付金
詳細情報
開発の社会的背景
日本のようにダムや取水堰、用水路による水利用・管理が広域にわたって行われている河川では、農業用水の水管理が河川の流量に大きな影響を与えます。河川からの取水量の約7割を占める農業用水の場合、取水された農業用水は水田地帯に配分された後、その一部が河川に還元(再度河川へ流入すること)しています。特に、渇水時には、上流から下流までの各地点での取水と還元の繰り返しにより、河川の流量が制御されています。
近年、水資源や水利用について、地球温暖化による降水・融雪の変動といった自然的条件、また農地面積や農家戸数の減少や、作付けする作物や作付け時期の変化といった社会的な条件が変化してきています。持続的に農業生産を続けるためには、今後起きつつある変化を理解し、ダム放流量の調整や取水制限などの短期的措置に加え、水利施設の整備、改修等の長期的な適応策を講じていく必要があります。さらに、平成30年6月に公布された気候変動適応法では、現在すでに生じている、または将来予測される被害の回避・軽減等を図る方策について、自治体ごとに計画を策定することが謳われています。
研究の経緯
現在、河川の流量は河川管理者1)によって把握され、渇水の発生は主にダムに蓄えられた水の量や利水基準地点2)に流れる水の量から判断されます。渇水時には流域単位の渇水対策協議会が設立され、渇水調整の対策が取られています。しかし、ダムや利水基準地点で評価される渇水の程度より、流域の下流や支流では厳しい渇水が生じていることがよくあり、適切な対策を取るためには、農業用水の循環について全体像を把握する必要があります。過去に開発されたシミュレーションモデルでは、こうした農業用水の利用の全体像が把握できず、渇水の程度を十分に評価できない問題がありました。そこで今回、ダムからの放流量や、農業用水の取水や還元も考慮した水循環のシミュレーションモデルを開発しました。
研究の内容・意義
1.自然界の水循環(降雨、流出、蒸発や積雪・融雪)と農業用水の循環(取水堰からの取水、用水路による水の配分、排水路を通した還元)を考慮したシミュレーションモデルを作成しました(図1a)。河川の流域について、1km四方のメッシュごとに、1日ごとの流量を計算できます。
2.本モデルを用いると、特に灌漑期(5月~9月)について、従来のモデルより高精度に河川の流量を推定できます(図1b)。北陸地方の河川のある地点の例では、最も渇水が厳しい時期(図中の9月上旬)の推定値と観測値の誤差は、従来モデルでは約90%でしたが、本モデルでは5%まで縮小できました。
3.本モデルを用いて、河川の渇水の発生とその規模を、流域内の地点ごとに予測できます(図2)。A川の取水堰(i)の河川流量はダムからの放流等により管理され、農業用水の取水に影響を及ぼす量(図中の「渇水ライン」)を下回る期間はほとんどないと予測されます(図2b上)。一方で、B川の取水堰(ii)での河川流量は変動が大きく、取水への影響がある渇水の発生が予測されました(図2b下)。なお、地点iとiiにおける、灌漑期流量の予測値と観測値との誤差は18%(i)および23%(ii)でした。
4.本モデルは、農業用水の利用の計画主体である地方農政局(土地改良調査管理事務所)、水資源機構、地方自治体等が、流域の水資源量の把握や渇水の予測を行い、取水制限等の対策をとるのに役立ちます。
5.本モデルに将来の気候変動シナリオ3)に基づく降水量の予測値を入力することにより、より長期的な河川流量予測が行えます。開発したモデルに世界の代表的な5つの全球気候モデルで求めた降水量データを入力し、2050年~2070年頃に予測される各河川の利水基準地点での代かき期(5月)と出穂期(8月)の渇水流量(10年確率半旬平均流量)4)、灌漑期間全体の10年確率日流量の変化率を予測しました(図3)。
今後の予定・期待
今回開発したモデルを用いることで、これまで評価の出来なかった流域全体での渇水規模の評価が可能になりました。現在本モデルは、北陸農政局(信濃川水系土地改良調査管理事務所)、関東農政局(利根川水系土地改良調査管理事務所)において、流域の水資源量の把握や渇水の予測に利用されています。
50年から100年後などのより長期な気候変動予測については、現在は利水基準点の流量変化予測のみを行っていますが、今後は、農業水利施設の整備に役立てられるよう、流域ごとのより詳細な予測を行う予定です。また本モデルを用いて、ダムから放流する水の量や取水堰から農業用に取水する水の量を調整することによって、地球温暖化の水資源への影響を小さくするための方法の開発につなげていく予定です。
なお、11月6日から24日までオンラインで開催される「令和2年度 実用新技術講習会及び技術相談会」(主催:農研機構農村工学研究部門)において本成果を紹介します。
用語の解説
- 1)河川管理者
- 川の治水・利水・環境整備の計画を立て、工事や維持管理を行う者。一級水系・二級水系において河川法の適用を受ける河川(一級河川、二級河川)の河川管理者は、国土交通省大臣または都道府県知事。
- 2)利水基準点
- 河川管理者が渇水を判断するために定めた地点。
- 3)気候変動シナリオ
- 国内外の研究機関・大学が開発している全球気候モデル(GCM)により、大気中の温室効果ガス濃度の変化シナリオに基づいて推定した大気および地表面の将来の気候値。
- 4)渇水流量(10年確率半旬平均流量)
- 10年に一回の確率で生じる渇水時の半旬(5日間)平均の流量。
発表論文
吉田武郎、増本隆夫、工藤亮治、谷口智之、堀川直紀(2012) : 広域水田灌漑地区の用水配分・管理モデルの実装による流域水循環のモデル化、農業農村工学会論文集、80、9-19.
Yoshida T., Masumoto T., Horikawa N., Kudo R., Minakawa H., and Nawa N. (2016): River basin scale analysis on the return ratio of diverted water from irrigated paddy areas, Irrigation and Drainage, DOI: 10.1002/ird.2040.