2020-10-12 産業技術総合研究所
ポイント
- 固体相変化材料を金属との複合化により高熱伝導率化
- 従来開発品に比べて、耐水性・機械加工性を大幅に向上
- 放熱・吸熱部品、熱交換器などへの使用による過熱抑制に期待
概要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)磁性粉末冶金研究センター【研究センター長 尾崎 公洋】エントロピクス材料チーム 杵鞭 義明 主任研究員、藤田 麻哉 研究チーム長、中山 博行 主任研究員は、熱応答性に優れた固体相変化材料(PCM)を開発した。
固体PCMは、融解を伴わずに潜熱を発生することから形状を維持する蓄熱材として有用である。産総研では、機械強度に優れた二酸化バナジウムセラミックスを用いた固体PCMを開発してきた(2019年3月1日産総研プレス発表)。しかしながら、この材料には熱伝導率が低く内部の潜熱が伝わりにくいという課題があった。そのため熱を急速に吸収するような用途では、二酸化バナジウムの大きな潜熱を有効に生かすことができなかった。そこで今回、高熱伝導率金属と二酸化バナジウムを不純物層もなく界面形成することにより、高い熱伝導率を示す金属分散固体PCMの開発に成功した。潜熱による吸熱効果と金属並みの高い熱伝導性から、電子機器などの放熱対策部品への利用が期待される。また、この材料は以前に開発した二酸化バナジウムセラミックスに比べ耐水性が大幅に向上しており、熱交換器などの水と共存する環境への応用も期待される。
この技術の詳細は、2020年10月28日~30日に開催される第41回日本熱物性シンポジウムで発表される。
今回開発した金属分散固体PCM
加工品(左)、内部微細構造(中央、グレー:金属、黒:VO2)、分散金属とVO2との界面組成像(右)
開発の社会的背景
最近、パワーデバイスなどの電子デバイスの温度制御が問題となっている。例えば、電気自動車で用いられているパワーデバイスは、運転時に瞬間的に大きな熱が発生するという問題があり、熱負荷が数秒間、公称熱負荷の何倍にも急増して、デバイスのオーバーヒートの危険が生じている。高熱による誤動作などを避けるため、電子デバイスの熱管理には高い放熱効率が要求されている。
研究の経緯
短時間に大きな熱が発生する現象に対応するため、過剰な発熱をPCMに蓄熱し、急激な温度上昇を抑制する対策が考えられている。これは、相変化時にはPCMの温度が相変化温度で一定に保たれることを利用するものである。産総研では、このような融解を伴わない固体PCMの特徴を生かし、これを用いた電子デバイスの温度制御技術の確立を目指している。これまでに、二酸化バナジウムセラミックスを用いた固体PCMを開発し、その技術は多くの業種より反響を得ており、早急な商品化に向けた検討も進んでいる。
研究の内容
現状の融解型PCMは、蓄熱材として用いると熱管理システムの熱容量の増加には有効であるが、熱伝導率が低いため熱応答性が悪いという課題がある。二酸化バナジウムなどの固体PCMを用いた蓄熱材は、それらに比べて熱伝導率が十倍以上高いが、それでも数W/m・K程度であり、高い熱応答性は期待できなかった。熱応答性向上には高熱伝導物質との複合化が有効な手段であるが、両者の界面での熱抵抗を抑えることが課題であった。今回、産総研が保有する二酸化バナジウムの表面反応性を促進する技術を利用して、高熱伝導物質である金属と二酸化バナジウムとを複合化すると、密着性に優れた界面が形成されることがわかった。この界面を透過型電子顕微鏡で観察したところ、ナノメートルレベルでも反応相や拡散層といった不純物層の無い界面が形成されることが分かった(図1)。このような界面により、熱抵抗を抑えた効果的な複合化が可能となり、金属と同程度(約70 W/m・K)の熱伝導率と大きな潜熱(約100 J/cm3)を両立できた(図2)。複合化する金属の量でこれらの値を調整できる。電子機器などの放熱対策部品への利用が期待される。
一方、バナジウム酸化物は水和物を生成するため、産業応用の際の水への耐性が懸念されていた。また、セラミックスであるため、機械加工性も課題であった。今回、金属を分散することにより、これらの課題が大幅に改善されることがわかった。以前に開発した二酸化バナジウムセラミックスでは、水中に半年以上浸漬すると、形状に変化はないものの水の着色があり、腐食による溶出が認められていた。このような腐食は熱交換器などへ応用する際には技術的な課題となる。金属分散固体PCMでは、適切な金属を選定すると電気防食効果が得られ、これにより耐水性が大幅に向上した。希硝酸に6時間浸漬する強酸による耐食性加速試験では、従来の二酸化バナジウムセラミックスは、希硝酸により容易に腐食され、溶液も青く着色したが、今回の金属分散固体PCMでは、顕著な溶液の着色や形状変化はなく、耐食性(耐水性)が大きく向上していた(図3)。機械加工に関しては、導電性や靭性の向上により、セラミックス加工用のダイヤモンド砥石などによる研削・切断加工をはじめ、導電性を生かした放電加工、さらに金属加工用の超硬工具による切削加工も可能となった。
図1 透過型電子顕微鏡による金属と二酸化バナジウムの界面の組成像
図2 各種材料の熱伝導率と潜熱の関係
図3 希硝酸による耐食性加速試験の結果
今後の予定
実用化に向け、今回開発した金属分散固体PCMの有償サンプル提供を開始する。また、蓄熱温度域や蓄熱量など、利用目的に合わせて熱特性を調整できるように材料設計を進めていく。
用語の説明
- ◆相変化材料(Phase Change Material, PCM)
- 相変化材料は、温度などの環境変化により状態を変化させる材料で、その際の潜熱を温度調整(蓄熱、蓄冷)に利用できる。一般の相変化材料は、融解(固相から液相)に伴う潜熱を利用することが多い。相変化材料のうち、融解を伴わずに形状を維持するものを固体相変化材料という。
- ◆相変化
- 物質が、温度、圧力、磁場などの変化により状態を変える現象。例えば、融解は固体から液体に状態変化する相変化であり、超伝導は電子状態の相変化の一種である。二酸化バナジウムは、67℃で絶縁体から金属に電子状態が変化する電子相変化を示す。また相変化中は温度が一定となる特徴があり(下図)、この間に加熱中であれば潜熱分の熱量を周囲より奪うため、周囲環境の温度を一定にすることができる。
図 相変化にともなうPCMの温度変化(加熱中)
- ◆潜熱
- 相変化に必要な熱量。例えば、氷を融かすには、330 J/cm3の潜熱分の熱量が融点の0℃で必要となる。
- ◆電気防食
- 電流を流すことで、腐食速度を減少させる方法。イオン化傾向の高い金属を接続することでも同様の効果が得られる。