地震の揺れを予測する新たな手法を開発 ~人工知能と物理モデルのハイブリッドで更なる精度向上へ~

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2020-07-27 防災科学技術研究所

国立研究開発法人防災科学技術研究所(理事長:林春男) は、地震による揺れの予測(地震動予測)の高度化に向け、人工知能と物理モデルを組み合わせたハイブリッド予測手法を新たに開発しました。

1. 内容:(詳細は別紙資料を参照)
国立研究開発法人防災科学技術研究所は、地震災害に対する我が国の防災力・減災力の向上に資するために、地震による揺れを予測する地震動予測技術の高度化に関する研究を進めています。
中でも地震動の強さ(震度等)の予測技術に、人工知能(AI)分野で使われる「機械学習」を適用することに取り組んでおり、今般、機械学習が持つ予測の柔軟性と、従来から使われてきた物理モデルに基づく地震動予測式が持つ、まれな事象を予測する際の安定性といった双方の長所を組み合わせ、単一の手法に比べてより高精度な予測が可能であるハイブリッド手法を新たに開発しました。
本研究の成果を基に更なる研究を進めていくことで、将来の地震災害に備えるための地震ハザード評価や地震発生直後の緊急地震速報の精度向上につながることが期待されます。
本成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」オンライン版(7月27日付: UK時間午前10時、日本時間午後6時)に掲載されます。
2. 本件配布先:
文部科学記者会、科学記者会、筑波研究学園都市記者会
3. 論文情報:「Scientific Reports」オンライン版
Hisahiko Kubo, Takashi Kunugi, Wataru Suzuki, Shingo Suzuki, and Shin Aoi (2020) Hybrid predictor for ground-motion intensity with machine learning and conventional ground motion prediction equation(邦訳:機械学習と従来の地震動予測式をハイブリッドした地震動指標の予測器に関する研究),

Scientific Reports. https://doi.org/10.1038/s41598-020-68630-x<?XML:NAMESPACE PREFIX = “[default] http://www.w3.org/2000/svg” NS = “http://www.w3.org/2000/svg” />

(別紙資料)地震の揺れを予測する新たな手法を開発 ~人工知能と物理モデルのハイブリッドで更なる精度向上へ~
1.はじめに
地震による揺れを予測する地震動予測は、地震防災分野における主たる研究課題の一つです。将来の地震災害に備えるための地震ハザード評価や地震発生直後の緊急地震速報などで使われている地震動予測技術を高精度化していくことは、我が国のレジリエンス(特に、防災力・減災力)のさらなる向上につながります。
国立研究開発法人防災科学技術研究所(以下、「防災科研」という。)は、プロジェクト研究「地震・津波予測技術の戦略的高度化」を進めており、その一環として人工知能(AI)分野で使われる機械学習の適用による地震動予測の高度化に取り組んでいます。機械学習は様々な要素が複雑に影響しあう事象について、データに基づく予測を精度よく行うことができます。しかしながら学習データにあまり含まれていなく、発生頻度が少ない事象を予測することを機械学習は苦手としており、学習データの中に大きな偏りがある場合は機械学習による予測にも偏りが生じることが指摘されています。このようなデータ中に大きな偏りを持つ不均衡データ学習時の問題を解消しつつ、地震動予測の精度向上を図るため、機械学習と従来使われてきた物理モデルに基づく地震動予測式を組み合わせたハイブリッド予測手法を新たに開発し、その性能を検証しました。
2.予測手法の比較
2-1.従来手法:地震動予測式
地震による揺れ(地震動)は、「震源での断層破壊の効果」・「震源(断層)と観測点(予測地点)の間の地下構造が伝播する地震波に与える効果」・「観測点(予測地点)直下の地盤構造による揺れの増幅効果」のそれぞれが影響します。これまでは地震動予測式と呼ばれる方程式によって、地震動強さの指標の予測が行われてきました。地震動予測式は、地震の揺れに関係する効果を地球物理学の知見に基づいてそれぞれモデル化し、地震動強さの指標(例えば震度や地表最大加速度)と、地震の規模や震源と予測地点間の距離などのパラメータを結び付けた関数形を仮定した上で、過去記録を用いた回帰分析を行うことで得られる方程式のことです。その計算の手軽さから、地震動予測式は工学分野での地震動の簡易計算、特に大量計算が必要な地震ハザード評価や、迅速な計算が必要とされる地震発生直後の緊急地震速報などで活用されています。
地震動予測式はこれまでの学術的知見に基づく物理モデルを方程式で表現しているため、発生頻度が少ない事象を予測する場合でも、ある程度の予測性能を発揮すると考えられます。しかし方程式の関数形をあらかじめ仮定するため、例えデータが仮定した関数形とは異なる傾向を持っていたとしても、それを表現できないという性質(柔軟性が無い)を持っていました。
2-2.機械学習
機械学習は様々な要素が複雑に影響しあう事象について、データに基づく予測を精度よく行うことができます。地震動予測への適用の場合、従来手法ではあらかじめ仮定していた方程式の関数形を、データに基づいて導き出すことができる点が特に大きな利点です。これは地震動予測の精度向上につながるだけでなく、これまでは方程式に組み込むことが難しかった情報を新たに柔軟に追加することによる更なる性能向上も期待されます。
しかしながら、まれな事象を予測することを機械学習は苦手としているため、データ中に大きな偏りを持つ不均衡データを学習した場合、機械学習による予測に偏りが生じる可能性が指摘されています。地震動予測において学習対象となる地震動データも不均衡データであり、震度7のような強い揺れの観測記録は非常に少ない一方で、弱い揺れの観測記録は豊富にあるという特徴があります。実際に機械学習を適用した場合、1,000 gal(※1)を超えるような非常に強い揺れが観測された事例を半分以下の値に予測してしまうという、強い揺れを過小に評価する偏向が生じることが確認されました。強い揺れは建物などの被害に直結するものであり、この偏向は防災・減災上看過できないものです。
2-3.ハイブリッド手法
データに合わせて柔軟かつ高精度な予測が可能である機械学習、物理モデルに基づくことによって発生頻度が少ない事象の予測性能がある程度担保されている地震動予測式、という双方の長所を生かす形での地震動予測を行うために、それぞれを組み合わせたハイブリッド予測手法を考えました。具体的には既存の地震動予測式によって第一段階の予測を行った上で、それだけでは足りない部分を補う形で機械学習による第二段階の予測を行い、それらを組み合わせたものを最終的な予測として出力します。機械学習手法にはExtremely Randomized Trees(※2)を用いました。
3.データ
一般的に機械学習は大量の学習データを必要とします。防災科研は陸海統合地震津波火山観測網MOWLAS(※3)を整備・運用しており、この研究ではMOWLASの中でも強い揺れを振り切れることなく観測することを目的として全国約1,700ヵ所で強震観測を行っている強震観測網K-NET, KiK-net(※4)の約20年間の地震動記録を用いました。
学習データとして平成9年から平成27年までに発生した2082地震による計186,310の地震動記録を用意し、機械学習を行いました。これまでの地震動予測式の作成に使われたデータと比べて、一桁多い量の地震動記録を本研究では学習データとして用いています。
また、テストデータとして平成28・29年に発生した208地震による計22,323の地震動記録を別途用意し、性能検証に用いました。
4.新手法の予測性能
テストデータの一つである平成28年熊本地震の本震における観測記録とそれぞれの予測手法による予測結果を図1に示します。同地震の震央近傍では1,000 galを超えるような非常に強い揺れが観測されていますが、機械学習のみを用いた場合にはそれらが過小に予測されています。一方で、ハイブリッド手法による予測は、より観測記録に近いことが分かります。従来手法に基づいて作成した地震動予測式による予測も同図に示しますが、この場合も強い揺れの過小評価の傾向が確認できます。
全体としての予測性能に関しても別途検証しましたが、ハイブリッド予測手法は単一の予測手法に比べて予測性能が良く、特に強い揺れの過小評価が改善されていることが確認できました。
5.今後の展開
今回の成果は、機械学習の導入が地震動予測技術の性能向上につながることを示すとともに、単純に機械学習を適用しただけでは発生頻度が少ない事象を予測する場合に問題が生じ得ることを示唆しています。
この問題をこれまで長年にわたり検証されてきた物理モデルと機械学習のハイブリッドによって解決を図るという本研究のアプローチは、他の分野でも応用可能なものであり、機械学習を今後、社会導入していくにあたっての1つのモデルケースとなりうるものと期待しています。
6.論文情報
上記の成果に関する学術論文は令和2年7月27日に英国科学雑誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されます:
Hisahiko Kubo, Takashi Kunugi, Wataru Suzuki, Shingo Suzuki, and Shin Aoi (2020) Hybrid predictor for ground-motion intensity with machine learning and conventional ground motion prediction equation(邦訳:機械学習と従来の地震動予測式をハイブリッドした地震動指標の予測器に関する研究),Scientific Reports. https://doi.org/10.1038/s41598-020-68630-x
*著者情報(和名)
  1. 国立研究開発法人防災科学技術研究所 久保久彦 研究員
  2. 国立研究開発法人防災科学技術研究所 㓛刀卓 強震観測管理室長
  3. 国立研究開発法人防災科学技術研究所 鈴木亘 主任研究員
  4. 国立研究開発法人防災科学技術研究所 鈴木進吾 主幹研究員
  5. 国立研究開発法人防災科学技術研究所 青井真 地震津波火山ネットワークセンター長
図1
地震の揺れを予測する新たな手法を開発 ~人工知能と物理モデルのハイブリッドで更なる精度向上へ~

*Kubo et al. (2020, Scientific Reports)を改変

図1:(a)平成28年熊本地震の本震において防災科研K-NET, KiK-netで観測された地表最大加速度(PGA)の分布。(b)機械学習のみによる予測。(c)機械学習と地震動予測式を組み合わせたハイブリッド手法による予測。(d)地震動予測式のみによる予測。
図中の×は平成28年熊本地震の本震の震央位置を表します。
それぞれの予測器の学習には平成9年から平成27年までに発生した地震の観測記録を用いており、平成28年熊本地震の観測事例は学習データに含まれていません。

脚注
※1「gal」:
一定時間ごとに速度がどれだけ増加するかをあらわす物理量を加速度といいます。
日常的には、車が動き始めたり止まったりするときに体に後ろ向きや前向きの荷重がかかる現象などで加速度を実感できます。物理学的な定義は、変位(位置とほぼ同義)の二階微分、速度の一階微分(『車が加速する』と言うときの加速とほぼ同義)。加速度に質量を掛けたものが力(ma = F)であることから、静的な釣り合いの関係に注目する立場から地震のインパクト(地震力)を見る場合、最大加速度が指標となります。gal(ガル)はその単位(=cm/s2)です。
※2「Extremely Randomized Trees」:
木構造を用いて分類や回帰を行う決定木を弱学習器として複数用いる形でアンサンブル学習を行うランダムフォレストの派生アルゴリズムの一つです。
ランダムフォレストは学習時における決定木分岐を利得が最大になるように行いますが、Extremely Randomized Treesではランダムに行います。
※3「陸海統合地震津波火山観測網MOWLAS」:
防災科研では、平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災を契機として、全国の陸域において高感度地震観測網(Hi-net)、全国強震観測網(K-NET)、基盤強震観測網(KiK-net)、広帯域地震観測網(F-net)の整備・運用を行ってきました。また、16の火山において基盤的火山観測網(V-net)の整備を行い、火山活動を観測しています。
海域においては、平成23年3月11日に発生した東日本大震災を受け、海域を震源とする地震や津波の早期検知・情報伝達などを目的として、日本海溝海底地震津波観測網(S-net)を北海道沖から房総半島沖までの海底に整備しました。加えて平成28年4月には、紀伊半島沖から室戸岬沖にかけて整備された地震・津波観測監視システム(DONET)が海洋研究開発機構より防災科研に移管されました。
これら全国の陸域から海域までを網羅する「陸海統合地震津波火山観測網」の本格的な統合運用が平成29年11月より開始されたことを機に、その愛称を「MOWLAS」(Monitoring of Waves on Land and Seafloor:モウラス)としました。
※4「強震観測網K-NET, KiK-net」:
・K-NET の概要:K-NET(Kyoshin Network:全国強震観測網)は防災科研が運用する全国を約 20km 間隔で均質に覆う 1,000ヶ所以上の強震観測施設からなる強震観測網であり、平成 8 年6 月から運用を開始しています。地震被害に直接結びつく地表の強震動を均質な観測条件で記録するために、各観測施設は、一部の例外を除き統一した規格で建設され、自由地盤上(地表)に強震計が設置されています。震度情報ネットワークの一部に組み入れられており、観測された震度は気象庁に送られ、国や自治体の適切な初動体制の確立等に活用されるほか、テレビ等で地震直後に報道されます。また、蓄積された強震記録はデータベース化され、地震防災等の様々な実務や研究に役立てることができます。
・KiK-net の概要:KiK-net(Kiban Kyoshin Network:基盤強震観測網)は、全国にわたる総合的な地震防災対策を推進するために、政府の地震調査研究推進本部が推進している「地震に関する基盤的調査観測計画」の一環として、防災科研が高感度地震観測網(Hi-net)と共に整備した強震観測網です。KiK-net の観測施設は、全国約 700ヶ所に配置され、各観測施設には観測用の井戸(観測井)が掘削されており、地表と地中(井戸底)の 2 箇所に強震計が設置されているのが特徴です。
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