「水の窓」アト秒 X 線の高出力化を実現~軟X線域における高強度アト秒レーザー開発に大きな前進~

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2020-05-22 理化学研究所

理化学研究所(理研)光量子工学研究センターアト秒科学研究チームの付 玉喜(フ・ユーシー)特別研究員(研究当時)、西村光太郎大学院生リサーチ・アソシエイト、高橋栄治専任研究員らの国際共同研究グループは、「高次高調波発生[1]」と呼ばれるレーザー波長変換法を用いて、「水の窓[2]」域のアト秒(1アトは100京分の1)パルスX線を高効率かつ高強度で発生させる手法を確立しました。そして本手法により、光子エネルギー300eV域においてナノジュール(1ナノは10億分の1)級の出力を持つコヒーレント軟X線[3]光源の開発に成功しました。

本研究成果は、ギガワット(1ギガは10億)級のピーク出力を持つ軟X線アト秒レーザー[4]の開発につながると期待できます。

今回、国際共同研究グループは、波長可変かつテラワット(1テラは1兆)級のピークパワーを持つ「中赤外フェムト秒レーザー」(1フェムトは1,000兆分の1)に、理研独自の高次高調波エネルギースケーリング法[5]を組み合わせることで、「水の窓」と呼ばれる生体観測に有用なX線波長域において、高次高調波パルスエネルギーを従来よりも約1,000倍高出力化することに成功しました。この高出力化法は、高い発生効率を保ったままで高調波の出力エネルギーを増加できるという点で優れています。さらに、開発したコヒーレント軟X線光源を用いて、化学状態分析法である吸収端近傍X線吸収端微細構造(NEXAFS)[6]の計測にも成功しました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Communications Physics』(5月22日付:日本時間5月22日)に掲載されます。

高調波発生媒質の発光の様子の図

高調波発生媒質の発光の様子

背景

「高次高調波発生」と呼ばれるレーザー波長変換法を用いたアト秒レーザーの開発は、2018年ノーベル物理学賞の対象研究となったレーザー技術(高強度超短光パルスの生成方法)において、最も注目される応用アプリケーションとして紹介されており、新しい超高速光科学の分野として世界各国で盛んに研究されています。高次高調波は、レーザー光と同様の高い時間コヒーレンスを生かすことで、アト秒パルスを発生できます。アト秒パルスの時間幅(パルス幅)は、高次高調波の光子エネルギー(波長)により決定されるため、時間幅の短いアト秒パルスを得るためには、高い光子エネルギー(短い波長)を持つ高次高調波を発生させる必要があります。

高橋栄治専任研究員らは、2008年に中赤外域の超短パルスレーザーと中性ガスの媒質分散による最適位相整合技術[7]を用いて、「水の窓」と呼ばれる軟X線域(光子エネルギー:543~284eV)の高次高調波を高効率で発生する手法の開発に成功しています注1)。しかし、赤外域において高出力・超短パルス励起レーザーの開発が困難だったため、発生効率が向上しても高次高調波の出力エネルギーは、数ピコジュール(1ピコは1兆分の1)程度と低いままでした。

さらに、高調波の高効率発生に必要な位相整合条件を満たすには、数気圧のガス媒質の長さを延ばす必要があるため、出力エネルギーを拡大することが工学的に困難でした。そのため、アト秒のパルス幅を持つ高調波光源のほとんどは、現在、波長が800ナノメートル(nm)程度の近赤外域の超短パルスレーザーを励起光として、100eV程度の光子エネルギー域で開発されています。

注1)2008年11月25日プレスリリース「生体を生きたままで微細観測が可能な「水の窓」領域のX線を発生(PDF 648KB)

研究手法と成果

高橋栄治専任研究員らは、2011年に独自の赤外レーザー増幅法「二重チャープ光パラメトリック増幅(DC-OPA)法[8]」を考案し注2)、テラワット(TW)級の出力を持つ赤外超短パルスレーザーの設計・開発を進めてきました。2018年には、DC-OPA法により1~2マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)域において、波長可変かつ100ミリジュール(mJ)を超えるパルスエネルギーと2.5TWのピーク出力を持つ「中赤外フェムト秒レーザー」を実現しています注3)

今回、国際共同研究グループは、この高強度中赤外フェムト秒レーザーと、「ルーズフォーカス法」と呼ばれる高調波エネルギースケーリング法を組み合わせることで、軟X線域において出力エネルギー拡大が可能な高次高調波発生法の開発に取り組みました。「ルーズフォーカス法」は理研が独自開発した高次高調波の高出力化法で、本手法を利用してこれまで世界最高瞬間輝度の高調波光源や極端紫外域の高強度アト秒レーザー注4-5)を開発しています。

注2)Eiji J. Takahashi et.al Dual-chirped optical parametric amplification for generating few hundred mJ infrared pulses. Optics Express. Vol.19, Issue8, pp. 7190-7212 (2011)

注3)2018年5月16日プレスリリース「赤外超短パルスレーザーの新しい増幅法を実証

注4)2013年10月25日プレスリリース「世界最高出力の孤立アト秒パルスレーザーを開発

注5)2020年4月18日プレスリリース「強力なアト秒パルスを作り出す光シンセサイザーを実現

図1に、構築した高次高調波ビームラインの概略図を示します。「DC-OPAレーザーシステム」から出力された波長1.55μm、45フェムト秒の光パルスは、ルーズフォーカス法に従って、2mの集光光学系により緩やかに高調波発生媒質に照射されます。中赤外励起レーザーを用いて、200eVを超える光子エネルギー域で高次高調波発生の位相整合条件を最適化するには、大気圧以上の媒質ガスを使用する必要があります。一方で、計測装置が接続される高次高調波ビームライン内は高真空に保つ必要があります。つまり、ビームライン内で高密度ガスを供給しつつ高真空度を達成しなくてはなりません。そこで、特殊高圧ガスセルを開発し、パルスガスジェットにより高圧ガスを瞬間的(数ミリ秒)にセル内に供給することで、限られた時間内だけセル内を高密度ガス状態にすることを可能にしました。

高次高調波発生ビームラインと測定装置の図

図1 高次高調波発生ビームラインと測定装置

高圧ガスセルは2層構造になっており、両端にレーザーが通過する直径1mmのピンホールが施されている。第1セルにパルスバルブより数ミリ秒間だけ高圧ガスを封入し、両端ピンホールから流出するガスを第2セル(バッファーセル)で排気することで、外部チャンバーの真空度を保つ構造となっている。このセル構造により、第一セルに数気圧を封入しつつ外部チャンバー真空度を10-5トル程度に保つことができる。その結果、ビーム応用実験において長時間の安定測定ができる。

高圧ガスセル内に異なる種類の媒質ガス(ネオン、ヘリウム)を充填し、中赤外励起レーザーの強度を調整することで、光子エネルギーの異なる高次高調波のスペクトルが得られました(図2)。発生した高調波ビームは、良好な空間分布と低いビーム発散角を持ち高品質でした。ビーム品質は、イメージングなどへの応用の際に重要な役割を果たすため、中赤外励起レーザーを用いたルーズフォーカス法は、高い品質の高次高調波ビームが得られるという点でも優れています。

図2を見ると、光子エネルギーが高くなるに従って、高次高調波の強度が上がっていることが分かります。これは「水の窓」X線域に近づくにつれて、媒質ガスの自己吸収が減少するためであり、この特徴を利用することで出力エネルギーを改善できます。さらに、ルーズフォーカス法では、位相整合の最適化ガス圧を1桁程度低下できます。これらの結果、ネオンガスでは200トル(1トルは760分の1気圧)、ヘリウムガスでは1.1気圧の媒質ガスで位相整合条件を最適化できるようになり、高い発生効率を実現しました。

異なる媒質から発生した高次高調波の二次元分光スペクトルの図

図2 異なる媒質から発生した高次高調波の二次元分光スペクトル

(a)はネオンガス媒質(200トル、媒質の長さ2cm)、(b)はヘリウムガス媒質(1.1気圧、媒質の長さ2cm)からの高調波スペクトル。縦軸がビーム広がりを表しており、ルーズフォーカス法により低いビーム発散角を持つ高調波ビームが得られていることが分かる。

得られた高調波の出力エネルギーは、フォトダイオードを用いて直接計測しました。図3は、ネオンガス媒質およびヘリウムガス媒質から発生した高調波出力と励起レーザーからの発生効率を示しています。ネオンガスでは、250eVにおいて0.32ナノジュール(nJ)、140~300eVの合計出力エネルギーとして10nJが得られました。ヘリウムガス媒質では、310eVにおいて0.22nJ、283~380eVの合計エネルギーとして3.5nJの出力を達成しました。

高次高調波の出力エネルギーと励起レーザーからの発生効率の図

図3 高次高調波の出力エネルギーと励起レーザーからの発生効率

(a)はネオンガス媒質、(b)はヘリウムガス媒質。出力エネルギーと発生効率は、1%バンド幅あたりで換算している。

さらに、従来は10-8程度の合計発生効率を10-7程度にまで改善することにも成功しました。理研独自の高次高調波エネルギースケーリング法を中赤外励起レーザーに拡張することで、「水の窓」高次高調波発生を従来よりも約1000倍高出力化することに成功しました(図4)。また、今後媒質ガスの長さを延ばすことで、水の窓域において高調波出力を10nJまで向上できる可能性も示されました。

各機関が開発した水の窓域コヒーレント軟X線光源の出力エネルギーと年代ごとの推移の図

図4 各機関が開発した水の窓域コヒーレント軟X線光源の出力エネルギーと年代ごとの推移

理研独自のルーズフォカース法とテラワット級のピークパワーを持つ赤外フェムト秒レーザーを組み合わせることで、従来と比較して3桁近い高出力化を実現した。

最後に、開発したコヒーレント軟X線光源の有用性を確認するため、化学状態分析法である吸収端近傍X線吸収端微細構造(NEXAFS)[6]の計測を行いました(図5)。サンプルには炭素を含んだパリレン-C薄膜を使用しました。その結果、吸収スペクルには炭素のK吸収端(284eV)[9]を明瞭に確認でき、その高エネルギー側に微細吸収構造が見られました。この計測では、軟X線高調波の全エネルギーのうち2%のみをプローブ光として使用し、数分間の計測を行いました。今後、残り98%の出力エネルギーも使用することで、シングルショットでのスペクトル計測が可能となります。

パリレン-Cフィルム(0.25μm)を通過した後の高調波分光スペクトルの図

図5 パリレン-Cフィルム(0.25μm)を通過した後の高調波分光スペクトル

(a)高次高調波の2次元吸収分光スペクトル。薄膜を通過することで吸収構造が見られる。強い吸収で透過光が急激に弱くなっている光子エネルギーが、炭素のK吸収端(284eV)に対応している。

(b)2次元吸収スペクトルから得られた1次元吸収分光スペクトル。薄膜に含まれる炭素のK吸収端(284eV)より高光子エネルギー側に微細吸収構造が見られる。

今後の期待

本研究では、高次高調波エネルギースケーリング法を中赤外励起レーザーに拡張することで、「水の窓」域の高次高調波発生を従来よりも約1,000倍高出力化することに成功しました。今後、本手法に基づいて高調波媒質を設計し、中赤外励起レーザーのエネルギーを増やすことで、高い発生効率を保ったまま軟X線高次高調波の出力をさらに向上できます。また、この手法は、ガス媒質のみで高次高調波発生の位相整合を実現しているため、非線形な位相整合技術と異なり、外部制御性が高いという工学的に優位な特徴も備えています。

今回開発したコヒレートント軟X線光源の出力エネルギーは、1パルスあたり数nJであり、分光やイメージングなどにおいてシングルショット計測が可能となります。シングルショット計測では、測定時間の短縮だけでなく、多重ショットでは捕えられない非可逆的な物理現象をアト秒の時間精度で探索できます。

本成果は、ギガワット級のピーク出力を持つ「軟X線アト秒レーザー」や生体分子を観察できる「軟X線顕微鏡」の開発につながると期待できます。また、高次高調波の時間・空間コヒーレンスを生かして自由電子レーザー[10]のシード光源への応用も考えられます。

補足説明

1.高次高調波発生
高強度の可視レーザー光を、キセノンなどの希ガスにレンズや凹面鏡を用いて集光すると、その可視レーザー光と同じ方向に複数の波長の短い光が発生する。一般に電磁波を取り扱う分野では、基本の波長の整数分の1の波長の電磁波が発生すると、これを「高調波」と呼ぶ。高強度の可視レーザー光により発生した波長の短い光は、可視レーザー光の波長の奇数分の1(例えば、1/11や1/13)の波長になっており、またその分母に入る数が数十以上に達する場合もあることから、「高次高調波」と呼ばれている。

2.水の窓
波長2.28~4.36nm(光子エネルギー:543~284eV)の領域は、酸素と炭素の吸収端の間の波長域であり、水とタンパク質などの生体を構成する物質との吸収係数の差が大きく、水の層を通してもタンパク質などが観測できることから「水の窓」と呼ばれている。つまり、「水の窓」領域の軟X線顕微鏡が開発されると、生体分子を脱水することなく、生きたままの状態で観測できる。さらに、可視光より波長が短いため、原理的には光学顕微鏡よりも2桁程度高い空間分解能が実現可能となる。

3.軟X線
波長が0.1~10nm、光子エネルギーが100~10000eV程度の範囲にある光。

4.アト秒レーザー
時間幅がアト秒域の極短パルスのレーザー光。孤立アト秒パルスレーザー、アト秒パルスレーザー、単一アト秒パルスと呼ばれることもある。

5.高調波エネルギースケーリング法(ルーズフォーカス法)
高橋専任研究員らにより提案された励起レーザー光を、長焦点(集光距離を長くする)で緩やかに高調波発生媒質に集光する手法。高調波のビーム品質を損なうことなく出力エネルギーを高出力化でき、中性原子による位相整合技術を組み合わせることで高い変換効率も同時に実現できるという特徴を持つ。世界の多数の研究機関で採用されており、高次高調波の高出力手法として国際標準となっている。

6.吸収端近傍X線吸収端微細構造(NEXAFS)
「X線吸収端微細構造(XAFS)」は、吸収スペクトル上でX線の吸収端付近に見られる固有の構造。微細構造の解析からX線吸収原子の電子状態やその周辺構造(隣接原子までの距離や個数)などの情報を得ることができる。「NEXAFS(Near Edge XAFS)は」XAFSの一つで、吸収端近傍のスペクトル構造を使用した測定。XAFSはX-ray Absorption Fine Structureの略。

7.最適位相整合技術
励起レーザーと高調波の位相速度をそろえることで、高効率な波長変換を行う技術。非線形結晶を用いた波長変換の場合、位相整合技術として、結晶の複屈折を利用する角度位相整合法や、温度位相整合法などが利用される。一方、ガスを用いた高次高調波発生においては、ガス媒質の分散、励起レーザーの波面変化、媒質ガスのプラズマ分散などを用いて位相整合条件を満たす。

8.二重チャープ光パラメトリック増幅(DC-OPA)法
赤外超短パルスレーザーの増幅法の一種。1台のチタンサファイアレーザーから、光パラメトリック増幅(OPA)に必要なチャープした(時間的にパルス幅が伸びた)、シード光(種光)とポンプ光(励起光)を作り出す。チャープしたポンプ光を使用することで、従来型のOPA法と異なり非線形結晶の大きさに制限されることなく、超短パルス光を増幅できる。また、光パラメトリックチャープ増幅法(OPCPA)のような独立したピコ秒ポンプレーザーシステムは必要とせず、1台のレーザーのみで広帯域で波長可変、かつ高効率なレーザー増幅が可能という特徴を持つ。DC-OPAはdual-chirped optical parametric amplificationの略。

9.K吸収端
原子の中の電子は電子殻(エネルギーの低い方から、K、L、M・・・殻と呼ばれる)に収まっている。そのうち、K殻にある電子が吸収を始めるエネルギー(光の波長)をK吸収端と呼ぶ。このエネルギーは原子の種類に固有であり、炭素原子の場合は284eVとなる。

10.自由電子レーザー
線形加速器とアンジュレーターを用いて、自由電子のビームと電磁場との共鳴的な相互作用によってコヒーレント光を発生させる方式のレーザー。X線域の自由電子レーザーでは国内において理研放射光科学研究センターにて「SACLA」が稼働している。

国際共同研究グループ

理化学研究所
光量子工学研究センター
アト秒科学研究チーム
特別研究員(研究当時) 付 玉喜(フ・ユーシー)
大学院生リサーチ・アソシエイト 西村 光太郎(にしむら こうたろう)
専任研究員 高橋 栄治(たかはし えいじ)
光量子工学研究センター
センター長 緑川 克美(みどりかわ かつみ)

東京理科大学 理工学部
教授 須田 亮(すだ あきら)

華中科技大学 物理学部
大学院生 Renzhi Shao
教授 Pengfei Lan

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(A)「円偏光フェムト秒コヒーレント軟X線の発生と超高速スピンダイナミクスへの展開(研究代表者:高橋栄治)」、松尾学術研究助成「超短パルス中赤外レーザーを用いたレーザー加速学理の探求(代表研究者:高橋栄治)」、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「次世代アト秒レーザー光源と先端計測技術の開発(ATTO)」JPMXS0118068681の助成を受けて行われました。

原論文情報

Yuxi Fu*, Kotaro Nishimura*, Renzhi Shao, Akira Suda, Katsumi Midorikawa, Pengfei Lan, and Eiji J. Takahashi, “High efficiency ultrafast water-window harmonic generation for single-shot soft X-ray spectroscopy”, Communications Physics, 10.1038/s42005-020-0355-x.
* Equal contribution

発表者

理化学研究所
光量子工学研究センター アト秒科学研究チーム
特別研究員(研究当時) 付 玉喜(フ・ユーシー)
大学院生リサーチ・アソシエイト 西村 光太郎(にしむら こうたろう)
専任研究員 高橋 栄治(たかはし えいじ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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