ハニカム構造が生み出す新しいレーザー発振現象を発見

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トポロジーによる波動の閉じ込め効果、革新的マイクロレーザー技術開発に新しい光

2019-12-17 物質・材料研究機構,科学技術振興機構

NIMSは、ハニカム型フォトニック結晶注1)のトポロジカル特性注2)による新規光閉じ込め現象を発見し、優れた指向性を示す微小レーザーの作製に成功しました。通信、センサー、加工、DNA操作などの革新的技術開発の要になっている優れたレーザー光源として、幅広い応用が期待されます。

物質の性質が系の形状の変化に影響されない「トポロジカル特性」に関する研究が盛んに繰り広げられ、量子コンピューターの実現など、優れた新規機能開発につながることが期待されています。一般的に物質の持つトポロジカル特性は、系の表面や縁に局所的に現れます(バルク-エッジ対応注3))。それらを利用すれば、抵抗を伴わない電流や欠陥にも散乱されない光・電磁波伝播が実現できます。しかし、トポロジカル特性が、表面や縁だけでなく、系全体の性能の向上に役立つか否かは解明されていませんでした。

本研究チームは、トポロジカル特性を示す発光性半導体フォトニック結晶の周辺を、トポロジカル特性を持たないフォトニック結晶で囲むことで、その境界(図1a赤線)で光が反射され、中心部に閉じ込められた光モードが増幅する現象を発見しました。このアプローチのユニークな点として、フォトニック結晶がトポロジカル特性を持つか持たないかは、三角空孔のハニカム配列をベースに、三角空孔の位置を、ハニカム配列の単位胞の中心からわずかに遠ざけるか(図1a青線)近づけるか(図1a緑線)で作り分けることが可能です。このデバイスを用いた室温下での光照射レーザー発振(図1b)は、微小なデバイスサイズにもかかわらず、共振器面に垂直な方向への優れた指向性を示します。さらに発光閾値などレーザー特性の指標も、IEEEやその他の工業規格を満たすことが確認されました。

本研究で示したトポロジカル特性由来のレーザー発振現象は、極小で指向性の優れた固体レーザー光源開発の新たな指針となり、近接場光学顕微鏡や、光渦を利用した光ピンセットなど、ミクロな世界のレーザー技術をはじめ、医療・生命科学技術の革新に大きく寄与すると期待されます。

本研究は、物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA)の古月 暁 MANA主任研究者、王 星翔 NIMSジュニア研究員と、中国北京大学 Renmin MA 教授のグループからなる研究チームによって行われました。

本成果は、2019年12月16日(英国時間)に英国科学誌「Nature Nanotechnology」にてオンライン掲載されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域(研究総括:上田 正仁)における研究課題「人工グラフェンに基づくトポロジカル状態創成と新規特性開発」課題番号JPMJCR18T4(研究代表者:古月 暁)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業基盤研究(B)研究課題「実空間操作によるトポロジカル状態発現の摂理探索と新規機能の創成」課題番号No.17H02913(研究代表者:古月 暁)の一環として行われました。

<研究の背景>

トポロジーは元々、連続変形に対して物体に備わっている変わらない特性を記述する数学の概念で、その研究の歴史は19世紀半ばごろにさかのぼることができます。80年代初頭、von Klitzing 博士が、半導体の界面にできた二次元電子系に強い垂直磁場を印加した場合、サンプルの縁に発熱を伴わない量子化電流が現れる、量子ホール効果を発見しました。その後、Thouless博士とHaldane博士らによって、この現象の本質は、サンプル全体の電子波動関数が示す、トポロジカル特性によるものと解明されました。21世紀に入って、トポロジカル特性を示す物質や、光を含む多くの波動現象の存在が判明しました。トポロジカル特性が、サンプルの形状や欠陥の存在に影響されない強靭さを持つため、さまざまな新機能の開発やナノデバイスへの応用が期待され、その研究探索は世界規模で大きな隆盛を見せ、物性物理と物質科学の新しいフロンティアになっています。

系全体の波動関数の示すトポロジカル特性が、サンプルの縁や表面に現れる量子特性を生み、それらの強靭性を担保することは、バルク・エッジ対応と呼ばれ、トポロジカル現象に見られる共通の特徴です。一方で、トポロジカル特性が、表面や縁だけでなく、系全体の性能の向上に役立つか否か、また、それを引き出すためにはどうすればよいかは明らかになっていませんでした。

<研究内容と成果>

研究チームは、ハニカム構造に微調整を加えることによって得られる、2種類のフォトニック結晶を用いて、微小なレーザーデバイスを開発しました。デバイスの中心部には、トポロジカル特性を示すフォトニック結晶を配置し、トポロジカル特性を持たないフォトニック結晶でその周辺を囲み、光が中心部に閉じ込められる共振器を作製しました。このデバイスに光を照射して、室温下で、優れた特性を示すレーザー発振に成功しました。

本研究で作製されたデバイスには、今までのレーザーにもよく用いられる発光性半導体InGaAsPの多層量子井戸構造注4)が使われていますが、薄膜の面内方向での結晶構造に新たな工夫を加えました。ベースになっているのは、半導体薄膜に空けた三角空孔のハニカム格子です(図2a)。6個の三角空孔の中心からなる正六角形の辺長Rと格子定数aが、a/R=3を満たしていることが特徴です。三角空孔の位置を中心部からわずかに遠ざけ、a/R<3になるように調整することによって(図1青色正六角形)、共振器の中心部を構成するトポロジカルフォトニック結晶を作製しました。これに対して、共振器の周辺部になっているトポロジカル特性を持たないフォトニック結晶注5)は、a/R>3を満たしています(図1緑色正六角形)。

図2dで示すように、バンドギャップ以下の周波数での光状態が双極子モード注6)(図2b)になっているトポロジカル特性を持たないフォトニック結晶とは対照的に、トポロジカルフォトニック結晶では、バンドギャップ以下の最も高い周波数(バンドエッジ)になっているΓ点での光状態は四重極子モード注6)で(図2c)、周波数が小さくなるに従って双極子状態の成分が増えます。単位胞の中心に関する空間反転操作に対して、双極子モードの波動関数は符号を変える一方で、四重極子モードでは符号が変わりません(図2b、c)。このような特徴を持つ双極子と四重極子モードの間に起きるモード反転注7)(図2d)が、ハニカム格子をベースとしたトポロジカル特性の発現起源です。

このように、バンドエッジに対応する周波数では、トポロジカルフォトニック結晶とトポロジカル特性を持たないフォトニック結晶の光モードの対称性が異なっているので、その境界で光の伝播が阻害され、トポロジカル特性に由来する光反射が起きます。このため、図1に示されたデバイスにおいて、中心部と周辺部が共にフォトニック状態を持ち、しかも平均屈折率が全く同じになっているにもかかわらず、光が中心部に閉じ込められ、良質な共振器が出来上がります。

このようにできた共振器に、光ポンピングによってエネルギーを提供した場合に得られる室温でのレーザー特性を図3に示します。発振閾値はPth=4.5kW/cmで(図3a)、市販の半導体ダイオードレーザーと同程度の小さい値です。ポンピングエネルギー2Pthでのサイドモード抑圧比は36dB程度で(図3b)、IEEEなどの規格を満たしています。ポンピングエネルギーが閾値に達していなければ、共振器の内部と周辺部から、共に弱い自然放射が見えます(図3c)。ポンピングエネルギーが閾値を超え、レーザー発振が起きている場合、図3dに示される近接場の観測から分かるように、光モードが共振器内部に良く閉じ込められています。レーザー発振モードが共振器の固有モードで、その対称性が周辺部の光モードと異なる、設計通りの特性が実験的に検証されています。対応する遠距離場は図3e、fに示されています。微小な共振器にもかかわらず、共振器面垂直方向での優れたレーザー指向性を実現しています(図3f)。

<今後の展開>

今回の研究によって、トポロジカルフォトニック結晶の全体にわたるレーザー発振が確認され、物質のトポロジカル特性が、系全体の性能の向上に役立つことが証明されました。トポロジカル特性由来のレーザー発振原理は、マイクロレーザーのさらなる小型化、出力パワー向上や、光渦などの優れたレーザー性能探索などの研究開発の新しい指針になります。極小で優れた固体レーザー光源の開発は、近接場光学顕微鏡や、昨年ノーベル物理学賞の受賞で大きく注目された光ピンセットなど、ミクロな世界のレーザー技術をはじめ、医療・生命科学技術の革新にも寄与するものと期待されます。トポロジカル特性由来の新しい反射機構は、光現象のみならず、電子系や弾性波を含む多くの振動現象にも応用でき、今回の研究成果は幅広い新規機能探索とデバイス開発につながると思われます。

<参考図>

ハニカム構造が生み出す新しいレーザー発振現象を発見

図1

(a)トポロジカルフォトニック結晶共振器のSEM像、(b)レーザースペクトルのポンピングパワー依存性。

図2

図2

(a)半導体薄膜に三角空孔を導入することによって得られるハニカムフォトニック結晶(PhC)。三角空孔の中心点を結ぶ点線で構成される正六角形の辺長と格子定数の間に関係a/R=3が成り立つ。(b、c)ハニカム格子の双極子、四重極子固有モード。赤と青は半導体薄膜に垂直方向での磁場値の正と負に対応し、色の濃さは絶対値の大きさに比例している。(d)a/R<3を満たすトポロジカルPhC(左)とa/R>3を満たす、トポロジカル特性を持たない、自明なPhC(右)の周波数分散関係、光モードの対称性の相違によって二者の境界で起きる光反射の模式図。ただし、分散関係曲線の赤色と青色は、固有モードにおける双極子モードと四重極子モードの重みに対応する。

図3

図3

(a)出力パワーとポンピングエネルギー密度の関係(本図は線形スケール、挿図は対数スケール)、(b)ポンピングエネルギー密度2Pthでのレーザースペクトル、(c、e)自然放射の近接場と遠距離場の観測結果、(d、f)レーザー放射の近接場と遠距離場の観測結果。

<用語解説>
注1)フォトニック結晶
誘電率や透磁率の異なる材料が周期的に並んでできた光の人工媒体のこと。材料の特性、構造の形状や周期配列の対称性など、さまざまなパラメーターの制御が可能であり、新規光機能の開発に利用されている。
注2)トポロジカル特性
物体のつながり方を分類するための数学概念として、トポロジーが知られている。例えば、コーヒーカップとドーナッツに共に1つの空孔があるため、見かけ上違っているにもかかわらず、その二者はトポロジー的に同類である。連続変形に対して、空孔の数が変わらないからである。近年、一部の物質結晶中の電子やフォトニック結晶中の光モードの波動関数が、逆格子空間において特異なつながり方を示すことが明らかになった。その結果として現れる、サンプルの変形や欠陥からの影響を受けない輸送現象などがトポロジカル特性と呼ばれている。
注3)バルク-エッジ対応
系全体の波動関数が非自明なトポロジカル特性を示す場合、必ずその表面や縁に新たな状態が現れる。表面や縁にある状態の強靭性は、系全体のトポロジカル特性によって担保されることが特徴である。
注4)多重量子井戸構造
異なる物質の超薄膜の積層によって、垂直方向における電子の移動が束縛され、そのエネルギーが離散化される状態を得るための構造。レーザーなどでは、その構造を多重に繰り返すことによって発光効率が改善される。
注5)トポロジカルフォトニック結晶
非自明なトポロジカル光特性を示すフォトニック結晶のことで、その表面や縁に、欠陥や鋭角経路にも散乱されない光・電磁波伝播経路が現れる。その実現方法として、磁場中で磁気光学特性を示すジャイロ物質を利用するものや、誘電体フォトニック結晶の対称性を利用するものが知られている。本研究は、発光性半導体のハニカムフォトニック結晶にわずかな変形を加え、モード反転を誘起することによって得られる光トポロジカル特性を利用している。
注6)双極子モード、四重極子モード
方位角が一周するのに伴い、波動関数の値が正から負に変わった後に正に戻る、1回振動するモードのことが双極子モードと呼ばれる。この場合、波動関数が2つの方位角でゼロになっている。これに対して、四重極子モードでは、方位角が一周するのに伴い、波動関数が2回振動し、4つの方位角でゼロになっている。空間反転操作に対して、双極子モードの波動関数は符号を変えるのに対して、四重極子モードでは符号が変わらない。
注7)モード反転
通常、波動関数のゼロ点を多く含むモードがより高いエネルギーや周波数を持つ。結晶の対称性や内部構造の設計によって、逆格子空間の一部において、ゼロ点の多いモードが逆に、ゼロ点の少ないものより低いエネルギーや周波数を取るようになることがモード反転と呼ばれる。ハニカム格子では、空間反転対称性の異なる双極子モードと四重極子モードが、同じエネルギーや周波数を示す。このため、ハニカム構造に微小な変形を加えることによって、容易にモード反転を引き起こすことができ、トポロジカル状態の創成に利用できる。
<論文タイトル>
“A high-performance topological bulk laser based on band-inversion-induced reflection”
著者名:Z.-K. Shao, H.-Z. Chen, S. Wang, X.-R. Mao, Z.-Q. Yang, S.-L. Wang, X.-X. Wang, X. Hu, R.-M. Ma
DOI:10.1038/s41565-019-0584-x
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

古月 暁(フルツキ ギョウ)
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(WPI-MANA) ナノシステム物性理論グループ MANA主任研究者

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室

科学技術振興機構 広報課

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