2019-11-22 東京工業大学,科学技術振興機構
ポイント
- BaCeO3の酸素の一部を窒素と水素に置き換えた新物質を低温で合成。
- ルテニウムなどの貴金属を使わずに高いアンモニア合成の触媒活性を発見。
- 窒素イオンと水素イオンが活性点として働く新しい反応メカニズムを提唱。
東京工業大学 物質理工学院 材料系の鯨井 純(修士課程1年)、元素戦略研究センターの北野 政明 准教授と細野 秀雄 栄誉教授らは、貴金属を使わずに低温でアンモニア合成活性を示す物質を見いだすことに成功した。ペロブスカイト型注1)酸化物(BaCeO3)の酸素の一部を窒素や水素(ヒドリドイオン注2))に置き換えた新物質「BaCeO3-xNyHz」の合成により実現した。
BaCeO3のような金属酸化物だけではアンモニア合成触媒の活性を示さないためルテニウムなどの貴金属ナノ粒子を表面に固定していたが、BaCeO3-xNyHzはルテニウムなどを固定しなくても触媒として働くことを解明した。さらにBaCeO3-xNyHz表面に鉄やコバルトなど安価な金属ナノ粒子を固定すると、ルテニウム触媒より低温で優れたアンモニア合成活性を示すことも見いだした。
近年、温和な条件下で高いアンモニア合成活性を示す触媒としてルテニウム触媒の開発が盛んだが、希少で高価な金属のルテニウムを用いない新触媒技術として重要な成果であり、アンモニア合成プロセスの大幅な省エネルギー化につながるものである。また詳細な反応メカニズム解析の結果からBaCeO3-xNyHz上の窒素および水素(ヒドリドイオン)の働きにより、不活性な窒素分子を活性化し、低温で優れたアンモニア合成活性を実現していることも明らかにした。
アンモニアは窒素肥料原料として重要な物質で、最近は水素エネルギーキャリア注3)としても期待が高まっており、注目される研究成果といえる。
研究成果は米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン速報版に11月22日付で公開される。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 さきがけ
研究領域:「電子やイオン等の能動的制御と反応」
(研究総括:関根 泰 早稲田大学 理工学術院 教授)
研究課題名:「ヒドリドイオンの光励起により駆動するアンモニア合成触媒の開発」
研究者:北野 政明(東京工業大学 元素戦略研究センター 准教授)
研究実施場所:東京工業大学
研究期間:平成30年10月~令和4年3月
<研究の背景と経緯>
人工的にアンモニアを合成する技術「ハーバー・ボッシュ法(HB法)」は約100年前にハーバーとボッシュによって見いだされ、工業化された現在でも人類の生活を支えるのに必要不可欠となっている。またアンモニア分子は分解することで多量の水素発生源となり、かつ室温・10気圧で液体になることから、燃料電池などのエネルギー源である水素を運搬する物質としても期待されている。
一方、HB法は高温(400~500℃)、高圧(100~300気圧)の条件が必要であるため、温和な条件下でのアンモニア合成技術が求められている。温和な条件下で働く触媒としてこれまで、ルテニウム触媒の開発が盛んに行われてきた。しかしルテニウムは高価な貴金属であり、豊富に存在する安価な金属を利用し、温和な条件下で作動する触媒の開発が望まれていた。
<研究の内容>
北野准教授らの研究グループはペロブスカイト型の混合アニオン材料注4)に着目し、新たな合成方法を見いだした。近年、ペロブスカイト型酸水素化物など酸素サイトの一部をヒドリドイオン(H-)に置き換えたような混合アニオン化合物がいくつか報告されており、その一部はアンモニア合成触媒として機能することが報告されている。
通常、ペロブスカイト型酸化物の合成には900℃以上の高温での加熱処理が必要であり、酸素サイトの一部をヒドリドイオンに置き換えるために、CaH2(水素化カルシウム)などと550℃付近の温度で一週間程度加熱する多段階の合成プロセスとなっている。またペロブスカイト型酸窒化物の合成も光触媒などさまざまな分野で合成が行われているが、ペロブスカイト型酸化物をアンモニア雰囲気中で800℃以上の高温で加熱することにより合成されている。これは、ペロブスカイト型酸化物の酸素が非常に安定であり、ほかのアニオンで置換することが困難であることに由来している。
一方、北野准教授らはCeO2(酸化セリウム)とBa(NH2)2(バリウムアミド)を直接反応させることにより、ペロブスカイト型酸窒素水素化物(BaCeO3-xNyHz)の一段合成に成功した(図1)。これまでこの物質は合成例がなく、新物質であることも明らかとなった。
原料であるBa(NH2)2は200℃程度の低温から分解するためCeO2とよく反応し、ペロブスカイト構造を形成すると同時に、酸素のサイトにBa(NH2)2由来の窒素および水素が導入される。この手法を用いると、ペロブスカイト構造が300℃という非常に低温から形成され550℃でほぼ均一な材料が得られる。
これは一般的なBaCeO3の合成温度(約1000℃)と比べてもかなり低温で合成できていることが分かる。一方、BaCeO3をアンモニア雰囲気、900℃で加熱しても酸素のサイトにほとんど窒素が導入されないことも分かった。これらのことから、北野准教授らが開発した合成方法が、ペロブスカイト型混合アニオン材料の合成に有用であることが分かる。
このペロブスカイト型酸窒素水素化物(BaCeO3-xNyHz)はルテニウムなどの金属ナノ粒子を固定しなくても安定したアンモニア合成活性を示すことが分かった(図2)。一般的にBaCeO3などの金属酸化物は全くアンモニア合成活性を示さないことから、アニオン(陰イオン)サイトに導入された窒素イオンや水素イオン(ヒドリドイオン)が触媒活性に寄与していることが分かる。
さらに、BaCeO3に鉄やコバルトを固定した触媒では、ほとんどアンモニア合成活性を示さないのに対し、BaCeO3-xNyHzの表面に鉄やコバルトを固定すると、既存のルテニウム触媒よりも低温で優れたアンモニア合成活性を示すことも明らかとなった(図3)。窒素や水素の同位体ガスを用いた実験から、BaCeO3-xNyHz中の窒素および水素イオンがアンモニア合成に直接関与するユニークなメカニズムで反応が進行することも明らかとなった。
<今後の展開>
開発した触媒は低温低圧条件下で優れたアンモニア合成活性を示し、貴金属フリーなアンモニア合成触媒として極めて有望な材料であることが示された。今後、触媒の調製条件などを最適化することでさらなる活性向上が見込まれ、アンモニア合成プロセスの省エネルギー化に大きく貢献することが期待される。
<参考図>
図1 新規ペロブスカイト型酸窒素水素化物の合成スキーム
図2 BaCeO3-xNyHzとBaCeO3のアンモニア合成活性(反応温度:400℃、圧力:9気圧)
図3 CoやFeを固定したBaCeO3-xNyHzのアンモニア合成活性とほかの触媒との比較(反応温度:300℃、圧力:9気圧)
<用語解説>
- 注1)ペロブスカイト型
- 化学組成がABX3の無機化合物に見られる結晶構造の1つであり、AやBは金属カチオンでXは酸素などのアニオンからなる。Aが単位格子の中心に、Bが各格子点に、Xが各稜の中心に位置した構造である。
- 注2)ヒドリドイオン
- 負の電荷を持った水素イオン(H-)であり、ほかに水素は電荷を持たない原子状水素(H0)や正の電荷を持った水素イオン(プロトン、H+)の形態を持つ。
- 注3)エネルギーキャリア
- エネルギーを貯蔵、輸送するための担体となる物質。例えば、アンモニアは窒素分子1つに水素分子が3つ付いており、多くの水素を貯蔵できる。さらに、水素と比べて簡単に液化できるため、水素の貯蔵、輸送を行うために便利な物質として注目されている。
- 注4)混合アニオン材料
- 例えば、金属酸化物の酸素サイトの一部が窒素や水素などの異種元素で置換され、複数のアニオンが存在する物質。
<論文タイトル>
- “Low-Temperature Synthesis of Perovskite Oxynitride-Hydrides as Ammonia Synthesis Catalysts”
(アンモニア合成触媒のためのペロブスカイト型酸窒素水素化物の低温合成) - DOI:10.1021/jacs.9b10726
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
北野 政明(キタノ マサアキ)
東京工業大学 元素戦略研究センター 准教授
細野 秀雄(ホソノ ヒデオ)
東京工業大学 元素戦略研究センター 栄誉教授
<JST事業に関すること>
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
<報道担当>
東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門
科学技術振興機構 広報課