タンパク質の機能解明と有用酵素の分子設計につながる
2018/12/20 大阪大学,大阪医科大学,高輝度光科学研究センター,理化学研究所
研究成果のポイント
・非凍結結晶を安定に保ってX線結晶構造解析を行うことにより、天然に近い状態での酵素タンパク質の構造変化を明らかにした。
・結晶温度を精密にコントールすることにより、酵素が働くときに起きる構造変化の熱力学解析に世界で初めて成功した。
・結晶内でのタンパク質の動きは細胞内での挙動に近いことが判明した。
概要
大阪大学産業科学研究所岡島俊英准教授、大阪医科大学村川武志助教、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)馬場清喜主幹研究員、理化学研究所河野能顕専任技師らの研究グループは、銅アミン酸化酵素※1の触媒反応の際に起こる構造変化を大型放射光施設SPring-8※2での実験により精密に解析することに成功しました。今回の研究成果は、Humid air andglue-coating method (HAG法)※3を利用し、厳密に温度制御された非凍結結晶のX線結晶構造解析※4を行うことにより達成され、従来の凍結結晶を用いる方法では見ることができない“生きた状態”の構造変化を観察することに成功しています(図1)。
特筆すべき成果として、結晶の温度を変化させることにより、構造変化にともなう熱の出入り(エンタルピー変化)やミクロの乱雑さの変化(エントロピー変化)といった熱力学的測定を世界で初めてタンパク質結晶のまま行うことができました。さらに、このような熱力学的解析から、結晶内でのタンパク質の動きは、希薄な水溶液中よりも、多くのタンパク質が高濃度で存在する細胞内の状態に近いことがわかり、結晶構造解析の意義を再確認することになりました。
本研究成果は、米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States ofAmerica」(オンライン)に、12月19日(水)(日本時間)に掲載されました。
図1 HAG法によってマウントされた銅アミン酸化酵素の非凍結結晶(A)と温度変化による触媒反応中間体の平衡移動(B)
研究の背景
タンパク質のX線結晶構造解析は、強力なX線で結晶が損傷を受けることを防ぐために、通常-170℃付近の極低温で凍結結晶を用いて行われます。得られる構造は、実際のタンパク質が機能する20℃付近での立体構造とは基本的に変わりませんが、凍結した際に、室温でとりうる多彩な構造のいくつかが失われてしまい、タンパク質が実際にどのように働くかということを説明できなくなることが指摘されていました。凍結していない結晶のX線回折測定は、これまで、石英チューブの中に結晶を封じ込めることによって行われてきました。しかし、この方法では測定時の温度を厳密に制御することができないという問題がありました。酵素を含むタンパク質の機能を理解するためには、一般には、温度条件が正確に管理された実験結果をもとに解析されますが、これまでのX線結晶構造解析では、その点が極めて不十分でした。このような状況の中、本論文の著者の一人である馬場主幹研究員らによって開発された、結晶をむきだしに近い状態のまま安定に保つことのできるHAG法を用いることによって、厳密な温度、湿度、およびpH条件が設定された非凍結結晶のX線結晶構造解析を行い、タンパク質の立体構造とその変化を詳細に決定することを実現しました。本研究において、実際に働いている状態のタンパク質を直接観察し、それについて熱力学的に定量的な評価をすることが可能となりました。また、今まで結晶構造は溶液構造と異なり非生理的なのではないかという懸念がありましたが、今回の結晶の熱力学解析で、むしろ結晶構造の方が細胞内のタンパク質の状態を反映しているという重要な知見も得られました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、機能している状態のタンパク質の構造変化を、熱力学的に理解する一般的な手法が開発されたといえます。各種タンパク質の機能を、立体構造や平衡状態の変化をもとに解明し、有用酵素の作製や酵素を阻害する薬剤の開発などにも役立たせる基礎的な方法論として発展が期待できます。
研究者のコメント
近年、天然にできるだけ近い機能している状態で、タンパク質の構造や構造変化を解析することが、真にその機能や機能性発現機構を理解するために重視されています。本研究は、そのような構造生物学の分野の大きな潮流に沿ったものです。本研究は、タンパク質に関する基礎的な研究であり、直接的に創薬などに結びつくものではありませんが、タンパク質の機能解明や有用酵素の分子設計につながる重要な成果だと考えています。
特記事項
本研究成果は、2018年12月19日(水)(日本時間)に米国科学誌「Proceedings of the National Academy ofSciences of the United States of America」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“In crystallo thermodynamic analysis of conformational change of the topaquinone cofactor in bacterialcopper amine oxidase”
著者名:Takeshi Murakawa, Seiki Baba, Yoshiaki Kawano, Hideyuki Hayashi, Takato Yano, Takashi Kumasaka,Masaki Yamamoto, Katsuyuki Tanizawa, and Toshihide Okajima
なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業、創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(AMED)による創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)、および物質・デバイス領域共同研究拠点事業の支援を得て行われました。
用語説明
※1 銅アミン酸化酵素
様々な生物種に幅広く存在する酵素タンパク質であり、一級アミン類をアルデヒドとアンモニアに分解する活性を持っている。その活性中心には、銅イオンと補酵素トパキノンを含んでおり、ヒトの血清中の本酵素は、糖尿病の発症にも関与している。
※2 大型放射光施設 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)が利用者支援を行っている。SPring-8の名前はSuper Photonring-8 GeV に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な光のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。
※3 Humid air and glue-coating method (HAG法)
タンパク質の結晶は溶媒を多く含み、乾燥や温度変化などの環境変化に非常に弱く、空気中にさらされた状態では、ひび割れたり溶解したりするため、X線回折測定を行うことができない。HAG法では、水溶性ポリマーによってタンパク質結晶を薄くコートし、精密に温度と湿度を制御した気流下に結晶を置くことによって、凍結させず、かつ任意の温度でのX線回折測定を可能としている。
※4 X線結晶構造解析
結晶化したタンパク質に強力なX線を照射し、その回折パターンから、もとのタンパク質の立体構造を決定する方法。