2018/12/11 農研機構,国立環境研究所,気象庁気象研究所
ポイント
農研機構は、(国研)国立環境研究所および気象庁気象研究所と共同で、地球温暖化が主要穀物の過去30年間(1981-2010年)の平均収量に与えた影響を、世界全体について評価しました。なお、収量は単位面積あたり生産量です。その結果、温暖化によりトウモロコシ、コムギ、ダイズの世界平均収量がそれぞれ4.1%、1.8%、4.5%低下したと推定されました。金額換算ではトウモロコシ223億ドル、コムギ136億ドル、ダイズ65億ドルと推計され、近年の温暖化による被害額は合計で年間424億ドルに上ると見積もられました。本成果から、世界平均収量で見ると、既に温暖化による穀物生産被害が生じており、温暖化への適応策の開発・普及が緊急に必要であることが示唆されました。
概要
将来、温暖化が進行しても穀物収量を継続的に増加させていくためには、温暖化に適応する技術の開発・普及が重要です。多くの開発途上国は人口増加が著しく、温暖化の悪影響が大きいと予測される熱帯・低緯度地域に位置するため、開発途上国での適応技術の普及は急務です。そのため、実際に技術導入に必要な資金を先進国や国際機関が開発途上国などに提供する際には、これまでの温暖化影響や将来見通しについて、科学的な根拠が必要となります。しかしながら、収量の変動には政策や経済状況も影響するため、温暖化の影響のみを定量的に評価することはこれまで困難でした。
そこで農研機構は、(国研)国立環境研究所および気象庁気象研究所(以下、共同研究機関という)と共に、温暖化影響の検出・評価専用に設計された気候データベースを用いて、地球温暖化が主要穀物であるトウモロコシ、コメ、コムギ、ダイズの過去30年間の平均収量に与えた影響(収量影響)を、世界全体について推定しました。
温暖化が起こっている、過去の実際の気候条件下で推定した収量と、温暖化が起きなかったという仮定の下で推定した収量を比較したところ、4種類の穀物のうちコメを除く全てで世界平均収量は実際の気候条件下で推定したものの方が低くなりました。過去の温暖化による収量の低下割合は、温暖化が起きなかった場合の収量に対して、それぞれトウモロコシ4.1%、コムギ1.8%、ダイズ4.5%であると推定されました。ただしコメについては、世界平均収量に有意な温暖化の影響があったとは言えませんでした。
50kmメッシュ毎に推定した収量影響に、2000年頃の世界の収穫面積分布と国別の生産者価格(2005-2009年の平均値)を乗じて、被害額を算出しました。その結果、年間の被害額は世界全体で、トウモロコシ223億ドル、コムギ136億ドル、ダイズ65億ドルで、合計424億ドルに上りました。トウモロコシの被害額は、その世界第3位の生産国であるブラジルの年生産額の2倍に相当しました。
本成果から、世界平均収量で見ると、既に温暖化による穀物生産被害が生じており、温暖化適応策の開発・普及が緊急に必要であることが示されました。
この研究成果は英国王立気象学会の科学国際誌「International Journal of Climatology」に掲載されました。
関連情報
予算:独立行政法人環境再生保全機構 環境研究総合推進費S-14「気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究」(2015-現在)、文部科学省 統合的気候モデル高度化研究プログラム(2017-現在)
お問い合わせなど
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構) 農業環境変動研究センター
研究推進責任者 : 所長 渡邊 朋也
研究担当者 : 気候変動対応研究領域 主任研究員 飯泉 仁之直
広報担当者 : 企画連携室 広報プランナー 大浦 典子
国立研究開発法人 国立環境研究所
研究担当者 : 地球環境研究センター
気候モデリング・解析研究室 主任研究員 塩竈 秀夫
気候変動リスク評価研究室 主任研究員 花崎 直太
気象庁気象研究所
研究担当者 : 気候研究部第二研究室 主任研究官 今田 由紀子
詳細情報
開発の社会的背景と研究の経緯
将来、温暖化により、主要穀物の収量増加が停滞すると予測されており、今後も継続的に収量を増加させていくためには、温暖化への適応技術の開発・普及が重要です。特に開発途上国の多くは人口増加が著しいことに加えて、温暖化の悪影響が大きいと予測される熱帯・低緯度地域に位置することから、開発途上国での適応技術の普及は急務です。
先進国や国際機関がそのための資金を開発途上国などに供与する際には、これまでの温暖化影響や将来見通しについての科学的な根拠が必要となります。しかし、これまでは、ヨーロッパのコムギなどで温暖化の影響によるとみられる収量増加の停滞が報告されているものの、収量の変動には政策や経済状況も影響するため、収量に対する温暖化の影響のみを定量的に評価することは困難でした。
そこで農研機構は共同研究機関と共に、温暖化影響の検出・評価専用に設計された気候データベース「地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース(d4PDF)1)」を用いて多数の計算を行い、地球温暖化が穀物の過去30年間の平均収量に与えた影響を、世界全体について推定しました。d4PDF気候データベースでは多数の計算例を使うことができるため、気温上昇の影響が小さい場合でも確実にその影響を捉えることができます。
研究開発の意義・内容
- 作物の生理・生態的な生育過程を数式で表現した収量モデル2)とd4PDF気候データベースを用いて、過去の(温暖化が起こっている)実際の気候条件と、温暖化がなかったと仮定した気候条件のそれぞれについて、世界各地域の穀物収量を50kmメッシュで推定しました。収量を推定する際の条件として、窒素肥料や改良品種の使用、灌漑かんがいといったこれまでの増収技術の普及と、播種日の変更など気候変動への簡易な適応技術の導入を考慮しています。d4PDF気候データベースでは100通りの計算例(アンサンブル)が利用できるため、それぞれのアンサンブルについて収量影響と被害額を推定し、その平均値を算出しました。
- その結果、世界全体でみると、過去30年間(1981-2010年)において4種類の穀物の全てで温暖化により世界平均収量は低下しており、低下割合はそれぞれトウモロコシ4.1%、コメとコムギ1.8%、ダイズ4.5%であると推定されました(図1A)。ただし、コメについては値のバラツキが大きく、世界平均収量に有意な温暖化の影響があったとは言えませんでした。
- 推定した収量影響に、2000年頃の世界の収穫面積分布と国別の生産者価格(2005-2009年の平均値)を乗じて、被害額に換算した結果、温暖化の影響があったと言えるトウモロコシとコムギ、ダイズの年間被害額は、世界全体で、トウモロコシ223億ドル、コムギ136億ドル、ダイズ65億ドルとなり、合計すると424億ドルと見積もられました(図1B)。この結果は、生育期間の天候により年々の被害額に変動はあるものの、毎年424億ドルに相当する生産量が温暖化により失われてきたことを意味します。
- また地域別の影響についてみると、トウモロコシ、コメ、コムギ、ダイズのいずれについても、温暖化により高緯度地域で収量が増加し、低緯度地域で低下したことが分かりました(図2)。中緯度地域では収量が増加した場合と減少した場合の両方が見られましたが、いずれの場合でも収量変化は小さく、統計的な検定からは温暖化の影響があったとは言えない場合が多いという結果になりました。高緯度地域では低温が穀物生産を制限していたことから、過去の気温上昇により収量が増加し、一方、低緯度地域では元々生育期間の気温が高いために、過去の気温上昇により収量が低下したと考えられます。
- 本成果から、世界平均収量で見ると、既に温暖化による穀物生産被害が生じていると推定されました。今後、温暖化が進行すると年間被害額はさらに増加する恐れがあるため、温暖化適応策の開発・普及が緊急に必要であることが示唆されます。
今後の予定・期待
本成果を元に、主要穀物について国別の被害額の推定値を得ることができます。この推定値は、開発途上国が適応のための開発資金に応募する際の科学的な基礎データとして利用できます。一方、先進国や国際機関が応募額の妥当性を評価する際にも役立ちます。
また、本研究で使用したd4PDF気候データベースを毎年更新できるようになると、温暖化による穀物生産の被害を毎年評価することができるようになります。そうすることで、温暖化の進行に対して適応技術の開発・普及速度が十分かどうかを評価することができ、適応が遅れている国・地域の特定に役立つと期待されます。
用語の解説
1)地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース(d4PDF)
d4PDF気候データベースでは、気象研究所の大気大循環モデル(用語の解説3参照)による過去実験や非温暖化実験(用語の解説4参照)、将来予測実験などから得られた気候データが使用できます。それぞれの実験について多数の計算例(60年間の計算について100個の異なる計算例)が利用できます。多数の計算例を使うことで、気温上昇の影響が小さい場合でも確実にその影響を捉えることができます。
2)収量モデル
作物の生理・生態的な生育過程を数式で表現したコンピュータ・シミュレーション・モデル。気象や土壌、栽培管理についての入力データに基づいて、日々の葉や茎の伸長、収量の形成を計算する。
3)大気大循環モデル
地球の3次元の大気について、その動態や温度、気圧、湿度の変化といった物理変化を扱うコンピュータ・シミュレーション・モデル。
4)過去実験・非温暖化実験
過去実験は過去60年間(1951-2010年)の気候を再現する実験。これまでの温室効果ガスの排出による温暖化が結果に反映されます。非温暖化実験は1850年以降に人為起源の温室効果ガスが排出されなかった場合の仮想的な気候を推定する実験。他の計算条件はこの両者で同一に設定されているため、これら2つの実験結果を比較することで、これまでの人間活動による温暖化の影響を定量化することができます。
発表論文
Toshichika Iizumi, Hideo Shiogama, Yukiko Imada, Naota Hanasaki, Hiroki Takikawa, Motoki Nishimori (2018) Crop production losses associated with anthropogenic climate change for 1981-2010 compared with preindustrial levels. International Journal of Climatology, https://doi.org/10.1002/joc.5818.
参考図表
図1 温暖化による近年の収量影響と生産額影響(被害額)
左図は過去30年間(1981-2010年)における世界平均収量への温暖化影響、右図は年あたりの世界全体の被害額を示します。収量影響は、温暖化がなかったと仮定した気候条件での収量に対する、温暖化を含む現実の気候条件下での収量の増減(%)です。生産額影響(被害額)は収量影響に収穫面積と生産者価格を乗じて計算しました。
図2 温暖化による収量影響の推定値 これまでの温暖化が過去30年間
(1981-2010年)の平均収量に与えた影響を収量モデルで推定しました。温暖化を含む現実の気候条件と温暖化がなかったと仮定した気候条件のそれぞれについて収量を推定し、両者の差を温暖化の影響としました。赤色は温暖化により収量が低下したこと、緑色は温暖化により収量が増加したことを示しています。白色は穀物が栽培されていない地域です。