2021-01-12 国立天文台
イギリス・ダーラム大学/フランス原子力・代替エネルギー庁(CEA)のアナガラジア・プグリシ(Annagrazia Puglisi)氏らの研究チームは、アルマ望遠鏡を使って、93億年前の宇宙で大量のガスを噴き出す銀河を発見しました。観測されたデータの分析から、この銀河では1年間に太陽1万個分に相当する質量のガスが流出しており、この銀河に含まれる低温ガスのおよそ半分が噴き出していることになります。ガスは星の材料ですから、この銀河は猛烈な勢いで星の材料を失い、やがて星を作れなくなってしまうと考えられます。この銀河は別の銀河と衝突した形跡があるため、この衝突が猛烈なガス流出の引き金になったのではないかと研究者たちは考えています。
観測をもとに描いた銀河ID2299の想像図。ふたつの銀河が衝突したことで、潮汐力によってガスが尾のように伸びているようすを描いています。
Credit: ESO/M. Kornmesser
「遠方の宇宙で、星を活発に作っている銀河が大量のガス流出によってその活動を終えようとしているようすを観測できたのは、これが初めてです」と、プグリシ氏はコメントしています。この銀河はID2299と呼ばれており、この銀河から放たれた光が地球に届くには、約93億年かかります。つまり、私たちが観測しているのは宇宙誕生からおよそ45億年が経過したころの姿ということになります [1] 。
ID2299は、活発に星を生み出している銀河です。その勢いは、私たちが住む天の川銀河の数百倍にもなります。つまり、ID2299は、星を作ることで星の材料であるガスを消費しながら、さらにガスを銀河外に放出していることになります。このままのペースであれば、数千万年後にはガスが枯渇し、星を作ることができなくなります。
活発に星を生み出す銀河からガスが流出していることはすでに知られており、その原因としていくつかのアイディアが提案されています。ひとつは、銀河の中心にある超巨大ブラックホールによるものです。ブラックホールに流れこむガスが作る降着円盤から非常に強い光が放射され、これによってガスが銀河外に押し出されるという考えと、ブラックホール近傍から噴き出すガスのジェットに巻き込まれる形でガスが流出するという考えがありました。また、ブラックホールではなく活発な星形成活動そのものがガスを失わせるというアイディアも提案されています。大量に生まれた巨大星の光の圧力によって、あるいは巨大星が一生を終えるときの超新星爆発によってガスが銀河外に流出する、というものです。
しかしいずれの説でも、ID2299で観測されたような膨大な量のガス流出を説明することはできないと研究チームは考えています。そこでチームが注目したのは、この銀河が別の銀河との衝突を経験しているという点です。ふたつの銀河が衝突合体してID2299となる過程で、潮汐力によって大量のガスが銀河から流れ出したのではないかと研究チームは推測しています。一般にふたつの銀河が衝突すると、潮汐力によって星やガスが銀河から引き離され、長く伸びた尾のような構造を作ります。ID2299のように遠方にある銀河でこの尾が観測されることは稀ですが、研究チームはID2299から外に伸びる構造を見出すことができたため、これが尾だと考えています。今回の成果は、巨大ブラックホールでも活発な星形成でもなく、銀河の衝突によってガスが流出し星形成活動が終焉に向かうという新しい考え方を示したものといえます。
共同研究者のエマヌエーレ・ダディ氏(CEA)は「私たちの研究は、銀河の衝突でガス放出が引き起こされること、さらにブラックホールや星形成によるガス流出と潮汐による尾とが似た見た目を持つことを示しています」と語っています。このため、これまでの研究で遠方銀河に見つかっているガス流出のなかにも、実は銀河衝突による尾がまぎれている可能性があります。「今回の結果によって、『銀河がどのように活動を終えるのか』という問題に対する理解を変革することになるかもしれません」とダディ氏はコメントしています。
プグリシ氏も「こんなに並外れた特徴を持つ銀河を見つけられて、感激しました。このおかしな銀河について、ぜひもっと知りたいと思っています。そこに、銀河の進化に関わる重要な知見があると信じているからです」と、今回の発見の重要性を語っています。
研究チームは、アルマ望遠鏡で100個以上の遠方銀河を観測し、そこでの低温ガスの性質を調べる研究を行っているところでした。アルマ望遠鏡でID2299を観測したのはわずか数分間でしたが、その高い観測能力のおかげで研究に十分な質のデータを取得することができました。
「アルマ望遠鏡は、遠方銀河で星形成が停止するメカニズムについて新しい光を投げかけてくれました。膨大な量のガスが噴き出す現象は、銀河進化に関する複雑なパズルを完成させるための重要なピースになることでしょう」と、共同研究者のキアラ・シルコスタ氏(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)は語っています。
この記事は、欧州南天天文台のプレスリリース”ALMA captures distant colliding galaxy dying out as it loses the ability to form stars”をもとに作成しました。
論文情報
この観測成果は、Puglisi et al. “A titanic interstellar medium ejection from a massive starburst galaxy at z=1.4”として、2021年1月11日発行の天文学専門誌「ネイチャー・アストロノミー」に掲載されます(doi: 10.1038/s41550-020-01268-x)。
[1]
この銀河の赤方偏移は、1.395でした。これをもとに最新の宇宙論パラメータ(H0=67.3km/s/Mpc, Ωm=0.315, Λ=0.685: Planck 2013 Results)で光行距離を計算すると、93億光年となります。距離の計算について、詳しくは「遠い天体の距離について」もご覧ください。