2020-12-04 理化学研究所
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発生体工学材料研究チームのアヴァナシアパン・ナンダクマル基礎科学特別研究員、上田一樹専任研究員(理研開拓研究本部伊藤ナノ医工学研究室専任研究員)、伊藤嘉浩チームリーダー(同主任研究員)らの研究チームは、「両親媒性ポリペプチド[1]」の水溶液に有機小分子を加えることで、疎水性部位が集まって安定化する疎水性相互作用[2]の強弱を変化させ、ソフトマテリアルとしての「分子集合体[3]」の形成を制御できることを明らかにしました。
本研究成果は、抗がん剤などをはじめとした医薬品や化粧品などの薬効物質を封入し体内輸送する、ソフトマテリアルの作製技術の発展に貢献すると期待できます。
今回、研究チームは、疎水部としてαヘリックス構造[4]を持つ両親媒性ポリペプチドのGSL12[1]水溶液に、エタノールやアセトニトリルなどの有機小分子を添加すると、GSL12分子の集合化が促進あるいは抑制されることを明らかにしました。エタノール添加時には、水との水素結合ネットワーク[5]が発達し、αヘリックス構造側面の疎水性水和シェル[6]が破壊されるためにGSL12分子間の疎水性相互作用が強くなり、集合化が促進されました。一方、アセトニトリル添加時には、アセトニトリルがαヘリックス構造側面でナノクラスター[7]を形成するために疎水性相互作用が弱まり、集合化が抑制されました。
本研究は、科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』の掲載に先立ち、オンライン版(12月4日付:日本時間12月4日)に掲載されます。
有機小分子(エタノールとアセトニトリル)による両親媒性ポリペプチドの集合化制御
背景
ソフトマテリアルの一つである「分子集合体」では、親水性の部位と疎水性の部位の両方を併せ持つ「両親媒性分子」が、非共有結合的な「疎水性相互作用」によって自発的に自己集合化・自己組織化し、超分子構造を形成します。同様に非共有結合的作用によって構造を決定しているタンパク質において、有機小分子が安定剤や変性剤として働いたり、特定のポリマーにおいて有機小分子(有機溶媒)が共貧溶媒効果[8]を発揮し、その溶解・凝集傾向を制御したりすることが、これまで報告されており、相分離生物学[9]として近年注目を集めています。
これまでに伊藤嘉浩主任研究員らは、タンパク質を単純化した疎水性αヘリックス構造を持つ両親媒性ポリペプチドが集合化してできる構造体について報告してきました。今回、前述のような有機小分子の効果を分子集合体に応用できるのではないかと注目しました。
エタノールなどの有機小分子は水との親和性により、両親媒性分子集合体の疎水性領域を安定化させる「疎水性水和[6]」に影響を与えることから、タンパク質やポリマーの安定性を左右することが報告されています。そのため、有機小分子の分子集合体への寄与を調べる両親媒性分子には、①疎水性相互作用のみで分子集合体が構成される材料、②疎水性相互作用により構造的に成長可能な材料が理想的と考えられます。
「両親媒性ポリペプチド」のGSL12は、疎水性部位にロイシンとアミノイソ酪酸からなるαヘリックス構造を持ち、立体的なヘリックス間の相互作用と疎水性相互作用のみによって自己集合化するため、分子集合体に対する有機小分子の効果を評価するのに適したモデルと考えられます。さらに、リボン構造からチューブ構造、チューブ構造の成長と、数週間かけて緩やかに形態が変化するため、その集合化の変化を評価しやすいという特徴も持っています。
そこで研究チームは、GSL12をモデルとして用い、その形状の変化や流動性の変化から、有機小分子が分子集合体に及ぼす効果の解明を目指しました(図1)。
図1 両親媒性ポリペプチドGSL12の構造と疎水性相互作用による自己組織化
GSL12は、親水性のポリサルコシン(青線部分)と疎水性のロイシンとアミノイソ酪酸のαヘリックス構造(オレンジ部分)からなる両親媒性ポリペプチドである。GSL12の疎水部位同士が集まって、疎水性相互作用により自己組織化が起こる。
研究手法と成果
研究チームはまず、透過型電子顕微鏡[10]を用いて、エタノール/水混合溶液(エタノール含有率10、20、30%)それぞれにおけるGSL12集合体の形状を観察しました。その結果、エタノール含有率が高くなるにつれ、GSL12集合体はより長いチューブ構造を形成することが分かりました。また、GSL12集合体の経時的な形状変化を詳細に評価したところ、時間経過とともにツイストリボン構造からヘリカルリボン構造、チューブ構造へと形態変化し、その変化はエタノール含有率が高い条件でより速いことが明らかになりました(図2上)。さらに、チューブの伸び方も、エタノール含有率が高い条件でより速いことが分かりました。
一方、アセトニトリル/水混合溶液(アセトニトリル含有率10、30%)においてGSL12集合体を調製すると、アセトニトリル含有率が低い場合にはツイストリボン構造のほかにヘリカルリボン構造やチューブ様構造が観察されましたが、含有率が高い場合にはツイストリボン構造しか取らないことが分かり(図2下)、エタノールとアセトニトリルは集合化において真逆の影響を与えていると予想される結果となりました。また、エタノールおよびアセトニトリルともに、含有率が40%以上の場合にはGSL12分子は完全に溶解し、溶解性は両方に対して同様であることが分かりました。
図2 各混合溶媒中でのGSL12集合体形状の経時的評価
上:エタノール/水混合溶液では、GSL12集合体は時間経過とともにツイストリボン構造からヘリカルリボン構造、チューブ構造へと形態変化し、その変化はエタノール含有率が高いほど速かった。
下:アセトニトリル/水混合溶液では、GSL12集合体はアセトニトリル含有率が低い場合にはツイストリボン構造のほかにヘリカルリボン構造が観察されたが、含有率が高い場合にはツイストリボン構造しか取らなかった。
次に、エタノールとアセトニトリルがGSL12集合体のどの部分に作用しているかを調べました。環境依存性蛍光剤[11]TMA-DPHを用いて、GSL12集合体の親水性領域の流動性を評価したところ、エタノールやアセトニトリル含有率に依存せず、一定の流動性を示しました。一方で、環境依存性蛍光剤DPHを用いて、GSL12集合体のαヘリックス構造からなる疎水性領域の流動性を評価した結果、エタノールやアセトニトリル含有率が増加するにつれて大きく流動化することが分かりました。このことは、エタノールやアセトニトリルの存在が、GSL12集合体の親水性領域ではなく疎水性領域に強く影響を与えていることを示しています。
その原因の一つは、エタノールやアセトニトリルなどの有機小分子がGSL12集合体の疎水性領域に直接的に挿入されていることが考えられます。それによりGSL12分子間の距離が大きくなり、ヘリカルリボン構造やチューブ構造よりも曲率[12]の低い緩んだ構造であるツイストリボン構造が多く観察されたことと一致します。ただし、この挙動はエタノールでもアセトニトリルでも観察されており、前述の真逆の集合化を説明できません。
もう一つの原因として、疎水性水和に対する寄与が考えられます。GSL12の水溶液では、GSL12集合体の疎水性領域の周囲(αヘリックス構造側面)には、水が濃縮して存在することで安定化する疎水性水和という現象が見られます(図3左)。この水溶液にエタノールを加えると、エタノールは水に対して負の混合過剰エンタルピー[13]を持ち発熱的な混合をするため、率先的にエタノール分子と水分子の水素結合ネットワークが形成されます。これにより疎水性水和に参加する水分子が無くなり、疎水性水和シェルが破壊されます。するとGSL12分子間の疎水性相互作用が強まり、集合化傾向が促進されると考えられます(図3右上段)。一方で、アセトニトリルは水に対して正の混合過剰エンタルピーを持ち吸熱的な混合をするため、水分子との水素結合ネットワークが形成されにくいとう特徴があります。そのため、アセトニトリル分子はGSL12分子の疎水性部位の周囲に集まり、ナノクラスターを形成します。すると、疎水性部位が安定化されるためにGSL12分子間の疎水性相互作用が弱まることから、集合化傾向が抑制されると考えられます(図3右下段)。
このように、エタノールとアセトニトリルは同様の溶解度を示すものの、エタノール/水混合溶液中では分子集合化が促進されるのに対し、アセトニトリル/水混合溶液中では分子集合化が抑制されることが明らかになりました。
図3 エタノールとアセトニトリル存在下における集合化挙動の促進・抑制メカニズム
青丸は水分子、赤丸はエタノール分子、緑丸はアセトニトリル分子、GSL12のオレンジ部分は疎水性部位(αヘリックス構造)、青線は親水性部位を表す。水中でGSL12集合体は、疎水性水和により安定化されている。これにエタノールを加えると、疎水性水和シェルが破壊され疎水性相互作用が強くなるため、分子の集合化が促進される。一方、アセトニトリルを加えると、疎水性部位にアセトニトリルのナノクラスターが形成され安定化されるため、疎水性相互作用が弱まり分子集合化が抑制される。
このことを確認するため、エタノールと同様に負の混合過剰エンタルピーを持つメタノールやイソプロパノールと水の混合溶液におけるGSL12の集合化を評価しました。その結果、いずれのアルコール分子においても含有率が高い条件では、低い条件よりもGSL12集合体のチューブ構造の伸長が見られ、集合化の促進が見られました。このように、水との負の混合過剰エンタルピーという各有機小分子の性質が、両親媒性ポリペプチド分子の集合化の促進を制御していることが初めて解明されました。
さらに、形成されたGSL12集合体のチューブ構造の直径を比較すると、メタノール(CH3OH)の場合が86~89ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)、エタノール(C2H5OH)が101~107nm、イソプロパノール(CH3 CHOHCH3)が107~111nmであり、分子サイズが大きくなるにつれて、より曲率の低い緩んだチューブ構造となっていることが明らかになりました。これは、有機小分子がGSL12集合体の疎水性領域へ侵入することで分子間距離を広げ、曲率を下げる挙動に、分子の大きさが直接影響した結果と考えられます。
今後の期待
今回の成果は、ソフトマテリアルを調製する際に、適した有機小分子を選択して調製溶液に加えることで形成の促進・抑制が制御できることを明らかにしたものです。さらに、有機小分子のサイズに応じて分子集合体の曲率が制御できる可能性も示されました。
ソフトマテリアルは、有用な材料として多くの分野で利用されています。アルコールのように入手が容易な有機小分子によってその形成の速度を制御できたことは、さまざまな応用に向けた効率的で目的に応じた形状のソフトマテリアルの開発に利用できると期待できます。
補足説明
1.両親媒性ポリペプチド、GSL12
両親媒性ポリペプチドは親水性と疎水性を示す部位を併せ持つポリマー分子であり、水中において疎水性相互作用により分子集合体を形成する。本研究で用いたGSL12は、親水部に30量体のポリサルコシン、疎水部にLロイシンとアミノイソ酪酸の交互配列12量体からなる両親媒性ポリペプチドである。
2.疎水性相互作用
疎水性分子・疎水性物質が水中に存在するとき、水と接することを嫌うために疎水性化合物・疎水性物質同士が集まって安定化する作用。
3.分子集合体
両親媒性分子が水中において疎水性相互作用などの非共有結合的な作用により、自発的に形成する構造体。ソフトマテリアルとも呼ばれる。
4.αヘリックス構造
タンパク質の二次構造の共通モチーフの一つで、バネのような右巻きらせんの形をしている。
5.水素結合ネットワーク
水分子は、水素原子を介した水素結合によって隣の分子と結びついている。これが網目状のネットワークとなり、水が形成される。これを水素結合ネットワークと呼ぶ。
6.疎水性水和シェル、疎水性水和
疎水性分子・疎水性物質が水中に暴露されるとき、バルクの水と疎水部の間に濃縮状態の水の相「疎水性水和シェル」ができることで、一見疎水性分子と水が直接接しているような構造が可能となる。この現象を「疎水性水和」と呼ぶ。
7.ナノクラスター
アセトニトリルは水と混合溶液を作るが、ミクロな視点では、アセトニトリルが集まったナノサイズのクラスターを形成する。
8.共貧溶媒効果
特定の溶質に対して特定の良溶媒(溶解度の大きい溶媒)を2種混合すると、貧溶媒(溶解度の小さい溶媒)として働く現象。例えば、特定のポリマーは、水またはエタノールに溶かすと、それぞれの溶媒には溶けるが、水とエタノールを混ぜた溶媒には溶けない。
9.相分離生物学
細胞内において、タンパク質などの分子が緩く集まり、タンパク質の液体と呼ばれる状態を作ることで、特定の機能を発現したり、機能の効率を高めたりする。この現象自体、およびこの現象が生命現象に及ぼす影響の解明を目指す研究分野を指す。
10.透過型電子顕微鏡
観察対象に電子線をあて、透過してきた電子線の強弱から観察対象の形態を観察する電子顕微鏡。ナノメートルサイズの構造物を観察できる。
11.環境依存性蛍光剤
周辺環境の変化によって蛍光強度・蛍光波長・蛍光異方性が変化する蛍光剤。本研究で用いたTMA-DPHやDPHは、周辺環境の流動性に応じて異なる蛍光異方性を示すことから、蛍光異方性を測定することで周辺環境の流動性を知ることができる。TMA-DPHは親水的な、DPHは疎水的な領域に集まるため、それぞれ異なる領域の流動性の情報を得ることができる。
12.曲率
曲線や曲面の曲がり具合を表す量。値が大きいほど曲がり具合が大きい。
13.混合過剰エンタルピー
二成分が混合する際のエンタルピーの変化のこと。混合過剰エンタルピーが正のときは吸熱的な、負のときは発熱的な混合であることを示す。
原論文情報
Avanashiappan Nandakumar, Yoshihiro Ito, Motoki Ueda, “Solvent Effects on the Self-Assembly of an Amphiphilic Polypeptide Incorporating α-Helical Hydrophobic Blocks”, Journal of the American Chemical Society, 10.1021/jacs.0c03425
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発生体工学材料研究チーム
基礎科学特別研究員 Avanashiappan Nandakumar(アヴァナシアパン・ナンダクマル)
専任研究員 上田 一樹(うえだ もとき)
(開拓研究本部 伊藤ナノ医工学研究室 専任研究員)
チームリーダー 伊藤 嘉浩(いとう よしひろ)
(開拓研究本部 伊藤ナノ医工学研究室 主任研究員)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当