2020-10-26 分子科学研究所
概要
分子科学研究所 極端紫外光研究施設UVSORの大東琢治助教、湯澤勇人技術職員、小杉信博名誉教授からなる研究チームは、走査型透過軟X線顕微鏡STXM装置[1]に新たに設計したゾーンプレート型レンズ[2]を導入することで、最高空間分解能72 nmでリチウム元素の化学結合のイメージングが可能な新たな装置を開発しました。
今回開発した装置を利用して、リチウムイオン電池の動作の際のリチウム元素の振る舞いを解明することで、今後の電池の性能向上へとつながることが期待されます。
本研究成果は国際学術誌Review of Scientific Instrumentsに、2020年10月19日付けでオンライン掲載されました。
研究の背景
リチウムイオン2次電池は、現代の私たちの生活から切り離すことができないくらいに広く普及していますが、実際に電池の中でリチウム元素がどのような振る舞いをしているかは、まだ分かっていないことが多くあります。これを解明して電池の性能を向上するためには、通常の光学顕微鏡の限界(〜1ミクロン)を超えたナノスケールの空間分解能でリチウムの元素分布を特定し、さらにその化学結合が分析可能な装置が必要となります。放射光軟X線の、元素による吸収を利用した透過軟X線顕微鏡はその数少ない候補のひとつですが、リチウムの吸収は55 eVのとても低い軟X線のエネルギーを取り出して利用する必要があります。一般に放射光は高いエネルギーのX線の方が強く出ますので、55eVの軟X線を取り出す場合には、同時にもっと強い55eVの整数倍の軟X線(高次光[3])が重なってきて、リチウムの吸収が見えなくなってしまいます。そこで本研究では、この高次光を除去するフィルター機能を持つ高効率なゾーンプレート型レンズを新たに設計し、導入することで、ナノスケールの高い空間分解能でリチウムの化学状態分析を行うことが可能な走査型透過軟X線顕微鏡を、世界で初めて開発することに成功しました。
研究の成果
リチウムの軟X線吸収を精度よく分析するためには、分光器から発生する強い高次光を除去して、軟X線の純度を高める必要があります。そこで本研究では、高次光除去機能をもつゾーンプレートを開発しました。このゾーンプレートは、その支持膜に200 nmの厚さのシリコンを用いており、ゾーンプレートそのものの構造を支えるだけでなく、100 eV以下のX線を効率良く通過して、それ以上の高次光となるX線をカットするフィルターとしても機能します。そのため、リチウムの軟X線吸収(55 eV)付近のエネルギーを効率よく利用し、高次光を除去するのに最適なレンズとなります。この低域通過ゾーンプレートを、分子科学研究所の放射光施設UVSORに設置されている走査型透過軟X線顕微鏡STXM(図1)の集光用レンズとして用いて、リチウムK吸収端近傍に重なる高次光成分を、目的のエネルギー強度の1%以下まで除去することができました(図2)。これにゾーンプレートの効率を考慮すると、高次光の強度は0.1%まで除去されます。この結果として、高精度でリチウムの分析を行うことが可能となりました。またこの手法を用いることは、小さな照射ダメージでリチウムが測定可能という利点もあります。
図1: 走査型透過軟X線顕微鏡の概略図
図2: 通常のゾーンプレート(青線)と低域通過ゾーンプレート(赤線)の、
メインエネルギー(70 eV)と2次から5次までの高次光(140-350 eV)の強度の比較
この走査型透過軟X線顕微鏡を用いて、リチウム電池電極を想定した炭酸リチウムの試料の分析を行い、そのX線吸収スペクトル分布を得ることができました(図3)。図中の2番の位置が、スペクトルを取るのに適切な厚さになっています。またこの時の空間分解能として、72 nmを達成しました。
図3: (左) 炭酸リチウム試料を70 eVで測定したSTXM像と
(右) その各所でのリチウム吸収端でのX線吸収スペクトル
今後の展開・この研究の社会的意義
これまでは適切な装置がなかったために分析することができなかった、リチウムイオン電池の動作の際のリチウム元素の振る舞いを、今回開発した顕微鏡で分析し、解析することで、今後の電池の性能の向上に役立つものと考えています。さらに今後、ゾーンプレート型レンズを改良することで、より高い空間分解能を実現することも期待されます。
用語解説
[1] 走査型透過軟X線顕微鏡:
Scanning Transmission soft X-ray Microscope (STXM)のこと。ゾーンプレート[2]を用いてX線を試料上に集光し、試料を2次元走査しながら透過するX線を検出することで、試料の2次元化学状態分布を分析することのできる顕微鏡。
[2] ゾーンプレート:
回折によって集光する、X線のためのレンズ。従来のものは100 nm程度の厚さの窒化シリコン膜の上に、電子線リソグラフィで金属の微細な同心円パターンを描画して作られる。
[3] 高次光:
メインエネルギーの整数倍のエネルギーの光で、回折を利用する分光器において必ず発生する。基本的に除去の対象となる。
論文情報
掲載誌:Review of Scientific Instruments
論文タイトル:“A low-pass filtering Fresnel zone plate for soft X-ray microscopic analysis down to the lithium K-edge region”
(リチウムK吸収端領域における軟X線顕微分析用の、低域通過フィルターフレネルゾーンプレートの開発)
著者:Takuji Ohigashi, Hayato Yuzawa and Nobuhiro Kosugi
掲載日:2020年10月19日(オンライン公開)
DOI:10.1063/5.0020956
研究グループ
分子科学研究所
研究サポート
科学研究費補助金 基盤研究 (C) (16K05022), 基盤研究 (B) (16H03877, 17H03013)
研究に関するお問い合わせ先
大東 琢治(おおひがし たくじ)
分子科学研究所 助教
報道担当
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当