2020-08-19 国立天文台
すばる望遠鏡の冷却中間赤外線分光撮像装置 COMICS (Cooled Mid-Infrared Camera and Spectrometer, コミックス) が、ハワイ時間2020年7月30日 (日本時間7月31日) の夜に、最後の観測を迎えました。
COMICS は、赤外線の中でも地上から観測可能なほぼ最長波長 (波長 8-25 マイクロメートル) で宇宙を見つめる、世界的にも極めてユニークな観測装置です。すばる望遠鏡の第1期装置として1999年に初観測「ファーストライト」を迎えてから 20 年以上にわたって、複雑な有機分子を彗星に検出したり、惑星の材料物質の性質を解き明かしたりと、数々の成果を創出してきました。
図1:COMICS の最後の観測夜に撮影された木星。(クレジット:国立天文台/Kasaba et al.)
COMICS の最終観測夜には、笠羽康正さん (東北大学惑星プラズマ大気研究センター教授) が国立天文台三鷹キャンパスのすばる望遠鏡リモート観測室から観測を行いました。「今回は、ミッション終了まで残り1年となった米国航空宇宙局 (NASA) の木星探査機『ジュノー』を支える木星観測などを実施しました。惑星探査ミッションとの連携で惑星大気の構造を調べる上で多様な情報をもたらしてくれた中間赤外線地上観測とは、しばしのお別れです」と、笠羽さんは最後の観測を振り返ります。
COMICS が観測する中間赤外線では、「暖かい宇宙」の姿に迫るのが得意です。特に宇宙に存在する塵粒が中間赤外線で特徴的な光を放つため、塵粒の性質や分布を詳しく調べることができます。また、すばる望遠鏡のような口径8メートル級の望遠鏡では、特別なことをしなくても観測波長における望遠鏡の最大能力 (空間解像度) を軽々と引き出すことができるのです。
一方で中間赤外線観測には多くの困難も伴います。地上にある「暖かいもの」、例えば望遠鏡本体やドーム、地球大気などは全て観測の邪魔になります。また大気に含まれる水蒸気も、天体からくる微かな中間赤外線をさえぎってしまいます。しかしながら、常に乾燥しているマウナケアの絶好の環境、検出器をマイナス 269 ℃ にまで冷却する技術、地上からくる赤外線を差し引くための特殊な観測手法などにより、COMICS では良質な中間赤外線データが取得されてきました。
図2:すばる望遠鏡が捉えたディープインパクト探査機衝突直後のテンペル第1彗星 (9P/Tempel 1) の中間赤外線像。赤色は炭素に富む表面物質を、緑色はケイ酸塩に富む内部物質を表します。衝突後数時間に渡って、彗星内部物質が宇宙空間に扇状に広がっていく様子が見えます。(クレジット:国立天文台)
2005年には、NASA のディープインパクト探査機とテンペル第1彗星 (9P/Tempel 1) の衝突について詳細な観測を行い、テンペル第1彗星の内部物質の組成や衝突の衝撃によって宇宙空間に飛び出した物質の量を明らかにしました。
若い星である「がか座ベータ星」の観測からは、世界で初めて太陽系外の「微惑星のリング」を発見し、生まれつつある惑星系で塵粒が撒き散らされている場所を特定することに成功するなど、惑星形成過程の解明にも大きく寄与してきました。
また、遠方宇宙にあるクエーサーの観測では COMICS で達成される高い空間解像度が活かされ、重力レンズ効果で複数に分裂したクエーサー像がはっきりと分解されました。遠方のクエーサーと重力レンズ効果を起こす手前の銀河のそれぞれの構造について、COMICS の観測画像から新たな知見を得たこの成果は、今でも高い注目を浴びています。
長年 COMICS の観測支援を担当してきたサポート・アストロノマーの藤吉拓哉さん (ハワイ観測所) は、「COMICS は決して『SBR 観測装置選抜総選挙』では1位になれない存在だったかもしれません。でもソロを唄うと高い音までとてもきれいで力強く、みんなが『誰?』と振り向くような、そんなメンバーだったのではないでしょうか」と COMICS の役割を振り返ります。
藤吉さんはさらに、「COMICS の引退によってマウナケアにあるすばる望遠鏡と同等の口径8メートル級望遠鏡からこの特殊な『眼』が完全になくなってしまいました。とても残念ですが、COMICS でまかれた種が次世代の MICHI や MIMIZUKU (注1) などといった革新的な装置で大きく花開くことを期待しています」と中間赤外線観測のさらなる展開に期待を寄せています。
図3:最終観測夜の COMICS とサポート・アストロノマーの藤吉さん。(クレジット:国立天文台)
(注1) MICHI は口径 30 メートル望遠鏡 (TMT) への搭載が検討されている中間赤外線観測装置。MIMIZUKU は東京大学アタカマ天文台 (TAO) 口径 6.5 メートル望遠鏡のために開発され、2018年にすばる望遠鏡で試験観測が行なわれた中間赤外線観測装置。