ひまわり8号データを用いた黄砂やPM2.5飛来予測の 精度向上について

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2018/10/31  宇宙航空研究開発機構,気象庁気象研究所,九州大学

1. 概要

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)、気象庁気象研究所(以下、気象研)及び、九州大学は、気象衛星「ひまわり8号」の観測データを活用することで、アジア・オセアニア域における広範囲での黄砂やPM2.5*1などの大気浮遊物質(エアロゾル*2)の飛来予測の精度を従来よりも向上することに成功しました。今回、開発した推定手法や数値モデル技術は、気象庁が黄砂予測に2019年度(平成31年度)に導入する改良にも適用される予定であり、視程の悪化による交通機関への影響や、洗濯物や車の汚れなど、日々の生活に影響を与える黄砂飛来予測の精度向上が期待されます。

ひまわり8号データを用いた黄砂やPM2.5飛来予測の 精度向上について

ひまわり8号が捉えた2018年4月の大陸起源の大気浮遊物質

2. 研究内容と成果

ひまわり8号は、これまでの静止気象衛星と比較して、多波長、高空間分解能、高頻度に観測を行えることが特長です。上の3者で構成する研究グループ(以下、研究グループ)では、これらの特長を最大限生かし、(1)ひまわり8号観測データから大気浮遊物質の物理特性を推定する手法及び、(2)推定したデータを数値モデルに組み込む同化手法を開発し、大気浮遊物質の飛来予測精度の向上に成功しました。

(1)大気浮遊物質の物理特性推定手法の開発と成果

JAXAは、地球観測衛星プロジェクトで積み上げてきた観測データから物質の物理特性を推定するアルゴリズム開発技術を、鮮明なカラー画像が得られるようになったひまわり8号に応用することで、静止気象衛星による本格的な大気浮遊物質の推定を可能にしました(図1)。

さらに、研究グループでは、ひまわり8号の高頻度観測を活用した新しいアルゴリズム開発を行い、ひまわり8号の観測間隔である10分毎の大気浮遊物質の変化に関する情報を得ることに成功しました。静止気象衛星による大気浮遊物質の時間情報を利用した推定手法は世界で初めてになります。従来の衛星を用いた観測では、雲に覆われてデータが欠損した領域やノイズが生じやすい雲の周辺領域で、大気浮遊物質の物理特性を推定することは難しい課題でしたが、高頻度観測により取得した複数の時系列データを入力要素とする推計手法により、データ欠損補完及びノイズ除去が可能になりました。

図2は、今年の4月27日における大陸起源の大気汚染物質が日本に到達した事例を示しています。これによると、東シナ海に張り出した高気圧のふちに沿った風によって輸送された大気浮遊物質が、日本時間の15時頃に九州地方に到達し、その後九州北部全体を覆うようになります。また、15時から16時半にかけて、済州島付近の大気粒子は島全体で塞き止められたように変化していることから、標高約2000メートル以下の低い高度を通過していたと推定できます。

 

図1 2018年10月30日のひまわり観測画像。
(上)従来の静止衛星を模擬した観測画像(中)ひまわり8号による観測画像(下)ひまわり8号の観測データによる大気浮遊物質の推定。

 

図2 2018年4月27日に大陸起源の大気汚染物質が九州北部に飛来した事例。
図中の「エアロゾル光学的厚さ」*3は大気浮遊物質による大気中の濁り具合を示す指標。

(2)ひまわりエアロゾルデータ同化システムの開発と予測精度の向上

気象研と九州大学は、気象研が開発している全球エアロゾル輸送モデル(MASINGAR)に、上の(1)により開発したひまわり8号による大気浮遊物質の物理特性データを導入することで、ひまわりの観測データを組み込んだ(同化した)大気浮遊物質の飛来予測が初めて可能になりました。図3は、2016年5月19日に、シベリアで発生した大規模森林火災起源の大気浮遊物質が日本へ飛来した事例です。24時間後の予測について、前日のひまわりの観測データを同化したシミュレーションの方が、同化しなかった場合に比べて、当該時刻のひまわり観測と整合し、予測精度が向上していることがわかります。図のケースでは、ひまわり観測データの組み込みにより、24時間後の予測の誤差が約29%改善されました。

 

図3 2016年5月19日午前9時(日本時間)におけるシベリア大規模森林火災起源の煤が北海道・東北地方に飛来した事例。
(Yumimoto et al. 2018を改編)

3. 公開方法

本研究で作成されたデータセットを、JAXA地球観測センターの「JAXAひまわりモニタ」(https://www.eorc.jaxa.jp/ptree/index_j.html)において本日公開しました。本データセットには、PM2.5等の地上付近質量濃度、濁り具合を表す物理特性が粒子の種類(化石燃料起源である黒色炭素、硫酸塩など)毎に含まれております。

4. 今後の期待

公開したデータセットは、大気浮遊物質の発生・輸送プロセスの解明や地球気候システムや疫学研究を通じた健康被害への影響評価、海洋生物循環に代表される生態影響の評価など、大気浮遊物質に関する様々な研究に広く活用され、各分野の課題解決につながることが期待されます。また、今後は、ひまわり8号に加えて、気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)、温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」(GOSAT-2)、および日欧共同で開発を進めている雲エアロゾル放射ミッション(EarthCARE)の観測データをモデルに組込む開発も進めて行く予定です。

補足説明

*1  PM2.5
大気中に浮遊するエアロゾルのうち、粒子径が概ね2.5μm以下のもの、環境基本法第16条第1項に基づく人の健康の適切な保護を図るために維持されることが望ましい水準として環境基準(年平均15μg/㎡以下かつ1日平均値35μg/㎡)が定められている。

*2  エアロゾル
大気中を浮遊する微粒子の総称。0.001μmから100μm程度の粒子径を持つ。工場や自動車の排気など都市域から排出される大気汚染物質、林野火災から発生する煤(黒色炭素)、黄砂に代表される地面から巻き上げられた土壌粒子、海面の波しぶきから出る海塩粒子などがある。

*3  エアロゾル光学的厚さ
大気浮遊物質(エアロゾル)による大気中の濁り具合を示す量。0.1未満では大気は透明度が高いことを示し、1以上は非常に濁った状態を示す。

論文情報
  • Yumimoto, K., Nagao, T. M., Kikuchi, M., Sekiyama, T. T., Murakami, H., Tanaka, T. Y., Ogi, A., Irie, H., Khatri, P., Okumura, H., Arai, K., Morino, I., Uchino, O., and Maki, T.: Aerosol data assimilation using data from Himawari-8, a next-generation geostationary meteorological satellite, Geophys. Res. Lett., 43, 5886-5894, doi:10.1002/2016GL069298, 2016.
  • Sekiyama, T., Yumimoto, K., Tanaka, T.Y., Nagao, T., Kikuchi, M., and Murakami, H.: Data Assimilation of Himawari-8 Aerosol Observations: Asian Dust Forecast in June 2015, SOLA, 12, 86–90, doi: 10.2151/sola.2016-020, 2016.
  • Yumimoto, K., Tanaka, T., Yoshida, M., Kikuchi, M., Nagao, T. M., Murakami, H., Maki, and T.: Assimilation and Forecasting Experiment for Heavy Siberian Wildfire Smoke in May 2016 with Himawari-8 Aerosol Optical Thickness, J. Meteorol. Soc. Jpn., 96B, 133-149, doi: 10.2151/jmsj.2018-035, 2018.
  • Yoshida, M., Kikuchi, M., Nagao, T. M., Murakami, H., Nomaki, T., Higurashi, A.: Common Retrieval of Aerosol Properties for Imaging Satellite Sensors, J. Meteorol. Soc. Jpn., 96B, 193-209, doi: 10.2151/jmsj.2018-039, 2018.
  • Kikuchi, M., Murakami, H., Suzuki, K., Nagao, T. M., Higurashi, A.: Improved Hourly Estimates of Aerosol Optical Thickness Using Spatiotemporal Variability Derived From Himawari-8 Geostationary Satellite, IEEE Trans, Geosci. Remote Sens., 56 (6), 3442-3455, doi: 10.1109/TGRS.2018.2800060, 2018.
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