2024-05-13 東京大学
発表のポイント
- 樹木の生育地の土壌に特有な微生物叢が落葉を効率的に分解することを明らかにしました。
- 森林の炭素動態に土壌微生物の構成の特有性が重要な役割を果たしていることを示す新知見です。
- この成果は、森林生態系における分解プロセスと土壌微生物叢の関係の理解に役立ち、土壌の健全性維持に貢献することが期待されます。
本研究により明らかになった落葉分解のホームフィールド・アドヴァンテージ現象の概要
発表概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の平尾聡秀講師と執行宣彦大学院生(研究当時、現:森林総合研究所研究員)、千葉大学大学院園芸学研究院の梅木清教授による研究グループは、落葉分解のホームフィールド・アドヴァンテージ(HFA)現象(注1)の生態学的メカニズムを明らかにしました。
本研究では、森林の異なる標高間で土壌と落葉を相互に入れ替える野外実験を行うことで、落葉が本来分解されていた場所の土壌において効率的に分解されるHFA現象の存在を発見しました。また、樹木の生育地の土壌に特有な微生物叢(注2)が落葉分解のHFA現象を引き起こしていることを明らかにしました。これらの結果は、森林における樹木と土壌のつながりを通じた落葉-土壌微生物間の適応的な関係が、落葉分解を制御する重要な要素であることを示しています。これは、土壌の健全性維持のために、場所ごとに特有な土壌微生物叢を保つことが重要であることを示唆しています。
発表内容
落葉分解は森林生態系の物質循環の基礎を成す重要なプロセスです。これまで、落葉の分解速度はその地域の気候や落葉自体の性質によって主に決まると考えられてきました。しかし、分解速度にはしばしば大きな変異が観察され、分解に関与する生物的要因の理解が不可欠であることが明らかになっています。特に、落葉を生み出す植物が育つ場所で他の場所よりも落葉が効率的に分解される、落葉分解のホームフィールド・アドヴァンテージ(HFA)現象が、この分解速度の変異を説明する鍵となることが近年注目されています。HFA現象がその場所に特有な土壌微生物叢の活動によって引き起こされるという仮説は広く受け入れられている一方で、これを直接的に支持する証拠はなく、HFA現象と微生物叢の関係性を解明するための体系的な研究を行う必要がありました。
本研究では、東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林秩父演習林の冷温帯天然林において、コメツガが優占する高標高地とイヌブナが優占する低標高地を対象に、土壌と落葉を相互に移植する野外実験を実施しました(図1)。その結果、コメツガの落葉は高標高地の土壌で、イヌブナの落葉は低標高地の土壌で落葉分解率が高くなること、つまり環境条件にはよらず、それぞれが本来分解されていた場所の土壌で効率的に分解されることが確認されました(図2)。また、マイクロバイオームワイド関連解析(注3)の結果、それぞれの場所の土壌に特有の真菌叢と細菌叢が特定され、これらの微生物叢の優占度が高いほど落葉が早く分解されることがわかりました(図3)。これらの結果は、樹木の生育地の土壌に特有な微生物叢が落葉を効率的に分解するという仮説を支持し、森林の樹木と土壌のつながりを通じた落葉-土壌微生物間の適応的な関係が、落葉分解を制御する重要な要素であることを示しています。
本研究の結果は、土地利用の変化に起因する土壌撹乱が、落葉-土壌微生物間の適応的な関係を乱すことで、落葉分解の進行を妨げることを示すものです。これは、土壌の健全性維持のために、場所ごとに特有な土壌微生物叢を保つことが重要であることを示唆しています。その一方で、土壌撹乱による落葉分解の進行の妨げは一時的に土壌有機物を増やす可能性がありますが、微生物バイオマスの増加にはつながらず、安定した土壌炭素蓄積にならないと考えられます。今後さらに研究を進め、落葉-土壌微生物間の適応的な関係が、落葉分解の進行を通じて土壌炭素蓄積に果たす役割を明らかにすることにより、森林の土壌炭素管理への応用も期待されます。
図1:本研究で行った野外実験
コメツガは高標高地で、イヌブナは低標高地で優占している。高標高地から低標高地へ、低標高地から高標高地へと土壌を相互に移植し、移植した土壌の上にコメツガとイヌブナそれぞれの落葉を入れたメッシュバッグを設置した。移植した土壌とメッシュバッグは異なる期間埋設し、回収後に落葉分解率と微生物叢を分析した。
図2:移植実験ごとの落葉分解率
コメツガとイヌブナの落葉分解率の推移。どちらの落葉でも、移植先の環境条件にはよらず、土壌がホームであるときに落葉分解率が高くなった。
図3:落葉分解率とその場所の土壌に特有な微生物叢の相対優占度の関係
コメツガとイヌブナの落葉分解率は、それぞれの落葉のホームの土壌に特有の微生物叢の相対優占度と有意な正の関係を示した。各標高地の土壌に特有の微生物叢は、マイクロバイオームワイド関連解析によって特定された。
発表者
東京大学大学院農学生命科学研究科
平尾 聡秀 講師
執行 宣彦 博士課程(研究当時)
現:森林総合研究所 研究員
千葉大学大学院園芸学研究院
梅木 清 教授
発表雑誌
- 雑誌
- New Phytologist
- 題名
- Soil microbial identity explains home-field advantage for litter decomposition
- 著者
- Nobuhiko Shigyo*, Kiyoshi Umeki, Toshihide Hirao* (*共同責任著者)
- DOI
- 10.1111/nph.19769
- URL
- https://nph.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/nph.19769
研究助成
本研究は、サントリー天然水の森「東京大学秩父演習林プロジェクト」、科研費「若手研究(B)(課題番号:16K16220)」、「特別研究員奨励費(課題番号:18J14438)」、笹川科学研究助成(課題番号:28-628)の支援により実施されました。
用語解説
注1 落葉分解におけるホームフィールド・アドヴァンテージ現象
落葉分解におけるホームフィールド・アドヴァンテージは、植物の落葉が、その植物が生育する場所(ホーム)において他の場所(アウェイ)よりも効率的に分解される現象です。
注2 微生物叢(びせいぶつそう)
微生物叢(マイクロバイオーム)とは、特定の環境に生息する微生物(真菌や細菌など)の集合体を指します。
注3 マイクロバイオームワイド関連解析
特定の形質と関連する遺伝的特徴を見つけ出すために行われるゲノムワイド関連解析の概念をマイクロバイオーム(微生物叢)の研究に応用した手法です。特定の環境条件や植物種と特定の微生物叢との関係を明らかにし、植物の成長を支援する微生物や、本研究のように落葉分解の進行に寄与する微生物を同定することができます。
問い合わせ先
(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科 附属演習林 フォレストGX/DX協創センター
講師 平尾 聡秀(ひらお としひで)
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
研究員 執行 宣彦(しぎょう のぶひこ)
〈広報に関すること〉
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所
企画部広報普及科広報係
千葉大学 広報室