微生物の酵素が天然ゴムを分解するしくみを水素原子まで可視化して解明

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2024-03-18 東京大学

代表的な天然ゴムであるアラビアガムは、非常に複雑な構造を持つ多糖であり、ある種の微生物では多くの酵素を外に出してこれを分解できます。例えば、フザリウムというカビからは、ラムノシルグルクロン酸リアーゼ(FoRhamI)という酵素が得られ、この酵素はアラビアガムの末端を切断して分解できます。高輝度光科学研究センター(JASRI)の矢野直峰研究員と東京大学大学院農学生命科学研究科の伏信進矢教授らは、総合科学研究機構(CROSS)の日下勝弘副主任研究員、大阪公立大学の近藤辰哉氏(当時)、阪本龍司教授と共同研究を行い、大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)(茨城県東海村)内の茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)を使用して、FoRhamIの中性子結晶構造解析に成功しました。その結果、FoRhamIにはアラビアガムの中の酸性糖の部分が持つマイナスの電荷を中和する部位と糖と糖がつながる結合に水素原子(プロトン)を受け渡しするアミノ酸が存在し、これらが重要な役割を果たしていることが明らかになりました。アラビアガムは、食品、飲料、化粧品、医薬品として広く利用されており、その分解酵素のメカニズムを研究することにより、天然ゴムの物性の改変などへの利用が期待されます。

研究内容のポイント
  • カビから得られたラムノシルグルクロン酸リアーゼは、複雑な化学構造を持つアラビアガムの末端を切断する酵素で、この酵素の微細な立体構造を茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)で解析して、水素原子の位置まで決定することに成功しました。
  • この酵素が触媒する化学反応には、アラビアガムに含まれる酸性糖の電荷を中和しつつ水素原子をやりとりするアミノ酸残基が重要な役割を果たすことが分かりました。
研究成果の概要
研究背景

アラビアガムは代表的な天然ゴムであり、多くの種類の糖が結合した非常に複雑な構造を持つ多糖です。一方で、糸状菌(カビ)の一種であるFusarium oxysporum 12S株は多数の酵素を菌体外に分泌してアラビアガムを高度に分解して栄養源にできる能力を持ちます。大阪公立大学の阪本龍司教授と近藤辰哉大学院生(当時)らは、2021年にそれまで知られていなかった新しい種類の酵素として、12S株からラムノシルグルクロン酸リアーゼ(FoRhamI)を発見しました。FoRhamIはアラビアガムの末端にあるラムノース(Rha)とグルクロン酸(GlcA)という2つの糖がつながった結合を脱離反応(※1)により切断する酵素です(図1)。東京大学大学院農学生命科学研究科の伏信進矢教授と荒川孝俊助教(当時)は、阪本龍司教授らのグループと共同研究を行い、X線結晶構造解析(※2)によりFoRhamIの立体構造をすでに明らかにしています。しかし、X線の結晶構造では水素原子が観測できなかったため、この酵素の反応に最も重要な水素原子のやりとりがどのように行われるのか、また、なぜこのような脱離反応が進みやすくなっているのかという根本的なところで不明な点がありました。

微生物の酵素が天然ゴムを分解するしくみを水素原子まで可視化して解明
図1 アラビアガムの多糖構造
糖と糖をつなぐ結合は、α1,4-結合(α4)、α1,3-結合(α3)、β1,6-結合(β6)、β1,3-結合(β3)、などがある。FoRhamIは赤い矢印で示したRha-α1,4-GlcAの結合を切断する。

研究内容と成果

今回、これらの研究グループは、JASRIの矢野直峰研究員と共同研究を行い、中性子結晶構造解析(※3)の手法を用いてFoRhamIの触媒反応についてさらに詳しく調べました。中性子はX線と異なり水素原子により強く散乱されるので、水素原子を可視化するのに有用です。同研究グループはFoRhamIの巨大な単結晶を作成して(図2左)、CROSSの日下勝弘副主任研究員の協力のもとで大強度陽子加速器施設(J-PARC)(※4)内の茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)(図2右, ※5)を使用して中性子回折データを測定し、解析しました。その結果、FoRhamIの水素原子および重水素原子(※6)を含む微細な立体構造を1.80 Åの分解能(※7)で決定することに成功しました。


図2 中性子回折実験に使用した結晶と装置
左:FoRhamIの巨大結晶。重水溶液中で成長させた後に石英の筒に封入して実験に用いた。
右:J-PARC MLFの茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)


この酵素の脱離反応による切断には、Rha-GlcAのうち、酸性糖であるGlcAのカルボン酸の付け根にある水素原子(プロトン)の引き抜きが重要なステップであり、カルボン酸がマイナスに強く帯電することが必要であると考えられています(図3)。今回解析した中性子結晶構造には、GlcAのカルボン酸にあたる位置に、よく似た化合物である酢酸イオンが結合していました(図4左)。酢酸イオンの周囲にあるFoRhamIのアミノ酸は多数の水素原子が結合してプラスに帯電しており、マイナスのイオンを安定化していることが明らかになりました。さらに、FoRhamIのアミノ酸のうち85番目のヒスチジン(His85)がRha-GlcAをつなぐ結合に水素原子(プロトン)を受け渡しすることが、Rhaの特定の部位と水素結合(※8)していること(図4右)などから判明しました。以上の結果により、FoRhamIがアラビアガムの特定の場所を絶妙な結合の仕方と化学反応により切断して分解するメカニズムを解明することに成功しました。


図3 FoRhamIの反応機構
GlcAのカルボン酸の周囲にTyr150, Arg166, His105が存在し、いずれも水素原子を保持することによりマイナスの電荷を安定化する環境を作り上げている。His85は水素原子を受け取った後に糖をつなぐ結合に渡すことでこの脱離反応を触媒している。反応後のGlcAは二重結合を持つΔGlcAになる。


図4 FoRhamIの中性子構造
左:酢酸の周囲の様子。右:ラムノースとHis85の水素結合の様子。中性子散乱密度を青いかごで表した。各原子については、重水素はシアン(水色)、(軽)水素は白、炭素は黄、窒素は青、酸素は赤で表している。

本研究の意義、今後への期待

アラビアガムは乳化剤や安定剤として食品や飲料、化粧品に用いられるだけでなく、錠剤のコーティング剤として医薬品などの産業分野でも広く利用されています。FoRhamIはアラビアガムの多糖の末端にあるRhaを外して酸性糖であるGlcAを露出させるため、その乳化安定能を劇的に変化させることが可能です。また、アラビアガムの多糖の特定の部分を切断する酵素はその複雑な構造を調べて生理機能を解析したり、新規オリゴ糖を生産したりするなどの利用が期待できます。本研究成果は、微生物のアラビアガム分解酵素がどのように作用するのかについて重要な基礎知識を提供するものです。

謝辞

本研究は、茨城県の先導研究の一環としてビームタイム割り当てをはじめとする様々なサポートを受けて進められたものです。

発表雑誌
雑誌
The Journal of Biological Chemistry
題名
Charge neutralization and β-elimination cleavage mechanism of family 42 L-rhamnose-α-1,4-D-glucuronate lyase revealed using neutron crystallography
著者
Naomine Yano#*, Tatsuya Kondo, Katsuhiro Kusaka, Takatoshi Arakawa, Tatsuji Sakamoto, and Shinya Fushinobu* (#筆頭著者、*責任著者)
DOI
10.1016/j.jbc.2024.105774
用語解説

注1 脱離反応
多糖の分解酵素の多くは水分子を使って結合を切断する加水分解酵素だが、酸性多糖の酵素分解には、水分子を用いずに脱離反応により酸性糖のとなりの結合を切断して二重結合を持つ糖を生成する脱離酵素(リアーゼ)が関与することが多い。

注2 X線結晶構造解析
酵素を含むタンパク質の立体構造を明らかにするための最も一般的な方法の一つ。目的物質の単結晶にX線を照射し、回折データを測定することにより、微細な三次元構造を知ることができる。

注3 中性子結晶構造解析
目的物質の単結晶に中性子ビームを照射して回折データを測定することにより結晶内の分子の立体構造を調べる手法。X線結晶構造解析は電子との相互作用を検出するものであり、電子を1つしか持たない水素原子の位置を決定することは極めて難しいが、中性子結晶構造解析は原子核との相互作用を検出するため、水素原子(あるいはプロトン)の詳細な観察が可能であり、これが特に生命科学分野で中性子結晶構造解析を行う最大の目的である。中性子ビームはX線に比べると強度が小さく生体物質との相互作用も弱いために、巨大な体積を持つ単結晶を用意して大型施設で発生する強力なビームを照射し、効率よくデータを測定して解析する必要があるため、今回は茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された単結晶専用の茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)を使用した。

注4 大強度陽子加速器施設(J-PARC)
日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)が共同で茨城県東海村に建設し運用している一大複合研究施設の総称。J-PARC内の物質・生命科学実験施設(MLF)では、加速した大強度の陽子ビームを水銀標的に衝突させることで発生する大強度パルス中性子を用いて、物質科学、生命科学、素粒子物理学等の最先端の学術及び産業利用研究が行われている。

注5 茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)
茨城県がJ-PARC MLFに設置した2本の中性子ビームラインのうちの一つであり、J-PARC MLFの強力なパルス中性子源に対応して、最大限の成果が得られるように高感度の検出器を34台配置した世界最高峰の生体高分子用パルス中性子単結晶中性子回折装置である。回折データの積分には独自に開発されたソフトウェアSTARGazerを用いる。

注6 重水素原子
通常の水素原子(軽水素 1H)は中性子に強い非干渉性散乱を起こすためにバックグラウンドが大きくなり、回折点の測定を邪魔する。そこでタンパク質の中性子結晶構造解析では結晶を浸す溶液に重水(D2O)を用いることにより試料の水素原子を非干渉性散乱の小さい重水素原子(D)に置換する。一般的な方法では一部の水素原子が重水素原子に置換されずに残るため、その両方が観測される。

注7 分解能
結晶構造解析ではより広角の回折点を測定することにより高い分解能(解像度)で三次元構造を決定できる。今回は単一の結晶から1.8 Å分解能の中性子回折データと1.25 ÅのX線回折データを測定して、両者を組み合わせて同時に構造を精密化する「ジョイントX線/中性子結晶構造解析」を行った。X線回折測定には茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK) 物質構造科学研究所(IMSS)の放射光実験施設フォトンファクトリー(PF)のビームラインBL-5Aを使用した。

注8 水素結合
2つの原子間に水素原子が入ってできる結合。

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
<研究全般について>
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授
伏信 進矢(ふしのぶ しんや)

高輝度光科学研究センター(JASRI)構造生物学推進室 テニュアトラック研究員
矢野 直峰 (やの なおみね)

<茨城県生命物質構造解析装置(iBIX)について>
総合科学研究機構 中性子産業利用推進センター 副主任研究員
日下 勝弘 (くさか かつひろ)

<タンパク質(ラムノシルグルクロン酸リアーゼ)について>
大阪公立大学大学院 農学研究科 教授
阪本 龍司 (さかもと たつじ)

大阪公立大学大学院 農学研究科(当時:大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科)
大学院生
(現:農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)果樹茶業研究部門 研究員)
近藤 辰哉 (こんどう たつや)

<報道に関する問い合わせ先>
総合科学研究機構 中性子科学センター 利用推進部 広報担当

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課広報情報担当

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
大阪公立大学 広報課
茨城県 産業戦略部技術振興局 科学技術振興課
J-PARCセンター 広報セクション

0502有機化学製品
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