AIでセラミックス材料の3次元ミクロ構造の高精度なモデル化に成功 ~新しい計算手法や材料の機能解明、プロセスの革新に貢献~

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2024-03-05 東京農工大学

ポイント

  • セラミックス材料の機能発現のカギとなるミクロ構造の理解が期待されていた
  • 深層学習を使うことでセラミックス材料を高精度にモデル化することに成功
  • 実在の材料のミクロ構造がサイバー空間内に再現され、計算やAIの適用が容易に

東京農工大学大学院工学研究院の山本 明保 准教授らは、人工知能(AI)の手法の1つである深層学習を活用することで、電子顕微鏡の画像からセラミックス材料の高精度な3次元ミクロ構造をモデル化することに初めて成功しました。
材料の研究開発に近年進歩が著しいAIなどをより容易に適用するには、材料の機能に密接に関わるミクロ構造をサイバー空間に再現する必要がありました。
本研究では、自動運転や医療用画像処理にも用いられる深層学習を、電子顕微鏡により撮影した鉄系高温超伝導材料のミクロ構造画像に応用することで、複雑なセラミックス材料のミクロ構造としては世界最高レベルの精度でモデル化できました。
サイバー空間で実在の材料の複雑なミクロ構造を取り扱えるようになることで、材料を合成する際の構造制御モデルの高精度化や、これまで分からなかった機能発現のカギとなるミクロ構造部の「見える化」が数年以内に実現すると予想されます。また、省力・高速な解析により研究者へのフィードバックが容易になるため、カーボンニュートラルに向けて求められる、よりエコな製造プロセスの研究開発へも貢献することが期待されます。
本研究は、東京農工大学工学部の平林 由宇 氏(卒業、現在ソフトバンク株式会社勤務)、伊加 遥河 氏(修士課程在学)、小川 浩生 氏(卒業、現在企業勤務)、德田 進之介 博士(卒業、現在企業勤務)、九州大学大学院総合理工学研究院の嶋田 雄介 准教授と共同で、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST(「実験と理論・計算・データ科学を融合した材料開発の革新」領域、JPMJCR18J4)の一環として、日本学術振興会 科学研究費補助金の助成、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業の支援を一部受けて行ったものです。

本研究成果は、3月5日にSpringer Nature科学誌「npj Computational Materials」のオンライン版で公開されます。
【報道解禁】 2024年3月5日(火) 19時(日本時間)
論文タイトル:“Deep learning for three-dimensional segmentation of electron microscopy images of complex ceramic materials”
(複雑なセラミック材料の電子顕微鏡画像の3次元セグメンテーションのためのディープラーニング)
DOI:10.1038/s41524-024-01226-5
URL:https://www.nature.com/articles/s41524-024-01226-5

研究の背景と経緯
磁石やバッテリーなど、セラミックス材料は私たちの身近なところで使われています。セラミックス材料の性能はそのミクロな構造とも密接に関わっています。一方、セラミックス材料は、大きさや形、向きの異なる無数の結晶から構成されるため、そのミクロな構造はとても複雑になります。近年、AIの技術を駆使した材料の研究開発が盛んに進められていますが、ミクロな構造に適用するにはサイバー空間でモデル化する必要がありました。これまでは顕微鏡で撮影した材料のミクロな構造の画像を、専門家が1つ1つの画素を見て解析していましたが、現実の3次元のミクロな構造(1億画素以上の膨大なデータになることがあります)をモデル化するには、非常に時間がかかるという問題がありました。一般的な画像処理ソフトウェアを使った場合、自動で高速に解析することができますが、複雑なミクロ構造を持つセラミックス材料では画素の判定に間違いが生じ、高精度にモデル化することが難しいケースもありました。そのため、より高精度、かつ高速にミクロ構造をモデル化する方法の実現が期待されていました。

研究の内容
本研究では、自動運転や医療用画像処理にも用いられる深層学習(完全畳み込みニューラルネットワーク*注1)を強力な磁石への応用が期待される鉄系高温超伝導セラミックス材料*注2)のミクロ構造に応用しました(図1)。3次元電子顕微鏡法*注3)によって撮影したミクロ構造の3次元データを使って、専門家と材料の研究に携わる大学生たちが高精度な教師データ*注4)を開発しました。2次元データでは判別の難しかった、奥行方向の情報も加味した教師データをAIに学習させることで、従来よりも高精度な深層学習による画像処理に成功し、複雑なセラミックス材料としては世界最高レベルのIoU精度*注5)(IoU = 94.6パーセント)を実現しました。従来は1枚の画像処理を専門家が数時間から数日かけて行っていましたが、これにより、数百枚の2次元画像から3次元のミクロ構造モデルをわずか数分間で予測することに成功しました。
高解像度が得られる電子顕微鏡で撮影した画像に適用できるようになったことで、約100ナノメートル(ナノは10億分の1)のサイズの構造もデジタル空間で高精度にモデル化することができるようになりました。これまで分からなかった鉄系高温超伝導セラミックス材料の性能に影響する特徴的なミクロ構造を明らかにすることに成功し、強力な磁石へと道筋をつけました。
また、従来の画像処理ソフトウェアで用いられる計算科学と呼ばれる方法と、今回開発した深層学習(データ科学と呼ばれる方法)による画像処理結果を比較し、それぞれが解析を得意、不得意とする材料のミクロ構造部の傾向を見出しました(図2)。成功例と失敗例を詳細に検討したところ、深層学習は材料のミクロ構造に現われる特徴や、電子顕微鏡で撮影する際の実験ノイズも学習していると考えられ、従来の画像処理ソフトウェアよりも人間に近いような解析をする傾向が見られました。一方で、専門家でも判断が分かれるような結晶の輪郭部分では解析を間違えたり、欠陥の無いきれいな結晶の内部に何かを見出して間違えたりするなど、深層学習特有の課題があることも分かりました。今後、教師データのバリエーションが充実し、より優れた深層学習の手法の開発が進むことで深層学習特有の弱点が克服され、精度の向上につながっていくと見込まれます。なお、本研究で開発したミクロ構造の教師データは、インターネット上に公開される予定です。

今後の展開
カーボンニュートラル社会へのパラダイムシフトが求められるなか、材料の研究開発はインフォマティクス技術の進歩などにより革新時期を迎えており、低コストで、温室効果ガスの排出がより少ない材料の合成プロセスの効率的な探索などが求められています。
実在のセラミックス材料の複雑なミクロ構造をデジタル空間で取り扱えるようになったことで、今後のデータベース基盤*注6)や生成AI*注7)の進展と相補して、これを活用した材料の機能を予測するシミュレーションや、材料を合成する際にミクロ構造形成を制御するモデルが数年以内に実現すると予想されます。また、これまでの発想には無い、新たな機能発現のカギとなる特定のミクロ構造部の「見える化」が進むことで、産官学で研究開発に携わる研究者たちに、より高度な知見をリアルタイムでフィードバックできるようになることが期待されます。

AIでセラミックス材料の3次元ミクロ構造の高精度なモデル化に成功 ~新しい計算手法や材料の機能解明、プロセスの革新に貢献~
図1 深層学習による実在の材料の3次元ミクロ構造のモデル化

3次元電子顕微鏡を用いて材料から取得したミクロ構造の画像から、奥行方向の情報も加味した高精度な教師データを作成し、セラミックス材料のミクロ構造の特徴をAIに学習させます。そして、学習したAIモデル(完全畳み込みニューラルネットワーク)を使って、数百枚の電子顕微鏡の2次元画像を元にセラミックス材料の3次元ミクロ構造をモデル化します。これにより、ミクロ構造がサイバー空間内で取り扱えるようになるため、計算シミュレーションやAIを使った材料の探索や機能の解明、高効率なプロセス開発などへの展開がより容易になります。


図2 研究に用いた電子顕微鏡画像、教師画像と画像処理結果の比較

左から順に、電子顕微鏡による観察で得られたセラミックス材料のミクロ構造、専門家が手作業で識別した正解画像(教師画像)、従来の計算科学的解析法(「閾値(しきいち)法」と呼ばれる方法)と4種類の深層学習(データ科学的手法)による解析結果。セラミックス材料の電子顕微鏡像で現れる特徴(①上下方向の輝度コントラストの差、②表面を平らにして観察しやすくするためのイオンによる研磨痕、③奥の方に存在し、この観察面には無い結晶)について着目しました。コントラスト差に基づいて識別する計算科学的手法では、再現性が高い反面、①のようなコントラストの差があるところでは、本当は超伝導体の結晶がある部分を欠陥と誤識別してしまっています。また、②のイオン研磨の痕も結晶が無い部分と誤識別しています。深層学習では、よりミクロな構造を復元できるようなモデルを用いることで、ミクロな特徴が反映できるようになり、今回開発した深層学習モデルでは正解画像に近い結果を出力できるようになりました。③の奥行方向の一見明るい箇所は、専門家でも2次元画像だけからは判別がしづらく、深層学習でも一部間違えてしまっています。

用語説明
注1 完全畳み込みニューラルネットワーク
生物の脳の神経回路を模した人工知能(AI)の手法の1つ。深層学習とよばれ、人間が与えた「教師データ」(注4)を何度も学習させることで、脳の働きのようにデータを処理するモデルをつくることができます。英語ではFully Convolutional Networkとよばれます。
注2 鉄系高温超伝導セラミックス材料
鉄系超伝導体は2008年に日本で東京工業大学グループにより発見された新しい高温超伝導体群で、銅酸化物系に次ぐ高い転移温度を持つことから、量子コンピューター、高効率送電ケーブル、強力磁石など幅広い分野への応用が期待されています。とくに、超伝導を維持できる上限の磁場が従来材料の2倍以上と極めて高いことから、磁石材料としての応用研究開発が日米欧中を中心に精力的に進められています。
注3 3次元電子顕微鏡法
電子顕微鏡により対象の3次元構造を観察する手法。スライスしながら断面像を取得するシリアルセクショニング法や医療でも用いられるCT法などがあります。本研究ではミクロ構造が可能な前者を用いていますが、本判別法は後者への対応も可能です。
注4 教師データ
人工知能(AI)が学習する際に用いるデータのこと。今回の研究では、入力画像と正解画像のペアを教師データ(教師画像)に用いました。
注5 IoU精度
深層学習による画像処理の性能を評価する際の指標の1つで、予測した値と正解の値の重なり度を表す値のこと。0から1までの値を取り、1に近いほど予測結果が正解に近いことを示します。
注6 データベース基盤
優れた機械学習のモデルを作成する際に、AIが学習するのに必要となるデータベースの基盤のこと。国内では、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)において材料に関するデータベースが蓄積されています。
注7 生成AI
膨大な学習データからパターンや傾向を学習し、既存のデータとは異なる、新たなデータを生成する創造的な活動を目的としたAIの手法の1つ。ほかのAIと比較して、テキスト、画像、音楽、ビデオなどの新しいコンテンツを生成することを得意としています。

 ◆研究に関する問い合わせ◆
   東京農工大学大学院工学研究院
先端物理工学部門 准教授
山本 明保(やまもと あきやす)

九州大学大学院総合理工学研究院
物質科学部門 准教授
嶋田 雄介(しまだ ゆうすけ)

 ◆報道に関する問い合わせ◆
   東京農工大学 総務部総務課広報室
九州大学 広報課
科学技術振興機構 広報課

◆JST事業に関する問い合わせ◆
   科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔(あんどう ゆうすけ)

プレスリリース(PDF:629.3KB)

0501セラミックス及び無機化学製品
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