2024-01-22 東京大学
本田 丞(化学専攻 博士課程)
緒方 大二(東京理科大学 博士課程)
鶴井 真(北海道大学 博士課程)
吉田 知史(東京大学大学院工学系研究科 博士課程)
佐藤 宗太(東京大学大学院工学系研究科 特任教授)
村岡 貴博(東京農工大学 教授)
北川 裕一 (北海道大学 准教授)
長谷川 靖哉(北海道大学 教授)
湯浅 順平(東京理科大学 教授)
大栗 博毅(化学専攻 教授)
発表のポイント
- アミノ酸から化学合成した天然物骨格と芳香族クロモフォアを4連続の薗頭カップリングで連結し、高輝度な円偏光発光を示すキラル8の字型マクロ環状分子群の新規合成法を開発した。
- 2量体型天然物骨格を適切に化学修飾することで柔軟な配座を合理的に制御し、一般に合成が困難なねじれた8の字型のマクロ環を効率良く構築する合成プラットフォームを実現した。これにより、交差する芳香族クロモフォア同士の角度・距離・長さを自在かつ精密に制御しながら、実際に強力な円偏光発光を示すマクロ環状有機分子を創り出すことに成功した。
- キラルカラム等による光学分割を必要とせず、発光特性を自在に改変できる本手法は3Dディスプレイやセキュリティインク、バイオイメージング分野への応用が期待される。
天然物を利用した円偏光発光分子の新規合成法
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の本田丞大学院生、大栗博毅教授は、東京理科大学大学院理学研究科の緒方大二大学院生、湯浅順平教授、北海道大学大学院総合化学院の鶴井真大学院生、同大学大学院工学研究院の北川裕一准教授、長谷川靖哉教授、東京大学大学院工学系研究科の吉田知史大学院生、佐藤宗太特任教授、および東京農工大学大学院工学研究院の村岡貴博教授らと共同で、キラル(注1)な天然物骨格を基盤とした分子設計により、強力な円偏光発光を示すキラルD2対称性8の字型マクロ環を簡便に合成しつつ、芳香族クロモフォア(注2)を自在に改変できるモジュラー式合成(注3)プラットフォームを開発した。主にsp2炭素で構成されるキラルな芳香族化合物を用いる従来の合成法の多くでは、光学活性なマクロ環を得るためにキラルカラム等での光学分割が必要不可欠であり、キロプティカル特性(注4)を有する有機分子創製のボトルネックとなっていた。
大栗らは、ロウバイ科植物 (Chimonanthus praecox) から得られるキモナンチン等に代表される二量体型天然物に着目した。これらの天然物は、キラルなC2対称型二量体型含窒素縮環骨格[ビスピロリジノインドリン(BPI)]を有する。本研究では、アミノ酸の一種であるL- (D-)トリプトファンからBPI骨格をグラムスケールで簡便に合成し、種々の芳香族クロモフォアを4連続の薗頭カップリング反応(注5)で一挙に連結させ、D2対称性を有するキラルな8の字型マクロ環状分子をワンポット合成(注6)で構築することに成功した。14〜66員環構造を有する8の字型マクロ環を系統的に合成し、互いに交差する芳香族クロモフォアの角度・距離・長さを精密に制御するモジュラー式合成プラットフォームを開発した。これにより、骨格や立体化学を改変したD2対称型キラル8の字型マクロ環を自在に合成し、有機分子として非常に優れた円偏光発光効率を示す32員環マクロ環を創り出すことに成功した(図1)。天然物化学と材料化学を融合した本アプローチは、ほぼ独立して発展してきた両分野の架け橋となるユニークで重要な成果である。
本研究成果はAngewandte Chemie International EditionのFront Cover に選出されました。
図1:8の字型マクロ環形成に適した天然物骨格を活用した円偏光発光分子群の創製
発表内容
強力な円偏光発光を示す有機分子は、3Dディスプレイやセキュリティインク、バイオイメージングへの応用が期待されている。近年、大きな異方性因子 (glum) (注7)を示す有機分子としてD2キラル対称性8の字型分子が注目されており、ビナフチルやヘリセンなどのキラルC2対称性芳香族化合物を構築ブロックとした合成研究が盛んに検討されている。しかし、これら従来の合成アプローチでは、光学活性な分子を得るためにキラルカラムを用いた光学分割等が必要となるケースが多い。また、優れた円偏光発光特性を有する有機分子の開発においては、8の字型分子の異方性因子 (glum値) と発光量子収率 (Φfl)(注8)が原理的に反比例する関係にあり、ねじれた分子のトポロジーとπ電子共役システムのサイズとの最適なバランスを見つける必要がある。
大栗らのグループでは、優れた発光特性を有する芳香族クロモフォアを組み込み、8の字型にねじれたマクロ環状骨格群を迅速かつ系統的に創出するためのモジュラー式合成プラットフォームを開発した。本研究では、ビスピロリジノインドリン(BPI)骨格の2つの芳香環にアセチレンを導入したキラル二量体型スキャフォールドを設計・合成した。C2対称型二量体型構造をもつBPI骨格では、上下の単量体ユニットがsp3炭素で連結され、その中心結合が自由回転する配座特性を持つ。柔軟な配座を有するBPI骨格に適切な置換基を導入して、マクロ環形成反応に有利な配座に予め制御しておく分子設計が8の字型骨格を効率よく構築するために重要であった。BPI骨格の4つの窒素原子上にそれぞれBoc基を導入した基質では、アルキンのホモカップリングで24員環を形成するマクロ環化反応が高い効率(収率64%)で進行した。一方、Boc基をCO2Me基に変更した基質や、エステル部位をリンカーを介して連結し中心結合の回転を抑制したラクトン型基質ではマクロ環化反応がほとんど進行しなかった。X線結晶構造解析や円二色性 (CD) スペクトル、DFT計算から、これら3種類の基質は異なる配座をとり、4つのBoc基を導入した環化前駆体では、8の字型のマクロ環形成に最適な配座特性を有していることが分かった。
図2: 環化前駆体(3種類)の配座特性を踏まえた8の字型マクロ環状分子の構築
4つのBoc基を導入しアセチレンを連結したBPI骨格を有する環化前駆体と種々のジヨードアリール類との4連続の薗頭カップリング反応により、14から66員環骨格を有するキラルなマクロ環状分子群の構築に成功した。今回開発したモジュラー式合成プラットフォームでは、直線型の芳香族発光ユニットのみならず、折れ曲がった造形のクロモフォアや凝集誘起型発光(注9)を示すユニットについても自在に導入することができた。
図3: 4連続薗頭カップリング反応によるD2対称性8の字型マクロ環状分子群の合成
本反応で合成したキラルなマクロ環状分子群は、有機分子として高輝度な円偏光発光を示し、中でも32員環骨格を有するD2対称性8の字型分子が最も強力な円偏光発光を示した。SPring-8の放射光を用いた結晶構造解析により、ねじれた8の字型構造を有する3次元構造を明らかとした。円偏光発光効率を示す異方性因子 (glum値) はシクロヘキサン中で最も高い値(0.011)を示した。また、発光量子収率も72%まで向上し、検出可能な円偏光発光特性の指標となるBCPL値が480 となり、8の字型有機分子として最大級の値を示すことを見出した。
入手容易なアミノ酸(L/D-トリプトファン)から両鏡像体を簡便に大量合成できるキラルなBPI骨格を基盤として、D2対称性8の字型マクロ環状分子群の円偏光発光特性を自在に改変できる本手法は3Dディスプレイやセキュリティインク、バイオイメージング分野への応用が期待される。
論文情報
- 雑誌名
Angewandte Chemie International Edition論文タイトル
Rapid Synthesis of Chiral Figure-Eight Macrocycles Using a Preorganized Natural Product-Based Scaffold著者
Tasuku Honda, Daiji Ogata, Makoto Tsurui, Satoshi Yoshida, Sota Sato, Takahiro Muraoka, Yuichi Kitagawa, Yasuchika Hasegawa*, Junpei Yuasa*, Hiroki Oguri* (* 責任著者)DOI番号
10.1002/anie.202318548
研究助成
本研究は、以下の助成金によって実施されました。
・JSPS科研費 (JP22H00346, JP22H02847)
・内藤記念科学研究助成金
・旭硝子財団研究助成金
・(本田 丞)JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2108
X線結晶構造解析実験は以下のSPring-8課題枠で実施されました。
・BL26B1ビームライン 課題番号:2021B1512・2022A1551
用語解説
注1 キラル
右手と左手の関係のように、物質がその鏡像と重ね合わさらない性質をキラリティという。キラリティを有する分子を、キラルな分子と表現する。
注2 クロモフォア
発色団とも呼ばれ、分子の中で光の吸収や発光を担う部位のこと。2つ以上のクロモフォアがキラルな空間配置にある時に、特異なキロプティカル特性を示す。
注3 モジュラー式合成
標的分子をいくつかの部品に分割して、これらを順次連結することで標的分子を合成する手法。異なる部品を組み合わせることで、多種多様な構造を有する分子を同じ手法で合成できる。
注4 キロプティカル特性
キラルな光学特性の総称。特に本研究では、右および左円偏光の吸収において強度差が生じる円二色性(CD)や、右および左円偏光の強度差の異なる発光を生じる円偏光発光(CPL)を指す。
注5 薗頭カップリング反応
薗頭健吉(大阪市立大学工学部名誉教授)らによって開発された、パラジウム触媒と銅触媒を用いてアリールハライドとアルキンをカップリング(連結)させる反応。
注6 ワンポット合成
同一容器内で多段階の反応を連続的に進行させ目的物を得る合成法。精製工程や廃棄物の削減によるコストや環境負荷の低減が期待される。
注7 異方性因子 (glum)
円偏光発光において、右および左円偏光にどれだけ偏っているかを示す。最大値は2である。
注8 発光量子収率 (Φfl)
分子が発光する際に、吸収した光に対してどれだけの割合で発光するかを示す指標。その最大値は1である。
注9 凝集誘起型発光
通常の発光分子は希薄溶液中で強い発光を示し、高濃度の溶液や固体では発光強度が大幅に低下する。反対に、希薄溶液中では発光せず、高濃度の溶液や固体中で分子が凝集することをトリガーとして発光する現象を凝集誘起型発光という。