2023-11-24 東京大学
齋藤 由樹(化学専攻 特任助教)
小林 修(化学専攻 教授/兼:産業技術総合研究所 特定フェロー)
発表のポイント
- 現代有機合成化学において重要な合成手法である立体選択的C-H結合化学変換を連続フロー反応にて実現しました。
- 従来までは使い捨てられていたキラル遷移金属触媒の分離・再使用が可能となり、廃棄物が削減、生成物の連続生産も実現しました。
- 今回開発したフロー反応と種々のフロー反応を組み合わせることで、医薬や農薬、半導体原料などの機能性化学品の連続合成が可能になると期待されます。
立体選択的フロー反応と連結反応の概略図
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の小林教授らの研究グループは、有用な有機合成反応である立体選択的C-H結合化学変換を、不均一系触媒(注1)を用いるフロー反応(注2)で実現しました。
キラル遷移金属触媒(注3)を用いるC-H結合化学変換反応は、有機化合物に普遍的に存在するC-H結合を効率的にキラルな分子骨格へと変換する有用な合成手法として注目を集めています。従来、反応で用いる希少金属触媒は使い捨てされていましたが、本研究では触媒を担体上に固定化する事で、分離・再使用が可能となり、生成物が連続的に得られるフロー反応を実現しました。今回開発した触媒は、生成物への金属種の混入が完全に抑制されるだけでなく、従来までの触媒を大きく上回る触媒回転数(注4)を記録しました。さらに、本フロー反応を軸とする連結反応を行い、医薬品原体や機能性化学品の中間体の連続合成を達成しました。
本研究で開発した触媒固定化手法は中心金属種や配位子に依存しない汎用手法であり、この研究成果は今後種々の遷移金属触媒反応への適用が期待されます。
発表内容
〈研究の背景〉
現代有機化学において、遷移金属触媒を用いた立体選択的C−H結合化学変換は、光学活性分子や天然物、医薬品原体の合成において、強力で環境調和型の合成手法となっています。しかし、高価な貴金属錯体を使い捨ての触媒として用いることが一般的であり、効率化・実用化に課題が残されています。キラル不均一系触媒を用いたフロー反応は、このような課題を解決できる手法です。しかしながら、従来法では触媒の効率的な固定化は困難であり、新しい固定化手法の開発が立体選択的C−H結合化学変換の進展に不可欠でした。
〈研究の内容〉
本研究では、これまで研究グループが独自に開発を行なってきた固定化手法を用いて、不均一系キラルロジウム触媒の開発を行い、本触媒がフロー立体選択的ヒドロアシル化反応に高活性・高選択性・高耐久性を示すことを明らかにしました。
本研究で開発した固定化触媒は、均一系のロジウム錯体と担体を室温下、溶液中で撹拌するのみで調製可能であり、定量的にロジウム種を固定化することが可能です(図1)。
図1:ロジウム錯体固定化の様子
固定化前はロジウム錯体により溶液が橙色に着色しているが、固定化後は完全な無色溶液となっており、試験管の底にロジウム由来の橙色に着色した固体(不均一系触媒)が沈澱している。
得られた不均一系触媒をステンレス管に充填する事で触媒カートリッジを調製し、原料の溶液を送液することで、フロー反応を行いました。触媒構造の検討を行ったところ、6時間以上連続的に、目的化合物を90%以上の収率、98%以上の光学純度で得ることに成功しました。用いることのできる原料も幅広く、立体的に嵩高い置換基や種々の官能基をもつ置換基も使用することができます。また、金属中心のキラル配位子を変更することで、脂肪属の基質を用いることができ、分子間反応も可能であることを見出しました(図2)。
図2:今回開発したフロー反応
さらに、本フロー反応を基軸とする連結反応の検討を行いました。後段の反応として、水素化反応を用いることで抗うつ薬であるインダトラリン(Indatraline)の鍵中間体、酸化反応を用いることで過活動膀胱の治療薬であるトルテロジン(Tolterodine) の鍵中間体、インドール合成を用いることで有機EL材料の連続合成を達成しました(図3)。
図3:連結反応による精密化学品中間体の連続生産
〈今後の展望〉
本研究で開発した触媒固定化手法は、中心金属種や配位子に依存しない汎用手法となることが期待されます。この研究成果は、今後種々の遷移金属触媒反応へ適用することで、精密化学品の連続生産への応用が期待されます。
論文情報
- 雑誌名
Angewandte Chemie International Edition論文タイトル
Continuous-Flow Enantioselective Hydroacylations under Heterogeneous Chiral Rhodium Catalysts著者
Yuki Saito and Shū Kobayashi*DOI番号
10.1002/anie.202313778
研究助成
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業学術変革領域研究A「デジタル化による高度精密有機合成の新展開(略称:デジタル有機合成)(課題番号:JP21A204)」「フロー反応と機械学習を活用した新規高効率不均一系触媒の開発(課題番号:22H05345)」、および国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「機能性化学品の連続精密生産プロセス技術の開発(課題番号 JPNP19004)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 不均一系触媒
触媒は均一系触媒と不均一系触媒に分類される。均一系触媒は金属錯体など反応溶液に溶解する触媒であり、合成や構造のチューニングが容易である一方、反応終了後に生成物との分離が必要となり、触媒の回収・再使用も困難である。不均一系触媒は固体そのものや固体表面に活性種が固定化された触媒である。一般に、不均一系触媒は高選択性の実現や活性種の溶出が問題となる一方、触媒の分離・回収・再使用がろ過により容易に可能になる利点を有する。
注2 フロー反応
反応原料を連続的に反応器に供給し、同時に生成物を反応器から連続的に取り出す合成反応をフロー反応と呼ぶ。不均一系触媒を用いる場合は触媒が充填された筒状のカートリッジを反応器として使用する。送液速度や運転時間を調整することでさまざまなスケールの合成に対応でき、省スペース・高エネルギー効率・安全性といった利点を有する。
注3 キラル遷移金属触媒
不斉合成において用いられる触媒の一種。これらの触媒は遷移金属とキラルな配位子を持つため、反応中に不斉中心を導入し、光学活性な生成物を選択的に得ることが可能となる。立体選択的C−H結合化学変換などの反応で重要な役割を果たしている。
注4 触媒回転数
1分子の触媒が合成できる生成物の分子数。活性・耐久性が高い優れた触媒であるほど高い値となる。