2023-08-03 東京大学
発表のポイント
◆ゼオライトは電子線で容易に構造が破壊されるため、従来の電子顕微鏡法では原子配列の観察は著しく困難であった。
◆新開発の超高感度電子顕微鏡法により、ゼオライトの原子配列の直接観察に成功した。
◆本計測技術は、ゼオライトの他、金属有機構造体、二次元物質、有機材料などの最先端マテリアルの研究開発を強力に推進すると期待される。
最適明視野STEM法により可視化されたゼオライトの原子構造
発表概要
東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構の関岳人 助教、柴田直哉 機構長・教授、大江耕介 大学院生(研究当時、現:日本学術振興会特別研究員(CPD)、ファインセラミックスセンター客員研究員)、幾原雄一 教授らのグループは、ファインセラミックスセンターの吉田要 主任研究員、日本電子株式会社の河野祐二 スペシャリストと共同で、新開発の電子顕微鏡法を用いてゼオライトの原子配列を直接観察することに成功しました。
ゼオライトは、ナノメートルサイズの空間(ナノ空間)を有する多孔質材料であり、分子ふるい(注1)、イオン交換(注2)、触媒(注3)などの機能を有します。これらの機能はナノ空間における分子・イオンとゼオライトの骨格原子構造との相互作用によって生み出されるため、原子スケールでの可視化技術が求められてきました。しかしながら、ゼオライトは電子線により容易に構造が破壊されるため、電子顕微鏡でその原子配列を直接観察することは長年困難とされてきました。
今回、試料に照射する電子線量を大幅に減らし、試料のダメージを最小化できる超高感度電子顕微鏡法を新しく開発することで、ゼオライト中の原子配列の直接観察に成功しました。これによって、ゼオライトの局所構造や分子・イオンとの相互作用を可視化できるようになりました。
本研究成果は、ゼオライトの他、金属有機構造体(注4)、二次元物質(注5)、有機材料などの電子線によるダメージを受けやすい材料についても、電子顕微鏡による原子・分子配列の観察を可能にするとともに、最先端マテリアルの研究開発を加速する画期的な計測技術につながると期待されます。
本研究成果は、2023年8月2日(米国東部夏時間)に米科学誌「Science Advances」のオンライン版で公開されました。
発表内容
〈研究の背景〉
高機能・高性能な先端マテリアルの開発は、持続可能な社会の実現に向けて極めて重要です。物質の機能・性能は組成だけでなく、原子や分子の配列構造に大きく依存しているため、原子や分子を自在に配列する技術を開発することで、より高機能・高性能な先端マテリアルを設計することが試みられています。一方、このような新たな配列技術により合成された物質の原子・分子配列構造と機能・性能との相関を明らかにするために、原子を直接可視化する計測技術の確立が期待されています。極めて高い空間分解能で原子配列を直接観察できる走査透過電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)(注6)は、先端マテリアルにおける強力な計測手法として広く実用化されています。
しかし、電子線敏感材料と呼ばれる物質群は電子線により容易に構造が破壊されてしまうことから、STEMの使用が著しく困難であるため、電子線敏感材料の原子・分子配列を可視化できる新たな技術の開発が望まれていました。特に、ゼオライトはナノサイズの空間におけるイオン・分子とゼオライトの骨格構造との相互作用により優れた機能が発現するため、その可視化技術の開発が待望されていました。
〈研究の内容〉
今回、本研究グループは、独自に開発した高感度・高速分割型検出器(注7)をSTEMに搭載し、FAU型ゼオライトとLTA型ゼオライト中の原子配列の直接観察に挑戦しました。観察には、関助教らが開発した超高感度原子観察手法である最適明視野(OBF)法(注8)を用いました。
図1aにFAU型ゼオライトの原子配列を示します。骨格構造はケイ素原子(一部をアルミニウム原子が占有)と酸素原子により構成され、赤色で示すソーダライトケージと水色で示す二重六員環と呼ばれる2種類の構造ユニットによりナノサイズの空間を形成しています。図1bにFAU型ゼオライトの原子配列をOBF法で観察し、同一の原子配列部分を平均化した観察像を示します。電子線損傷を抑制するために、通常の原子分解能観察よりも試料に照射する電子線量をおよそ1/100にしていますが、ナノ空間だけでなく、骨格構造中の原子サイトひとつひとつを可視化することに成功しました。一般にゼオライトの原子配列は、四面体の中心にケイ素原子があり4つの頂点に酸素原子が配置されたケイ素酸素四面体を基本構造としており、頂点の酸素原子を共有して四面体が連なって構成されていると考えられています。図1cではその様子が可視化されています。さらに、FAU型ゼオライト中の原子配列欠陥である双晶界面(注9)における原子配列構造を観察しました(図2)。酸素の配置まで可視化された結果、界面直上の二重六員環構造はFAU型ゼオライトの二重六員環構造とは異なる原子配列であることが明らかになりました(図2c)。
図1:FAU型ゼオライトの原子配列構造とOBF像
(a)赤い多面体で示すソーダライトケージと水色の多面体で示す二重六員環と呼ばれる2種類の構造ユニットで構成される。それぞれの多面体の頂点に青い球で示すケイ素原子(一部をアルミニウム原子が占有)が配置し、赤い球で示す酸素原子を介して結合している。(b)FAU型ゼオライトのOBF観察像と計算像。相対的に明るい輝点がケイ素原子、暗い輝点が酸素原子に対応する。観察視野内の同一構造部分を平均化することでノイズを低減している。スケールバーは1nm。(c)図1b中の点線の枠線で示す二重六員環の拡大像。原子配列構造を重ねると、ケイ素原子と酸素原子の四面体構造が可視化されていることが分かる。
図2:FAU型ゼオライト中の双晶界面の観察結果
(a)双晶におけるソーダライトケージと二重六員環構造の配置。(b)双晶のOBF観察像(c)図2b中の点線の枠線で示す2つの二重六員環の拡大像。FAU型ゼオライトの二重六員環構造は中心対称を示すのに対して、双晶界面の二重六員環では鏡映対称を示す。
次に、電子線への耐性が極めて低いLTA型ゼオライトの観察を試みました。一般にゼオライトは4価のケイ素原子サイトの一部を3価のアルミニウム原子が占有しナノ空間表面にマイナス1価の電荷を発生させることで、多様な機能を発現すると考えられています。しかしながら、アルミニウムの占有率が高くなると電子線への耐性が著しく低下することが知られています。多くの実用上重要なゼオライトはアルミニウムの占有率が高く電子線耐性が極めて低いため、その原子配列を観察できるかどうかが重要となります。観察には、ケイ素原子とアルミニウム原子の比が1:1とアルミニウムの占有率が最大のLTA型ゼオライトを用いました。アルミニウムにより生じた電荷はナトリウムイオンをナノ空間に吸着させることで電気的中性を保っています。原子配列構造を図3aに示します。骨格構造がケイ素原子(一部をアルミニウム原子が占有)と酸素原子により構成され、ナノ空間にはナトリウムイオンが低い占有率で存在しています。OBF法による観察結果を図3bに示します。FAU型ゼオライトと同様に骨格構造中の原子配列の可視化に成功しました。ナノ空間にナトリウム原子が存在していることに対応して、わずかなコントラストが確認できます。図3cにナノ空間におけるOBF像の強度プロファイル(注10)を示します。ナトリウム原子の存在を仮定した場合と仮定しない場合の計算像の強度プロファイルと比較すると、明瞭にナトリウム原子の存在を捉えていることが明らかになりました。
図3:LTA型ゼオライトの原子配列構造とOBF像
(a)原子配列構造。ナノ空間にナトリウムの部分専有サイトが存在する。(b)OBF観察像。ナノ空間にわずかなコントラストが観察される。(c)図3b中の点線で示す部分の強度プロファイルと、ナトリウム原子の存在を仮定した場合と仮定しない場合のOBF計算像の強度プロファイル。
本手法は、ゼオライトの骨格構造とナノ空間に吸着したイオンの直接観察を可能とする新しい計測手法です。これを用い原子配列と材料特性との相関を明らかにしていくことで、ゼオライトの特性発現メカニズムの理解を促進し、新規高性能ゼオライト開発を加速すると期待されます。
〈今後の展望〉
現在、原子や分子を自在に配列する技術は目覚ましく進展しており、高機能・高性能な材料の設計が精力的に行われています。このように開発される先端物質の機能・特性と原子・分子配列の相関を明らかにする計測技術は、今後極めて重要度を増すと考えられます。
今回の研究により、これまでの電子顕微鏡法では極めて観察が困難であったゼオライトの局所的な原子配列を可視化することに成功しました。本手法は、ゼオライトの他、金属有機構造体、二次元物質、有機材料など、最先端材料開発における革新的計測手法となることが期待されます。
発表者
東京大学 大学院工学系研究科附属総合研究機構
関 岳人(助教)
柴田 直哉(機構長・教授)
大江 耕介(研究当時:博士課程)
〈現:日本学術振興会特別研究員(CPD)、ファインセラミックスセンター客員研究員〉
幾原 雄一(教授)
ファインセラミックスセンター
吉田 要(主任研究員)
日本電子株式会社
河野 祐二(スペシャリスト)
論文情報
〈雑誌〉Science Advances
〈題名〉Direct imaging of local atomic structures in zeolite using optimum bright-field scanning transmission electron microscopy
〈著者〉Kousuke Ooe, Takehito Seki, Kaname Yoshida, Yuji Kohno, Yuichi Ikuhara and Naoya Shibata
〈DOI〉10.1126/sciadv.adf6865
〈URL〉http://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adf6865
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業「さきがけ(課題番号:JPMJPR21AA)」、「ERATO(課題番号:JPMJER2202)」、日本学術振興会科学研究費補助金「若手研究(課題番号:20K15014)」、「基盤研究(S)(課題番号:20H05659)」、「基盤研究(A)(課題番号:20H00301)」、「特別推進研究(課題番号:17H06094)」、「特別研究員奨励費(課題番号:19J23138、22J01665)」、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ事業」、風戸研究奨励会の支援により実施されました。
用語解説
(注1)分子ふるい
大きさに応じて分子を分類できる物質の総称。均一な大きさを有するゼオライトのナノ空間を利用して分子の分離膜が製造されている。
(注2)イオン交換
電解質溶液中のイオンを吸着し、別種のイオンを放出し、イオンの入れ替えを行う現象。ゼオライトは水の軟水化や放射性物質の除去などに用いられている。
(注3)触媒
化学反応を促進する物質でそれ自身は反応前後で変化しないもの。均一な大きさを有するゼオライトのナノ空間により、特定の分子の反応を選択的に促進することができる。
(注4)金属有機構造体
金属原子とそれに配位する剛直な有機分子を適切に設計することで人工的に合成される多孔質物質。ナノ空間を利用して、ゼオライトと同様に多様な物性が発現する。
(注5)二次元物質
一般に物質は三次元の原子配列によって形成されているが、一方向には1から数原子の厚みしかもたず二次元の原子配列によって形成される物質。グラファイトを粘着テープで剥ぎ取り1原子層だけにしたグラフェンが代表的な二次元物質材料である。しばしば三次元物質には現れない特異な物性が発現する
(注6)走査透過電子顕微鏡法(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)
原子スケールまで絞った電子線を試料上で走査し、透過・散乱した電子を検出し像を形成する顕微鏡法。通常は環状の検出器が用いられ、その幾何学的配置により結像特性が決定される。光学顕微鏡の分解能の原理的な限界(およそ1マイクロメートル)を超え、原子を直接観察することが可能。
(注7)分割型検出器
通常の環状の検出器と異なり、検出面が多数に分割された検出器。分割数に対応した枚数のSTEM像が同時取得される。本研究では16分割が用いられた。
(注8)最適明視野(OBF)法
近年開発された超高感度STEM法。分割型検出器で同時取得された多数枚のSTEM像から理論的に最も信号ノイズ比が高くなるように原子像を再構成する。16分割検出器を用いた場合、従来広く用いられている環状明視野(ABF)法と比べておよそ70倍の感度を有する。
(注9)双晶界面
完全な結晶は周期的に原子が配列するが、現実の結晶には周期性を破る格子欠陥が存在する。双晶界面は平面上の格子欠陥で、界面の両側の原子配列が鏡写しの関係になる。
(注10)強度プロファイル
画像内の線分に沿った画像強度をグラフとして表したもの。強度の大小関係などが明確になり、実験像と計算像などの画像を正確に比較するために用いられる。
プレスリリース本文:PDFファイル
Science Advances:https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adf6865