2023-07-18 東京大学
周 泓遙(化学専攻 特任助教)
山田 鉄兵(化学専攻 教授)
発表のポイント
- 温度によって相転移を示すPNIPAMに酸化還元活性なビオロゲンを修飾すると、相転移に伴って温度差あたりの電圧(ゼーベック係数)が大きくなることがわかりました。電子冷却効果も観測されました。
- ポリマーの相転移のエントロピーを熱電変換に利用できることを初めて実証しました。
- 僅かな温度差から電気エネルギーを取り出す熱電変換材料を作るための原理となることが期待されます。
ポリマーの相転移を利用して温度差から電気エネルギーを作る
発表概要
東京大学大学院理学系研究科の周泓遙特任助教と山田鉄兵教授らによる研究グループは、熱を電気に変換する熱電変換を行うために、新たな高分子をもちいることで、小さな温度差で大きな電圧を発生させることに成功しました。
熱を電気に変換する熱電変換素子(注1)として最近急速に性能を向上させているものに熱化学電池があります。熱化学電池の性能は、小さな温度差でどれだけ大きな電圧を発生させることができるかという性能を表す「ゼーベック係数」に大きく依存します。本研究グループでは、PNIPAM(ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド))にビオロゲンを修飾した高分子に注目しました。この高分子は低温では伸びて水に溶ける一方、高温では丸まって水に溶けなくなるコイル・グロビュール転移(注2)を示します。さらに、ビオロゲンが酸化還元すると、相転移の温度が約25 ℃から約45 ℃へと変化します。このポリマーを熱化学電池に利用すると、25 ℃以上では「高温で丸まるエネルギー」を利用することで、電圧を発生させることを発見しました。
このように、ポリマーが相転移するエネルギーを熱電変換に直接利用したのは世界で初めての成果です。
この方法を使うと、原理的にはほんの僅かな温度差からも電気エネルギーを取り出すことが可能になり、熱電変換を利用できる場面が大幅に増加します。センサーの駆動などに利用できると期待されます。(図1)
図1:熱で丸まったり伸びたりする高分子が酸化還元することで、電気エネルギーを取り出す熱化学電池の模式図。
発表内容
〈研究の背景〉
温暖化は重要な課題となっており、エネルギーを効率よく利用する事がCO2削減のために極めて重要になっています。石油などを燃やして発電したり、乗用車を走らせたりするときには、石油エネルギーの3割程度しか利用できておらず、残りの6割以上のエネルギーは単に熱として放出されているため、熱エネルギーを回収し電気エネルギーに変換する熱電変換技術に期待が寄せられています。
従来の半導体を用いる熱電変換素子に代わり、最近、熱化学電池と呼ばれる新しい熱電変換素子が注目されています。熱化学電池は酸化還元反応を示す物質を溶かした溶液を使って熱を電気に変換します。酸化還元反応を示す物質は、電子を渡したり(酸化)、受け取ったり(還元)しますが、その性質は温度によって変化し、低温では電子を渡し易く、高温では電子を受け取り易くなったりします。溶液の片側を温めておくと、この性質により、高温側で電子を受け取り、低温側で電子を放出する、「熱によって働く電池」となります。これが熱化学電池です。(図2)
図2:熱化学電池のしくみ。酸化還元(電子をやりとり)する分子を水に溶解すると、温度により電子の出しやすさが変化する。それにより温度差から電気エネルギーを取り出すことができる。
熱化学電池が100ジュールの熱をどれだけ電気エネルギーに変換できるか(熱電変換効率)は、無次元性能指数(ZT)と呼ばれる値で決まります。ZTを向上させるためには、1 Kの温度差で何mVの電圧を発生させることができるかが非常に大事になります。この値をゼーベック係数と呼びます。熱化学電池のゼーベック係数を大きくするために、さまざまな研究がなされています。
〈研究の内容〉
今回本研究グループは、熱化学電池のゼーベック係数を大きくするための新しい方法を発見しました。それは相転移を使うというものです。
水が氷になったり、水蒸気になったりする反応は相転移現象の一種です。相転移(正確には一次相転移)現象は、相転移温度(氷なら0 ℃、水蒸気なら100 ℃)でその性質が大きく変化します。言い換えると、ほんの僅かな温度差でその性質を大きく変化させることができます。この「ほんの僅かな温度差で性質を大きく変える」という特徴を上手に利用して「ほんの僅かな温度差で酸化されやすさを大きく変える」事ができれば、大きなゼーベック係数が得られ、高い効率で電気エネルギーを作り出せると考えられます。
そこで私たちは高分子の相転移現象に着目しました。ある種の高分子は、温度によって伸びたり丸まったりとその形状と性質を変化させるコイル・グロビュール転移を示します。代表的なものにポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、通称PNIPAMがあります。 このポリマーは、相転移は示すものの、酸化還元する性質はありません。そこで、私たちはこのポリマーに酸化還元反応を示すビオロゲン(N,N’-アルキル-4,4’ビピリジン)と呼ばれる官能基を導入しました。(図3)
するとこのポリマーは酸化状態では45 ℃程度で相転移する(高温で丸まる)のに対し、還元してやると約25 ℃で丸まるようになることがわかりました。
図3:今回使ったポリマー。冷やすと伸びたコイル状態、温めると丸まったグロビュールに相転移する。
このポリマーを使って熱化学電池を作成しました。このポリマーを水に溶解し、電極を二本挿して温度差を与えます。すると、低温ではゼーベック係数が0.09 mV/Kと小さな値だったのに対し、35 ℃付近からゼーベック係数が大幅に増加して最大で2.1 mV/Kという非常に大きな値になることがわかりました。これは、このポリマーが「高温で丸まりたい」「丸まっているときは還元されたい(電子を受け取りたい)」という性質を併せ持っているために、高温側で電子を受け取り、低温側では逆に電子を放出するためです。(図4)
図4:今回の結果。(左)温度差と電圧の関係。ピンクが今回のポリマーの結果。温度差が10 K(高温側の電極の温度が35 ℃に対応)を超えたところで電圧が発生していることがわかる。グラフの傾きから1 ℃の温度差につき2.1 mV発生していることがわかる。丸まる性質を持たないDPVではこのような変化は見られない。(右)この熱化学電池の仕組み。このポリマーは「高温では丸まりやすい(Globuleになりやすい)」という性質と、「丸まっているときは還元されたい(電子を受け取って図の紫になりたい)」という性質を併せ持っているため、高温では電子を受け取り、電気エネルギーを発生させる。
その仕組みを詳細に調べるために熱力学的な考察を行いました。一般に熱化学電池のゼーベック係数は酸化還元反応によって変化するエントロピーに比例することが知られています。
酸化還元部位1カ所あたりのコイル・グロビュール転移に伴う相転移エントロピーを測定したところ、120 J/K/molであることがわかり、上記の式から求められる反応エントロピー 190 J/K/molの大部分を占めていることがわかりました。つまり、このポリマーは高温では丸まろうとする性質があり、そのエネルギー(エントロピー)を電気エネルギーとして放出することがわかりました。
さらに本研究グループはこのポリマーを使って電子冷却(注3)も行いました。このポリマーは、ある温度を超えると酸化状態では伸びていて、還元されると丸まります。そこで溶液をさまざまな温度に設定して電流を流しました。すると、溶液温度が32 ℃以上の時、還元されたポリマーが伸びた状態から丸まった状態へ変化すると同時に熱を吸収して、電極が冷えることがわかりました。電気的にポリマーを丸まらせることで、冷やすことが出来ると言う新しい電子冷却システムとしても利用できることを明らかにしました。(図5)
図5:電子冷却の結果。(左)印加した電流と温度変化の関係。PNVを加えた溶液に、32 ℃および48 ℃で電流を負の方向に流すと冷却効果が、正の方向に流すと発熱効果が生じている。25 ℃では冷却効果が見られない。また丸まる性質を持たないDPVではこのような変化は見られない。(右)冷却効果が生じる原理。溶液の温度が高いとき、ポリマーは電子を受け取ると丸まることで熱を吸収し、冷却効果が表れる。溶液の温度が低いときは電子を受け取っても丸まらないので冷却効果が表れない。
〈今後の展望〉
今回の成果は、僅かな温度差で高分子が丸まるというエネルギーを上手に使って熱を電気に変換したり、冷却素子(注4)を作ったり出来ることを初めて発見しました。
大量に捨てられている熱の大部分が200 ℃以下ですが、このような低温の熱を利用するのは難しく、特に100 ℃以下の熱を利用する技術は限られています。ポリマーの相転移を用いるという技術によりこの低温の熱を利用する新たな手段となることが期待されます。相転移する材料は今回のポリマーに限りません。相転移する材料に酸化還元する機能さえ付与すれば熱電変換に利用できると考えれば、この原理を使ったさまざまな熱化学電池の仕組みが今後期待されます。
僅かな温度差から得られる電気エネルギーは小さくなりますが、無人の装置を管理するセンサーの電源として利用できるかもしれません。
論文情報
- 雑誌名
Advanced Materials論文タイトル
Direct Conversion of Phase-Transition Entropy into Electrochemical Thermopower and Peltier Effect著者
周 泓遙、的場 史憲、松野 稜平、若山 悠有佑、山田 鉄兵DOI番号
10.1002/adma.202303341
研究助成
本研究は、科研費「課題番号:21H00017 (Hydrogenomics), 20H02714, 21K20527, 21K04949, 21H05870, 20K21176」、JST CREST「高効率熱電変換を志向した相転移ナノ流体の創製(課題番号:JPMJCR22O5)」、村田科学振興財団、旭硝子財団、谷川熱技術振興基金、山田科学振興財団、岩谷直治記念財団、キャノン財団などの支援により実施されました。
用語解説
注1 熱電変換素子
熱も電気もエネルギーであるため、熱エネルギーの一部を電気エネルギーに変えることができる。この熱を電気に変換することを熱電変換と呼び、熱電変換をすることができる素子を熱電変換素子または熱電素子と呼ぶ。市販されている熱電変換素子はビスマスとテルルを用いた半導体が多い。本研究の熱化学電池も熱電変換素子の一種だが、その機構は大きく異なる。
注2 コイル・グロビュール転移
原子が一次元に非常に長い並んだ分子(高分子)を溶液中に分散させると、長く伸びたり、小さく丸くまとまったりと、さまざまな形を取ることがある。細長く伸びた状態をコイル状態、丸くまとまった状態をグロビュール状態と呼ぶ。PNIPAMという高分子は、伸びた状態から温めると丸まった状態に変化する。これをコイル・グロビュール転移と呼ぶ。
注3 電子冷却
電気を流すことで素子を冷やすことを電子冷却と呼ぶ。注1の熱電変換素子は電流を流すと片側が冷える(反対側は温まる)。これをペルチェ効果と呼び、このペルチェ効果を利用して冷却を行うのが電子冷却である。熱化学電池も半導体と同様に電気を流すことで素子を冷やすことができる。これを半導体と区別するために電気化学ペルチェ効果と呼ぶ。
注4 冷却素子
注3の電子冷却効果を利用して冷却するために利用されるデバイスを冷却素子と呼ぶ。