常温常圧での非熱的触媒反応における 担持金属助触媒の新たな役割・選択性の起源を解明!

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2023-07-12 分子科学研究所

発表のポイント
  • 光を反応駆動源とした非熱的反応系において,金属助触媒(1)は光誘起電子を捕捉・蓄積して専ら還元反応場として機能すると従来考えられてきたが,実際は光誘起正孔(2)を捕捉・蓄積する酸化反応場としても機能することが明らかになり,半世紀に渡る光触媒の常識が刷新された。
  • 化学的に安定かつ温室効果の高いメタンをより付加価値の高い化学品へ常温常圧で非熱的に転換するための材料設計・反応制御の基礎学理となることが期待される。
概要

分子科学研究所の斎藤晃博士研究員(日本学術振興会特別研究員PD),佐藤宏祐博士研究員(日本学術振興会特別研究員PD),東泰佑特別共同利用研究員(当時),杉本敏樹准教授の研究グループは,リアルタイム質量分析とオペランド(3)赤外吸収分光を組み合わせることで,非熱的なメタン酸化光触媒反応のメカニズムを分子レベルで解明しました。これにより,従来は専ら還元反応を誘起すると考えられてきた金属助触媒が実際は酸化反応場としても機能し,酸化反応のキネティクスや反応選択性を大きく変調させていることが明らかになりました。この研究成果はドイツ化学会の学術誌『(英)Angewandte Chemie International Edition,(独)Angewandte Chemie』に,2023年6月27日付で掲載されました。

1. 研究の背景

メタン(CH4)は天然ガスやバイオガスに含まれ,持続可能社会における炭化水素資源として期待されています。また,メタンの温室効果は二酸化炭素(CO2)の約25倍であるため,温室効果ガスの低減という観点からもメタンの有効利用は重要な研究課題です。しかし,メタンは化学的に安定であるため,従来の触媒反応では700 ℃以上,20気圧以上といったエネルギー多消費な反応プロセスが必要になります。そこで,光や電気を駆動力とする非熱的な触媒・化学技術によって持続可能かつ常温常圧でメタンを有効利用する手法が研究されています。
メタンを化学資源として有効利用するためには適切な触媒を用いることで目的の反応を選択的に促進することが求められます。酸化物半導体に代表される光触媒では,触媒表面において非熱的に生じる光誘起正孔がメタン酸化反応を誘起することが知られています。しかし,触媒表面でのメタン酸化反応のメカニズムは分子レベルでは未解明な点が多く,触媒材料に応じた酸化反応の選択性の違いの起源は明らかとなっていませんでした。今後,実用的な光触媒を戦略的に設計するために,この反応メカニズムを微視的に解明することで適切な材料設計・反応制御の指針を得ることが求められています。

2. 研究の成果

分子科学研究所の杉本敏樹准教授の研究グループは,水を酸化剤として用いたメタン酸化光触媒反応において,白金(Pt)とパラジウム(Pd)の微粒子を助触媒として担持した酸化ガリウム(Ga2O3)光触媒が完全酸化反応(CH4 + 2H2O → CO2 + 4H2)と部分酸化反応(2CH4 → C2H6 + H2)に対して異なる選択性を示すことに注目しました(図1a)。これらの触媒系に対して,反応ガスであるメタンの圧力を系統的に変化させて二酸化炭素(CO2)とエタン(C2H6)の生成速度を測定しました(図1b, 1c)。その結果,特にエタン生成速度のメタン圧力依存性においてPtとPdで顕著な違いが確認されました。得られた生成速度のメタン圧力プロファイルを反応速度論(4)に基づいて解析した結果,CO2生成は助触媒元素によらず表面反応で進行する(図1d, 1e)一方で,C2H6についてはPtでは表面(図1d),Pdでは気相(図1e)で反応中間体のメチルラジカル(CH3)がカップリング(2CH3 → C2H6)して生成することが示されました。このことは,担持する金属微粒子(PtとPd)に応じて反応中間体のダイナミクスが変化することでメタン酸化反応の選択性に顕著な違いが現れていることを意味しています。

常温常圧での非熱的触媒反応における 担持金属助触媒の新たな役割・選択性の起源を解明!

図1:(a) メタンと水蒸気の混合ガス雰囲気下で各メタン圧力においてPtとPd助触媒を担持したGa2O3光触媒によって生じたC2H6とCO2の比。水蒸気の圧力は2000 Paで固定し,触媒全体の表面が1層の水分子で覆われている状況を保持している。C2H6/CO2比から,Pt担持系では完全酸化(CO2生成)が優勢であるのに対し,Pd担持系では部分酸化(C2H6生成)もCO2生成と同程度に促進されていることが分かる。(b) Pt助触媒と(c) Pd助触媒を担持したGa2O3光触媒におけるCO2とC2H6の生成速度のメタン圧力依存性。光触媒の表面が1層の水分子に覆われた環境下における(d) Pt/Ga2O3と(e) Pd/Ga2O3触媒表面でのメタン酸化反応メカニズムの模式図。


続いて,上述の反応メカニズムの妥当性をオペランド赤外吸収分光による反応中間体の観測によって検討しました。その結果,Pt助触媒ではメタン酸化によって生じた炭化水素中間体種に由来する3つのC–H伸縮振動ピークが観測された一方で,Pd助触媒ではこのようなピークは観測されませんでした(図2)。これは,Pt助触媒においてCO2とC2H6生成が触媒表面で進行する反応モデル(図1d)を支持する結果です。また,Pd助触媒の場合にC–H伸縮振動のピークが観測されなかったことは,吸着している炭化水素種が少ないことを意味しており,C2H6生成の中間体であるCH3の一部が気相に脱離する描像(図1e)に対応しています。これらの炭化水素系の中間体種とは異なり,完全酸化反応の中間体種である一酸化炭素(CO)についてはPt助触媒とPd助触媒のそれぞれの表面に存在していることが確認されたことから,CO2生成はGa2O3表面ではなく,金属助触媒の表面で起こる描像(図1d, 1e)が裏付けられました。

図2:(a) Pt助触媒と(b) Pd助触媒を担持したGa2O3光触媒における炭化水素中間体種のオペランド赤外吸収スペクトル。反応ガスのメタンと水蒸気の圧力がそれぞれ30 kPaと2 kPaでの測定。


これまで光触媒分野においては,光誘起正孔によって引き起こされる酸化反応は半導体(今回の試料の場合ではGa2O3)の表面で起こるものと長年考えられてきましたが,本研究での系統的な反応活性評価と触媒反応場のその場分光観測によって,「酸化反応サイトは半導体表面ではなくむしろ金属助触媒表面が担っている」という実像を捉えることに世界に先駆けて成功しました。上記の結果に加え,同グループでは反応実験中に金属助触媒そのものが光誘起正孔によって酸化されている様子を観測することにも成功しています。これらの実験事実は,金属助触媒がGa2O3の光励起で生じた正孔を捕捉・蓄積して酸化反応場として積極的に機能していることを意味しています(図1d, 1e)。従来,PtやPdに代表される金属助触媒は光誘起電子を補足し蓄積して専ら還元反応(今回では水素発生: 2H+ + 2e → H2)のサイトとして寄与すると考えられてきましたが,本研究によって,酸化反応場としても機能する金属助触媒の新たな役割が見出されました。
以上のような酸化反応の結果に加えて,同研究グループでは金属助触媒の担持によって光誘起電子による還元反応(2H+ + 2e → H2)の効率も顕著に増大していることを明らかにしています。一般に,半導体表面に担持した金属助触媒が光誘起電子と正孔のそれぞれを同時に捕捉・蓄積する場合は,電子と正孔の再結合(5)が促進されて光触媒としての機能が失活することが想定されます。このような考えに対して,同研究グループでは,金属助触媒の担持によって再結合の促進が誘起されず酸化反応と還元反応の両方が顕著に促進されていることを突き止めています。これらの実験事実は,同じ金属種の助触媒であっても,担持されているサイトの違いなどから,電子を主に捕捉する還元助触媒と,正孔を主に捕捉する酸化助触媒に役割分担されている可能性を示唆しています

3. 今後の展開・この研究の社会的意義

本研究によって見出された「金属助触媒が光誘起正孔を蓄積して酸化反応も誘起可能である」という知見は,「金属助触媒は光誘起電子を捕捉・蓄積して専ら還元反応のみを誘起する」という半世紀に渡る光触媒研究の常識にパラダイムシフトをもたらすものであり,金属助触媒のエンジニアリングによって非熱的反応の酸化選択性を制御できる可能性が示されました。メタンと水というユビキタスで一般性の高い分子において得られた本研究の知見は,より複雑な反応分子系のメカニズムを理解する際の基礎学理となることが期待され,持続可能な物質変換・エネルギー変換を実現する重要な環境エネルギー化学技術のプラットフォームである非熱的な触媒反応系の高度化・高機能化に貢献することが期待されます。

4. 用語解説

(1)金属助触媒
酸化物などの半導体光触媒に担持された白金やパラジウムなどの金属粒子のこと。金属助触媒は,半導体に光を照射し励起させることで生じた電子を補足・蓄積し,電子と正孔を分離させて再結合(5)を抑制させる作用により光触媒の性能を向上させる機能を持つと一般に考えられている。光誘起電子を蓄積し,その表面で還元反応を誘起すると考えられていることから還元助触媒とも呼ばれている。

(2)光誘起正孔
半導体にそのバンドギャップエネルギー以上に相当する波長の光を照射すると,価電子帯の電子が伝導帯に励起されることで価電子帯に電子欠陥サイト(孔)が生じる。負の電荷を有する電子の欠陥サイトは正の電荷をもっていることに対応するため,このような電子欠陥を正孔と呼ぶ。光触媒における正孔は分子から電子を引き抜く,すなわち,酸化反応を誘起する役割を担っている。一方,正孔の対となる励起された電子は還元反応を誘起する。

(3)オペランド
オペランド“operando”はラテン語で“working”,“operating”という意味を持ち,触媒やデバイスを動作条件でありのままに計測することをオペランド計測という。本研究では,
光触媒反応中に質量分析で生成物を定量すると同時に,赤外吸収分光によって光触媒表面に生成する反応中間体のオペランド計測を実施している。

(4)反応速度論
化学反応の進行度(速さ・時間スケール)に関する因子を取り扱う物理化学的考え方の総称。生成物の反応速度は一般に反応物濃度(圧力)に依存するが,その依存性は反応の素過程(反応経路)によって異なることから,反応物の濃度(圧力)を変化させながら生成物の反応速度を測定することで反応メカニズムを推定することができる。

(5)再結合
光の照射や電場の印加などよって生じた電子と正孔が出会うことでそれらの電荷が消滅する現象。光触媒では表面での酸化反応と還元反応がそれぞれ正孔と電子によって誘起されるため,電子と正孔の再結合を抑制することが光触媒の失活を防ぎ反応(量子)効率の向上につながると考えられている。

5. 論文情報

掲載誌:(英) Angewandte Chemie International Edition, (独) Angewandte Chemie
論文タイトル:“Beyond Reduction Cocatalysts: Critical Role of Metal Cocatalysts in Photocatalytic Oxidation of Methane with Water”(「還元助触媒を超えて:水による光触媒メタン酸化における金属助触媒の重要な役割」)
著者:Hikaru Saito, Hiromasa Sato, Taisuke Higashi, and Toshiki Sugimoto
掲載日:2023年6月27日(オンライン公開)
DOI:(英) 10.1002/anie.202306058, (独) 10.1002/ange.202306058

6. 研究グループ

分子科学研究所

7. 研究サポート

本研究は,JST戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR16S7),JSPS 科学研究費助成事業 特別推進研究(17H06087),基盤研究(A)(19H00865, 22H00296),特別研究員奨励費(22J13055, 22J01398),大学共同利用機関法人自然科学研究機構分野融合型共同研究事業(01112104),分子科学研究所課題研究(22IMS1101),環境省「地域資源循環を通じた脱炭素化に向けた革新的触媒技術の開発・実証事業」の支援の下で実施されました。

8. 研究に関するお問い合わせ先

杉本 敏樹(すぎもと としき)
分子科学研究所,准教授

9. 報道担当

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当

1700応用理学一般
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