高速酸素脱離反応の可視化 材料設計指針の構築に貢献

ad

2023-05-02 東京工業大学

要点

  • 自動車の排ガス浄化に有効な酸素貯蔵材料における、高速酸素脱離反応を可視化。
  • 瞬きの速度で移り変わる高速反応を時分割X線回折測定で連続撮影することに成功。
  • 機能性材料の設計指針の構築や反応最適化につながる技術として期待。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の山本隆文准教授、物質理工学院 材料系の小菅大輝大学院生、菅井玲元大学院生、東正樹教授、高輝度光科学研究センターの河口彰吾主幹研究員、京都工芸繊維大学 材料化学系の細川三郎准教授らの研究グループは、大型放射光施設SPring-8[用語1]を利用して、酸素貯蔵材料として有望な鉄酸化物の高速な酸素脱離反応を100ミリ秒間隔で連続撮影し、その中間状態の構造を可視化することに成功した。

層状ペロブスカイト鉄酸化物Sr3Fe2O7-δ[用語2](δは酸素欠損量)は、ガス雰囲気制御によって大量の酸素を高速に脱挿入することが可能であり、自動車の排ガス浄化などに利用される酸素貯蔵材料として有望視されている。本研究では、水素ガスを用いてSr3Fe2O7-δの酸素を引き抜く酸素脱離反応で起こる結晶構造変化を、大型放射光施設SPring-8での時分割X線回折測定[用語3]によって観察したところ、ある条件では酸素欠陥が無秩序に分布する動的な中間状態が存在することを、世界で初めて確認した。さらに、試料表面への微量金属修飾[用語4]の有無によって、酸素脱離反応の経路が操作できることも明らかにした。この表面修飾操作は、選択的に物質を作り分ける技術にも適用可能であると考えられる。

今回の研究では、ガス反応系のX線回折測定では初めて、サブ秒オーダー(瞬きの速度)の連続撮影に成功した。高速な現象の観測を可能にするこの技術は、革新的な機能性材料の開発に向けた、各種反応の最適化や物質の構造設計に役立つと期待される。

本研究は、東京工業大学の大見拓也大学院生、長瀬鉄平大学院生、角田直樹元大学院生、大場史康教授、東北大学の熊谷悠教授、東京都立大学の別府孝介助教、山添誠司教授、高輝度光科学研究センターの東晃太朗テニュアトラック研究員、加藤和男主幹研究員、新田清文研究員、宇留賀朋哉研究員、京都大学の田中庸裕教授らが参画した。本研究成果は4月25日付「Advanced Science」誌のオンライン版にオープンアクセスで掲載された。

図1 層状ペロブスカイト鉄酸化物Sr3Fe2O7-δの酸素脱離反応の経路が表面修飾ありとなしで異なる様子を示している。右上と左下のスペクトルは、それぞれの反応で得られるX線回折測定データの形状の違いを示している。
図1. 層状ペロブスカイト鉄酸化物Sr3Fe2O7-δの酸素脱離反応の経路が表面修飾ありとなしで異なる様子を示している。右上と左下のスペクトルは、それぞれの反応で得られるX線回折測定データの形状の違いを示している。

背景

化学反応は材料合成から化学物質の検出、ガスや溶液の浄化まで、工業的なあらゆる場面に登場する。従って、それぞれの化学反応の機構を理解することは、材料合成や機能の最適化にとって非常に重要になってくる。しかしながら、酸化物などの固体における化学反応は、その反応温度[用語5]が高いこと、また不均一性などを含み複雑であることから、反応を追跡することが一般的に難しく、理解があまり進んでいない。

本研究で注目したのは、「トポケミカル反応」である。トポケミカル反応とは、反応前後で基本となる構造は変化せず、一部の原子のみを出し入れしたり組み替えたりするような反応を指す。これまで、京都工芸繊維大学の細川准教授と京都大学の田中教授らの研究グループは、トポケミカル反応に注目し、層状ペロブスカイト鉄酸化物Sr3Fe2O7-δ (δは酸素欠損量)という物質が自動車の排ガス浄化などに利用される酸素貯蔵材料として有望であることを明らかにしてきた。この物質では、ガス雰囲気制御によって大量の酸素を高速に脱挿入することが可能である(図2)。ただし、そうした高速で起こる反応がどのような中間体を経て進んでいるのかは、これまで全く分かっていなかった。

図2 層状ペロブスカイト鉄酸化物Sr3Fe2O7-δが、水素雰囲気や酸素雰囲気で酸素を脱挿入する様子。赤い球が酸素原子を示しており、左右の構造で脱挿入される酸素原子以外に構造の変化はない。
図2. 層状ペロブスカイト鉄酸化物Sr3Fe2O7-δが、水素雰囲気や酸素雰囲気で酸素を脱挿入する様子。赤い球が酸素原子を示しており、左右の構造で脱挿入される酸素原子以外に構造の変化はない。

研究成果

本研究では、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL02B2およびBL36XUでの放射光X線回折装置を用いて、Sr3Fe2O7-δの高速な酸素脱離反応を100ミリ秒間隔で連続撮影し、その中間状態の構造を可視化することに成功した。測定では、粉末試料を導入したガラス管をガス雰囲気が制御可能な装置と接続した。試料を真空雰囲気中で500℃に熱し、測定開始3秒後に水素ガスを導入することで、100ミリ秒ごとの試料の構造の変化を追跡した。この条件での酸素脱離反応は、通常の試料では反応完了に30秒程度要するが、今回の研究で、試料表面にパラジウム[用語6]をごく微量担持することによって、反応が劇的に加速し、数秒で反応が完了することが明らかになった。さらに重要な発見は、反応の速度が加速することによって、反応の経路が大きく変化することである。具体的には、パラジウムを担持した試料では、反応が高速化することによって、無担持試料では確認できなかった、酸素欠陥が無秩序に分布する動的な中間状態が存在することが世界で初めて確認された。

社会的インパクトと今後の展開

今回の成果は、大型放射光施設SPring-8が持つ高輝度な放射光と高度に電子制御された測定系がなせる最先端の測定手法を駆使したものであり、ガス反応系のX線回折測定では、初めてサブ秒オーダー(瞬きの速度)の連続撮影に成功した。測定技術の進歩は科学の進歩と強く結びついており、この測定技術を使うことで、これまで観察が不可能だった高速な現象をとらえることが可能になった。

また本研究では、自動車の排ガス浄化などに利用される酸素貯蔵材料の高速酸素脱挿入の機構を解明することに成功した。今後、熱的および化学的安定性の高い酸素貯蔵材料の開発が実際に応用していく上で必要であり、今回の実験結果は新規酸素貯蔵材料の設計指針の構築に大きく貢献するものと言える。

さらに、今回開発した技術は、さまざまな革新的な機能性材料の開発に向けて、各種反応の最適化や物質の構造設計にも役立つことが期待される。

付記

本研究の一部は、日本学術振興会・科学研究費補助金・学術変革領域研究(A)「超セラミックス(課題番号:22H05147)」(分担:山本隆文 東京工業大学 准教授)、基盤研究(B)「特異なアニオン欠損面を持つ新規ペロブスカイトの開拓(課題番号:22H01767)」(代表:山本隆文 東京工業大学 准教授)、文部科学省 元素戦略プロジェクト研究拠点形成型「実験と理論計算科学のインタープレイによる触媒・電池の元素戦略研究拠点」(代表:田中庸裕 京都大学 教授)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「非晶質前駆体を用いた高機能性ペロブスカイト関連化合物の開発」(代表:東正樹 東京工業大学 教授)等の助成を受けて行われた。

用語説明

  • [用語1] 大型放射光施設SPring-8 : 兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
  • [用語2] 層状ペロブスカイト鉄酸化物Sr3Fe2O7-δ : 岩塩層のSrOとペロブスカイト層のSrFeO3-δが交互に積層した構造を持つ物質。
  • [用語3] 時分割X線回折測定 : 一定の時間間隔でX線回折測定を連続的に行う測定法。X線回折測定とは、物質にX線を照射した際の回折強度を測定する手法で、物質の結晶構造を反映した回折パターンが得られる。
  • [用語4] 金属修飾 : 物質の表面に小さな金属粒子を担持することによって、金属表面での化学反応を促進することができる。
  • [用語5] 反応温度 : 無機物質の化学反応には、一般的に1,000°Cのような高温が用いられる。
  • [用語6] パラジウム : 貴金属の一種。水素ガスの反応を促進させることが知られている。

論文情報掲載誌 :Advanced Science

論文タイトル :Emergence of dynamically-disordered phases during fast oxygen deintercalation reaction of layered perovskite

著者 :Takafumi Yamamoto, Shogo Kawaguchi, Taiki Kosuge, Akira Sugai, Naoki Tsunoda, Yu Kumagai, Kosuke Beppu, Takuya Ohmi, Teppei Nagase, Kotaro Higashi, Kazuo Kato, Kiyofumi Nitta, Tomoya Uruga, Seiji Yamazoe, Fumiyasu Oba, Tsunehiro Tanaka, Masaki Azuma, Saburo Hosokawa

DOI : 10.1002/advs.202301876

0500化学一般
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました