2023-04-04 電気通信大学,東京大学,茨城工業高等専門学校,東北大学
発表のポイント
- 瞬間的にしか発生しない世界最強1000テスラ磁場発生装置に独自開発の100メガヘルツ超高速ひずみ計測を導入し、結晶の「のびちぢみ」を計測することに成功した
- コバルト酸化物中で磁気励起子の超流動状態の兆候を発見した
- スピン超流動を用いたスピントロニクス技術の進展や量子コンピュータなどへの応用が期待される
概要
電気通信大学大学院 情報理工学研究科の池田暁彦助教と東京大学物性研究所の松田康弘教授ら、茨城工業高等専門学校の佐藤桂輔准教授、および東北大学大学院理学研究科の那須譲治准教授らによる研究グループは、室内発生世界最強の1000テスラ級電磁濃縮超強磁場発生装置[1] (図1)を使い、600テスラの超強磁場下で結晶の「のびちぢみ」の瞬間的な計測に成功し、遷移金属酸化物であるコバルト酸化物(LaCoO3)中の新しい磁気(スピン)超流動状態[2]の兆候を見いだしました。本成果はスピン超流動を用いたデバイス開発につながり、スピントロニクス技術や量子コンピュータへの応用が期待されます。
図1 1000テスラ発生に用いる新型電磁濃縮法装置の概念図。まず5メガジュールのコンデンサ電源に電気エネルギーを蓄積します。つぎに電磁濃縮コイルに放電します。電磁濃縮コイルは受け取ったエネルギーを利用して、金属ライナー(筒)を高速収縮します。金属ライナー中の初期磁束(3テスラ程度)は急速に高密度化し1000テスラ級の超強磁場が発生します。超強磁場発生直後にコイルは大爆発します。この爆発は金属ライナーを収縮するさせる際の反作用と、発生した超強磁場自体の反発力によるものです。
遷移金属酸化物は電子の自由度である電荷やスピンなどが強く相関し合うことで、多彩な秩序化が起こることから大変注目されています。特に、LaCoO3中には「磁気励起子[3]」というユニークな自由度がありますが、この磁気励起子の粒子的かつ波動的なふるまいには謎が多く、固体物理における最大の難問の一つとされ、60年以上に及び研究が続けられています。さらに、LaCoO3は1000テスラ級の非常に強い磁場中において、磁気励起子の結晶化やボーズ・アインシュタイン凝縮[4]などの新たな現象が起こると予想されていました。しかしながら、このような強磁場は世界最強の磁場発生装置を利用しても10マイクロ秒程度(1マイクロ秒は100万分の1秒)の一瞬しか発生できません。さらにこの極限環境において、一瞬かつ一発で物性を計測できる技術を必要とするために、これまで研究されてきませんでした。
今回、池田助教らの研究グループは、1000テスラ級電磁濃縮超磁場発生装置に独自開発の超高速ひずみ計測技術を導入することで、瞬間的に発生した超強磁場中でLaCoO3結晶の「のびちぢみ」を一瞬かつ一発で計測することに成功しました。これにより、LaCoO3における磁気励起子の超流動状態の兆候を600テスラの超強磁場下で初めて確認することができました。本成果はLaCoO3の基本的な性質を明らかにするもので、スピントロニクス技術におけるスピン流生成や量子コンピュータなどへの応用が見込まれます。また、超高速ひずみ計測法は超伝導体から金属まであらゆる固体に適用できます。超強磁場の発生と計測技術を併用することで、今後も1000テスラ級の超強磁場において新たな電子状態や相転移などが発見できると期待されます。
本成果はオープンアクセスの国際学術誌Nature Communicationsに4月4日に掲載されました。
背景
固体中には天文学的ともいえる数の電子が漂っており、それらの運動の様子がその固体の電気的・磁気的な性質を決めています。遷移金属酸化物では、電子の自由度である電荷、スピン(電子の磁石としての性質)、軌道(電子密度の空間的な偏り)などがお互いに強い相関を持つことで、超伝導相をはじめとした多彩な電気的・磁気的秩序相が現れることが知られており、機能物質として注目されています。
遷移金属酸化物の中でも特にコバルト酸化物(LaCoO3)には、特有な自由度として「スピン状態」を持つことが知られており、この秩序現象が探索されていました。スピン状態は物質の電気・磁気・光学特性と強い相関があるため、電気・磁気・光学的性質を併せ持つ新奇なスイッチング素子が実現できる可能性があります。また、スピン状態は近年、「磁気励起子」として見直され、その結晶化やボーズ・アインシュタイン凝縮に起因した「超流動状態」や「超固体状態[5]」などの「超」状態の実現可能性が熱く議論されていました。
池田助教らは、2016年にLaCoO3の超強磁場中での磁化測定から、磁場に誘起される磁気と電子状態が結合した謎の秩序相を2種類発見しました。さらに2020年、超高速ひずみ計測法を用いて200テスラの超強磁場中における結晶の「のびちぢみ」を世界で初めて測定し、これによってLaCoO3の電子状態を解明することに成功しています。
しかしながら、磁気励起子の「超」状態に関する観測までには至っていませんでした。さらに強い極限的磁場を用いることで、LaCoO3の「超」状態が実現できると予想されていましたが、この解明には大爆発を伴う1000テスラ級の超強磁場発生技術が必要であり、そのような強磁場はこれまで世界でも日本の東京大学物性研究所でのみ発生できる限られた状況にありました。その上、超強磁場の発生時間は10マイクロ秒程度(1マイクロ秒は100万分の1秒)と一瞬であり、繰り返して発生することもできないため、爆発が起こるなか、一瞬のうちに一発で物性を計測する技術が求められていました。
そこで今回、研究グループは開発した1000テスラ級の超強磁場発生技術に導入可能である超高速シングルショットひずみ計測技術を開発し、これを利用した磁気超流動状態の解明を目指しました。
手法・成果
池田助教らの研究グループは、2018年に開発した新型の電磁濃縮法超強磁場発生装置を用いて世界最強磁場を発生させました。さらにファイバーブラッググレーティング[6]を使って独自開発した100メガヘルツの超高速ひずみ計測法を導入しました(図2)。これにより最強磁場が発生した一瞬のうちに、600テスラまでのLaCoO3の格子ひずみを超高速に一発で観測しました。これにより、超強磁場中で結晶が「のびちぢみ」する過程が明らかになり、特徴的な新たな電子磁気状態が存在することを確認しました(図3)。
図2 爆発を伴う超強磁場発生中に一瞬のうちに一発で「のびちぢみ」を計測するために利用した超高速ひずみ計測装置の概略図。計測対象の結晶側面に光ファイバーを接着します。光ファイバーはファイバーブラッググレーティングという「ひずみゲージ」の機能を持つものを使用しています。「のびちぢみ」はファイバーを通して離れた場所で検出します。特別に開発した100メガヘルツ超高速計測法を利用して、一瞬のうちに一発でひずみを計測します。
磁気励起子を有するコバルト酸化物の状態変化は「のびちぢみ」を見れば観測することができます。超強磁場中で磁気励起子が固体を組んだ場合は、外部磁場の変化に対して結晶の「のびちぢみ」は起こらない一方で、超強磁場中で磁気励起子が超流動状態や超固体状態などの「超」状態になった場合は、量子力学的効果が強くなるために外部磁場の変化に応じて結晶が連続的に「のびちぢみ」することが従来予想されていました。
図3 コバルト酸化物に超強磁場を印加することで磁気の「超」状態とそれらの間の状態変化が生じる様子の概念図。LaCoO3には「真空(低スピン)」と「磁気励起子(高スピン)」の状態があります。磁場をかける前はすべてのコバルトイオンが真空状態です。600テスラまでの超磁場をかけると変化が起こり、磁気超流動状態や磁気超固体状態が発現します。磁気励起子は結晶格子を押し広げる性質があるので、今回の「のびちぢみ」計測によりこれらの変化の兆候を観測しました。最終的にはすべてのコバルト酸化物が完全に磁化した状態になると期待されますが、今回はその観測には至っていません。
これらの成果は固体物理最大の難問の解決に向けた重要な糸口になります。さらに、LaCoO3の基本的な性質を明らかにするもので、コバルト酸化物を用いた微小なスイッチなどのデバイス開発に大きく役立つ知見になると考えられます。
今後の期待
本研究で新たに見つかった超強磁場で起こる磁気励起子の秩序状態には、未解明な点がまだ多くあります。今後は超強磁場における微視的な研究を行い、その詳細を明らかにする予定です。ファイバーブラッググレーティングを利用した超高速ひずみ計測法は、超伝導体から金属まであらゆる固体物質に適用できるため、超強磁場の発生と計測技術を併用することによって、1000テスラ級の超強磁場においてさらに新たな電子状態や相転移などが発見できると期待されます。
外部資金情報
本研究は文部科学省の卓越研究員制度事業(JPMXS0320210021)、東電記念財団の研究助成 (基礎:18-001) 、科研費若手研究(18K13493)の支援を受けて行いました。
発表論文
雑誌名:「Nature Communications」
論文タイトル:Signature of spin-triplet exciton condensations in LaCoO3 at ultrahigh magnetic fields up to 600 T
著者:Akihiko Ikeda, Yasuhiro H. Matsuda, Keisuke Sato, Yuto Ishii, Hironobu Sawabe, Daisuke Nakamura, Shojiro Takeyama, and Joji Nasu
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-023-37125-4
用語説明
- [1] 室内発生世界最強の1000テスラ級電磁濃縮超強磁場発生装置:
- 東京大学物性研究所で2018年に室内発生世界最強の1200テスラを報告した新型の電磁濃縮法[7]を用いた超強磁場発生装置
- [2]磁気(スピン)超流動状態:
- 固体中の相互作用する磁気的粒子がボーズ・アインシュタイン凝縮を起こした状態で、固体中の磁気粒子を摩擦なく輸送できると期待される
- [3]磁気励起子:
- コバルト酸化物のコバルトイオン中の電子が励起されて磁気を帯びた状態
- [4]ボーズ・アインシュタイン凝縮:
- 巨視的な数のボーズ・アインシュタイン粒子(物質を構成する粒子は量子力学によってフェルミ・ディラック粒子とボーズ・アインシュタイン粒子に大別される)が同じ最低エネルギー状態に落ち込み、量子力学的な巨視的状態を発現すること
- [5](磁気)超固体状態:
- 磁気(スピン)励起子の結晶化(密度変調)と超流動状態が共存した状態
- [6]ファイバーブラッググレーティング:
- コア部にブラッグ格子を有するシングルモード光ファイバーで、光ファイバーの伸縮をブラッグ波長の変化として捉えることができる。今回は、これをひずみゲージとして利用し、検出装置を従来比2000倍の100メガヘルツに高速化した超高速ひずみ計測装置を利用している
- [7]電磁濃縮法:
- 電磁力で金属筒を急速に収縮させ、金属筒内の磁束を高密度に束ねることで、中心部分に磁束の高密度状態(超強磁場)を生み出す技術(図1も参照)