2023-02-24 日本原子力研究開発機構
【発表のポイント】
- 軽水炉の原子炉圧力容器は、運転期間中に健全であることを確保するために検査や試験が行われています。しかしながら、健全性に影響する因子には不確実さがあるため、確率論に基づく解析により、万が一の事故時などにおける破損の生じる確率が極めて低い、言い換えれば極めて高い安全性を有することをリスク情報活用の観点から確認することが重要です。
- これまでの研究では、加圧水型軽水炉の原子炉圧力容器を対象に、中性子照射による材料劣化を考慮し、最も厳しい事故時の破損確率算出を想定して、確率論的破壊力学に基づく解析コードを開発してきました。今回は解析コードを改良することで、すべての炉型を対象として、起動・停止を含むすべての過渡条件における破損確率を算出できるようにしました。
- また、計算手順や推奨される手法とその根拠をとりまとめ、世界でも類を見ない標準的な解析要領を整備したことで、多くのユーザーが原子炉圧力容器の破損確率を計算できるようになりました。
- 今回改良したコードは、原子炉圧力容器の破損確率を算出できる国内で唯一の解析コードです。今後は、長期間運転される軽水炉の原子炉圧力容器の健全性や検査の有効性の確認への活用など、リスクや重要度に応じた評価や検査などに大きく貢献することが期待できます。
図1 中性子照射による材料劣化を考慮した原子炉圧力容器の破損確率の算出
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範。以下、原子力機構)、安全研究センター耐震・構造健全性評価研究グループ(研究代表者:高見澤副主任研究員)では、長期間運転される軽水炉における機器の健全性評価1)に関する研究を行っています。その一環として、健全性評価に影響する様々な因子の不確実さ2)を考慮可能な確率論的破壊力学3)に基づく解析コードPASCAL4)を改良し、すべての炉型の軽水炉を対象にすべての過渡条件5)における原子炉圧力容器6)の破損確率7)を計算できるコード「PASCAL5」を整備しました。また、計算手順、推奨される手法および技術的根拠をとりまとめた標準的解析要領8)を世界に先駆けて整備し、解析コードとともに公開しました。
原子炉圧力容器は軽水炉の安全上最も重要かつ取り替えが困難な機器ですが、長期間運転される軽水炉の原子炉圧力容器は、炉心からの中性子照射9)によって材料が劣化し、破壊に対する抵抗力である破壊靭性10)が低下します。そのため、炉心からの中性子照射によって材料が劣化しても、原子炉圧力容器が健全であることを確認する必要があります。原子炉圧力容器の健全性は①中性子照射によって低下した破壊靭性、②事故などが発生した際の破壊力である応力拡大係数11)を比較して②が①を超えないことで確認します。一方で、リスク情報を活用して意思決定を行うためには、③健全性に影響する因子の不確実さも考慮して定量的な指標である「破損確率」を求める必要があります。これまでの解析コードでは加圧水型軽水炉の原子炉圧力容器を対象に、容器内面が急冷される事故事象である加圧熱衝撃事象12)を想定した解析を行うことに特化していました。新検査制度などの運用が既に開始され、リスク情報の活用がますます注目されている現在、沸騰水型軽水炉の原子炉圧力容器や通常運転時の起動事象13)なども網羅して破損確率を求めることが必要であると考えました。
そこで、研究グループでは、原子炉圧力容器の内面側の方が外面側に比べて温度が高くなる事象において必要な解析機能などを整備し、すべての炉型の軽水炉を対象にすべての過渡条件における破損確率を算出可能としました。また、産業界及び大学の専門家が参加するPASCAL信頼性向上委員会を設置し、追加した機能が高い信頼性を有することを確認しました。そのうえで、すべての炉型の軽水炉の原子炉圧力容器の破損確率を計算できる国内唯一の解析コードとして、PASCAL5を公開しました。
さらに、原子炉圧力容器の破損確率を求めるための手順、推奨される手法や解析に必要なデータを技術的根拠とともにとりまとめ、標準的解析要領の対象を沸騰水型軽水炉に拡充し、外部専門家の確認も経て公開しました。
今後、長期間運転される軽水炉の原子炉圧力容器の健全性や非破壊検査の有効性の確認などのリスク情報の活用策として寄与することが期待できます。
PASCAL5の使用手引きはJAEA-Data/Code 2022-006[1]、標準的解析要領はJAEA-Research 2022-012[2]として2023年2月22日付で公開しました。解析コード一式は原子力機構のコンピュータプログラム等検索システムPRODASを通して入手することができます。
【これまでの背景・経緯】
原子炉圧力容器は軽水炉の安全上最も重要かつ取り替えが困難な機器であり、強度、破壊靭性、溶接性等に優れた材料が用いられています。このうち破壊靭性は破壊に対する抵抗力であり、低温条件では低下する特性がありますが、運転開始時は低温条件でも十分な破壊靭性が保たれるように設計されています。しかし、長期間運転された軽水炉の原子炉圧力容器は炉心からの中性子照射によって劣化し、図1に示すように破壊靭性が低下(同じ破壊靭性になる温度が上昇)します。そのため、中性子による材料劣化を考慮しても、原子炉圧力容器が健全であることを確認することが求められます。また、確率論的健全性評価やリスク情報を活用した意思決定のためには、確率論的破壊力学に基づき構造機器に対する破壊力や抵抗力などの不確実さを考慮して、機器の破損確率などの定量的指標を求めることが重要です。
確率論的破壊力学は、機器の健全性をより合理的に評価できる手法として注目されています。例えば、米国においては長期間運転される軽水炉の原子炉圧力容器の健全性評価、供用期間中非破壊検査の検査範囲や検査間隔の検討において、確率論的破壊力学が活用されています。国内においても、安全性向上評価に関する取り組みや新検査制度の運用が既に開始され、破損確率などのリスク情報を活用した意思決定が実用されています。また、政府においては既設原子力発電の最大限活用が議論されています。このような現状を鑑みると、原子炉圧力容器の健全性を確認する確率論的破壊力学解析手法の実活用に向けた整備は極めて重要な段階に差し掛かっています。
研究グループでは、長期間運転される軽水炉における機器の健全性評価に関する研究の一環として、中性子照射による材料劣化を考慮し、国内の軽水炉の原子炉圧力容器の破損確率などを求めることを目的に、確率論的破壊力学に基づく解析コードPASCALの開発を進めてきました。2017年に公開したPASCAL4では加圧水型軽水炉の原子炉圧力容器を対象に最も厳しい事故事象である加圧熱衝撃事象を考慮して、破損確率などを算出することができます。しかし、これまでは沸騰水型軽水炉で起こり得る事象は考慮されておらず、軽水炉のすべての過渡条件に対して破損確率などを算出することはできませんでした。
【今回の成果】
研究グループでは、軽水炉のすべての過渡条件に対して破損確率を算出できるようにするため、これまでの加圧熱衝撃事象を対象とした原子炉圧力容器内面側の亀裂の存在に起因する破損確率計算機能に加えて、起動事象や低温過加圧事象14)などを想定した原子炉圧力容器外面側に存在する亀裂の評価に必要な機能をPASCALに整備しました。具体的には図2に示すように、想定する亀裂の存在位置を外面側に拡張し、この外面側亀裂を対象とした評価に必要な応力拡大係数の評価手法や亀裂進展評価手法などを整備しました。これらの機能を整備することで、軽水炉の原子炉圧力容器の破損の原因となりうるすべての過渡事象に対して、破損確率や破損頻度15)などの確率指標を計算可能にしました。図3に沸騰水型軽水炉の起動事象における内面側亀裂と外面側亀裂の破損頻度への寄与を示します。この場合は、外面側亀裂の寄与が大きく、外面側亀裂の存在を考慮することの重要性を明らかにしました。また、これらの評価手法の整備に係る成果を論文として取りまとめて発表しました[3],[4]。さらに、機構が主催する産学の専門家で構成されたPASCAL信頼性向上委員会において、複数の機関で計算した結果の比較検討を行い、整備した機能が高い信頼性を有することを確認しました[5]-[7]。これらの取り組みを経て、長期間運転される軽水炉のすべての事象における原子炉圧力容器の破損頻度を算出することができる国内の唯一の解析コードとして、PASCAL5を公開しました。
図2 原子炉圧力容器及び評価対象亀裂の模式図
図3 沸騰水型軽水炉の起動事象で異なる亀裂の種類が破損頻度への寄与度
PASCAL5の特徴は以下のとおりです。
- 広範な事象を対象に、リスク情報を活用した原子炉圧力容器の健全性確認が可能
これはすべての炉型において起こり得るすべての過渡事象(加圧熱衝撃事象、起動・停止事象や低温過加圧事象など)に対して、原子炉圧力容器の破損確率や破損頻度などの確率指標を求めることができるためです。 - 国内軽水炉の原子炉圧力容器を対象とした確率論的健全性確認に最適
これは最新知見を反映した、中性子照射による原子炉圧力容器の脆化の評価手法、溶接残留応力評価モデル、応力拡大係数評価手法や高温予荷重効果評価モデルなど、国内軽水炉の原子炉圧力容器の破損確率の算出に適した計算手法や計算モデルを網羅しているためです。 - 影響因子の不確実さが健全性に及ぼす影響、安全上の余裕の評価や非破壊検査の影響確認などのリスク情報の計算ツールとして有効
これは解析結果に影響する因子が有する不確実さについて、材料の非均質性などに起因した避けることができない偶然的不確実さ16)と知識や認識の不足に起因する認識論的不確実さ17)に区別して考慮することによって、リスク情報活用において重要な信頼度評価機能を有しているためです。 - 解析コードの実用性向上において不可欠な解析コードの信頼性を確保
これは数多くの国際および国内比較解析プロジェクトを主催またはプロジェクトへ参加することに加えて、産学の専門家で構成されたPASCAL信頼性向上委員会において複数の機関の確認を通じて信頼性を確認しているためです。
PASCAL5の開発と同時に、標準的解析要領を拡充し、国内の軽水炉を対象とした確率論的破壊力学に基づく評価方法を世界に先駆けて公開しました。この解析要領は、実際に解析する担当者が参照しながら、PASCAL5を用いて長期間使用される原子炉圧力容器の破損確率や破損頻度を算出することを目的として、それらを算出するための手順、推奨される手法および技術的根拠を取りまとめたものです。標準的解析要領の本文には長期間運転される軽水炉の原子炉圧力容器を対象とした破損確率や破損頻度の算出に関する基本事項、計算手順、推奨される解析手法およびモデルなど、解説には本文に対応した各項目の技術的根拠をとりまとめています。この標準的解析要領は、破壊力学解析手法や機器の健全性評価に関する外部専門家の意見を反映することによって実用性を高めたうえで、公開しました。
これらの解析コードおよび標準的解析要領を活用することによって、例えば図3のように原子炉圧力容器の板厚内における亀裂の存在位置の破損頻度への寄与度や図4のように、継手溶接の開先形状を通常開先から狭開先に変えた場合の安全性に関する改善効果について確認することができます。
図4 沸騰水型軽水炉の起動事象における原子炉圧力容器の各部位の破損への寄与および溶接継手の開先形状の影響
【今後の展望】
軽水炉の原子炉圧力容器の破損確率および破損頻度を計算可能とした本解析コードおよび標準的解析要領は、長期間使用される原子炉圧力容器の現実的な確率論的健全性を確認可能とする重要な成果です。今後、研究グループではこれらを用いて、以下のリスク情報の活用に関する取り組みを一層推進していきます。①長期間使用される原子炉圧力容器に対する健全性の確認、②リスク情報を活用した供用期間中非破壊検査の有効性確認、③規格改定に伴う健全性への影響に対する定量評価、④原子炉施設の安全性向上のための保全活動の効果を定量的な確認。
なお、PASCAL5は原子炉特有の中性子照射による経年劣化を考慮していることを特徴としていますが、基礎となる確率論的破壊力学の枠組みを活用し、解析コードを改良することにより、軽水炉の他の部位のみならず、石油化学プラントなどの一般的な圧力容器の健全性確認に活用可能です。
【論文情報】
[1] 髙見澤 悠, ル カイ, 勝山 仁哉, 眞崎 浩一, 宮本 裕平, 李 銀生, “原子炉圧力容器用確率論的破壊力学解析コードPASCAL5の使用手引き及び解析手法”JAEA-Data/Code 2022-006 (2023)
[2] ル カイ, 勝山 仁哉, 髙見澤 悠, 李 銀生, “国内軽水型原子炉圧力容器を対象とした確率論的破壊力学に基づく健全性評価に関する標準的解析要領”, JAEA-Research 2022-012, (2023)
[3] Lu, K., Katsuyama, J. and Li, Y. “Extension of PASCAL4 code for probabilistic fracture mechanics analysis of reactor pressure vessel in boiling water reactor”, ASME Pressure Vessels and Piping Conference, PVP2020-21421, 2020, 10p.
[4] Lu, K., Takamizawa, H., Katsuyama, J. and Li, Y., “Recent improvements of probabilistic fracture mechanics analysis code PASCAL for reactor pressure vessels”, International Journal of Pressure Vessels and Piping, 199, 104706, 2022.
[5] 李銀生他, “PASCAL信頼性向上ワーキンググループ活動報告; 平成28及び29年度”, JAEA-Review 2020-011, (2020).
[6] Lu, K., Katsuyama, J., Li, Y., Miyamoto, Y., Hirota, T., Itabashi, Y., Nagai, M., Suzuki, M. and Kanto, Y., “Recent verification activities on probabilistic fracture mechanics analysis code PASCAL4 for reactor pressure vessel”, Mechanical Engineering. Journal, 7(3), 19-00573, 2020.
[7] Li, Y., Katsumata, G., Masaki, K., Hayashi, S., Itabashi, Y., Nagai, M., Suzuki, M. and Kanto, Y., “Verification of probabilistic fracture mechanics analysis code for reactor pressure vessel”, Journal of Pressure Vessel Technology, 143(4), 041501, 2021.
【用語解説】
1) 機器の健全性評価
ひびなどの劣化が機器の健全性に与える影響の評価。
2) 不確実さ
数値のばらつきの程度を数値で表す尺度。不確実性は部分的に観察可能な範囲における確率的な環境で発生するだけでなく、知識や認識の不足によっても発生する。
3) 確率論的破壊力学
構造物の破壊に影響する様々な因子が有する不確かさを考慮して、破壊力学に基づく評価を通じて構造物の破壊が発生する確率を定量的に評価する手法。(以下のページを参照)。
安全研究センター:確率論的破壊力学
4) PASCAL(PFM Analysis of Structural Components in Aging LWR)
軽水炉の原子炉圧力容器の破損頻度を、中性子照射脆化や過渡事象などの影響因子がもつ不確かさを考慮して算出するための解析コード。平成29年度に従来版であるPASCAL4が公開されている。
5) 過渡条件
原子炉の内圧や冷却水の温度などがある定常状態から別の定常状態に移るまでの時間的変化。
6) 原子炉圧力容器
原子炉の炉心を収めた状態で内部の圧力を保持する容器。炉心で発生した放射性物質や放射線が炉外に漏れないようにする役割も含まれる。非常に大きな構造物で交換することが困難。
7) 破損確率
原子炉圧力容器に存在する亀裂が過渡条件による負荷を受けて進展、または進展した亀裂が圧力容器を貫通する確率。
8) 標準的解析要領
評価担当者がPASCAL5を用いて長期間使用される原子炉圧力容器の破損頻度を適切に求めることを目的とした要領。解析手順、推奨される手法やそれらの技術的根拠がまとめられている。
9) 中性子照射
燃料が核分裂する過程で発生する中性子を原子炉や炉内の構造物が受けること。中性子照射を受けることによって金属材料は次第に粘り強さ(靭性)が低下することが知られている。
10) 破壊靭性
亀裂や亀裂状の欠陥を有する材料における材料の破壊に対する粘り強さの特性を意味する靭性を示す指標の一つ。
11) 応力拡大係数
亀裂先端の応力場の強さを示す物理量、破壊に寄与する駆動力を表す指標の一つであり、亀裂が存在する材料の強度評価等に用いられる。
12) 加圧熱衝撃事象
原子炉配管の破損などにより冷却材喪失事故が発生した場合、高温高圧下で非常用炉心冷却水が注入され原子炉圧力容器の内面が急冷されることで、内圧と温度差に伴って容器内面付近に引張応力が発生する事象。
13) 起動事象
原子炉圧力容器は、温度が低いうちに高い圧力をかけることを避けるため、起動時に徐々に圧力と温度を上げる。
14) 低温過加圧事象
原子炉停止時に1次系冷却材が低温にあり、かつ閉止状態において、加圧事象が生じた場合に発生する。加圧事象に至る原因としては高圧注入系の誤作動などと過加圧防止設備不作動の重畳が挙げられる。
15) 破損頻度
原子炉圧力容器が運転期間中に破損する頻度(単位:回/炉年)を表す数値指標であり、例えば米国では百万年に1回の頻度より小さいかどうかが、運転を継続してよいかを判断する材料の1つになっている。確率論的破壊力学解析により得られる亀裂貫通確率に過渡事象の発生頻度を乗じることで求められる。
16) 偶然的不確実さ
破壊靭性などの材料特性のように、対象物が本来持っているばらつきに依存する不確実さ。データを増やしても低減することはできない。
17) 認識論的不確実さ
知識および認識の不足に起因する不確実さ。知見・データを新たに取得することによって低減することができる。