船舶・海洋技術の最新潮流とトレンド:脱炭素と環境排出、航行安全が交錯する2024-25年

2025-11-06 Tii技術情報研究所

船舶・海洋技術の最新潮流とトレンド:脱炭素と環境排出、航行安全が交錯する2024-25年

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海運・船舶分野では、地球規模の脱炭素化要求、海洋環境への配慮、運航効率と安全性の向上という三方向のプレッシャーが同時に高まっています。今回は、技術情報研究所(Tii)が報じた10件の最近の技術記事をもとに、「何が注目されているのか」「その効果・課題」「今後どのように展開していくか」を整理しました。


各技術の概要

1:世界初、コンソーシアムによる舶用水素エンジンの陸上運転に成功

  • 概要:水素燃焼可能な中速4ストロークエンジンを、液化水素燃料で陸上運転試験。二元燃料方式(水素+ディーゼル)で定格出力運転を確認。低速2ストロークエンジンは2026年春に運転開始予定。

2:船舶通過による予想外のメタン排出量を観測

  • 概要:船舶が浅海域を航行する際、海底に蓄積されたメタンが水の攪拌や圧力変化で大気中へ放出される現象を研究。特に港湾・河口域で排出量が周囲の最大20倍になるケースあり。燃料種に依存せず発生。

3:純国産大型低速2ストロークエンジンの商用機として初めてアンモニアの混焼運転を開始

  • 概要:国内製大型低速2ストロークエンジン(型番7UEC50LSJA-HPSCR)にて、アンモニア燃料の混焼運転を試行。商用機としては国内第1号。2025年10月に出荷、アンモニア燃料輸送船搭載・実証運航予定。

4:海洋生物付着問題に対処する生分解性コーティングを開発

  • 概要:スウェーデン王立工科大学(KTH)は海洋バイオファウリング(船体や海洋構造物に海洋生物が付着する現象)を抑制するため、親水・疎水・抗菌・分解性を併せ持つハイブリッドコーティングを開発。細菌除去効率98.8%、付着防止率99.8%。

5: 沖電気工業(OKI)による「海中音から船舶を分類するAI技術」

  • 概要:海中マイクで収録した水中音を、ディープラーニング(少量データ+データ拡張/半教師あり学習)によって自動分類し、船舶の種類を90%以上の精度で識別可能とした技術。
  • 効果: 夜間や視界が悪い状況、カメラで捉えにくい海域でも「音」による船舶モニタリングが可能。省人化・常時監視への応用が可能。
  • 課題: 学習データの確保・多様化が依然ハードル。様々な船種・海域・ノイズ条件に対する適用拡張が必要。
  • 今後の方向性:フィールドデータの拡充・実海域運用によるモデル成熟。港湾・航路での運用展開、他のセンサー(音+振動+電磁等)との融合による高信頼化。

6:「世界初のアンモニア動力船は排出ガスを70%削減できる」

  • 概要: ノルウェーの船舶 “Viking Energy” をアンモニア駆動に改造するプロジェクト。GHG排出を70%以上削減予定。Wärtsilä25エンジン+燃料ガス供給システムを搭載。
  • 効果: 船舶の温室効果ガス排出削減にインパクト大。実船レベルの革新モデルとなる。
  • 課題: 燃料アンモニアの供給・貯蔵・安全性・燃焼特性・エンジン耐久性など実運用レベルでの検証が必要。コスト・インフラ整備が鍵。
  • 今後の方向性: 改造船から新造アンモニア動力船への展開、他地域・他船型への水平展開。燃料供給インフラ(港湾・製造・物流)と規制対応の整備。

7:「アンモニア燃料タグボート『魁(さきがけ)』が竣工」,実証航海で最大約95%のGHG排出削減を達成

  • 概要: 商用利用を前提としたアンモニア燃料タグボート「魁」が竣工。東京湾で曳船業務実証を3ヶ月予定。LNG燃料タグボートから改造。
  • 効果: 実証航海で最大約95%の温室効果ガス(GHG)排出削減を達成​。
  • 課題: 曳船という船型・運航領域(港湾・狭水路)での実証であるため、外航/長距離貨物船など他カテゴリへの適用には追加検証が必要。燃料の補給・安全管理体制が重要。
  • 今後の方向性: 実証データを基に量産・他用途船型への展開。タグボートモデルから貨物・客船・外航船への拡張。国内外港湾でのアンモニア供給体制整備。

8:MIT研究「船舶をディーゼルからアンモニア燃料に切り替えた場合の健康リスク」

  • 概要: 大規模貨物船をアンモニア燃料に切り替えた際、NOₓ・NH₃・N₂O等の放出による大気質・健康影響の研究。アンモニア-水素混焼型と純アンモニア燃焼型の比較で、厳しい排出規制がない場合、人体への影響が深刻になる可能性を指摘。
  • 効果: 燃料転換のメリットだけでなく、排気・副生成物・公衆衛生への影響を明らかにすることで、脱炭素技術の裏側リスクを可視化。
  • 課題: モデル想定・シミュレーションベースであり、実船データとのギャップがある。規制強化・燃焼技術進化が前提。
  • 今後の方向性: アンモニア燃料船普及にあたって、排出規制・クリーン燃焼技術・スクラバー等付帯技術の同時進化が必要。燃料転換政策の包括的リスク評価が重要。

9: 船舶の省エネ推進技術に関する技術報告。

  • 概要: 船舶の省エネ推進技術(船体形状改善、推進効率向上、燃料消費低減システム)に関する技術報告。
  • 効果: 燃料消費の直接削減=CO₂・コスト両面でメリットあり。特に既存船への retrofit に有効。
  • 課題: 改造費用、改造時の運航停止期間、リスク・回収期間の見通し。
  • 今後の方向性: 既存船の『低ハングリー化』へ向けた技術採用。設計段階からの省エネ最適化モデル整備。

10:世界初、低温・低圧の液化CO2大量輸送に向けた実証試験船「えくすくぅる」が完成

  • 概要: NEDO委託事業の一環で開発された船舶用カーゴタンクシステムを組み込んだCO2輸送実証試験船「えくすくぅる」が完成。
    今後、液化CO2の輸送実証試験を実施。

トレンド分析:効果・課題・今後の方向性

1.分析:これらから見える“流れ”

  • 技術領域としては、「運航・モニタリング」「材料・構造・設計」「燃料・機関モデル」「燃料転換リスク検証」と多岐に渡っており、脱炭素・効率化・安全/環境のクロス領域化が進んでいます。
  • 特に燃料・機関側では、アンモニア燃料を巡る“希望”と“リスク”の両面が浮き彫りになっており、技術・制度・環境影響の三者が同時に揺れている状況です。
  • また、省エネ・材料・モニタリングといった既存船/既存運航環境を改善する技術が、燃料転換という大きな変化をサポートする“準備領域”として機能している印象です。
  • その意味で、「既存船の改善+新造船の燃料革新+運航/海域デジタル化」という三軸が、船舶・海洋技術の当面数年〜10年スパンでのロードマップになりつつあると言えそうです。

1. 脱炭素化/燃料革新

効果
  • 水素・アンモニアといった次世代燃料を用いた船舶機関の実証が進んでおり、従来の重油/ディーゼルからの脱却に向けた具体的な一歩となっている(例:水素エンジン、アンモニア混焼)
  • これにより、海運分野でも「2050年ネットゼロ」などの目標に向けた実行路線が示されつつある。
課題
  • 新燃料の供給インフラ(液化水素・アンモニア貯蔵・供給網)が未整備。コスト、技術安全性、物流を含む全体システムの構築が必要。
  • 新型機関の信頼性・耐久性・メンテナンス性が従来機関と比較して未知数。
  • 規制・法体系・船級・検査制度などが、旧来燃料/機関の枠組みから脱却していない。
今後の方向性
  • 燃料サプライチェーンの構築(港湾での水素・アンモニア供給、運搬・貯蔵・安全対策)とコスト低減。
  • 実海運用・商用船搭載によるデータ蓄積と運用モデルの確立。
  • 国際的な規制(国際海事機関(IMO)等)と整合した技術標準化・認証取得。
  • 段階的移行モデル、例えばハイブリッド(二元燃料)方式や既存機関改修型の普及モデルが現実的。

2. 意外な環境排出源の可視化

効果
  • 船舶が浅海域を航行することで、海底に蓄積されたメタンが大気中に放出されるという新たな温室効果ガス排出源が見えてきた(船舶燃料・機関以外の側面)
  • 環境影響の検討範囲が「燃料消費・排ガス」だけでなく、「運航動態×海域環境」という視点を持つようになってきた。
課題
  • このメタン放出がどのくらい海運全体の温室効果ガス排出量に影響するか、定量的な評価がまだ乏しい。
  • 航行ルート・水深・海底地質・海域条件といった依存要因が多く、一般化・普遍化が難しい。
  • 対策として「航行ルートの変更」「航速制御」「海底環境変化モニタリング」などが考えられるが、実現コスト・運航効率低下リスクもある。
今後の方向性
  • さらなる観測・モデリングによる発生メカニズム解明・定量評価。
  • 航行管理・ルート最適化・スローダウンの導入検討など、運航段階からの環境負荷低減策の模索。
  • 「船舶のライフサイクル+海域環境インパクト」というより広い枠の環境評価が普及。

3. 航海・安全技術/運航効率化

効果
  • センサー・AI・画像解析などによる船舶の動静モニタリング、障害物検知、運航最適化技術が進展しており、燃料消費削減・CO₂排出削減・安全性向上が期待される。
  • 船舶・港湾・海域をデジタル化し、運航・保守・整備・監視を高度化する「スマート海運」への動きが見える。
課題
  • 実海域での信頼性、コスト、運用インフラ(通信・データ容量・センサー設置)整備がチャレンジ。
  • 海事法規・船員訓練・保守体制など、人的・制度的要素の整備が追い付いていないケースも。
  • サイバーセキュリティ・データガバナンス・プライバシー・運航リスク管理といった新たなリスクも浮上。
今後の方向性
  • 船舶・港湾・海域のデジタルツイン化、運航・保守のリアルタイム可視化。「予知保全」「最適航路選択」「燃料最適化」技術の普及。
  • センサー+AIに基づく統合プラットフォーム開発と、複数船舶・複数港間でのデータ共有・エコシステム化。
  • 法制度・人材育成・運航管理体制も同時に変革が求められる。

全体を通した総括

  • 船舶・海洋分野では、従来「大量燃料消費・環境負荷の象徴」というイメージから、「転換のフェーズ」に入った印象が強く、技術・制度・インフラが同時に動き始めています。
  • 特に「燃料革新(次世代燃料)」「環境インパクトの再評価(海域・運航動態)」「デジタル・運航最適化」という三大潮流が明確。
  • 技術効果としては、燃料転換による温室効果ガス削減、海洋環境リスクの可視化、運航効率化による燃料・排出削減、安全性向上など、多方面に及びます。
  • 一方、課題も山積、特にインフラ整備・規制・人材・統合運用の面で「まだ実証段階」「普及はこれから」というフェーズ。
  • 今後は「実用化・展開フェーズ」であり、各技術が“モデル化・実運航化”し、その後“スケールアップ・コスト低減・制度融和”を経て“普及”へと移行していくと考えられます。

世界初、低温・低圧の液化CO2大量輸送に向けた実証試験船「えくすくぅる」が完成~低コストでのCO2大量輸送を実現し、CCUSの社会実装を目指す~
図1 試験航行中の実証試験船「えくすくぅる」

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  • 船舶が浅海を航行して海底環境に影響を与えているイメージ(メタン放出の可視化)

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結びに

船舶・海洋分野の技術革新は、「燃料だけ」「機関だけ」ではなく、「運航/海域環境/デジタル化」まで含めた複合的な変革期にあります。
各企業・港湾・政府・規制機関が連携し、モデル構築→実証→普及というサイクルを加速できるかが、今後の鍵となるでしょう。

0200船舶・海洋一般
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