色素集合材料を用いた光捕集電子スピン超偏極 ~量子応用に向けた超偏極電子スピン材料の設計指針を提案~

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2025-01-28 東京大学

発表のポイント

  • 色素-ラジカル連結分子を用いた電子スピンの光誘起スピン超偏極は量子技術への応用に向けて重要であるが、電子スピンの位置を制御しつつ効果的に偏極することが困難であった。
  • 色素から構成される金属錯体骨格(MOF)にラジカル電子スピンを配置し、MOFの光捕集能を利用することで材料中の電子スピンが効果的に偏極されることを明らかにした。
  • MOF中の配置が制御された超偏極電子スピンを用いることで、量子センシングなどの量子技術への応用が期待される。

色素集合材料を用いた光捕集電子スピン超偏極 ~量子応用に向けた超偏極電子スピン材料の設計指針を提案~
MOFを用いた光捕集電子スピン超偏極(Light-Harvesting Spin Polarization)

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の濱地智之大学院生、井上魅紅大学院生、楊井伸浩教授らの研究グループは、九州大学大学院理学研究院の宮田潔志准教授、恩田健教授、神戸大学分子フォトサイエンス研究センターの婦木正明特命助手、小堀康博教授、京都大学理学研究科の伊藤琢磨特任助教、倉重佑輝准教授らと共同して、光捕集アンテナ(注1)として機能する金属錯体骨格(MOF)を用い、電子スピンを効果的に超偏極できることを明らかにしました。

光励起によって電子スピンのスピン偏極率(注2)を向上させる光誘起スピン超偏極は、量子センシング(注3)や動的核偏極法(Dynamic Nuclear Polarization;DNP)(注4)といった量子技術に重要です。本研究では色素で構成されたMOF骨格における励起子拡散を用いることで電子スピンを効果的に超偏極する「光捕集超偏極」というコンセプトを初めて実証しました。今回の成果により、超偏極電子スピン材料を用いた複雑な量子計算、分析物の量子センシングやDNPといった量子技術への応用が期待されます。

発表内容

近年、量子コンピューティングや量子センシング、動的核偏極法(DNP)といったスピンの量子的性質を利用した量子技術が注目されています。特に、分子ベースの電子スピンは合成化学によって原子レベルで電子スピンの性能を制御することができ、ボトムアップ的な手法によって精密な高次構造材料へと拡張できるため、近年精力的に研究が進められています。

色素とラジカル電子スピン(磁気的な性質を示す、不対電子をもつ原子や分子、イオン)が共有結合で連結した分子は、色素の光励起によってスピン偏極した四重項状態(相互作用する3個の電子スピンのうち、その向きが平行な状態)を生成できることから、量子情報科学やDNPといった応用に有望です(図1)。ところが、これまでの超偏極四重項状態の生成は、色素-ラジカル電子スピン連結分子が固体内部でランダムに分散した系に限られていました。この場合、電子スピン間の相互作用を制御することや分析物との密接な相互作用を実現することは困難でした。そこで、電子スピンを固体中でランダムに分散させるのではなく、その位置を正確に制御する方法が求められていました。また、スピンを固体表面に配置し、分析物がスピン近傍に容易にアクセスできるような材料の開発が望まれていました。


図1:色素-ラジカル電子スピン共有結合系における光励起後のスピンダイナミクス
二重項状態(2[3*C-2R・](D1))と四重項状態(4[3*C-2R・](Q))間のスピン選択的な遷移により四重項状態がスピン偏極する。スピン副準位の赤丸の面積は相対的なスピン占有率を表す。


そこで本研究では、色素から構成される金属錯体骨格(MOF)の金属中心にラジカル電子スピンを導入した材料を合成し、MOFの光捕集能によって電子スピンを効果的に超偏極することに成功しました(図2a)。

まず、色素としてポルフィリン誘導体(TCPP、注5)から構成されるMOFを合成し、TEMPOラジカル誘導体(CTEMPO、注6)を配位子交換によって金属中心へと導入することで、電子スピンの配置を制御しました(MOF-525-CTEMPO、図2b)。物質表面における時間分解電子スピン共鳴(注7)の測定によって、MOF-525-CTEMPOはポルフィリンの光励起後にスピン偏極した四重項状態を生成することが明らかになりました(図2c)。また、MOF中で一重項励起子が拡散するという「光捕集能」を利用することで、ラジカル電子スピンの導入量が少ない状況でも効果的に電子スピンが偏極されることが明らかになりました。CTEMPOの導入量を系統的に変化させた一連のMOF材料を用いて蛍光寿命を比較することにより、この材料中では一重項励起子が35個のポルフィリンリンカーを移動して電子スピン偏極を生成していることが明らかになりました。

本研究により、電子スピンの位置を正確に制御しながら効果的に超偏極するための材料設計指針が明らかになりました。本研究で用いた材料は多孔性固体のため、分析物を内部に取り込むことで電子スピンとの密接な相互作用が可能となり、量子センシングやDNPといった応用につながることが期待されます。


図2:本研究で実現された光捕集電子スピン超偏極

(a) MOF中の励起子拡散によって偏極した四重項が生成する過程。(b) MOF-525-CTEMPOの構造。 (c) Q-バンド時間分解ESRスペクトル。光励起後0.1マイクロ秒(μs)後には四重項状態(Qのピーク)が見られることがわかる。

関連情報:九州大学神戸大学京都大学科学技術振興機構(JST)

論文情報
雑誌名 Journal of the American Chemical Society論文タイトル Light-Harvesting Spin Hyperpolarization of Organic Radicals in a Metal-Organic Framework

著者 濱地智之、井上魅紅、婦木正明、本田瑛之、矢吹怜也、Bhavesh Parmar、宮田潔志、伊藤琢磨、倉重佑輝、小堀康博、恩田健、楊井伸浩*(*責任著者)

DOI番号 10.1021/jacs.4c14916

研究助成

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業CREST(課題番号:JPMJCR23I6)、日本学術振興会 科学研究費(課題番号:JP23H00304, JP22K19051, JP22J21293)、九州大学 エネルギー研究教育機構、九州大学 未来社会デザイン統括本部の支援により実施されました。

用語解説

注1  光捕集アンテナ
分子集合体において、分子が光励起された後、分子間でエネルギーを伝達することで反応中心へ効率的にエネルギーを受け渡すシステムです。

注2  スピン偏極率
スピンが有する複数の量子状態のうち、スピンが特定の状態に多く占有されていることをスピン偏極状態といいます。この占有率を定量したものをスピン偏極率といいます。スピン偏極率が高いほど磁気共鳴の感度は向上し、量子操作を行うにあたって純粋な初期状態を生成できるため、量子技術への応用には高いスピン偏極率を得ることが重要です(図3)。


図3:二準位系におけるスピン偏極率

注3  量子センシング
量子ビットの重ね合わせ状態(図4)を用いたセンシング技術を量子センシングといいます。重ね合わせ状態は外場に対して非常に敏感であることから、従来よりも高感度で高分解能なセンシングが可能になると期待されています。


図4:二準位系における0と1の重ね合わせ状態

注4  動的核偏極法(Dynamic Nuclear Polarization;DNP)
核スピンはスピン偏極率が非常に低いため、核磁気共鳴分光法(NMR)や磁気共鳴イメージング (MRI)の感度は低くなります。DNPは、電子スピンの高い偏極状態を核スピンへと移行することで、高感度なNMR/MRIを実現する技術です。

注5  ポルフィリン誘導体
ポルフィリンは生体内で重要な機能を果たす天然色素の基本骨格です。ポルフィリン骨格に4つのカルボキシ基を付与したポルフィリン誘導体、TCPP(図2a)はMOF骨格を構成するためのリンカーとして広く用いられています。

注6  TEMPOラジカル誘導体
TEMPOラジカルは室温で安定なラジカルとして知られており、磁気的な性質を示します。TEMPOラジカル誘導体、CTEMPO(図2a)はカルボキシ基を有しており、金属中心に配位することができます。

注7  時間分解電子スピン共鳴
磁場中でエネルギー分裂した電子スピンの共鳴を測定する技術を電子スピン共鳴(ESR)といいます。時間的にESRを追跡することで、スピンの動的挙動を解析することが可能になります。

1700応用理学一般
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