コヒーレント・ハイパーラマン分光の開発 ~新規非線形振動分光法の開発~

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2025-01-10 東京大学,科学技術振興機構

発表のポイント
  • 分子の振動スペクトルを得ることのできる新しい分光法を世界で初めて開発しました。
  • 従来の分光法では極めて微弱であった信号を増幅し、高効率で短時間の測定を可能にしました。
  • これまでの分光法では得ることのできなかった分子構造やダイナミクスの情報を得ることを可能にし、基礎化学・分子科学への貢献が期待されます。

コヒーレント・ハイパーラマン分光の開発 ~新規非線形振動分光法の開発~
ふたつのレーザー光によってハイパーラマン活性な分子振動が引き起こされコヒーレント・反ストークス・ハイパーラマン散乱信号が発生する

概要

東京大学大学院総合文化研究科の井上一希大学院生、奥野将成准教授らは、新たな振動分光法である「コヒーレント・反ストークス・ハイパーラマン散乱(Coherent Anti-stokes Hyper-Raman Scattering: CAHRS)分光」を開発しました。

本研究ではコヒーレント・ラマン過程(注1)とハイパーラマン過程(注2)を組み合わせることで、CAHRS信号を世界で初めて実験的に観測しました。先行研究では極めて微弱で検出が難しかった自発ハイパーラマン散乱信号を増幅し、ラマン分光(注3)では観測できない分子振動に由来する信号を高効率に検出可能にする手法です(図1)。この研究成果は今後、物質の超高速ダイナミクスの研究や、振動スペクトル(注4)に基づいたイメージングなどに役立つことが期待されます。

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図1:自発ハイパーラマン過程とCAHRS過程(左)自発ハイパーラマン過程では分子の振動はバラバラであり、散乱光の強度は極めて微弱である。(右)一方CAHRS過程ではふたつのレーザー光を入射することで、分子振動の位相が揃うため大きな強度の信号を得ることができる。

発表内容

分子の振動を検出し、分子の構造やダイナミクスを研究する手法として、赤外吸収を用いた赤外分光やラマン散乱を用いたラマン分光が広く用いられています。特にラマン分光は、さまざまな試料への応用が可能であり、材料の分析や生体試料のイメージングなどに広く用いられています。一方、ラマン分光では検出できない分子振動も存在し、分子振動の持つすべての情報をラマン分光では得ることはできません。ラマン分光で得られない分子振動を測定する手法として、ハイパーラマン分光が近年注目を集めています。しかし、ハイパーラマン散乱が極めて微弱であるため、さまざまな応用を妨げているという問題点がありました。

今回、東京大学大学院総合文化研究科の井上一希大学院生、奥野将成准教授の研究グループは、微弱なハイパーラマン散乱光を増幅する新たな非線形分光法「コヒーレント・反ストークス・ハイパーラマン散乱(CAHRS)過程」を世界で初めて実証しました。ハイパーラマン散乱光を増幅するため、ハイパーラマン過程とコヒーレント・ラマン過程を組み合わせた上記過程を用いることで、その信号の検出に成功しました。CAHRS過程は約40年前に理論的に提唱されていた手法ですが、それを実験的に実証したのは今回が初めてです。

研究グループが有していたハイパーラマン分光についての知見を活用し、CAHRS分光を実現する分光装置を構築しました。CAHRS過程は5次非線形光学効果(注5)に基づくため、より低次の光学効果による信号が混入する可能性があります。研究グループでは、さまざまな観点から分光実験を行い、今回得られた信号が確かに真のCAHRS信号であることを実証しました。また、試験試料として用いたパラ-ニトロアニリン溶液やベンゼンの測定結果から、CAHRS分光によって、従来の自発ハイパーラマン分光と比べて10分の1の時間で、はるかに高い信号ノイズ比を持つ信号を得られることを示しました(図2)。

このように今回の研究によって、ハイパーラマン分光法とコヒーレント・ラマン過程を組み合わせることで、微弱な信号を増幅し、短時間でのハイパーラマン散乱信号の取得を可能にしました。本研究によって、これまでハイパーラマン分光法では不可能とされてきた測定が可能になり、基礎物理化学のみならず、分析化学における測定技術の革新に貢献することが期待されます。

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図2:液体ベンゼンの測定結果液体ベンゼンから得られたCAHRS信号(a)(b)および自発ハイパーラマン信号(c)(d)の比較。CAHRSでは1秒間の測定を10回繰り返すことで十分な信号が得られたが、自発ハイパーラマンでは10秒間の測定を10回繰り返しても、十分な信号ノイズ比が得られなかった。特に1000cm-1付近で現れる信号は、(b)では明確なピークが見られるが、(d)では判別できない。(a)(b)の結果からも、今回開発したCAHRS分光では、対応する自発ハイパーラマン信号よりも短時間で、はるかに高い信号ノイズ比を達成していることがわかる。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院総合文化研究科
奥野 将成 准教授
井上 一希 博士課程

論文情報

雑誌名:Nature Communications
題名:Coherent anti-Stokes Hyper-Raman Spectroscopy
著者名:Kazuki Inoue, Masanari Okuno*
DOI:10.1038/s41467-024-55507-0

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)「創発的研究支援事業(FOREST)(課題番号:JPMJFR211K)」、科研費「国際共同研究強化B(課題番号:21KK0091)」、「基盤研究C(課題番号:21K04975)」の支援により実施されました。

用語説明

(注1)コヒーレント・ラマン過程
複数のレーザー光を用いることで、分子を強制的に振動させる過程。

(注2)ハイパーラマン過程
分子に2光子が吸収され、その和のエネルギーから分子振動分のエネルギーを失った1光子が散乱される過程。通常のラマン過程では1光子が吸収されるのに対して、非線形な過程となる。

(注3)ラマン分光
ラマン過程を利用した分光。入射光とラマン散乱光のエネルギー差から分子振動のエネルギーがわかり、分子構造に関する情報を得ることができる。

(注4)振動スペクトル
分子の振動のエネルギーを情報として含むスペクトル。赤外吸収スペクトルおよびラマン散乱スペクトルが一般的。

(注5)5次非線形光学効果
物質と入射光の電場が5回相互作用することで引き起こされる効果。

1700応用理学一般
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