2025-01-08 東京大学,産業技術総合研究所
発表のポイント
- 究極のパワー半導体として期待されるダイヤモンド表面の個々の原子の可視化に成功し、可視化されるしくみを明らかにしました。
- ダイヤモンドの薄膜成長やデバイス性能に関わる原子レベルの欠陥が観察されました。
- ダイヤモンド薄膜の成長機構の解明や、ダイヤモンドデバイスの性能向上に大きく貢献することが期待できます。
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の杉本宜昭教授らの研究グループは、東京大学物性研究所の尾崎泰助教授らの研究グループと産業技術総合研究所(以下、産総研)先進パワーエレクトロニクス研究センターの小倉政彦主任研究員らの研究グループと共同で、ダイヤモンド表面を原子レベルで観察する技術を開発しました。
ダイヤモンドは究極の半導体として、パワーデバイスや量子デバイスの材料として注目されています。デバイスの製作過程において、微細加工技術で作製される微小なデバイスであるほど、原子レベルの欠陥がデバイス性能へ及ぼす影響が無視できなくなります。デバイスの性能を向上させるためには、ダイヤモンド表面を原子スケールで評価することが必要です。
本研究グループは、原子間力顕微鏡を用いることでダイヤモンド表面の個々の炭素原子の可視化に世界で初めて成功しました。本手法によって原子スケールのダイヤモンドの分析への道が開けたため、今後ダイヤモンド薄膜の成長機構の解明や、ダイヤモンドデバイスの性能向上に大きく貢献することが期待できます。
発表内容
ダイヤモンドは、高いキャリア移動度(注1)・高い熱伝導率・高い絶縁破壊電界など優れた特性を持つため、究極の半導体として期待されている材料です。ダイヤモンド薄膜の表面には空孔などの点欠陥(注2)や転位(注3)などが存在すると考えられ、それらはデバイスの性能を下げる要因となっています。デバイスの性能を向上させるためには、ダイヤモンド表面を原子スケールで可視化して、微視的な構造を理解することが必要です。これまで、原子スケールの構造解析を可能にする顕微技術がいくつかあるものの、ダイヤモンド表面の個々の炭素原子を可視化することは達成されていませんでした。特に、古くから走査トンネル顕微鏡(注4)による観察が行われてきましたが、原子レベルの分解能には至っていませんでした。その理由として、ダイヤモンドの導電性が低いことや表面の炭素原子が密集していることなどが挙げられます。
本研究グループは、超高真空環境で動作する原子間力顕微鏡(AFM、注5)を用いることにより、ダイヤモンド表面の個々の炭素原子を可視化することに成功しました。
産総研が有するプラズマCVD(注6)による高品質ダイヤモンド薄膜成長技術では、薄膜成長条件の最適化により原子レベルで平坦な表面を作り出すことができます。本研究では、この技術を駆使して作製したダイヤモンド(001)面(注7)を試料として用いました。この表面ではペアを組んだ炭素原子が配列しています(図1(a))。ペアを組んでいる炭素原子の間隔は1.39 Å(オングストローム、1 Å =100億分の1メートル)しかなく、個々の炭素原子の可視化を困難にしていました。今回、活性なシリコンの探針を用いてAFM観察を行いました。探針を表面にわずか数Åの距離まで接近させて観察すると、図1(b)のように個々の炭素原子が観察できることがわかりました。このAFMを用いた技法によって、ダイヤモンド表面の点欠陥が分析できるようになりました。
図1 ダイヤモンドの構造モデルとAFM画像
(a)ダイヤモンドの(001)面の構造モデル。上図が表面を上から見た構造で、下図が横から見た構造。黒い丸が最表面の炭素原子で、ペアを作って安定化している。
(b)ダイヤモンドの(001)面のAFM像。個々の炭素原子が可視化されている。右上には炭素原子のペアが欠損している空孔が観察できる(白楕円)。
(原論文の図を改変したものを使用しています。)
ダイヤモンド表面の個々の炭素原子が可視化される機構を明らかにするために、物性研究所においてOpenMXによる第一原理計算(注8)を行いました。図2に示すように、ペアを組んだ炭素原子は、探針と結合を作る余地があることが分かりました。そして、シリコンからなる探針のモデルをダイヤモンド表面のモデルに接近させたところ、実験で検出された炭素原子からの強い信号を再現しました。
図2 第一原理計算に用いたダイヤモンドの(001)面とAFMの探針のモデル
探針先端のシリコン原子とダイヤモンド表面の炭素原子が化学結合している様子を示している。最表面の炭素原子が真空側から近づいた原子と相互作用できる領域を青く示している(矢印)。斜めに結合を作ることがわかる。
今回、ダイヤモンド表面を原子スケールで分析できることが示されたことで、今後ダイヤモンドデバイスの性能向上に貢献できます。例えば、さまざまな条件で作製されたダイヤモンド薄膜を分析して平坦性や欠陥の分布を調べることによって、原子レベルで平坦で清浄なダイヤモンド薄膜の試料作製の条件を明らかにすることができます。また、本研究グループが開発してきた単一原子の元素同定法(※)により、ダイヤモンド表面のドーパントや不純物原子の分布を解析することも可能です。これにより、欠陥を利用した量子デバイスの評価や新規機能探索が可能になると期待できます。
※ プレスリリース「原子スケールの究極的な化学分析 ― 試料採取プローブの先端に付着した1つの原子の元素識別に成功 ―」(2020/3/13)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8097.html
発表者・共同研究グループ情報
◆発表者
東京大学
大学院新領域創成科学研究科
杉本 宜昭 教授
物性研究所
尾崎 泰助 教授
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
先進パワーエレクトロニクス研究センター
小倉 政彦 主任研究員
◆共同研究グループ
東京大学大学院新領域創成科学研究科
・大学院生 張潤楠・助教 安井勇気・教授 杉本宜昭
東京大学物性研究所
・助教 福田将大・教授 尾崎泰助
産業技術総合研究所先進パワーエレクトロニクス研究センター
・主任研究員 小倉政彦・研究チーム長 牧野俊晴・副研究センター長 竹内大輔
論文情報
雑誌名: Nano Letters
題 名: Atomic observation on diamond (001) surfaces with near-contact atomic force microscopy
著者名: Runnan Zhang, Yuuki Yasui, Masahiro Fukuda, Taisuke Ozaki, Masahiko Ogura, Toshiharu Makino, Daisuke Takeuchi, Yoshiaki Sugimoto*
DOI: 10.1021/acs.nanolett.4c05395
URL: https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.4c05395
用語解説
(注1)移動度
固体中での電子の移動しやすさをあらわす。移動度が高いほど、高速なデバイスに有利である。
(注2)点欠陥
結晶では原子が周期的に配列しているが、原子が抜けたり、異なる種類の元素が置換したりして、周期性を破る欠陥があり、そのような原子レベルの欠陥を点欠陥とよぶ。
(注3)転位
結晶中の線状の欠陥のこと。点欠陥と共にデバイス性能を悪化させる原因である。
(注4)走査トンネル顕微鏡
鋭い針(探針)を観察対象(試料)に近づけて、探針と試料表面の間を流れる電流を測定することによって試料表面を観察する顕微鏡。導電性のある試料しか観察できない。
(注5)原子間力顕微鏡(AFM)
鋭い針(探針)を観察対象(試料)に近づけて、探針先端の原子と試料表面の原子との間に働く力を測定することで試料表面を観察する顕微鏡。試料の導電性を問わず用いることができる。探針を取り付けた板バネのたわみを検出することによって、探針先端の原子と試料表面の原子の間の微小な力や結合エネルギーを測定することができる。
(注6)プラズマCVD
プラズマ化学気相堆積(chemical vapor deposition; CVD)は、原料となるガスをマイクロ波などによりプラズマ化し、化学反応を活性化し、高品質な薄膜を作製する方法である。
(注7)(001)面
結晶の表面は、結晶格子中の結晶方向や結晶面を表す指数(ミラー指数)によって表現される。ダイヤモンド(001)面は、最もシンプルな表面であり、デバイスによく用いられる。
(注8)第一原理計算
量子力学の基礎方程式から出発して数値計算により物質の安定構造や物性値を計算する方法のこと。物質表面などの大規模系の計算には主に密度汎関数理論に基づく手法が用いられる。数百原子系の計算にはスーパーコンピュータが使用される。
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新領域創成科学研究科 広報室