高エネルギーX線の非常に明るいサブマイクロビームを形成 ~厚い金属試料内部のマイクロ領域が観察可能に~

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2024-02-22 高輝度光科学研究センター,理化学研究所

高輝度光科学研究センター ビームライン技術推進室の小山貴久主幹研究員、湯本博勝主幹研究員、大橋治彦室長、理化学研究所 放射光科学研究センター SACLAビームライン基盤グループの矢橋牧名グループディレクターらを中心とする共同研究グループは、 大型放射光施設SPring-8 ※1 のBL05XUにおいて、100 keVという高いエネルギーのX線をサブマイクロメートルに集光する多層膜集光ミラー(反射鏡)を開発しました。
SPring-8の特徴の1つに明るい高エネルギーX線を利用できることが挙げられます。高エネルギーX線を小さなビームに集光できれば厚い金属試料などの内部構造を細かく観察することができるようになります。高エネルギーX線を小さなビームに集光するスループットの高い光学素子はこれまでありませんでした。
本研究グループは、スループットの高い多層膜集光ミラーを開発し、高エネルギーX線を無駄なくサブマイクロメートルに集光することに成功しました。本研究で実現した集光ビームは金属ケースで覆われたデバイスの内部構造や厚い鉄鋼材料内部の局所構造の観察へと既に研究が展開されています。
今回の研究成果は、国際科学雑誌、「Journal of Synchrotron Radiation」のオンライン版2月22日(木)に掲載されました。

【論文情報】
題名:Sub-micrometer focusing of intense 100 keV X-rays with multilayer reflective optics
日本語訳:多層膜反射光学素子を用いた非常に明るい100 keV X線のサブマイクロメートル集光
著者:小山貴久、湯本博勝、三浦孝紀、松崎泰久、矢橋牧名、大橋治彦
ジャーナル名:Journal of Synchrotron Radiation
DOI: 10.1107/S1600577524000213

【研究の背景】
高エネルギーX線は、その高い透過力により、厚く重い物質の内部構造やケースに覆われたデバイス、高圧セルの中の物質の観察などに有効です。例えば通常よく使われる光子エネルギー10 keV(波長約0.124ナノメートル、1 nmは10億分の1メートル)のX線の 吸収長※2(物質によりX線の強度が約37%に減衰する距離)はシリコンで約0.1 mm、鉄で約0.007 mmです。それに対して、高エネルギーである100 keV(波長約0.0124ナノメートル)のX線の吸収長はシリコンで約20 mm、鉄で約3 mmと2桁以上厚い試料でも透過します。SPring-8の特徴の1つに明るい高エネルギーX線を利用できることが挙げられます。
SPring-8などの放射光施設では、光源から出射されたX線を、分光器※3を通すことによって特定のエネルギーのX線のみを抽出(単色化※4)して実験を行います。これは光源から出てくるX線にさまざまなエネルギーのX線が含まれており、そのまま実験に使用することが難しいためです。世界中の放射光施設では多くの場合、シリコン結晶からなる結晶分光器※3によってバンド幅※5(光のエネルギー幅を中心エネルギーで割った値)が0.01%程度のX線を切り出して実験に使用しています。高エネルギーX線を使用する多くの実験ではバンド幅を0.01%程度まで小さくする必要は無く、1%のバンド幅でもほとんどの実験を行うことができます。
近年SPring-8では、高エネルギーX線領域において、結晶分光器の代わりに2枚の多層膜ミラーからなる多層膜分光器※3が利用されるようになってきました。多層膜分光器はバンド幅が1~数%と結晶分光器と比べて2桁以上広く設計することができます。そのため光の明るさも2桁程度明るくすることができます。
このような明るい高エネルギーX線を小さなビームに集光できれば最初に述べた試料の内部構造を細かく短時間で観察できるようになります。しかしながら、バンド幅が比較的広い光を集光する際に問題となるのが色収差※6です。色収差のある集光素子では光を1点に集光できません。色収差のない集光素子として代表的なものに全反射集光ミラーがありますが、高エネルギーX線に対する全反射臨界角※7はとても小さいものであり十分な受光幅を得るためには長大なミラー基板が必要となります。そのため、高エネルギーX線をマイクロメートル以下の小さなビームに集光するスループットの高い集光素子はこれまでありませんでした。

【研究手法と成果】
本研究グループは、高エネルギーX線用の多層膜集光ミラー(図1)を開発することで、100 keVという高いエネルギーのX線を高効率に集光できるようにしました。多層膜は、光の干渉効果により、全反射臨界角よりも大きな斜入射角で特定のバンド幅のX線を反射させることが出来ます。本研究で開発した多層膜集光ミラーは、楕円面形状に高精度に仕上げられたミラー基板上に、タングステンと炭素の膜を交互に50ペア積層した膜厚傾斜付き多層膜を成膜しています。これは集光ミラーの光軸方向の位置でX線が入射する斜入射角に応じて多層膜の周期を変化(本研究では約3 nmから約4 nm)させ、高い反射率(本研究では2枚の集光ミラーの反射で74%)を達成しました。また、多層膜集光ミラーを反射できる光のバンド幅を約5%と設計することで高いスループットを実現しました。このバンド幅内では色収差はほとんどありません。この膜厚傾斜付き多層膜はSPring-8のキャンパス内で成膜しました。
高エネルギーテストベンチとして整備された施設開発ID Iビームライン(BL05XU)では、多層膜分光器を導入し、バンド幅が1%の非常に明るい高エネルギーX線が利用可能です。このビームラインに多層膜集光ミラーを設置し、集光ビームの評価を行いました(図2)。集光ビームのサイズは約0.25 µmと測定され100 keVのサブマイクロビームの形成に成功しました。テストチャートを観察し、0.2 µmのラインアンドスペース構造を鮮明に観察できています。

【今後の展開】
本研究で実現した高エネルギーX線サブマイクロビームを用いて、厚い実用金属材料やケースに覆われたデバイスの観察へと研究が既に展開されています。実際の使用環境、動作環境、製造環境下での金属材料やパワー半導体デバイスなどの評価が行えるようになれば、最新の自動車開発やエネルギーデバイス開発につながり、グリーンイノベーションに資するものと期待されます。

 


図1 開発した100 keV用多層膜集光ミラーの装置写真と模式図


図2 測定した集光ビームサイズとテストチャートの観察結果


【用語説明】

※1. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能クラスの放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※2. 吸収長
X線が物質を通過する時、その強度が約37%に減衰する距離のことをいいます。X線の光子エネルギーによって大きく異なり、10 keVのX線ではシリコンで約0.1 mm、鉄で約0.007 mmです。それに対して高エネルギーである100 keVのX線ではシリコンで約20 mm、鉄で約3 mmと2桁以上厚い試料でも透過します。

※3. 分光器、結晶分光器、多層膜分光器
分光器は、さまざまなエネルギーが含まれる光から特定のエネルギーの光のみを取り出す装置のことです。X線領域の分光器は、2つのシリコン結晶からなる結晶分光器が広く用いられています。多層膜分光器は2つの多層膜ミラーからなり、結晶分光器よりも2桁以上広いバンド幅を持った分光器です。分光器に入射されたX線は、結晶または多層膜ミラーへの入射角によって決まる特定のエネルギーの光のみが反射され、他の光は取り除かれます。1枚ではなく2枚の素子を用いるのは、2回の反射によって入射したX線と平行に単色化したX線を出射するためです。

※4. 単色化
分光器などの光学装置を用いて、複数のエネルギーを含む光から、エネルギーの広がりが抑えられた単色の光を取り出すことをいいます。

※5. バンド幅
本原稿でのバンド幅とは、X線ビームにおいてそのエネルギーの広がりの大きさを中心エネルギーで割ったものを指します。例えば、バンド幅が1%で中心エネルギーが100 keVのX線ビームとは、1 keVのエネルギー広がりを持つX線ビームのことをいいます。

※6. 色収差
レンズのような集光素子において、入射光のエネルギー(波長)により焦点距離が変わることをいいます。

※7. 全反射臨界角
X線領域では屈折率が1より僅かに小さいため、真空もしくは大気から鏡面状の物質に表面すれすれの斜入射角でX線を入射させると全反射が起こります。斜入射角をある角度以上に大きくすると反射率が急激に下がり、この角度のことを全反射臨界角といいます。全反射ミラーの表面コーティングによく用いられる白金では、10 keVのX線で0.5度程度とこれでも小さいですが、100 keVのX線では0.05度程度と非常に小さくなります。


研究内容に関する問い合わせ先
小山 貴久(コヤマ タカヒサ)
高輝度光科学研究センター ビームライン技術推進室 主幹研究員

湯本 博勝(ユモト ヒロカツ)
高輝度光科学研究センター ビームライン技術推進室 主幹研究員

矢橋 牧名(ヤバシ マキナ)
理化学研究所 放射光科学研究センター SACLAビームライン基盤グループ
グループディレクター

大橋 治彦(オオハシ ハルヒコ)
高輝度光科学研究センター ビームライン技術推進室 室長

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
理化学研究所 広報室 報道担当

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