2024-12-23 東京大学
発表のポイント
- 48Ca原子核が二重ガモフ・テラー遷移によって48Tiに遷移する反応の二重微分断面積を測定した。
- 重イオンビームを用いた二重荷電交換反応(12C,12Be(0+2))を用いることにより、二重ガモフ・テラー遷移を選択的に誘起するとともに、励起エネルギー領域を広くカバーするような測定を行った。
- ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の核行列要素の値に制限を与える可能性がある。
二重ガモフ・テラー巨大共鳴のイメージ
発表概要
東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センターの阪上朱音教務補佐員、矢向謙太郎准教授、理化学研究所仁科加速器科学研究センター核反応研究部の上坂友洋部長、大阪大学核物理研究センターの大田晋輔准教授、京都大学大学院理学研究科の銭廣十三准教授、筑波大学計算科学研究センターの清水則孝准教授らによる研究グループは、二重ガモフ・テラー巨大共鳴状態(注1)とよばれる原子核の新しい励起モードの候補を発見しました。
本研究では、理化学研究所RIビームファクトリーで得られる重イオンビームを48Ca標的に照射し、新たに開発した二重荷電交換反応(注2)(12C, 12Be(0+2))を用いることで、48Ca中の1個の中性子が1個の陽子に変換されるガモフ・テラー遷移が二回起こった遷移を同定しました。
この研究成果はニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊に関わる原子核応答を知る手がかりになる可能性があります(図1)。
図1:二重ガモフ・テラー巨大共鳴のイメージ
二重ベータ崩壊する原子核48Caは、自然界ではゆっくりと二重ベータ崩壊して48Tiに変化する。原子核ビームを用いて48Ca核にエネルギーを与えると、ガモフ・テラー巨大共鳴(既知)や二重ガモフ・テラー巨大共鳴(未発見)が現れる。
発表内容
ベータ崩壊は、19世紀末に発見された原子核の基本的崩壊モードの一つです。ベータ崩壊はスピンの変化を伴わないフェルミ遷移とスピンの変化を伴うガモフ・テラー遷移に大別できます。このガモフ・テラー遷移が2回続けて起こる過程の一つが、二重ベータ崩壊(注3)です。二重ベータ崩壊する核種は、これまで11種類が知られており、宇宙の年齢をはるかに越える1000京年以上の寿命で起こります。このことは、二重ベータ崩壊が非常に弱い二重ガモフ・テラー遷移であるということを表しています。
一方、原子核に高いエネルギーを与えると、原子核中の陽子・中性子が一斉に高い周波数で振動するモード(巨大共鳴)が現れます。なかでもスピン・アイソスピン(注4)量子数が二単位ずつ変化する二重ガモフ・テラー遷移が引き起こす巨大共鳴(二重ガモフ・テラー巨大共鳴)は、二重ベータ崩壊と類似の遷移です。二重ベータ崩壊は遷移確率が非常に小さく、原子核の遷移の起こりやすさを示す遷移強度はごくわずかですが、これに対して、二重ガモフ・テラー巨大共鳴は、1万倍もの遷移強度を持つと予想されています。二重ガモフ・テラー巨大共鳴は1980年代にその存在が予言されていました(注5)が、これまで観測されていませんでした。
本研究では、12Cビームを用いた二重荷電交換反応(12C, 12Be(0+2))(注2)を用いることによって高励起エネルギー領域における二重ガモフ・テラー遷移を観測する手法を開発しました。この反応は、従来用いられてきた反応より高い効率で二重ガモフ・テラー遷移を起こすことができると期待されます。また、終状態の12Be(0+2)が電子・陽電子対を放出して崩壊することを利用して、陽電子が対消滅した際に放出されるガンマ線を検出することで、二重ガモフ・テラー遷移を選択的に捉えることができるという特長を持っています。
本研究グループは、理化学研究所RIビームファクトリー(RIBF)における不安定核ビーム生成分離装置BigRIPS(注6)を用いて、48Caから中間状態の48Scを経て終状態の48Tiに遷移する反応の反応率(二重微分断面積)を観測しました(図2)。
図2:実験セットアップ概略図。理化学研究所RIビームファクトリーのSRC加速器、BigRIPSを用いて測定を行った。
図3は、本研究によって導き出された二重ガモフ・テラー遷移強度を、終状態核48Tiにおける励起エネルギーに対してプロットしたものです。紫色の実線で示したのは殻模型による理論予測で、確かに、予言された励起エネルギー領域に遷移強度が観測されました。この意味で、今回採用した新手法により、二重ガモフ・テラー巨大共鳴の候補が初めて観測されたということができます。
ただし、理論予測曲線の高さは、データに合うように遷移強度全体を20%に減じたものです。本当に二重ガモフ・テラー遷移が大きく抑制されるのか、また、34MeV以上の領域に観測された理論予想と合わない構造は何なのか、今後、さらに統計量を高めた実験や、詳しい反応理論を用いた研究によって、明らかにしていく必要があります。
最近、二重ガモフ・テラー巨大共鳴と二重ベータ崩壊の類似性に着目した理論研究が行なわれ、二重ガモフ・テラー巨大共鳴の観測量を用いて、二重ベータ崩壊の起こりやすさがよく理解できることが指摘されました。特に、共鳴の中心エネルギーや遷移強度の情報から、現在理論計算の不定性が問題となっているニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の核行列要素(注7)の値に制限を与えられると期待されています。本研究の結果が二重ベータ崩壊の研究にも役立つことを期待しています。
図3:観測結果から得られた二重ガモフ・テラー遷移強度の励起エネルギー分布。殻模型計算[Shimizu et al. Phys. Rev. Lett. 120, 142502 (2018)]による理論予想(紫色の線)をあわせて示した。
論文情報
- 雑誌名
Progress of Theoretical and Experimental Physics論文タイトル
Candidate for the double Gamow-Teller giant resonance in 48Ca studied by the(12C, 12Be(0+2))reaction at 250 MeV/nucleon著者
A.Sakaue*, K.Yako, S.Ota, H.Baba, T.Chillery, P.Doornenbal, M.Dozono, N.Ebina, N.Fukuda, N.Fukunishi, T.Furuno, S.Hanai, T.Harada, S.Hayakawa, Y. Hijikata, K.Horikawa, S.W.Huang, N.Imai, K.Itahashi, N.Kobayashi, Y.Kondo, J.Li, Y.Maeda, T.Matsui, S.Y.Matsumoto, R.Matsumura, S.Michimasa, N.Nakatsuka, T.Nishi, K. Sakanashi, M.Sasano, R.Sekiya, N.Shimizu, Y.Shimizu, S.Shimoura, T.Sumikama, D.Suzuki, H.Suzuki, M.Takaki, S.Takeshige, H.Takeda, J.Tanaka, Y.K.Tanaka, Y.Togano, R.Tsuji, Z.H.Yang, K.Yoshida, M.Yoshimoto, J.Zenihiro, and T.Uesaka
(*責任著者)DOI番号
10.1093/ptep/ptae174
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(A)(課題番号:16H02197)」の支援により実施されました。
用語解説
注1 二重ガモフ・テラー巨大共鳴状態
原子核の高励起状態のうち、多くの核子が寄与する状態を巨大共鳴状態と呼びます。巨大共鳴状態の中でスピンとアイソスピン((注4)で後述)が変化する「ガモフ・テラー遷移」が二度起こるものを二重ガモフ・テラー巨大共鳴状態と呼びます。
注2 二重荷電交換反応
研究対象の原子核の陽子数を2変化させる反応を総称して二重荷電交換反応と呼びます。今回用いた(12C, 12Be(0+2))では、入射粒子側の陽子数が6(炭素の原子番号)から4(ベリリウムの原子番号)に変化し、それに伴い研究対象の原子核である48Ca(原子番号20)が48Ti(原子番号22)に変換されます。このように、二重荷電交換反応を引き起こすには、ビーム核の陽子数を2変化させることが必要で、重イオンビームを使った散乱実験が非常に強力な手段です。
注3 二重ベータ崩壊
ある原子核の中で2つのベータ崩壊が連続して起こる現象。一度のベータ崩壊ではニュートリノという素粒子が1つ放出されるので、二重ベータ崩壊ではニュートリノが2つ放出されることになります。ところが、もしニュートリノが粒子・反粒子の区別を持たない「マヨラナ性」という性質を持っていた場合、その2つのニュートリノが互いに反応することで消滅し(対消滅)、ニュートリノが放出されない二重ベータ崩壊(「ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊」)が起こりえます。ニュートリノがマヨラナ性を持つかどうかはまだわかっておらず、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の観測がニュートリノのマヨラナ性の直接的な証拠となるので、世界各地の施設で精力的に観測を試みる実験が行われています。
注4 スピンとアイソスピン
原子核の角運動量(自転)をスピンと呼びます。原子核を構成する陽子・中性子について「電荷の有無に差はあるが、質量や核力(強い相互作用)の働きがほぼ同じであるため、コインの表裏のように“核子”の二つの状態である」と考えるのが便利です。陽子と中性子を区別するため、1932年ハイゼンベルクがアイソスピンという量子数を導入しました。中性子をアイソスピン上向き(アイソスピン量子数I=+1/2)の状態、陽子をアイソスピン下向き(I=-1/2)の状態と表すことができます。アイソスピンが変化する、とは、陽子が中性子に、または、中性子が陽子に変化することを示します。
注5 二重ガモフ・テラー巨大共鳴の予言
励起エネルギーが通常のガモフ・テラーの2倍であること、ならびに、遷移強度の総和が原子核模型における相互作用などの詳細によらず、ほぼ一定値になり、その値は始状態核の情報から決まることが指摘されました。後者の性質は一般に和則と呼ばれます。
注6 BigRIPS
RIBFで使用される超伝導RIビーム分離生成装置。通常の実験では、生成標的にウランなどの重イオンビームを照射して生成される不安定核ビームを生成・分離する装置として用いられます。本研究の実験では、その「粒子の運動量・種類を分ける能力」を活かして、F0標的から放出された反応粒子の運動量を測定し、さらに背景事象粒子との分離をするという役割も担います。
注7 核行列要素
原子核のある始状態に遷移演算子を作用させて終状態との期待値を取った値。ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の起こりやすさは、ニュートリノの質量の絶対値と核行列要素の大きさの積に比例します。ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊が観測されれば、その起こりやすさからニュートリノの質量の絶対値を決定することができますが、核行列要素は理論計算では精度良く予言することが難しく、その不定性がニュートリノ質量の決定に大きな影響を与えるとして問題となっています。