2024-12-04 東京科学大学
ポイント
- 従来の面直磁場によるホール効果とは異なる、面内磁場によるホール効果を発見
- 軌道磁化がスピン磁化と独立に誘起されていることを実証
- ホール効果の理解の深化や、軌道磁化に基づく電子物性の開拓を進めるとともに、新たなデバイス応用の可能性を広げると期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo)※ 理学院 物理学系の打田正輝准教授の研究グループは、同大学 理学院 物理学系の石塚大晃准教授の研究グループと共同で、面直磁場による従来のホール効果とは異なる、面内磁場によるホール効果を発見しました。磁性ワイル半金属[用語1]薄膜の電気伝導を測定することで、面内磁場による大きな異常ホール効果[用語2]を観測し、この効果において、軌道磁化[用語3]がスピン磁化と独立に誘起されていることを見いだしました。
ホール効果は、1世紀以上にわたり電子の伝導状態の研究やデバイス応用の基盤となってきました。これまでホール効果は面直磁場にのみにより引き起こされるものとされていましたが、本研究では、理想的な磁性ワイル半金属であるEuCd2Sb2の薄膜に着目し、精密な電気伝導測定を行うことで、面内磁場による異常ホール効果を実証しました。面内磁場を印加しながらEuCd2Sb2薄膜のホール抵抗を測定したところ、異常ホール角[用語4]が0.4%に達する大きな面内異常ホール効果が観測され、面内磁場の角度に対して明瞭な3回回転対称性を示すことが分かりました。この効果は、面内磁場によって磁性ワイル半金属のワイル点[用語5]が面直方向にも分裂し、電子の波束の回転運動に相当する軌道磁化が誘起されることを示しています。今回の発見は、ホール効果に関する従来の常識を覆すものであり、軌道磁化に基づいた電子物性の開拓を進めるとともに、新しい磁場センサ等としてのデバイス応用の可能性を広げると期待されます。
本研究成果は、米国物理学会誌「Physical Review Letters」のEditors’ Suggestion に選ばれ、2024年12月3日(米国東部時間)にオンライン掲載されました。
※ 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
背景
ホール効果と呼ばれる電子の進行方向が曲げられる効果は、1世紀以上にわたり電子の伝導状態の研究やデバイス応用の基盤となってきました。ローレンツ力(荷電粒子が磁場から受ける力)を考えると分かるように、この効果を引き起こすためには、電子にはたらく電流とホール電圧の方向が作る面に垂直な面直磁場を印加する必要があります。そして、ホール電圧を電流の大きさで割って得られるホール抵抗は、図1左のように面直磁場成分の大きさを反映した磁場方位依存性を示します。
一方で、ベリー曲率[用語6]に基づいた異常ホール効果の表式によると、図1右に示すように、電流とホール電圧の方向が作る面に水平な面内磁場によってもホール効果を引き起こすことができると理論的には考えられます。しかしながら、この効果の大きさは一般的に非常に小さいと予測され、実験による観測は困難とされてきました。
図1. 面直磁場による従来のホール効果(左)と、面内磁場によって生じると考えられる新たなホール効果(右)。
研究成果
面内磁場による異常ホール効果の観測
本研究では、面内磁場による異常ホール効果を実証するために、磁性ワイル半金属に着目しました。トポロジカル物質の一種である磁性ワイル半金属は、ベリー曲率が発散するワイル点を持ち、大きな異常ホール効果を示します。特に、理想的な磁性ワイル半金属物質であるEuCd2Sb2では、フェルミレベル[用語7]近傍にワイル点を持つバンド分散のみが存在するため、大きな効果が期待されます。打田正輝准教授の研究グループは、2022年にEuCd2Sb2薄膜の作製を報告し、現在も世界で唯一の作製事例です。
本研究では、EuCd2Sb2薄膜の精密な電気伝導測定を行い、面内磁場による異常ホール効果の実証に成功しました。図2上に示すように、面内磁場を印加しながらEuCd2Sb2薄膜のホール抵抗を測定したところ、異常ホール角が0.4%に達する大きな面内異常ホール効果が観測されました。また、面内磁場の角度を60度変えるごとにホール抵抗の符号が反転し、明瞭な3回回転対称性を示すことが分かりました。
軌道磁化に基づいた理解
ある面で異常ホール効果が引き起こされる際、ワイル点はカイラリティ[用語8]の符号に応じて面直方向に分裂しています。面内磁場による異常ホール効果の観測は、面内磁場によってワイル点が面内磁場方向だけでなく面直方向にも分裂し、電子の波束の回転運動に相当する軌道磁化が面直方向に誘起されることを示しています。また、磁場を面内方向に強く印加して強磁性状態にした場合、スピン磁化は完全に面内方向を向くため、軌道磁化がスピン磁化と独立に誘起されていると理解できます。軌道磁化はベリー曲率と結びついたバンド分散の内部構造として理論の構築が進んできましたが、実験的な研究はこれまで遅れていました。今回の面内異常ホール効果の発見を契機として、今後、軌道磁化に基づく電子物性の研究が大きく進展することが期待されます。
図2. 面内磁場に対するホール抵抗の変化(上段)と、それに伴う軌道磁化の誘起(中段)、ワイル点の分裂(下段)。特定の面内磁場角度において面直方向にもカイラリティの符号に応じたワイル点の分裂が生じ、軌道磁化およびホール効果が誘起される。
社会的インパクト
ホール効果はこれまで面直磁場のみにより引き起こされるものとされ、ホールセンサをはじめとするデバイス応用の基盤となってきました。今回の発見は、面内磁場によってもホール効果が生じることを示し、従来の常識を覆したものと言え、ホール効果の新たな可能性を広げるものです。
今後の展開
本研究を契機として、軌道磁化に基づいた電子物性の研究が大きく進展することが期待されます。また、より高い温度において大きな面内異常ホール効果を示す物質の開拓が進むことで、新しい磁場センサ等としてのデバイス応用が期待されます。
付記
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR202N)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP22K18967、JP22H04471、JP21H01804、JP22H04501、JP22K20353、JP23K13666)、大隅良典基礎研究支援のもと実施されました。
用語説明
[用語1] 磁性ワイル半金属:トポロジカル物質の一種で、バンド分散においてワイル点と呼ばれる特異点が対となって現れる。
[用語2] 異常ホール効果:一般に、電子の進行方向が曲げられる効果をホール効果という。このうち、磁化を持つ物質において、外部磁場とは異なる形で引き起こされるホール効果を異常ホール効果という。
[用語3] 軌道磁化:電子の軌道運動によって生じる磁化のことで、自転運動によるスピン磁化とは異なる。
[用語4] 異常ホール角:異常ホール効果によって電子の進行方向が曲がる角度を表し、異常ホール効果の大きさの指標となる。
[用語5] ワイル点:バンドが3次元的に交差した特異点で、そのカイラリティの符号に応じてベリー曲率が発散的な湧き出しまたは吸い込みを示す。
[用語6] ベリー曲率:波動関数の位相変化に関連した量子幾何学量の一つで、波数空間における仮想的な磁場としてはたらく。
[用語7] フェルミレベル:電子によって占有されたバンドのエネルギーの最大値。物質の伝導状態を決める要因となる。
[用語8] カイラリティ:ワイル点を特徴づける2値の量子数。スピンと運動量の向きの関係を表すヘリシティと一致する。
論文情報
掲載誌:Physical Review Letters
論文タイトル:In-Plane Anomalous Hall Effect Associated with Orbital Magnetization: Measurements of Low-Carrier Density Films of a Magnetic Weyl Semimetal
著者:Ayano Nakamura, Shinichi Nishihaya, Hiroaki Ishizuka, Markus Kriener, Yuto Watanabe, and Masaki Uchida*
DOI:10.1103/PhysRevLett.133.236602
お問い合わせ
東京科学大学 理学院 物理学系
准教授 打田正輝
(JST事業に関すること)
科学技術振興機構 創発的研究推進部 東出学信