2024-10-02 国際農研,タイ農業協同組合省畜産振興局,農研機構,宮崎大学,沖縄県
ポイント
- 「イサーン」は、ウロクロア属で初めてアジア向けに開発された品種。多収の暖地型牧草1)であり、高い粗タンパク質含量2)を有する。
- アポミクシス3)のため、種子から均一な草地造成が容易で、低コストの放牧利用に適し、タイ王国農家の経営安定化や畜産業発展に寄与。
- 近年の地球温暖化の適応策として、南西諸島や九州~関東地方での利用拡大も期待。
概要
国際農研は、タイ農業協同組合省畜産振興局 (以下、「DLD」)、農研機構、宮崎大学、沖縄県と共同で、アジア向けの暖地型イネ科牧草ウロクロア属品種「イサーン」を育成しました。「イサーン」は日本では2021年8月に、タイ王国では2024年7月に品種登録されました。
「イサーン」は、既存品種より多収 (乾物収量:約20 t/ha) の暖地型牧草で、強い耐乾性、高い粗タンパク質含量等の良好な品質を有します。また、アポミクシス (無性生殖) のため受精せずに母株と同じ遺伝型を持つ種子をつけることができ、さらに初期生育も良好で雑草を抑制することから、均一性の高い放牧地・採草地の造成が容易です。低コストの放牧利用に適していることから、栄養価の低い稲わら中心の給餌体系の改善が課題になっているタイ王国の畜産業発展に寄与します。
今後、「イサーン」の種子は、商業利用に向けて、DLDの協力のもと増殖が進められ、日本とタイ王国の両国に供給される予定です。日本国内においても、近年の飼料価格の高騰、地球温暖化による寒地型牧草の夏枯れが社会的問題になっていることから、南西諸島の無霜地帯における多年利用や、九州から関東地方の牧草地における単年利用も期待されます。
関連情報
- 予算
- 運営費交付金「ブラキアリア育種」(2006~10年度)、「インドシナ農山村における農家経済の持続的安定性の確立と自立度向上」(2011~15年度)、「生物的硝化抑制 (BNI) 能を活用した環境調和型農業システムの開発」 (2016~20年度)、「熱帯性作物の持続的生産に向けた遺伝資源の情報整備と利用促進技術の開発および国内外との連携強化」(2021年度~)
問い合わせ先など
国際農研 (茨城県つくば市) 理事長 小山 修
研究推進責任者:
国際農研 プログラムディレクター 飯山 みゆき
研究担当者:
国際農研 企画連携部 安藤 象太郎
国際農研 熱帯・島嶼研究拠点 山中 愼介
国際農研 東南アジア連絡拠点 金森 紀仁
広報担当者:
国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
農研機構
研究担当者:
農研機構 畜産研究部門 畜産飼料作研究領域 蝦名 真澄
広報担当者:
農研機構 畜産研究部門 研究推進部研究推進室渉外チーム 髙橋 朋宏
宮崎大学
研究担当者:
宮崎大学 理事・副学長 明石 良
広報担当者:
宮崎大学 企画総務部 総務広報課 後田 剛史郎
沖縄県
研究担当者:
沖縄県 北部農林水産振興センター 幸喜 香織
広報担当者:
沖縄県畜産研究センター 企画管理班 知念 司
開発の社会的背景
ウロクロア属 (旧称、ブラキアリア属) 牧草は、世界の熱帯・亜熱帯で広く栽培されているイネ科の暖地型牧草で、高収量で強い耐乾性や放牧適性、高い粗タンパク質含量と優れた飼料特性を有しています。しかし、ウロクロア属は交配育種の歴史が浅いため、世界で登録されている品種は約20種しかありません。そのほとんどが南米およびオーストラリアで育成されており、アジアモンスーン地域向けに育成された品種はありませんでした。
一方、近年、アジア地域では食肉の消費が急増しており、それに伴い家畜頭数も増加しています。この状況下で、畜産農家は効率的な飼料生産技術の開発を迫られています。しかし現状では、栄養価の低い稲わら中心の飼料給餌体系、栄養不足による家畜の生産性や繁殖率の低下が課題になっています。これらの問題を解決するため、アジア地域の気候に適した高収量・高品質・低コストな暖地型牧草品種の育種開発が求められていました。
研究の経緯
国際農研は、農研機構、宮崎大学、沖縄県、DLDと共同研究を実施し、インドシナ半島や沖縄等の熱帯・亜熱帯地域向けの暖地型牧草品種の育種開発を行いました。各機関の役割分担は以下の通りです。
- 宮崎大学農学部が染色体倍加によって作成した有性生殖4倍体4)ルジグラス中間母本5)「宮沖国一号」を種子親として、国際熱帯農業研究センター (CIAT)から譲渡されたアポミクシスの交雑品種「ムラトー」を花粉親として、国際農研で交配。
- 次に、農研機構畜産研究部門・那須塩原研究拠点において、得られた交配株の選抜とアポミクシスを判定。
- DLDナコンラチャシマ家畜栄養研究開発センターで農業特性を評価。選抜された3系統の系統適応性検定試験6)を、同センターを含むタイ王国の5か所のDLD傘下の研究機関と沖縄県畜産研究センターで実施。
- 品種特性評価試験7)を同センターと沖縄県畜産研究センターの2か所で実施し、最終選抜。
ウロクロア属としては、日本とタイ王国では初めての品種登録だったため、新たな品種登録の基準が両国で作成されました。そして「イサーン」は、2021年8月に日本で品種登録され (国際農研ホームページ:知的財産関連情報)、タイ王国においても2024年7月に品種登録されました。「イサーン」はタイ語で「タイ東北部」を意味します。タイ東北部は、12月から4月までほとんど雨が降らない厳しい乾季と痩せた土地のため、農業生産性が低く、タイ王国の中でも貧しい地域です。同地域での本品種の生産性の高さも確認しており、同地域の農民の貧困解消に貢献したいと考え「イサーン」と名付けました。
アジアモンスーン地域向け牧草「イサーン」の特徴
- 「イサーン」はウロクロア属の牧草として日本とタイ王国で初となる品種です (写真1、2)。
- 「イサーン」は、乾物収量の平均値が1年あたり約20t/haと既存品種よりも多収で、暖地型牧草種として十分な収量性を有します (図1)。
- 「イサーン」の乾物率は、既存品種よりも低く推移しました (表1)。そのため、サイレージ8)調製には、あらかじめ水分含量を60~70%程度に調整する予乾が必要です。
- 「イサーン」は粗タンパク質含量に優れており、ナコンラチャシマ家畜栄養研究開発センターの1年目の1番草で17.2%でした。なお、粗タンパク質含量の変動は大きく、適切な刈り取り時期を選ぶ必要があります。TDN (可消化養分総量) 含量9)は、既存品種と同等でした (表2)。
- アポミクシスのため、均一性の高い放牧地・採草地の造成が可能です。
今後の予定・期待
イサーン種子の商業利用に向けて、DLDの協力のもと増殖が進められ、日本とタイ王国の両国に供給される予定です。
日本の南西諸島の無霜地帯では、「イサーン」を多年利用することが可能です。種子から均一な草地造成が容易で、低コストの放牧利用に適していること、高品質 (高い粗タンパク質含量) で収量が多いことから、価格が高騰している濃厚飼料の購入を減らし、農家の経営安定化につながると期待されます。
また、近年の夏季の高温により寒地型牧草の夏枯れが問題となっており、地球温暖化の適応策として、南西諸島以外の地域でも暖地型牧草の利用拡大が求められています。「イサーン」は高温や乾燥に強く、種子で繁殖するため、九州から関東地方にかけて、牧草地における単年利用も期待されます。
「イサーン」は高収量・高品質、さらに管理が容易という特徴があり、アジアモンスーン地域のニーズに応えられる可能性が高いと考えられます。栄養価の低い稲わら中心の飼料給餌体系では、家畜の肥育期間が長くなりますが、栄養価の高い飼料に移行することで肥育期間を短縮でき、結果として家畜のげっぷから発生するメタンガスの削減にもつながると期待されます。
用語の解説
- 1) 暖地型牧草
- 暑い地域に適応した牧草類で、暖地型イネ科牧草の大部分はC4植物です。肉用繁殖牛や乳用牛などの家畜に必要な栄養価や収量性を備えています。暖地型牧草のほとんどは多年生ですが、日本国内で栽培する場合、多くのものが九州本土以北では越冬できないため、これらの地域では一年生作物として栽培されています。
- 2) 粗タンパク質含量
- 牧草に含まれる植物性タンパク質やアミノ酸等の含量です。
- 3) アポミクシス
- 受精を伴わない無性生殖によって種子が生産されます。種子から育つ植物体は種子親と遺伝的に同一のクローンです。そのため、遺伝的に均一性の高い草地を造成することができます。
- 4) 4倍体
- 体細胞の染色体数は、通常生殖細胞の染色体数の2倍ですが、体細胞の染色体数がさらに倍になったものを4倍体と言います。
- 5) 中間母本
- 有用な1以上の形質について優れた遺伝的特性を備え、その特性が持続するものであって、新品種育成のための母本として効率的に利用可能な系統を言います。
- 6) 系統適応性検定試験
- 育成中の系統の中で有望な系統については、その優れた特性が発揮でき、普及に適した地域を明らかにするため、系統適応性検定試験とよばれる地域適応性の試験を行います。
- 7) 品種特性評価試験
- 品種登録に必要な特性を明らかにするための試験です。
- 8) サイレージ
- 牧草を密封し乳酸発酵させることによって保存性を高めた飼料です。
- 9) TDN (可消化養分総量) 含量
- 牧草に含まれるエネルギーを評価する指標です。
参考図
写真2 タイ王国での系統適応性検定試験圃場
一番手前の矢印で示した区画が「イサーン」 (2014年9月撮影)
図1 ウロクロア属品種の乾物収量比較 (2013~2014年)
表1 系統適応性検定試験における乾物率 (%) の推移
タイ王国、パクチョン、2013年から2014年、異なる文字間に5%有意差あり
表2 系統適応性検定試験における飼料成分分析結果 (乾物あたりの%)
タイ王国、パクチョンの2013年1番草
ADF: 酸性デタージェント繊維 (主成分はセルロースとリグニン)
NDF: 中性デタージェント繊維 (飼料中の総繊維量。主成分はセルロース、ヘミセルロースとリグニン)
ADL: 酸性デタージェントリグニン (主成分はリグニン)
TDN: 可消化養分総量 (North Carolina Department of Agriculture and Consumer Services, Feed and Forage Laboratoryの推定式により算出)