物質の未知の振る舞いに迫る!新世代の分析技術でエネルギー分解能の世界記録を更新~NanoTerasuが2025年3月から世界最先端の分析装置を共用~

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2024-09-18 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • 世界最高性能を達成:NanoTerasuにおいて、新世代の分析技術を取り入れた放射光X線実験装置を整備、世界最高の性能(エネルギー分解能16.1meV)を達成。従来の記録(22meV)を大きく更新し、測定の高効率化にも成功。
  • 2025年から広く利用可能に:本装置を当初予定より早く、2025年3月から国内外の研究者に共用開始。次世代デバイス開発をはじめ、材料科学やライフサイエンスなど幅広い分野において革新的な研究の成果を期待。

概要

量子科学技術研究開発機構(理事長 小安重夫、以下「QST」)NanoTerasuセンターの宮脇淳主幹研究員らは、3GeV高輝度放射光施設NanoTerasuにおいて、X線実験技術「共鳴非弾性X線散乱(RIXS)」用の装置を整備し、世界最高の測定性能を達成しました。この装置は物質にX線を当てて、物質の性質に応じて少しエネルギーが小さくなって跳ね返ってくるX線を精密に調べることで、物質の特性や機能が生じる原因を詳細に分析できる画期的なものです。
物質の特性や機能の根源を知るためには、物質内部で起きるごく微細なエネルギーのやり取りを詳しく観察することが重要です。例えば高温超伝導や次世代デバイスの開発のためには、物質中の電子やスピン(原子レベルの磁石)の挙動の詳細を知る必要があります。これらの挙動に伴うエネルギーの変化はRIXSで測定できますが、その変化量は非常に小さく、また跳ね返ってくるX線の強度が非常に弱いため、これまでは精密な解析が困難でした。
​QSTではNanoTerasuの共用ビームラインBL02Uにおいて、加工精度の高い回折格子や空間分解能の高い検出器を用いることで、これまでのエネルギー分解能(注1)の世界記録を塗り替えることに加え、様々なエネルギーのX線を一度にあてて、まるでたくさんのカメラで多数の同じ測定を一度に行うような新技術を開発したことで、これまでの困難を克服し、より短い時間で、より鮮明に測定を可能としました。また、非常に強いX線を取り出せるNanoTerasuの加速器や光源装置もこれらに貢献しています。
本装置は2025年3月から国内外の研究者にご利用いただけます。今回の成果は、世界中から放射光技術開発分野の最先端で活躍する研究者・技術者が集まる国際会議(15th International Conference on Synchrotron Radiation Instrumentation、2024年8月26~30日、Hamburg)において報告し、非常に大きな反響がありました。今後さらに開発を進め、10meVのエネルギー分解能を目指します。

(注1)物質内のエネルギー変化をどれだけ細かく見分けることができるかを示す指標をエネルギー分解能といい 、その値は見分けられる限界のエネルギー差を表します。低エネルギー分解能では全体がぼんやりとしか見えないのに対して、高エネルギー分解能なら細部の特徴が鮮明に見えます。これにより精密な解析が可能になるだけでなく 、これまでは見ることができなかったエネルギーのやり取りが見えることで、革新的な発見につながります。

開発の背景と目的

共鳴非弾性X線散乱(RIXS)1)は、放射光X線を用いる非常に強力な分光手法です。そのため、世界中の放射光施設で最先端の装置開発が進められています。最大の開発目標は、わずかなエネルギーの励起を詳細に観察するためにエネルギー分解能を高めることです。特に軟X線領域のRIXSは、この20年間で急速にエネルギー分解能が向上し、物性研究における重要性が高まっています。QSTではNanoTerasuにおいて、世界最高のエネルギー分解能を目指した軟X線RIXS装置の設置を進めてきました。
ただし、従来の方法では高エネルギー分解能化の限界が見えていました。従来法では、ビームラインで単色化したX線を試料に照射し、試料からの散乱X線をまとめて取り込んで分光することによってRIXSスペクトルを得ていました。
この方法は原理的に、高分解能化するほど光源からのX線の利用効率が落ちるため、全体の測定効率も著しく減少します。測定効率の低下は単に測定時間の長大化だけでなく、室温や試料、光学素子の温度などの実験結果に影響する要因を一定範囲に保持し続けることを困難にします。そのため、高エネルギー分解能と高測定効率の両立が求められていました。

開発した装置の概要

従来法の限界を突破するために、BL02Uでは「2次元RIXS(2D-RIXS)」という新しい分光手法を導入しました。2024年3月に装置の建設が完了し、4月のNanoTerasu共用開始と同時に立ち上げ調整を開始した結果、2D-RIXS法の優位性を証明する形で世界記録となるエネルギー分解能を達成しました。

物質の未知の振る舞いに迫る!新世代の分析技術でエネルギー分解能の世界記録を更新~NanoTerasuが2025年3月から世界最先端の分析装置を共用~
​図1 NanoTerasu BL02Uと2D-RIXS分光器の概観

図1にビームラインBL02Uと2D-RIXS分光器の概観を、図2に2D-RIXS分光の原理を示します。2D-RIXS分光器は、照射X線と散乱X線のエネルギー差を求めるために、鉛直面内と水平面内とが異なる役割を果たします。これらの面は直交しているため、互いに影響を及ぼしません。以下では、それぞれの役割について説明します。

(1)鉛直面内

ビームラインでは、NanoTerasuの電子蓄積リングから供給される放射光白色X線をエネルギー分散2)させ、鉛直方向に連続的なエネルギー分布を持ったX線を生成します。このX線を試料に直接照射し、そこから散乱したX線を結像鏡で検出器に向けて反射します。結像鏡は試料上のX線照射範囲の像が検出器上に拡大して結ぶように設計しています。したがって、散乱X線の検出器への鉛直方向の入射位置は、元の照射X線のエネルギーに対応します。

(2)水平面内

水平面内では、回折格子を用いて散乱X線を検出器の方向に回折します。このとき回折格子の作用によってエネルギー分散が生じ、検出器上の水平方向の異なる位置には異なるエネルギーのX線が到達します。したがって、検出器の水平方向は、散乱X線のエネルギーに対応します。

エネルギー分散光を用いることで出射側に光量減少の原因となるスリットを用いないように、ビームラインと2D-RIXS分光器を一体的に設計しました。また、散乱X線の2次元強度分布を測定する検出器は、2次元的に2つのエネルギー情報を同時に取得できますが、これは従来法で照射X線エネルギーを少しずつ変えながら繰り返していた測定(60~100回程度)を、1回の2次元スペクトルの測定に置き換えることを意味します。以上により、高分解能化と高測定効率の両立が実現できました。
超高エネルギー分解能を実現できた要因は、加工精度の高い回折格子や空間分解能の高い2次元検出器を用いたことにあります。さらに今回の場合、回折格子と検出器との間の距離を離すほど、エネルギーの異なるX線は互いに検出器上の離れた位置に届くことになり、高分解能化に有利に働きました。本装置では試料~回折格子~検出器の距離を約12mとしました。

2D-RIXS分光器の原理
​図2 2D-RIXS分光器の原理

開発の成果

図3に、多層膜を試料として銅元素のX線吸収端エネルギー(Cu L3-edge)に相当する930 eVの放射光軟X線を照射したときの、弾性散乱スペクトルを示します。得られたスペクトルをガウス関数でフィッティングして、ピークの1/2の高さでの全幅をエネルギー分解能として評価しました。その結果、本装置のエネルギー分解能は約16.1 meVで、従来の世界最高分解能である約22 meVよりも高分解能であることが確認できました。
また、2D-RIXS分光器によって十分なスペクトル強度を得られることも確認できました。この新分光手法により、これまで観測できなかったごくわずかなエネルギーの励起を検出できるようになり、RIXS分光法の適用範囲の拡大に寄与するものと考えられます。例えば、これまでRIXSでは観測できなかった銅酸化物超伝導体の超伝導ギャップや磁性体における低エネルギーマグノンの直接観測を可能にし、それらの性質に関する新たな知見が得られることで、高温超伝導メカニズムの解明やマグノニクスデバイスの実現に向けた基礎研究に大きく貢献すると期待されます。

NanoTerasu BL02U 2D-RIXS分光器のエネルギー分解能
​図3 NanoTerasu BL02U 2D-RIXS分光器のエネルギー分解能

今後の展開

QSTでは今回開発した2D-RIXS装置の性能をさらに高めるべく開発を進め、共用ビームラインとして2025年3月から外部の方にご利用いただく予定です。この装置には、世界最高のエネルギー分解能と効率的なデータ取得能力を求めて世界中から多くの研究者が集まり、材料科学やライフサイエンスをはじめとした多様な分野で革新的な成果が量産されると期待されます。
今回は2D-RIXS装置が原理通りの性能を発揮できることを示しましたが、目指す最終目標は10meVを超えるエネルギー分解能です。超高分解能RIXSを、物質・材料研究の一般的・普遍的手法として確立し、物質・材料の機能発現メカニズムに係るわずかなエネルギーの励起が議論できる世界トップクラスの性能を維持できるよう、今後も開発を進めていきます。

用語解説

1)共鳴非弾性X線散乱(RIXS)
X線非弾性散乱は、照射X線と試料との間でエネルギーの授受があり、照射X線とは異なるエネルギーのX線が散乱される現象。エネルギーの授受は、試料中の化学結合に係わる電子や物性を決定づける準粒子(固体内の集団運動を量子力学的に扱ったもの。スピンの集団運動はマグノン、格子振動に対するフォノンなど)の励起によって生じます。
​試料中の元素の電子準位間のエネルギー差(X線吸収端)に相当するX線を用いると、散乱強度の増大効果が生じます。この場合を特に「共鳴」非弾性X線散乱と呼びます。
RIXS分光法は照射にも検出にもX線を用いることから、バルク敏感で、電場や溶液中など試料環境の自由度が高いために動作中のデバイス等機能性材料の測定(オペランド測定)にも適しています。
ただし、一般にRIXSで観測される励起のエネルギーは非常にわずかであるため、非常に高いエネルギー分解能が必要です。これは画像や映像でいう解像度に相当するもので、下図に示すように高解像度(スペクトル中のピークが細い)ほど、くっきりと見える(近接するピークがはっきり区別できる)ことと同じです。

エネルギー分解能の相違によるスペクトルの変化
​図4 エネルギー分解能の相違によるスペクトルの変化

2)エネルギー分散
X線がエネルギー(波長)ごとに異なる方向に分離される現象。回折格子は、回折現象を利用してエネルギー分散を生じさせることのできる光学素子の一種です。蓄積リングから得られる放射光はエネルギーが連続したX線なので、進行方向に応じて連続的にエネルギーが変化するようなX線を生成することができます。

学会発表

タイトル:Current Status of NanoTerasu BL02U: beamline for ultrahigh resolution resonant X-ray inelastic scattering
著者:J. Miyawaki, K. Yamamoto, K. Fujii, K. Horiba, Y. Ohtsubo, H. Iwasawa, M. Kitamura, T. Imazono, N. Inami, T. Nakatani, K. Inaba, A. Agui, T. Takeuchi, H. Kimura, and M. Takahashi
著者所属:NanoTerasu Center, National Institutes for Quantum Science and Technology
学会名:15th International Conference on Synchrotron Radiation Instrumentation

2004放射線利用
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