2024-09-06 森林総合研究所,北海道立総合研究機構,農研機構,苫小牧工業高等専門学校
ポイント
- ドローンを用いたジャガイモ畑の畝の高さの計測結果を指標とすることで、防風林が土壌侵食を防ぐ効果を高精細に可視化しました。
- レーザースキャナを搭載したiPadやiPhoneだけでも畝の高さを計測でき、より簡便な調査で防風林の効果を把握できました。
- 計測データから3Dプリンタで作成された立体模型は、防災教育や森林環境教育にも活用されています。
概要
国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、北海道立総合研究機構森林研究本部林業試験場、農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター、京都府立大学、苫小牧工業高等専門学校の研究グループは、ジャガイモ畑の畝の高さを指標とすることで、防風林が土壌侵食を防ぐ効果(風食防止効果)を高精細かつ簡便に可視化できることを明らかにしました。
防風林は畑の表土の喪失や大規模な風害発生を防ぐ重要な役割がありますが、農作業の効率化のため減少が進んでおり、特に北海道で顕著です。防風林の取り扱いを農家が決めるには、防風林の効果を可視化する必要がありました。本研究では、強風による農地の土壌侵食の程度を表す指標としてジャガイモ畑の畝の高さを設定し、ドローンによる計測結果を用いることで、防風林の風食防止効果を高精細に可視化することに世界で初めて成功しました。また、ドローンの代わりに、レーザースキャナを搭載したiPadやiPhoneも畝の計測に有効であり、身近な機器を活用して地域住民自身が簡便に防風林の効果を把握できることも示しました。さらに、本研究では計測したiPadのデータから畝の立体模型を3Dプリンタで作成しました。この模型は防風林の風食防止効果を可視化、可触化する教材として防災教育や環境教育(木育)に活用されています。
本研究成果は、2024年3月12日にComputers and Electronics in Agriculture誌でオンライン公開されました。
背景
我が国では農作業の効率化に伴い、農家の所有する防風林の減少が進んでおり、特に北海道で顕著です。北海道では開拓後に風による土壌侵食(風食)や作物被害が多発した歴史があり、農地の周りに多くの防風林が植えられてきました。特に道東では防風林が地域を代表する自然景観となってきました。しかし、過去の被害を知る世代から代替わりし、防風林の役割についての認識は薄れ、防風林の近くは日陰になる、大型機械での作業の妨げになるなどの理由により防風林の減少が進んでいます。一方で、この防風林の減少にともなって、土壌侵食や作物被害がたびたび発生しています。大規模な被害が今後起こらないようにするため、農家が防風林の効果を十分に理解した上で、その取り扱いを検討判断できるようにする必要があります。
現在行われている気象観測に基づく防風林の効果把握では、一か所の畑での調査であっても、防風林からの距離が異なる多地点に観測機器を設置する必要があります。この方法は労力も時間もかかるため手軽に調査できるものではなく、実施できる畑の数が限られます。一方、ドローンのように遠隔から観測する手法(リモートセンシング)であれば、少ない労力と時間で広い範囲を計測できるため、条件の異なる様々な畑での効果把握に使える可能性があります。しかし、この手法では侵食前後の二度、畑全体の地表面の地形を極めて正確に測量し、緯度経度が同じ地点の標高変化を算出する必要があり、その困難さから、農地の土壌侵食に対する防風林の効果の観測には用いられてきませんでした。
内容
防風林の風食防止効果を可視化するため、本研究ではジャガイモ畑の畝に着目しました。ジャガイモ畑では、培土を行い等間隔で列状に畝を作り、畝の中に種イモが植えられます。畝は農業機械を用いて同じ高さ・形で作られ、風によって侵食された部分は高さが低下します(写真1a)。そこで、畝の高さを侵食の程度を表す指標としました(写真1b)。これまでリモートセンシングでは、風食の前と後の二回、絶対座標(緯度、経度、標高)を厳密に測定し、風食前後の標高差を算出する必要がありました。それに対し、畝の上部と下部の差という相対的な高低差(写真1b)の計測で、なおかつ畝上部の侵食と畝下部への堆積を合わせて評価できる畝の高さを侵食の指標とすることで、場所による侵食量の違いを検出する際に絶対座標の誤差による影響を軽減できました。さらに、防風林で守られた畝と守られなかった畝を、強風後に一度調査するだけでも、防風林の効果を評価できるようになりました。
農研機構北海道農業研究センター芽室研究拠点(北海道芽室町)内の防風林(樹高12.5m、2列植え)が設置されたジャガイモ畑において、2022年5月に観測した結果を示します。ここでは、4月下旬に畝が作られた後、強風による土壌侵食が起こりました。ドローンによる調査から、防風林によって風速が低下した場所で畝の高さが高く、侵食が防がれたことを明瞭に可視化できました(図1)。
より簡便な手法として、レーザースキャナを搭載したiPadやiPhone*1を使えることもわかりました。iPadのLiDARセンサーを畝に向け、無料のアプリで畝の高さを計測するだけで、防風林による畝の侵食防止効果を可視化できました(図2)。防風林によって畝の侵食が防がれたことは、表土が畑から失われずに済んだだけでなく、ジャガイモの緑化*2を防ぎ農業生産に役立ったことも示しています。
写真1. (a)侵食前後の畝の様子と(b)畝の高さの定義
図1. 侵食発生日の風速とドローンから得られた侵食後の畝の高さの防風林風下における空間分布
図2. iPadの計測データから作成された侵食後の畝の模型
今後の展開
本研究で示したドローンを用いた調査により、強風に伴う土壌侵食が発生した際に、防風林の効果を迅速に多数のジャガイモ畑で計測できます。また、畝の高さは定規などを用いて誰でも測定できる指標であるため、防風林からの距離が異なる畝で高さを測ることにより、農家が自分自身の畑で防風林が効果を発揮していること、およびその効果がどれだけの距離まで及んでいるかを簡易的に把握することが可能になります。さらにiPadやiPhoneを使えば、一般に普及しているアプリを用いて高精細なデータを得ることもできます。本研究でiPadの計測データから作成された畝の立体模型(図2)は、既に10件以上の高校や農業大学校での授業・一般市民向けの木育セミナー・自治体職員の研修で、防災や森林機能の普及に活用されています。防風林の効果は、強風時には大きくなりますが、強風が起こらない平常年には目立ちません。一方で、日陰や作業障害といったデメリットは、防風林のすぐそばでしか発生しないにもかかわらず、平常年にも目についてしまいます。防風林の取り扱いを検討する上で、強風時に発揮される効果を十分に理解し、デメリットと比較する必要があります。本手法のように簡便な調査により、強風時の効果をわかりやすい形で記録し伝えることで、防風林の効果の理解促進につながると期待されます。
論文
論文名:Remote sensing of soil ridge height to visualize windbreak effectiveness in wind erosion control: A strategy for sustainable agriculture
著者名:Kenta Iwasaki, Seiji Shimoda, Yasutaka Nakata, Masato Hayamizu, Kazuki Nanko, Hiroyuki Torita
掲載誌:Computers and Electronics in Agriculture
DOI:10.1016/j.compag.2024.108778
研究費:文部科学省科学研究費補助金「JP20K06151」、環境省地球環境保全等試験研究費「農2254」
共同研究機関
道総研森林研究本部林業試験場、農研機構北海道農業研究センター、京都府立大学、苫小牧工業高等専門学校
用語解説
*1 レーザースキャナを搭載したiPadやiPhone
レーザー光を使って物体への距離や3D形状を測定するLiDAR(Light Detection and Ranging)センサーは、2020年以降に発売されたiPhone Pro、iPhone Pro MaxおよびiPad Proに搭載されています。(2022年のプレスリリース「誰でも簡単、スマホで樹木測定―木の直径を測るアプリがリリースされました―」参照)。
※iPad、iPhoneはApple inc.の商標です。
*2 緑化
育ったジャガイモが土から露出すると、日光が当たり、イモが緑色になります。これを緑化と呼びます。イモが緑化すると、ソラニンなどの有毒物質が生成されるため、販売できなくなります。
お問い合わせ先
研究担当者:
森林総合研究所 森林災害・被害研究拠点 主任研究員 岩﨑健太
広報担当者:
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係