従来より1桁以上高速!レアメタルフリーな高速・高効率りん光を実現~有機分子の高速りん光メカニズムを解明~

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2024-07-04 大阪大学

自然科学系
理学研究科 助教 谷 洋介

研究成果のポイント
  • レアメタルを使わない、有機分子のりん光の高速化・高効率化に成功。そのメカニズムを解明
  • 開発した有機分子のりん光効率は世界記録を2倍以上上回り、りん光速度は従来の1桁以上という好成績を収めた
  • 従来のレアメタル材料を凌駕・代替しうる有機発光材料の開発に期待
概要

大阪大学大学院理学研究科の谷洋介助教らの研究グループは、九州大学大学院理学研究院の宮田潔志准教授らのグループと共同で、有機分子のりん光効率の世界記録を大きく更新し、その鍵である高速りん光のメカニズムを解明しました(図1)。

りん光は、高エネルギー状態の分子が電子スピン(自転のようなもの)の向きを変えながら発光する現象で、有機ELやがんの診断に有用です。

これまで高効率なりん光を得るには、イリジウムや白金などのレアメタルを使うことが重要と考えられていました。しかし、レアメタルは安定供給に課題があり、また、レアメタルを使わずに有機分子で高効率なりん光を実現するメカニズムについては解明されていませんでした。

今回、研究グループは、独自に開発した有機分子「チエニルジケトン」が高効率なりん光を示すことを明らかにしました。その分子のりん光が従来の有機りん光材料より1桁以上も高速であることを見出し、さらに、有機分子で高速りん光が得られたメカニズムを解明しました。これによりレアメタルに頼らずにりん光を示す有機分子の設計指針が得られ、レアメタル材料を凌駕・代替する有機りん光材料の開発が期待されます。

本研究成果は、英国王立化学会の「Chemical Science」に、2024年7月4日(木)18時(日本時間)に公開されました。また、当該号のInside Back Coverにて本研究がハイライトされました。

従来より1桁以上高速!レアメタルフリーな高速・高効率りん光を実現~有機分子の高速りん光メカニズムを解明~
図1. 開発した分子の構造とりん光の写真(紫外光を当てながら撮影)。溶液中だけでなく、高分子に添加し製膜した状態や、固体状態でも効率よく光る。

研究の背景

りん光は、有機ELやがんの診断などに有用な光機能です。これまで、高効率なりん光を得るにはイリジウムや白金を使うことが重要であり、レアメタルを含まない有機分子では効率のよいりん光は得られないと考えられていました。

その大きな原因として、有機分子のりん光は極めて“遅い”現象であることが挙げられます。りん光は、分子が高エネルギー状態から低エネルギー状態に変化するときに生じ得ますが、このとき分子は光ではなく熱などのかたちでエネルギーを失うこともあります。りん光はこの過程と競合関係にあるため、りん光が遅い場合には「先を越されやすい」ことになり、効率は上がりません。これまでの研究でも、いくつかの部分構造を有機分子に組み込むことが高速化に有効であると知られていましたが、レアメタル材料のりん光の速度には遠く及ばないなどの課題を抱えていました。

一方、レアメタルは産出量が少なく、安定供給に課題があるため、リサイクルや代替材料の開発が求められています。

研究の内容

研究グループでは、独自に開発したレアメタルを含まない有機分子「チエニルジケトン」(図1)の発光を時間分解分光などの方法で詳細に調べました。その結果、この分子のりん光効率が溶液中では最大38%であり、これまでの世界記録を2倍以上も上回ることを解明しました。また、この分子を高分子に少量添加することで作製した薄膜は、大気下で50%を超えるりん光効率を示しました。

さらに、この高効率なりん光の起源が、りん光の高速化にあることも明らかにしました。その速度は約5,000毎秒と見積もられましたが、これは従来の有機分子より1桁以上大きく、レアメタルである白金を使ったりん光(約8,300毎秒)に迫るほどの速度でした(図2)。この高速りん光のメカニズムは、量子化学計算によって解明されました(図3)。りん光は三重項状態という高エネルギー状態から生じる発光ですが、一般的に、純粋な三重項状態は発光しません。しかし今回の分子の三重項状態には、発光性の強い別の状態が1%ほど混合していることがわかりました。このような強い状態混合が、高速りん光を可能にしたと考えられます。このメカニズム解明により、レアメタルを使わずに高速りん光を実現するための分子設計の指針が得られました。

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図2. りん光の高速化とその効果を示すグラフ。従来の分子は青いマル、今回開発した分子はオレンジの◇で表してある。kpはりん光の速度。今回は、従来に比べkpが約50倍になっている。りん光はグラフの上にいくほど効率がよく、高速化によって効率が上ったことがわかる。

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図3. 高速りん光のメカニズムをイメージした絵。別の状態が混合し高速りん光が生じる様子を、中央の分子に青い光が集まって黄色い光になるさまとして表現した。©YAP. Co., Ltd.

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、レアメタルに頼らずにりん光を示す有機分子の設計指針が得られ、レアメタル材料を凌駕・代替する有機りん光材料の開発が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年7月4日(木)18時(日本時間)に英国王立化学会の「Chemical Science」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Fast, efficient, narrowband room-temperature phosphorescence from metal-free 1,2-diketones: rational design and mechanism”
著者名:Yosuke Tani, Kiyoshi Miyata, Erika Ou, Yuya Oshima, Mao Komura, Morihisa Terasaki, Shuji Kimura, Takumi Ehara, Koki Kubo, Ken Onda, and Takuji Ogawa
DOI:https://doi.org/10.1039/D4SC02841D

なお、本研究は、JSPS科研費(23H03955, 22H02159, 20H05676, 19K15542, 22J12961)、東燃ゼネラル石油研究奨励・奨学財団、泉科学技術振興財団、矢崎科学技術振興記念財団、豊田理化学研究所、住友財団の支援により実施されました。

この研究についてひとこと

この分子は偶然見つかったもので、初めはなぜここまで優れた性能を示すのかわかりませんでした。しかし、研究が進むにつれてパズルのピースが繋がるように理解が深まりました。今では、ここまでメカニズムが明快になった分子材料はこれまでにないと感じています。一方で、まだまだ奥が深いとも感じており、応用展開も含めて今後が楽しみな分子です。


レアメタル
イリジウムや白金などの一部の金属は、電子機器などの重要資源である一方、産出量が少なく、特定の国に偏在しているため、レアメタルと呼ばれる。安定供給が課題で、リサイクルや代替材料の開発が求められている。

りん光
発光の一種。高エネルギー状態の分子が、電子スピン(自転のようなもの)の向きを変えながら発する光をりん光と呼ぶ。りん光を示す有機分子はごく限られているが、発光が長く続く・酸素センサーとしてはたらく・有機ELの理論効率が高いなど、優れた特徴をもつ。

りん光速度
りん光の生じやすさの指標であり、光の速度(一秒間に進む距離)とは異なる概念。厳密には「速度定数」であり、りん光の速度自体は、りん光を生じる高エネルギー状態の分子の量にも依存する。

有機EL
電圧をかけることで発光する素子のうち、有機物を含むもの。ディスプレイや照明に使われる。りん光は、より一般的な発光である蛍光に比べて、電力を光に変換する効率(の理論的な上限)が高いという利点がある。しかし、実用化されているりん光材料はイリジウムを含んでおり、代替材料の開発が求められている。

時間分解分光
分子が発光するためには、発光するためのエネルギーをもった高エネルギー不安定状態(励起状態)をとる必要がある。この励起状態は多くの場合ピコ秒-マイクロ秒といった非常に短い時間で変化するため、調べるためには時間分解能が非常に高い分光分析技術を用いる必要がある。本研究で用いた時間分解過渡吸収測定の時間分解能は100フェムト秒(10兆分の一秒)。

量子化学計算
分子や物質の電子状態を、量子力学に基づいて計算する手法。りん光などの光機能は分子の電子状態から予測・理解することができるため、メカニズムの解明だけでなく、新材料の設計などにも役立っている。本研究の計算には、自然科学研究機構 計算科学研究センターの計算機を利用した。

三重項状態
分子がもつ電子のスピン(自転のようなもの)の向きに関する量子状態。一般的な有機分子はスピンの向きが打ち消しあっているのに対し、三重項状態では電子がひとつだけスピンの向きを反転させて存在している。

0500化学一般
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