エステルを還元する新規光触媒を開発~エステルからアルコールへの光触媒多電子還元を達成~

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2024-06-17 分子科学研究所

【発表のポイント】
  • 高い酸化還元性能を示す新規光触媒N-BAPを開発し、これまで困難であった有機化合物(エステル)の多電子を必要とする還元反応に成功しました。
  • N-BAPの触媒作用のもと、天然に広く存在するシュウ酸塩と水によってエステルを還元しアルコールを生成することが出来ます。
  • 従来の金属還元剤とは異なり、N-BAP触媒は環境調和性が高い有機合成技術として、持続可能な社会への貢献が期待されます。
【概要】

分子科学研究所の奥村慎太郎助教(現 京都大学工学研究科助教)、服部修佑院生、魚住泰広教授(総合研究大学院大学 教授)らの研究チームは、新規光触媒N-BAPを開発し、N-BAPが従来の光触媒ではできなかったエステルの多電子還元反応を促進することを明らかにしました。N-BAPの触媒作用のもと、天然に広く存在するシュウ酸塩と水によってエステルを還元できるため、環境調和性が高い有機合成技術として、持続可能な社会への貢献が期待できる成果といえます。
本研究成果は、国際学術誌『Journal of the American Chemical Society』に、2024年6月14日付でオンライン掲載されました。

1.研究の背景

エステル(1)は天然物・医薬・農薬・有機材料などに幅広く存在する基本的な化合物群です。エステルは還元することでアルコールへと変換でき、この還元反応は重要な分子変換反応のひとつとして広く利用されています。しかし、エステル還元には、反応性が高く、取り扱いが難しい高価な金属還元剤を当量以上使用する必要があり、持続可能な開発目標(SDGs)に適した還元手法の開発が望まれています。
一方、光触媒反応は、可視光をエネルギー源として酸化還元を実施できることから環境調和性に優れた有機合成手法として注目されています。しかし光触媒反応では還元に伴う電子移動が1つずつ進むことに起因して、多電子を必要とする還元反応は困難とされてきました。そのため、4電子を必要とするエステルのアルコールへの光触媒還元は未開拓でした。

2.研究の成果

今回、研究グループは二つの窒素を有する4環性のカチオン(2)性分子であるジアザベンゾアセナフテニウム触媒(N-BAP)を新たに設計・合成しました(図1)。N-BAPは可視光を吸収し、高い酸化還元性能を示すことを明らかにしました。


図1:本研究で開発した光触媒N-BAPの構造(左)と外形写真(右)

N-BAPは水とシュウ酸塩(3)存在下、青色光を照射することで、触媒的にエステルを4電子還元しアルコールを与えました(図2)。高価な金属還元剤を用いずに、植物や鉱物に広く存在するシュウ酸塩によって還元が進行することはSDGsに合致した還元手法といえます。一方、N-BAPに代えて光酸化還元反応で広く用いられているイリジウムやルテニウムなどの貴金属光触媒を用いた場合では、アルコールはほとんど生成しませんでした。本反応では、エステルが4電子還元され、カルビノールアニオン(4)が生じ、続いて水と反応することでアルコールが生成していると考えられます。そこで、本還元条件下、エステルともう一分子のカルボニル化合物を共存させることで、カルビノールアニオンを他のカルボニルと反応させ、1,2-ジオールを得る事にも成功しました(図2)。本来求電子的(5)なエステルが全く正反対の求核剤(6)(カルビノールアニオン)として挙動することは学術的に意義があると言えます。


図2:N-BAP触媒によるエステル光還元:アルコールおよび1,2-ジオールの合成

3.今後の展開・この研究の社会的意義

本研究で開発した新規光触媒N-BAPを用いることで、これまで光触媒還元が難しいとされたエステルを還元することができ、エステルを起点とした新たな分子変換戦略の開拓が期待できます。加えて、本手法は、有機光触媒とシュウ酸塩存在下、水中で可視光を照射するだけで有機化合物を還元できます。高価な金属元素を用いずに、天然に広く存在するシュウ酸塩によって還元が進行することから、環境調和性が高い有機合成技術として、持続可能な社会の発展に貢献する成果といえます。

4.用語解説

(1) エステル
カルボン酸とアルコールの脱水縮合により得られるR1–CO2–R2の構造を有する化合物。

(2) カチオン
正電荷をもつ化学種。陽イオン。

(3) シュウ酸塩
シュウ酸塩はシュウ酸イオン(C2O42−)を含む塩であり、鉱物・植物中に広く存在する。本研究では主にシュウ酸アンモニウム(NH4)2C2O4を使用する。

(4) カルビノールアニオン
ヒドロキシ基を有する炭素(カルビノール炭素)上にアニオン(陰イオン)を有する化学種。

(5) 求電子的
イオン反応において電子対を受け取りやすい性質のこと。そのような反応剤を求電子剤と呼ぶ。

(6) 求核剤
イオン反応において電子対を供与する反応剤。求電子剤と反応する。

5.論文情報

掲載誌:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:
“Multielectron Reduction of Esters by a Diazabenzacenaphthenium Photoredox Catalyst”
(「ジアザベンゾアセナフテニウム光酸化還元触媒によるエステルの多電子還元」)
著者:Shintaro Okumura, Shusuke Hattori, Lisa Fang, Yasuhiro Uozumi
掲載日:2024年6月14日(オンライン公開)
DOI:10.1021/jacs.4c05272(オープンアクセス)

6.研究グループ

自然科学研究機構 分子科学研究所

7.研究サポート

本研究は、科学技術振興機構(JST)ACT-X(研究代表者:奥村慎太郎、JPMJAX23D6)、科学研究費助成事業・学術変革領域研究(A)(研究代表者:奥村慎太郎、JP24H01873)、科学研究費助成事業・若手研究(研究代表者:奥村慎太郎、JP24K17688)の支援の下で実施されました。

8.研究に関するお問い合わせ先

奥村 慎太郎(おくむら しんたろう)
京都大学 工学研究科 合成・生物化学専攻 助教

魚住 泰広(うおずみ やすひろ)
分子科学研究所 生命・錯体分子科学研究領域 教授(総合研究大学院大学 教授)

9.報道担当

自然科学研究機構・分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係
京都大学 渉外・産官学連携部 広報課 国際広報室

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