最先端のシミュレーションによって明らかになった中間質量ブラックホール形成過程

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2024-05-31 東京大学

藤井 通子(天文学専攻 准教授)
谷川 衝(福井県立大学情報センター 准教授
研究当時:東京大学大学院総合文化研究科 助教)
平居 悠(東北大学 日本学術振興会特別研究員-CPD)
斎藤 貴之(神戸大学 准教授)

発表のポイント

  • 中間質量ブラックホール(太陽の100から1万倍程度の質量のブラックホール)は観測的な証拠が少ないミッシングリンク。
  • 球状星団の形成過程の数値シミュレーションで星の合体から超大質量星が形成される様子を再現。
  • 星の進化の理論から、超大質量星は太陽の数千倍の質量のブラックホールへと進化すると考えられる。


シミュレーションで再現された形成中の球状星団

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の藤井通子准教授と、福井県立大学情報センターの谷川衝准教授(研究当時:東京大学大学院総合文化研究科 助教)らによる研究グループは、球状星団(注1)の形成過程で、星の合体から超大質量星(注2)を経て中間質量ブラックホール(注3)が形成されることを数値シミュレーションにより明らかにしました。 本研究では新規開発の計算手法により、世界で初めて球状星団の形成過程を星一つ一つまで数値シミュレーションで再現しました(図1)。その結果、形成中の球状星団の中で星が次々と合体することによって太陽の数千倍の質量を持つ超大質量星が形成されることがわかりました。さらに、星の進化の理論に基づいた計算によって、この超大質量星は後に太陽の数千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールへと進化することを確かめました。これまでの観測から長年論争となっていた球状星団における中間質量ブラックホールの存在を理論的に強く支持する結果です。


図1:シミュレーションで再現された形成中の球状星団
左下の青白い点一つ一つが星団の星を表し、その周りの「もや」は星間ガスを表す。色は温度を表しており、暗い部分が温度の低い星間ガス(分子雲)、明るい部分が温度の高い星間ガスを表す。可視化:武田隆顕(ヴェイサエンターテイメント株式会社)。クレジット:藤井通子、武田隆顕

発表内容

これまでさまざまな観測によって、ブラックホールの存在が明らかになっていますが、その多くが太陽の質量の100倍以下の恒星質量ブラックホールか、太陽の10万倍以上の質量を持ち銀河の中心にある巨大ブラックホールです。それらの中間である、太陽の数百から数万倍の質量を持つ「中間質量ブラックホール」の存在の有無が長年議論となっています。その中でも、特に、太陽の数千倍の質量の中間質量ブラックホールは強い観測的な証拠がなく、宇宙のどこでどのように形成されるのかは謎に包まれています。

太陽の数千倍の質量の中間質量ブラックホールが存在する場所の候補とされている天体に「球状星団」があります(図2)。球状星団は数百万個の星が球状に分布する天体であり、その中心に太陽の数千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールの存在を示唆する観測がこれまでに報告されています。

球状星団の中での中間質量ブラックホールの形成仮説は天体同士の衝突合体です。これまでの数値シミュレーションを用いた研究では、1.星団内ではブラックホール同士の合体が繰り返し起こるが、500太陽質量を超える前に、合体時の非等方な重力波放出によって星団外へ飛び去ってしまう、もしくは、2.星同士が合体するが、最初から存在した大質量の星が合体した後は、強い星風(注4)によって星は質量を失い恒星質量ブラックホールになってしまう、という結果でした。これらのシミュレーションがすでに出来上がった星団に対して行われているのに対し、本研究では、星々の母体となる分子雲(注5)内で星が次々と生まれ星団となる過程を、星同士の衝突合体も含めてシミュレーションしました。その結果、形成途中の星団の中で星が次々と合体し、最終的に太陽の1万倍程度の質量を持つ超大質量星が形成されることが明らかになりました(図3左)。星の進化の理論に基づいて計算を行うと、このような超大質量星は最終的に太陽の3-4千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールになると予想されます(図3右)。今回のシミュレーションで得られた、星団とその中で形成されるブラックホール質量の関係は、観測から推定されている球状星団の質量とブラックホールの質量の関係と一致していました(図4)。この結果は、球状星団中に中間質量ブラックホールが存在することを理論的に強く示唆するものです。


図2:球状星団の一つ、ケンタウルス座オメガ星団
中間質量ブラックホールの存在が観測から示唆されている球状星団の一つ。クレジット:ESO


図3:星団の中で最も重い星の質量の時間変化
左:シミュレーション中で繰り返し起こった星の合体による星団内で最も重い星の質量の増加。右:恒星進化の理論に基づく超大質量星の質量の時間変化。この超大質量星は最終的に中間質量ブラックホールへと進化した。クレジット:藤井通子


図4:球状星団の質量とブラックホールの質量の関係
星印はシミュレーションで形成された球状星団の質量とその中で形成されたブラックホールの質量の関係を示す。色はそれぞれ星ができる元となった星間ガスの重元素量(水素、ヘリウム以外の元素の量)の違いを表す。破線は、中間質量ブラックホールの質量が星団の質量の3%を示す。縦線は、観測から中間質量ブラックホールの存在が示唆されている球状星団の質量とブラックホールの質量の関係を示す(線の長さは誤差の範囲、矢印は上限値を示す)。シミュレーションで形成された球状星団とブラックホール質量のうち、最も大質量のもの(黄色の丸で囲まれた赤い星印)は、天の川銀河の球状星団の質量と観測から推定されているブラックホールの質量と同程度であることがわかる。薄い赤と青で塗られた領域は、星の進化の理論計算とシミュレーションの結果から予測される、各重元素量の場合の球状星団の質量とブラックホールの質量の関係である。天の川銀河の球状星団の質量と推定されているブラックホールの質量の関係を説明できている。クレジット:藤井通子


本研究によって、太陽の数千倍の質量を持つ中間質量ブラックホールが、標準的な仮定を置いた数値シミュレーション中で形成されることが確かめられました。中間質量ブラックホールは、恒星質量ブラックホールと巨大ブラックホールを結ぶミッシングリンクであるため、中間質量ブラックホールの一つの形成過程を示せたことは、巨大ブラックホールの形成過程を理解する上で重要な意義があります。

また、本研究の星一つ一つを再現した球状星団形成シミュレーションは、本研究チームによって2020年に開発された新しいシミュレーションコードと国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイⅡ注6」を用いることで、世界で初めて実現しました。

〇関連情報:
プレスリリース「新しい高精度シミュレーションが明らかにした星団形成の現場」(2022/6/8)

論文情報
雑誌名
Science論文タイトル
Simulations predict intermediate-mass black hole formation in globular clusters

著者
Michiko S. Fujii*, Long Wang, Ataru Tanikawa, Yutaka Hirai, Takayuki R. Saitoh
(* : 責任著者)

DOI番号
10.1126/science.adi421

研究助成

本研究は、科研費「基盤(B)星一つ一つを分解したシミュレーションで探る大質量星団形成過程(課題番号:22H01259)」、「基盤(B)銀河シミュレーションで探る星団起源ブラックホール連星の宇宙史(課題番号:19H01933)」、「若手研究 宇宙論的シミュレーションとGaiaで迫る銀河系形成(課題番号:20K14532)」、「特別研究員奨励費 銀河形成シミュレーションとすばる望遠鏡PFSで探る銀河の化学動力学進化史(課題番号:22KJ0157)」、「基盤(A) 明るい金属欠乏星の全北天域探査による初代星元素合成と初期銀河系形成の解明(課題番号:21H04499)」、「基盤(C) 球状星団の元素組成異常の起源の解明(課題番号:21K03614)」、「基盤(C) 銀河中心考古学:天の川銀河の棒状構造はいつ形成され、どのように進化してきたのか?(課題番号:21K03633)」、「基盤(C)3次元流体シミュレーションで解き明かす超高速度白色矮星とIa型超新星の起源(課題番号:19K03907)」、科研費「基盤(C) 大質量星連星を手がかりとする初代星と重力波起源天体の探査 (課題番号:22K03688)」、「基盤(C)孤立環境から高密度星団環境に渡る全恒星系での連星ブラックホール形成過程の解明(課題番号:24K07040)」、「富岳」成果創出加速プログラム「シミュレーションとAIの融合で解明する宇宙の構造と進化宇宙の構造形成と進化から惑星表層環境変動までの統一的描像の構築(課題番号:JPMXP1020230406)」、東京大学卓越研究員の支援により実施されました。※2024.5.28修正

用語解説

注1  球状星団
数百万個以上の星が球状に分布し互いの重力によって束縛されている天体。

注2  超大質量星
太陽の数百倍から1万倍もの質量を持つ星。まだその存在について観測的な証拠はない。

注3  中間質量ブラックホール
太陽の100倍から1万倍の質量を持つブラックホール。

注4 星風
星から吹き出すガスの流れ。質量が大きい星ほど、星風が強く質量損失率が高い傾向がある

注5  分子雲
数から数十K(ケルビン)程度の低温で、主に水素分子から成る星間ガス。

注6  スーパーコンピュータ「アテルイⅡ」
国立天文台が運用するシミュレーション天文学専用のスーパーコンピュータ(Cray XC50)。岩手県奥州市の国立天文台水沢キャンパスに設置され、理論演算性能3.087ペタフロップス(1秒間に浮動小数点計算を3000兆回行う)を誇る。

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