原子層ナノ物質と微小光共振器による高効率波長変換に成功~ナノフォトニクス素子の高機能化へ期待~

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2024-04-03 理化学研究所,慶應義塾大学

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チームの加藤 雄一郎 チームリーダー(理研 開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室 主任研究員)、藤井 瞬 基礎科学特別研究員(研究当時、現 慶應義塾大学 理工学部 物理学科 助教)らの共同研究グループは、原子層ナノ物質を高Q値微小光共振器[1]上に転写することで、従来制限されてきた2次の非線形波長変換[2]が微弱な連続光レーザーでも高効率に発生できることを実証しました。

本研究成果は、原子スケールの2次元材料[3]を活用した高機能フォトニクスデバイスへの応用につながると期待できます。

一般的に、高効率な光波長変換には強力なレーザー光と非線形光学材料が欠かせません。ところがそれらを同時に小型化するのは容易ではなく、高機能波長変換デバイスの小型化と将来的な活用へ向けた課題とされてきました。

今回、共同研究グループは原子3個分の厚みを持つ単層の2次元材料を微小光共振器デバイスと組み合わせることで、材料固有の非線形光学特性を外部から変えられることを発見しました。この手法を用いることで、ナノスケールの光デバイス開発の自由度を飛躍的に高めることが期待されます。

本研究は、科学雑誌『Nano Letters』オンライン版(4月1日付)に掲載されました。

原子層ナノ物質と微小光共振器による高効率波長変換に成功~ナノフォトニクス素子の高機能化へ期待~
高Q値微小光共振器と原子1層分の2次元材料を組み合わせた高効率波長変換の模式図

背景

近年、原子1層程度の厚みしか持たない2次元材料の活用が、次世代半導体などのいろいろな分野で注目されています。その中でもセレン化タングステン[3]をはじめとする遷移金属ダイカルコゲナイド[3]は単層で良質な直接遷移型の半導体特性を示し、その厚みは0.7ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度という究極的なナノ材料の一つです。さらにその薄さにもかかわらず、従来広く利用されてきた非線形光学結晶[4]に匹敵する巨大な非線形光学係数[4]を持つことが先行研究より示唆されてきました。

一方、高Q値シリカ微小光共振器は直径数十µm~数mm程度の小さな光素子であり、光を共鳴的に閉じ込めることで微小な入力光でも高効率な波長変換が実現できます。しかし波長変換の効率は材料固有の非線形光学係数が支配的な要因であり、非晶質(アモルファス)のシリカガラスでは基本波から2倍波への波長変換(第二高調波発生[2])や和周波発生[2]などを利用することが難しいという課題がありました。

研究手法と成果

共同研究グループは、2次元ナノ物質と微小光共振器を組み合わせたハイブリッドデバイスを作製することで、この課題に取り組みました。

まず、単層に剝離したセレン化タングステンを高Q値シリカ微小光共振器上に転写します。転写には、透明で伸縮性のあるシリコン材料が用いられ、高精度な自動位置制御を組み合わせて共振器の光学損失を極力低減しながら、デバイスを作製することができます。

2次元ナノ物質と高Q値微小共振器のハイブリッドデバイスの図
図1 2次元ナノ物質と高Q値微小共振器のハイブリッドデバイス
(左)ハイブリッドデバイスの模式図。励起光である基本波(緑)が、デバイスを通ることで第二高調波発生過程によって2倍波(赤)に波長変換される。
(右)実際のデバイスの着色電子顕微鏡写真。スケールバーは50µm。赤色で示された領域が単層セレン化タングステン。


作製されたデバイスのQ値は光テーパファイバー導波路[5]を用いた透過スペクトル測定によって評価されます。転写前後で1桁ほどの低下が見られたものの、それでも1,000万程度の高いQ値が維持されました。これは先行研究における類似のハイブリッドデバイスと比較しても際立って高い値です。

次に、作製したデバイスを同じ導波路を用いて通信波長帯の連続光レーザーで励起し、可視光帯に感度を持つ分光器で波長変換光を観測しました。図2に励起光と波長変換光の光スペクトルを示します。励起光の波長(1,545.5nm)の半分の波長である773nm付近において大きなピークが得られており、代表的な2次非線形光学効果[4]である第二高調波発生が起きていることを意味しています。さらに共同研究グループは、二つの異なるレーザーの同時励起を行い、励起エネルギーの和に相当する波長にも明瞭な信号を確認しました。これは第二高調波発生だけでなく和周波発生とよばれる別の波長変換過程によるものと考えられます。

励起光と観測された信号光(波長変換光)の光スペクトルの図
図2 励起光と観測された信号光(波長変換光)の光スペクトル
(a)(b)通信波長帯の励起光である基本波がちょうど半分の波長の光である第二高調波に波長変換されている。(b)の挿入図は第二高調波発生のエネルギー図。
(c)(d)二つの異なる波長を持つ励起光A、Bで励起した場合、それぞれの2倍波とそれらの和周波が観測されている。


これらの結果は原子レベルに薄い2次元ナノ物質と微小光共振器の光電界モードの間で強い相互作用が働いていることを示唆しています。さらに、共同研究グループは第二高調波の励起強度依存性などの定量的な評価に加え、単層だけでなく2層および3層のセレン化タングステンを転写したデバイスを作製して比較実験を行いました。図3に、励起波長を大きく変化させながら、その倍波となる波長帯での光スペクトルを観測した結果を示しました。単層と3層を転写したデバイスでは励起波長の全域で第二高調波発生が起きています。一方、2層を転写したデバイスでは明瞭な信号が観測できていません。これは、遷移金属ダイカルコゲナイドの結晶構造の特徴である空間反転対称性の破れ[6]が、奇数層のみに現れることに由来して実効的に2次非線形光学係数を大きく変化させることによるもので、今回の実験結果は理論的な予測と一致しています。

第二高調波の光強度の層数依存性の図
図3 第二高調波の光強度の層数依存性
奇数層である単層(a)と3層(c)では励起光波長の半分に対応する波長に明瞭な信号が得られている一方、偶数層である2層(b)では信号は観測されていない。


また、転写する単層セレン化タングステンの大きさと微小光共振器上の位置を変えることで、2次と3次の非線形光学効果の強さを制御可能であることを明らかにしました。この手法を用いることで、励起の光波長を大きく変えることなく波長が500nmから800nm付近までの可視光帯の広い範囲で波長変換を実証しました。これらは作製したハイブリッドデバイスの高いQ値とセレン化タングステンの持つ大きな非線形光学特性がうまく組み合わされた結果であるといえます。

今後の期待

本研究では、単層セレン化タングステンを高Q値微小光共振器に組み合わせることで、従来観測できなかった高効率な波長変換過程の誘起と制御を実証しました。これはフォトニクス素子を2次元ナノ物質で修飾することで、材料固有の特性を打破し、さらなる高機能化につながることを示唆する重要な成果です。本研究の手法を用いることで、ナノフォトニクス素子のデバイス設計の自由度が拡大することが期待されます。また、強力な光電場と原子スケールの物質間での相互作用がもたらす新たな物性や量子的効果を観測するプラットフォームとしての展開も考えられます。

補足説明

1.高Q値微小光共振器
特定の波長を効率的に閉じ込めることのできる微小光素子。主にガラスや結晶材料などの誘電体によって作製され、高い光閉じ込め係数(Q値)と小さなモード体積から光電場を局所的に増強することができる。

2.2次の非線形波長変換、第二高調波発生、和周波発生
2次非線形光学効果によるパラメトリック波長変換過程。励起光の倍のエネルギーを持つ光への変換である第二高調波発生や、異なる複数の励起光のエネルギーの和に相当する光に変換する和周波発生などがある。

3.2次元材料、セレン化タングステン、遷移金属ダイカルコゲナイド
遷移金属ダイカルコゲナイドは、遷移金属とカルコゲン(硫黄、セレン、テルルなど)から成る化合物群。層状構造を持ち、2次元材料とも呼ばれる。タングステンとセレンから成るセレン化タングステンも遷移金属ダイカルコゲナイドの一種。各層はファンデルワールス力で弱く結合しており、その薄さにもかかわらず大きな非線形光学特性を示すことで知られる。

4.非線形光学結晶、非線形光学係数、非線形光学効果
非線形光学結晶は主にレーザー光の波長変換に用いられる光学結晶。内部に強い分極を有しており、入射光強度に対して非線形な応答を示すことで高効率な波長変換を可能にする。代表的なものにβ-バリウムボレートや周期反転ニオブ酸リチウムなどがある。物質の光への応答が光の波の振幅に比例しない光学現象のことを非線形光学効果と呼び、非線形光学効果の強さは、非線形分極と入射光電場を結びつける非線形光学係数によって表される。

5.光テーパファイバー導波路
光ファイバーを直径1µm程度まで細く引き延ばした光導波路。光の染み出し場を介して、高Q値微小光共振器との光入出力に用いられる。

6.空間反転対称性の破れ
空間座標の符号を反転するような操作を行ったとき、状態が不変となる性質を空間反転対称性と呼び、その対称性を持たない状態を破れという。単層をはじめとする奇数層の遷移金属ダイカルコゲナイドでは空間反転対称性が破れており、2次非線形光学効果を生じる由来とされている。

共同研究グループ

理化学研究所
光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム
チームリーダー 加藤 雄一郎(カトウ・ユウイチロウ)
(理研 開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室 主任研究員)
基礎科学特別研究員(研究当時)藤井 瞬(フジイ・シュン)
(現 慶應義塾大学 理工学部 物理学科 助教)
開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室
客員研究員 方 楠(ファン・ナン)
基礎科学特別研究員 Chee Fai Fong(チー・ファイ・フォン)

産業技術総合研究所 プラットフォームフォトニクス研究センター
ハイブリッドフォトニクス研究チーム
研究員 山下 大喜(ヤマシタ・ダイキ)
(理研 光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム 客員研究員)

物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター
2次元系量子材料グループ
主任研究員 小澤 大知(コザワ・ダイチ)
(理研 光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「超高Q値微小光共振器を用いた二次元材料の非線形光学効果の発現(研究代表者:藤井瞬)」「二次元層状半導体を積載した微小光共振器による光スイッチデバイスの研究(研究代表者:山下大喜)」「Demonstration of valley spin devices by coupling 2D semiconductors to chiral photonic crystal nanocavities(研究代表者:Chee Fai Fong)」、同基盤研究(B)「単一量子欠陥の決定論的形成とその光物性解明(研究代表者:小澤大知)」、同基盤研究(A)「原子精度ナノ物質による異次元ヘテロ構造の光物性とデバイス物理(研究代表者:加藤雄一郎)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

Shun Fujii, Nan Fang, Daiki Yamashita, Daichi Kozawa, Chee Fai Fong, and Yuichiro K. Kato, “van der Waals decoration of ultrahigh-Q silica microcavities forχ(2)(3) hybrid nonlinear photonics”, Nano Letters, 10.1021/acs.nanolett.4c00273

発表者

理化学研究所
光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム
チームリーダー 加藤 雄一郎(カトウ・ユウイチロウ)
(理研 開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室 主任研究員)
基礎科学特別研究員(研究当時)藤井 瞬(フジイ・シュン)
(現 慶應義塾大学 理工学部 物理学科 助教)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
慶應義塾 広報室

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