環境負荷を低減したカルボン酸フロリドおよびペプチド合成 ~メカノケミカルにより迅速・無触媒反応を実現~

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2024-02-19 名古屋工業大学,科学技術振興機構

発表のポイント

〇 カルボン酸フロリドおよびペプチドの環境調和型合成に成功
〇 炭素-フッ素結合の構築および切断をメカノケミカル反応で実現
〇 従来法と比較し環境調和性において顕著な利点
〇 医薬品、機能性材料、農薬の製造過程を環境に配慮した手法に改善

概要

カルボン酸フロリドは、有機合成化学において非常に役立つ合成物質で、医薬品、機能性材料、農薬の開発研究に使用されています。しかし、その合成に必要な試薬が高価で爆発性があること、加えて環境負荷の観点の問題もあり産業での利用が進んでいません。名古屋工業大学大学院工学研究科の趙正宇氏(共同ナノメディシン科学専攻3年)、井川創太氏(工学専攻生命・応用化学系プログラム1年)、柴田哲男教授(共同ナノメディシン科学専攻および工学専攻(生命・応用化学領域))らの研究グループは、カルボン酸フロリドを環境調和型の手法で合成する新しい方法を開発しました。この手法は、東ソーファインケム(株)から供給を受けた1,1,2,2-テトラフルオロエチル-N,N-ジメチルアミン(TFEDMA)を媒介として、メカノケミカル合成(*1)手法を使用し、無触媒・無溶媒でカルボン酸からカルボン酸フロリドを得ることができるものです。さらに、得られたカルボン酸フロリドを、アミンとのメカノケミカルカップリング反応によって、無触媒・無溶媒で、カップリング試薬を使用することもなく、アミドやペプチドへと変換することにも成功しました。本手法の開発により、環境に配慮した製造を目指す産業界において、カルボン酸フロリドの積極的な利用が促進されることが期待されます。この研究成果は、2024年2月16日に米国化学会誌「ACS Sustainable Chemistry & Engineering 」の速報版で公開されました。また、本論文はまもなくSupplementary Coverでも紹介されます。

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研究の背景

アミド結合(図1a)は、カルボニル基とアミノ基が結びついた構造を持ち、化学的にも生物学的にも重要な結合です。医薬品と材料科学の両分野で、アミド結合は欠かせない役割を果たしています。例えば、アミド結合は、ペプチドやタンパク質という生体分子の主要な成分です。そのため、アミド結合を含む化学ユニットは、生体分子と相互作用する医薬品の設計に広く利用されています(図1b)。また、材料科学においても、アミド結合は重要な機能を持ちます。ナイロンやケブラーといった合成ポリマーは、アミド結合を繰り返し単位として持ちます。これらのポリアミドは、高い機械的強度、耐熱性、化学的安定性を示し、衣料、包装材料、構造材料など、多様な用途に適しています(図1c)。

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図1. アミド結合の構造とアミド結合を含んだ医薬品、材料の例

アミド結合の合成方法は、有機化学の基本的で重要な反応の一つです。カルボン酸とアミンを直接結合させる方法や、カルボン酸の活性化誘導体(カルボン酸クロリドなど)とアミンを反応させる方法、カルボン酸とアミンをカップリング試薬の助けを借りて反応させる方法などが知られています。しかし、これらの方法は、副反応が起こりやすく、目的のアミドを純粋かつ高収率で得るのが難しい場合があります。また、カップリング試薬は、廃棄物が多く環境負荷が高いことがわかっています。さらには、ペプチド合成の場合には、ラセミ化反応(*2)が起こることが懸念されます。これらのことから、ラセミ化を回避し、産業的に有用で、環境に優しく、持続可能なアミド結合およびペプチド結合の合成方法の開発が求められています。特に、溶媒や触媒を使わない、またはグリーンケミストリーの12原則(*3)に従った反応条件を探ることが重要です。
最近、アミド結合の合成方法として、カルボン酸フロリドとアミンのカップリング反応が注目されています。アミド結合形成では炭素-塩素(C-Cl)結合を持つカルボン酸クロリドが一般的には用いられますが、強固な炭素-フッ素(C-F)結合(*4)を持つカルボン酸フロリドは、水や空気に対して安定でありながら、カルボン酸クロリドが持つアミンとの反応性は保持しています。また、カルボン酸フロリドを用いるペプチド合成は、カップリング試薬や金属触媒を必要としないため、環境負荷が低いことに加え、ラセミ化を起こす懸念は少ないという利点があります。しかし、カルボン酸フロリドの合成法には課題があります。カルボン酸フロリドをカルボン酸から合成するには、脱酸素的フッ素化剤を用いて、強固なC-F結合を構築する必要があります。代表的な脱酸素的フッ素化剤としては、DASTやDeoxo-Fluor、Fluoleadなどがありますが、DASTやDeoxo-Fluorは高価であり、爆発性や水分に対する感受性が高いため、取り扱いに注意が必要です。また、Fluoleadは試薬由来の残渣が多いことが問題となります(図2a)。

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図2. 脱酸素的フッ素化剤

このような背景から、本研究グループは、1,1,2,2-テトラフルオロ-N,N-ジメチルアミン(TFEDMA)を用いた新しいカルボン酸フロリド合成法を開発しました。TFEDMAは、テトラフルオロエチレン(TFE)から容易に合成できるため、安価で大量に入手できます(図2b)。また、TFEDMAは、取り扱いが容易で、熱的に安定です。ただし、TFEDMAを用いると、カルボン酸からカルボン酸フロリドへの脱酸素的フッ素化反応が進行しますが、立体障害の大きいカルボン酸誘導体には適用できませんでした。そこで、本研究グループは、ボールミルを利用したメカノケミカル反応を導入することで、基質汎用性に優れた環境に調和したカルボン酸フロリド合成に成功しました(図3、1から2)。さらに、連続的にアミン化合物とメカノケミカル法にて反応させると、無添加、無触媒、無溶媒で強固なC-F結合を切断しアミド結合が形成されることを見出しました(図3、2から4)。

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図3. メカノケミカル反応によるカルボン酸フロリド合成とアミド・ペプチド合成(本研究)

研究の内容・成果

本研究では、初めにTFEDMAを用いたカルボン酸の脱酸素的フッ素化反応性をフラスコでの反応で評価しました。単純なカルボン酸類に対して良好な収率でカルボン酸フロリドが得られましたが、立体的に嵩高いカルボン酸類では、良い結果は得られませんでした。しかし、ボールミル(図3)を用いたメカノケミカル反応では、わずか20分で高収率のカルボン酸フロリド合成に成功しました。この方法は幅広い基質に適用可能であり、電子求引性基や電子供与性基を持つ基質、複素環、生物活性物質構造を持つカルボン酸に対しても効果的です(図4)。

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図4. メカノケミカル反応によるTFEDMAのカルボン酸に対する脱酸素的フッ素化の評価

さらに、合成したカルボン酸フロリドが入ったボールミルの容器に、直接アミン化合物を添加し、連続的メカノケミカル反応を行うと、強固なC-F結合が切断され、アミド結合が形成できることを見出しました。本手法は、医薬品開発に重要なジペプチド合成においても適応可能です。すなわち、アミノ酸とTFEDMAをメカノケミカル反応させたのち、反応容器をいったん開封し、そこに新しいアミノ酸を追加し、再びメカノケミカル反応を実施することにより、懸念されるラセミ化を起こすことなく、高収率でジペプチド化合物を一挙に得られることがわかりました。これは、反応の中間体としてカルボン酸フロリドを経由することから、ラセミ化を防ぐことができたと説明できます(図5)。今後、本手法を用いて長鎖ペプチドの合成への応用も期待されます。

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図5. メカノケミカル反応によるカルボン酸からアミド化合物およびペプチドへの連続的ワンポット合成

社会的な意義

本研究で開発されたTFEDMAを介したメカノケミカル手法によるカルボン酸からのカルボン酸フロリドの合成は、従来の合成法と比較して環境負荷を大幅に低減しています。環境への配慮を示すため、本研究のメカノケミカルペプチド合成法と既存の手法をグリーンケミストリー指標で比較しました。その結果、原子効率(*5)及びE-ファクター(*6)において顕著な利点があることも証明されました。
カルボン酸フロリドの合成化学的有用性は広く実証されていますが、その産業的な利用が進まない状況にあります。本手法の開発により、環境に配慮した製造を目指す産業界において、カルボン酸フロリドの積極的な利用が促進されることが期待されます。また、合成反応に不可欠な有機溶媒を使用しないこの合成技術は、産業界に限らず、一般の人々にとっても、持続可能な社会を実現するための革新的な選択肢として強く支持される可能性があります。

今後の展開

本研究で明らかにしたメカノケミカルを用いたC-F結合生成および切断手法は、産業界に革命的な機会を提供します。メカノケミカル合成法は溶媒を使用せず超高濃度で化学反応を進行させられるため、無触媒で反応時間の短縮や反応性の向上が見込まれます。今後、産業界との連携を通じて革新的な製品の創出を目指すとともに、これらの取り組みが未来の環境保護に貢献し、産業界の持続可能な成長を促進することで、社会全体に利益をもたらすことが期待されます。

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括: 高原 淳(九州大学 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 特任教授))における研究課題「フッ素循環社会を実現するフッ素材料の精密分解」(研究代表者: 柴田 哲男)(課題番号JPMJCR21L1)および基盤研究B(研究代表者: 柴田 哲男)(課題番号21H01933)の支援を受けて実施しました。

論文情報

論文名: Mechanochemical Deoxyfluorination of Carboxylic Acids to Acyl Fluorides and Successive Mechanochemical Amide Bond Formation
著者名: Zhengyu Zhao、 Sota Ikawa、 Soichiro Mori、 Yuji Sumii、 Hiroaki Adachi、 Takumi Kagawa、 Norio Shibata* *責任著者
掲載誌: ACS Sustainable Chem. Eng.
公表日: 2024年2月16日
Journal link: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acssuschemeng.3c06417

用語解説

(*1)メカノケミカル合成
メカノケミカル合成は、ボールミルなどの強い機械的攪拌(かくはん)を利用することで、有機合成反応を実施する新しい技術です。この技術を使うことにより、有機合成で扱いにくい溶解性の悪い化合物(未利用材料)を反応させることができるなど、有機合成を大幅に進化させるポテンシャルを持っています。

(*2)ラセミ化反応
多くのアミノ酸のように、ある化合物に不斉炭素原子(四つの異なる原子や基で結合された炭素原子)が存在すると、その化合物には鏡に映したように見える2種類の形、つまり右手型(D型)と左手型(L型)の異性体があることがあります。これらの化学的性質はほぼ同じですが、空間的な配置が異なります。ラセミ化反応は、このような異性体の一方が、何らかの化学的影響を受けて、もう一方の形に変わる反応です。具体的には、例えば右手型(D型)のアミノ酸が、対応する左手型(L型)のアミノ酸に変化する過程を指します。最終的には両方の形の異性体が等量存在する状態、つまりラセミ体(光学異性体の等量混合物)になります。

(*3)グリーンケミストリーの12原則
グリーンケミストリーの12原則とは、米国のポール・アナスタスが1998年に提唱した地球環境に配慮した化学工業を目指すための行動指針です。例えば、「可能な限り廃棄物を出さない」、「不必要な原子を含まない反応を設計する」、「危険性の低い化学合成である」、などが挙げられます。

(*4)炭素-フッ素(C-F)結合
炭素-フッ素(C-F)結合は、全元素中で最大の電気陰性度と、水素に次ぐファンデルワールス半径がフッ素原子の大きな特徴です。この特徴により、炭素-フッ素結合(C-F)は非常に大きな結合エネルギー(485 kJ/mol、C-H結合は413 kJ/mol、C-Cl結合は328 kJ/mol)、短い結合距離、低い分極性を有しています。すなわち、炭素-フッ素結合は非常に強固であり、化学的に不活性な結合です。一方で、強固であるが故に切断(分解)が困難であることが近年では問題視されています。

(*5)原子効率
原子効率は、化学プロセスにおける全ての原子の変換効率を指す環境調和性評価指標です。理想的な化学プロセスでは、出発物質(反応物)の重量は得られる生成物の重量と等しく、無駄な原子は発生しません。

(*6)E-ファクター
E-ファクターは、1992年にオランダの化学者Roger A. Sheldonによって提唱された化学プロセスのグリーン度(環境調和性)を定量評価する指標です。E-ファクターは、副生成物量(産業廃棄物量)を目的生成物量で割った値であり、石油化学製品では約0.1、一般化成品で1~5以下、ファインケミカルで5~50以下、医薬・農薬では25以上であるとされています。

お問い合わせ先

研究に関すること
名古屋工業大学大学院工学研究科 共同ナノメディシン科学専攻
教授 柴田 哲男

JST事業に関すること
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔

広報に関すること
名古屋工業大学 企画広報課
科学技術振興機構 広報課

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